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邪神の使徒は自由を尊ぶ  作者: 江島 新土
4/4

使徒の青年は街へ向かう

 ゼクトが近づく間に包囲が狭まり、魔力が一つ、また一つと消えていく。

 チ、とゼクトは舌打ちをした。

 貴重な情報源が減るのは好ましくないし、見ず知らずの誰かとはいえ死んでいくのを感じるのはちっと気分がよろしくないのだ。 

 やがてゼクトはそれらを視認できる距離まで近づいた。


「パルフェ、中に」


 ゼクトがそう短く呼びかけ、パルフェはローブの内側に身を隠した。

 ゼクトの視界には二台の馬車の片方を中心として馬車の護衛であったのだろういくつかの死体があり、包囲を狭めていく襲撃者のナイフによって今、護衛の最後の一人が喉を掻き切られて倒れた。

 護衛の居なくなった馬車に襲撃者の一人が乗り込もうとする。

 そのうちにも駆けていたゼクトは、ようやく相手を射程圏内に収めた。


「『撃ち抜く衝撃』!」


 細く細く収束された衝撃波が乗り込もうと馬車に伸ばしている襲撃者の右手を撃ち抜いた。


「づあぁっ!?」


 襲撃者は突然の激痛に手を引っ込め、傷を押さえて動きを止めた。


 むらっ。


 ――――おやぁ?


 何か湧き上がってくるものを感じつつゼクトは襲撃者たちの所へたどり着いた。


「な、なんだてめぇ!?」

「邪魔すんじゃねえ!」


 襲撃者たちが口々に言いながらかかってくる。


「・・・・・・どれ、試してみるか」 


 ゼクトはそう呟き、邪神のオーラを発動した。 


「い˝っ――――!?」


 襲撃者たちは喉から絞り出すようなうめき声を上げて硬直する。

 強烈な殺気にも似たそれは盗賊たちの本能に無理やり働きかけ、錯覚させたのだ。

 殺される、と。

 その反応を見た瞬間ゼクトの背筋に快感が走り、その顔にニタリとした粘着質の笑顔を浮かべさせる。

 なるほどなぁ、そうかそうか。これが邪神の力の副作用か。

 話を聞いた時はなんて面倒なと思ったが、なかなかどうしてたまらない。どの道ぶち倒すには変わりないのだし、こういった手合いにだけ湧いてくる衝動ならばそう悪くはないではないか。

 ――――そして何より、気持ちがいい。

 ゼクトは驚異的な正確さと連射速度で硬直した襲撃者たちの両腕に一発ずつの『衝撃波』を放ち、その骨を砕いた。


「ぎっ――――がぁぁぁぁっ!?」 

「あぐぁ・・・・・・ぐぅぅっ・・・・・・!」


 倒れてその壮絶な痛みに悲鳴を上げ、あるいは悶えるその様にゼクトはとうとう声を上げた。


「くぅっはぁぁぁ♪快っ感・・・・・・!」


 恍惚の表情を浮かべてしばし陶酔した後、クヒヒ、と下卑た笑い声を漏らしながら襲撃者のうちの馬車に乗り込もうとしていた者ににじり寄る。


「ひ・・・・・・!来るな、来るなぁっ!」


 自分の目の前にいる人物の異常性を感じたのだろう。襲撃者はすでに戦意を失っており、慌てふためきながら後ずさった。


「うむうむ。元気でよろしい。さぁて、どう料理してや――――っ!?」


 ろうか、と言い切る前に胸のあたりにちくりと針で刺すような痛みを感じた。見るとパルフェが涙目でこちらを見上げ、片方の手でゼクトがまとっているシーツを握りこんでいる。さっきの痛みはつねられたらしい。そしてその瞳がもうやめて、と語っていた。

