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邪神の使徒は自由を尊ぶ  作者: 江島 新土
3/4

使徒の青年は森を進む

「ふー、生き返った気分だわ。ありがとな・・・・・・えーっと・・・・・・」


 青年は森の木に生っていた木の実――――ウィドの実を食べて人心地ついた。

 ウィドの実は大体の森に存在するほど生息域が広く、味に差はあれど季節を問わず実をつける、青年のような遭難者の強い味方だ。しかしウィドの木は密生することがなく点々としか存在しない。そのため数は多くなく、広く出回ってはいないものだ。

 青年はそれらのことを知っていたわけではない。しかし見た瞬間にこれは食べられる木の実だ、と直感したのだ。青年はこの実を食べたことがあったのだろうか。

 だとするといつどこで知ったのかが分からないだけで、五感を通じた感覚的な記憶までもが失われたわけではないのかもしれない。

 そのことに少し安心しながら、青年は取って来てくれた妖精に礼を言おうとした。

 しかし口ごもってしまう。呼び方が『妖精』では少々決まりが悪いのだ。


「一人じゃあ気にならなんだが誰かいると名無しは不便だな。付けていいか?」


 妖精は微笑んで頷く。その様子に青年は顔を少しほころばせた。

 天真爛漫、ってやつか。と青年は思った。なんというか、心が洗われるような気分になるな。癒されるわ。

 こりゃいい加減な名前を付けるわけにゃいかねぇな。

 天真爛漫・・・・・・テン?ラン?いやいや、なんというか、あれだ。そう、シンプルすぎる。

 なら銀髪に紫の瞳・・・・・・シルヴィ?パル?・・・・・・ううむ。

 妖精、フェアリー・・・・・・フェル?フィリア?・・・・・・んーむ。

 あれやこれやと悩んだ結果。


「パルフェ、でどうだ?」


 妖精に問いかけると、目を輝かせてコクコクと頷いた。気に入ってもらえたらしい。


「そうか。じゃ、お前さんは今からパルフェだ」


 青年がそういうと、パルフェは青年の手元に降り立ち指をクイクイと引っ張った。


「俺か?そうさな・・・・・・」


 正直なところ何でもいいんだが・・・・・・適当にカッコよさげな響きで考えるか。

 ・・・・・・よし決めた。


「ゼクトって名乗ることにするわ」


 ――――分かった!よろしくね!

 パルフェはそう言わんばかりにゼクトの指を上下に振った。


「さて、名無しが解決したところで次は服を探すとするか」


 ゼクトはそう言って廃屋へと戻る。

 この格好のままでは人里を見つけたとしても門前払いになってしまうのは明らかだ。

 せめてズボンやシャツの一枚だけでもとゼクトは廃屋を捜索した。

 結果。


「・・・・・・こりゃひでぇ」


 ゼクトが見つけた衣服は深い紺のよれよれのローブ一着だけだった。そのほか、ついでに役立ちそうなものも探した結果、革袋が一つだけ見つかった。

 見つけたローブは裾が長いので全身を隠せるのは幸いだが、これを身に着けた自分を想像するとゼクトは素直に喜べない。

 ローブの下に血染めの腰巻一枚。・・・・・・かえって変態度が上がる気がしてならない。


「けどやっぱ着ないよりはマシか」


 さすがに想像のままの格好はしたくないのでベッドのシーツに頭と腕の穴をあけ、貫頭衣のようにしてまとい腰に紐を巻いて締め、その上からローブを身に着けた。

 

 外見がマシになったゼクトは、魔法の修練をすることにした。

 あの石室でさんざんやったことではあるのだが、実は脱出にのみ注力するためにほとんど『衝撃波』しか修練しておらず、他の属性は明かりにするための光魔法と散髪の風魔法を組み上げた以外は単純魔法しか使えないのだ。