 パルフェのその様子を見ていると先程までの衝動が霧散し、急速に頭が冷えていった。

 ふぅ、と一息つく。

 そして襲撃者たちに弱い衝撃波を浴びせ、一人残らず気絶させた。


「・・・・・・おーい。馬車ん中の誰か。賊どもは無力化したぞ」


 馬車に向かってゼクトが呼びかける。数秒の後、馬車のから降りてきたのは二人。片方はメイド服を着た気丈そうな女性、片方は上等な服を身に着けた柔和そうな女性であった。

 ゼクトが少し驚いていると、上等な服の女性が前に出て口を開いた。


「まずは盗賊を退治していただいたことに感謝を申し上げます。私はカインの街の領主の娘、ミスト・エーデル。そしてこちらはメイド長のクレアです」


「・・・・・・エーデル家メイド長、クレア・リリアンと申します」


 ミストに続いて自己紹介をしたクレアは会釈の後ゼクトに視線を向ける。そこからは明確な敵意こそないが、友好的な気配も感じられなかった。

 警戒されてんな。まぁ当然だが。

 ただ助け出したならいざ知らず、ゼクトは盗賊であるらしい襲撃者が苦しむ様子に歓声を上げ、戦意のない相手をいたぶろうとしたのだ。警戒しない方がおかしい。

 それはそれとしてゼクトも自己紹介を返す。

 

「丁寧にどうも。俺はゼクト。通りすがりの異常性癖保持者だ」

 

「じ、自分で言っちゃうんですね・・・・・・」


「カハハ、見られた以上隠しても仕方ないしな」


「失礼いたします、お嬢様」


 ゼクトが軽口を叩いていると、クレアが進み出てミストを背に隠すように立った。


「ゼクト殿、助けていただいた事には感謝しています。ですがあなたは信用が置けません」


「クレア」


「申し訳ありません、出すぎた真似とは重々承知しております。後々いかなる処罰も謹んでお受けします。それでも私にはお嬢様の身の安全が第一なのです。お嬢様、彼は自身で認めている通り度し難い性癖を持っており危険です。それにその紺のローブ・・・・・・邪神教団の団員が身に着ける物です」


 ほう?これが邪神教団とやらの物?となると俺やパルフェを閉じ込めた犯人はそいつらやも知れんな。

 そんな考えを巡らせながらもゼクトは抗弁した。


「待て待て。度し難いのは認めるが俺は邪神教団とやらの一員じゃねぇ」


 邪神の使徒だがな。


「着るもんに困ったから見つけた廃屋から拝借してきただけだ」


 ふむ、とクレアは一考してから言葉を返す。


「では何故着るものに困っていたのです?」


 クレアの問いに、今度はゼクトが考え込む。

 自分が着るものに困っていたことを説明するならば廃屋の地下での出来事を話せばいい。問題はどこまで話すのか、だ。自分が邪神及び自由神の使徒であることやパルフェのことを話せば信憑性は上がる。しかしそれらを軽々に話してしまうと後々いらぬ危険を呼び寄せる可能性がある。それらの情報が広まることでどのような影響が出るかが今の段階では測れないのだから。

 それに、何も彼女らからの信用を是が非でも勝ち取らなければいけない訳ではない。情報はまた今度出会う誰かから手に入れればよいのだ。

 考えた結果、ゼクトは二人の元から去ることに決めた。

 

「その理由には言えない事情を含むんで説明できねぇな。まぁ今すぐにでも失せるさ。ただ最寄りの街の方向だけでも教えては欲しいが」


「・・・・・・でしたら私たちが帰ろうとしていたカインの街が街道のあちら側にあります」


 クレアはいかにも不本意、といった様子で双方向にのびる街道の片方を指さした。

 ゼクトを遠ざけたいが助けてもらった手前最寄りの街の方向くらいはちゃんと教えなければ、というジレンマに苛まれているのだ。

 

「ならあんたらが先に行くといい。俺は炎魔法も多少は使えるんでな。あんたらの護衛たちを火葬しといてやるよ。あと盗賊どもも始末つけとく。でもって後で街に着いてもあんたらには関わらない。それでいいだろ?」