 その単純魔法の効果も非常に弱い。例のごとく料理に例えるなら薄味で食材の形すら成していないサラサラの液体だ。これでは不味い上に少し注いだだけで皿からこぼれてしまう。

 それでも無詠唱の溜めなしで放てるので便利ではあるのだが、やはりいろいろ使えて損はない。 

 ゼクトが修練しておきたいと考えたのは光属性全般と『障壁』と『浮遊』。攻撃面はアホほど練り上げた『衝撃波』でどうにかなりそうなのでそれ以外を充実させたかったのだ。その中からまずは『浮遊』を修練することにした。

 何年も拘束されたせいで自由への執着が強いゼクトにとって、空を飛ぶ解放感にはロマンがこれでもかとばかりに詰まっているのだ。

 その日の修練で『浮遊』の単純魔法は体をわずかに浮かせる程度から三十センチほど浮けるまでになったのだった。


 その夜。

 ゼクトは廃屋にあったぼろぼろのベッドに寝転がって天井の穴からのぞく月を見ながらウィドの実を齧っていた。


「お前さんは要らないのか?」


 そう言ってパルフェの方へウィドの実を軽く掲げた。

 昼にパルフェに取って来てもらった時もパルフェはウィドの実を食べようとはしなかった。なので腹を空かせてはいないか心配になったのだが、パルフェは首を横に振り、笑顔でゼクトの腕に抱きついてきた。

 大丈夫、心配してくれてありがとう、と言いたいらしい。

 妖精が存在を維持するのに食物は必要ない。食べられないわけではないが、嗜好品としての意味しか持たないのでパルフェは遠慮したのだ。


「そうかい」


 ゼクトは可愛いやつだな、と思い笑いかけながらウィドの実を齧る。

 そして食べ終わったウィドの実の種や皮を割れた窓から放り捨て、寝るか、と呟いて身体を倒した。

 五年ぶりの石床以外の寝床は、たとえ木製の足からキノコが生えていて軋みが酷くとも、ゼクトには快適なものであった。





 翌朝。

 壁側二本の足が折れて傾いたベッドからずり落ち、壁に頭を打ってゼクトは目を覚ました。

 あわてて何事かと周囲を見渡すと、斜めになったベッドと口を押さえてクスクスと笑うパルフェが目に入った。

 自分の身に起きたことを察したゼクトは苦笑して「笑うな、こんにゃろ」とパルフェに軽口をたたく。

 立ち上がったゼクトはパルフェに向き直った。


「パルフェ。今日は早速森の外を目指し始めようと思う」


 パルフェは拳を握って片腕を突き上げた。当然の賛成だ。

 ゼクトもパルフェも年単位の退屈を味わってきた。そのため森に入って起こりうる苦難や障害さえも楽しんでしまえる。二人には廃屋に留まる理由がこれっぽっちもないのだ。

 食料として革袋にいくつかのウィドの実を入れて持っていくことにする。もう腹を満たすのを忘れないようにしなければ。


「パルフェ。高く飛んで森を早く出られそうな方向を見て欲しい。頼めるか?」


 パルフェは得意げに胸を叩いて森の木々よりも高く飛びあがり、ある方向を指した。


「助かる。じゃ、早速行くか」


 パルフェに一声かけ、ゼクトは森へ入っていった。

 その道中。角ウサギを見かけて急遽イメージを組み上げた射程重視の『打ち抜く衝撃』で仕留めたり、キノコを見つけて毒キノコかも知れないと思いつつ『浄化』があるから大丈夫か、と焼いて食べてやっぱり体調を崩したり、方向確認のため高く飛んだパルフェに襲い掛かってきた鳥を追い払ったり、小さな白い花の群生地を見つけてそこでまだつたない『浮遊』を使ってパルフェと戯れたりした。

 そんなこんなで森に入って十日目の夕方。パルフェのボディランゲージによるとそろそろ出口が近いらしいので明日の明るいうちに森を抜けられるよう今日はこれ以上進まず早めに休むことにした。


「パルフェ、ちと話がある」


 衝撃波で木々を少し薙ぎ倒して作った即席のバリケード。その中でウサギ肉を焼きながらゼクトは切り出した。

 何?と振り返るパルフェはゼクトが『土塊生成』、『水分生成』、『温度上昇』で作った小さな風呂にさっきまで入っていたのでご機嫌である。


「森を出たら、人と会うようになるだろう。その時お前さんは隠れてた方がいい」


 ゼクトもそうだが、そもそもパルフェは人間に捕らえられていたのだ。外の社会で人間から妖精というものがどんな扱いを受けるのか記憶のないゼクトには判断できないが、捕まっていた以上楽観視は出来ないだろう。

 パルフェは眉根を寄せて不満そうな顔をした。当然の反応だ。ゼクトとて自由でいさせてやりたいのは山々なのだ。だがそれでもしあちこちに目を付けられるような事になれば本末転倒だ。


「気持ちはよく分かるが堪えとけ。下手したらまた捕まりかねんぞ?」


 パルフェはゼクトの言葉に渋々ながらも頷く。そんなパルフェにゼクトはいい子だ、と笑いかけた。

 その後、他の誰かに会ったときはローブの中に隠れるということを決め、やがて二人は眠りについた。

 



 翌日の昼頃。


「もうすぐだな」


 ゼクトとパルフェはようやく見えた森の切れ目へと歩を進めていた。

 そしてついに森を脱出した二人の前に草が生い茂った平原が現れる。


「くっはー。地上に出た時もかなりのもんだったが森の外の解放感も格別だな」


 傍を飛んでいるパルフェが頷いて同意する。

 もう石室から解放されてしばらく経ったのでさほど鬱憤が溜まってはおらず、今度はゼクトも大声で叫んだりはしなかった。

 しばらく適当な方向に歩いていると草の生えていない街道が見つかったのでそれに沿って歩くことにした。

 一時間ほど歩く。しかしその間誰にも出会うことはなかった。とりあえずここがどことか近くに街はないかなどの情報が欲しいので早いところ人を見つけたいのだが。

 そんなことを考えていると、遠くで何かの魔法が使われたのを感じた。


「ん・・・・・・?」


 ゼクトが突然眉をひそめて立ち止まったのでパルフェはどうしたの、と振り向いた。


「いや、なんか急にこの道のだいぶ先に魔力を感じてな」


 自分にそんなことが出来ることに少し驚く。魔力を感じた方へ目を凝らしてみるが何も見えない。それほどの距離で魔法の発動を、しかも無意識に感じ取れるのかと。

 ゼクトの魔力感知は当然というかそれしかないというか、やはり修練の賜物である。なにしろ五年もの間自分の体よりもよっぽど魔力を動かし、いじくり倒して慣れ親しんだのだ。

 ならば、とゼクトは自分の外にある魔力、先ほど魔法の発動を感じた方向に意識を向けた。そして複数の魔力を感知する。人が内包する魔力の感知に成功したのだ。


「っつうか襲われてんじゃねぇかコレ?」

 

 それらは片方の勢力がもう片方に包囲されるような配置になっていた。

 様子を見ていると包囲されている側の魔力が一つ、動きを止めて散っていった。

 

「この先で誰か襲われてるから助けに行く。急ぐから捕まりな」


 状況を飲み込めず首をかしげるパルフェにそう言うやいなや、パルフェは即座にゼクトの胸元に張り付いた。

 ゼクトは情報が手に入ればいい。とはいえ襲撃者が勝ったとしてその連中がゼクトに対して友好的に接してくるかは甚だ疑問だ。出来れば善良そうな人物に話を聞きたい。襲われている側に死なれては困る。

 『身体強化』の単純魔法を使って走力を上げ、ゼクトは高速で街道を駆けた。



 

 

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