 自分の心中を察したゼクトの提案にクレアは幾分か表情を和らげて首肯した。


「分かりました。ではお嬢様、馬車へ――――」


「待ちなさい。私は納得していません」


 踵を返してミストを馬車へ促すクレアの目を見据え、ミストが異を唱えた。


「私たちが今彼に受けたのは命の恩です。決して軽いものではありません。その恩人を腫れもののように扱い、あまつさえ後始末までさせるなど到底許容できるものではありません」


「しかし、お嬢様――――」


「下がりなさい、クレア」


 有無を言わさぬ、毅然とした口調。

 クレアは申し訳なさそうに頭を深々と垂れ、身を引いた。

 一方のゼクトはというと、困惑するばかりである。


「いや、えーと。ミスト?クレアの対応は至極妥当なもんだと・・・・・・」


「私にとっては違うのです。私は領主の娘。多少合理性に欠けようとも矜持を捨てるような振る舞いをするわけにはいかないのです」


「だが、我ながら俺って怪しさも危険度も満々・・・・・・」


「恩の前では些末な事です」


「しかしだな・・・・・・」


「些末な事です」


「・・・・・・あんた、めちゃくちゃ義理堅いな。・・・・・・分かった、そっちの気が済むまで報いてくれ」


「はい、そうさせていただきます」


 何かがおかしい。いや、情報を得るという点では一応望んだ展開なのだが。なぜ俺は恩の押し売りならぬ恩返しの押し売りを受けているのか?

 ・・・・・・まあ、いいか。


「では早速ですがゼクト殿。何か欲しいものがあれば教えてください。帰り次第手配いたします」


「そうさな、少額でいいから幾ばくかの金と普通の服が欲しい」


「分かりました」


 少し消沈しながらもゼクトを警戒の眼差しで見るクレアをよそにゼクトとミストは話し合う。そして幸い馬車は二台とも無事だったので賊たちは拘束して片方の馬車に押し込み街で犯罪奴隷として売り払うこと、護衛たちの亡骸は少しの遺品を回収してここで焼くこと、ゼクトがカインの街まで同道することを決めたのだった。




 

「すまんね、こんな得体の知れない男と賊が乗った馬車を操縦させて」


 カインへの道中、ゼクトは明らかに緊張している御者に話しかけた。

 ゼクトは賊たちの監視を兼ねてこちらの馬車に乗り込んでいる。二人とその他の荷物はもう一つの馬車だ。この分け方にミストが恩人に仕事を押し付けるなんて出来ないだなんだと難色を示したのだが流石にこればかりはこうするのが最適だと思うぞ、とゼクトが押し切ったのだ。

  

「いえ、仕事ですので」


「そうかい」


 ぎこちない笑みを浮かべて振り返りそう答える御者だったが、すぐに前へ向き直って再び馬車の操縦に集中してしまう。そうすることで気を紛らわしているのだろう。無理もあるまい。ゼクトは客観的に見れば邪神教団員の疑いがある嗜虐趣味の持ち主なのだ。

 あまり負担をかけるのもなんなのでそれ以上は話しかけずにゼクトは盗賊たちに背を向け、ローブの中のパルフェに小声で話しかけた。


「お前さんもすまねぇな。窮屈だろう?」


 パルフェは少し困ったような笑顔を見せる。そうだけど平気だよ、と。

 その健気な様子にゼクトは頬を緩ませてパルフェを撫でる。


「そうかい。お前さんはいい子だね」


 ゼクトは暇つぶしに今後の方針について考える。が、なにも思いつかない。やはり情報が足りなすぎる。結局は大きな目的として自由神の捜索。そしてそのための旅をするというあいまいな方針しか定まらないでいた。


「まぁいい。成り行き任せ、なるようになれ、だ」


 そう一人ごちて流れる街道の景色をぼんやりと眺めているのだった。

 






????「礼受け取れ!なあ!」

    「命の恩人だ!命の恩人だろう!?なあ命の恩人だろおまえ」

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