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邪神の使徒は自由を尊ぶ  作者: 江島 新土
2/4

魔の探究者は道連れを得る

 少年はいつもと違ってぱちりと目を覚ました。

 身体の感覚に意識を向けてみれば、何かこれまでになかったものがあるのが分かる。

 やはり夢のようで夢ではなかったようだ。


「随分と人間臭い神だったな」


 そう呟いて貰い受けた力とやらに深く意識を集中する。それには三つずつの効果があるようだった。


 一つは魔力特性。

 人間が持つ魔力に神の力が混ざりこみ、変性するというもの。

 自由神の魔力特性は文字通りに自由であること。

 本来であれば呪文詠唱を行うことで詠唱内容に従って魔力は属性を帯び、性質を与えられて魔法を成す。

 しかし自由な魔力は必ずしも詠唱を必要とはせず、魔力操作によって思い描いた通りの魔法を成すことができる。ただ、その自由度の高さゆえに術者にはより高い技術が求められる。

 例えるならレシピとレシピ通りの食材を用意したうえで料理を作れというのが一般的な魔法、レシピもなくありとあらゆる食材を用意されて好きなように作れというのが自由な魔力による魔法だ。

 邪神の魔力特性は自由神に比べれば単純なもので、精神汚染や病毒、呪いなどの闇属性魔法の適正が跳ね上がるというもの。随分と物騒だがそこは邪神だから、ということであろう。下手に使わなければいいのだ。


 二つ目は固有魔法。

 神の力を魔法という形で行使するもの。これの発動には必ず呪文詠唱が必要である。

 自由神の固有魔法は『霊魂解放(ソウルリベレイト)』。呪い、魔法などのあらゆる非物理的拘束を破壊する魔法だ。

 邪神の固有魔法は『邪悪な揺り籠(イビルクレイドル)』。効果中はいかなる損傷や苦痛を受けても即時に再生して死ぬことができず、気絶することも出来ない。加えて苛烈極まりない自殺衝動、痛覚の超強化が付与される。正気でいられないために拷問にも使えない、ただ苦しめるためだけの魔法。



 三つ目は神力。

 魔力を消費せず、自らの意思で発動できる神自身が持つ能力を借りたもの。

 自由神の特殊能力は対象が主観で感じている束縛感を鎖として視覚で表す自由神の目。

邪神の特殊能力は見るものに本能的恐怖を与える邪神のオーラ。


 以上が少年が得た力である。


「・・・・・・使えねぇ」


 思わずそうこぼしてしまった。

 いや、強力な能力であるのは確かなのだ。ただ・・・・・・ここを脱出するのに使えそうなものがない。

 ほとんどが生物に干渉するものであり、それらは脱出に使えそうもない。

 その限りではない『霊魂解放』も物理的拘束には効果がない。自由神の魔力特性の方は唯一希望が持てるのだが・・・・・・


「・・・・・・ハァ~」


 残念ながら現状では使い物にならない。

 少年は項垂れて深く嘆息し――――


「――――上等」


 自虐めいた歪んだ笑みを浮かべて吐き捨てる。

 少年に諦めるという選択肢はなかった。

 現状では使い物にならない?ならば使い物にしてやるまで!

 幸い、忌々しい石室の効果で寝食などに気を取られる心配もない。こちとら文字通り死ぬほどの退屈にさらされてきたのだ。どれほどになるかは見当もつかないが、時間がかかるくらいなんだというのか。


 少年は早速目を閉じて魔力を感じようとする。

 ・・・・・・・・・・・・。


 約一時間後。


「分からねぇ・・・・・・」


 少年は愚痴っぽく呟いて集中をやめた。もっとも諦めるつもりは毛頭ないが。

 少年にはそもそも魔力がどういうものなのかもよくわからない。

 自分の中に何かが流れているのは分かる。しかしそれが魔力なのか神の力なのか、はたまたどちらでもない別のものなのかの判別がつかないのだ。

 どうにか魔力と確信できるものを感じられれば・・・・・・待てよ?

 ・・・・・・出来る、かも知れない。


 思い立つなり少年は立ち上がり、壁に思い切り拳を叩きこんだ。皮が裂け、血が流れだす。

 少年はその傷に意識を集中した。

 この傷が治る現象は治癒系の魔法によって起こるものと考えていいだろう。ならばその時に魔力の流れに何らかの変化があるはずだ。

 そして少年は外部から流れ込んでくる何かを感じ取った。


「・・・・・・これか」


 少年はその感覚と同じものを自身の中から探し出し、それの流れを操作して手のひらに集めるイメージをした。

 魔力は少年の意思通りに手のひらの上で塊となっていった。そのまま魔力を注ぎ込み、だんだんと大きくしていったのだが、ある大きさになったときに集めた魔力は霧散してしまった。

 何度か試してみても結果は変わらない。

 今度は炎をイメージしながら魔力を集めてみる。すると集まりながら変質していくのが分かった。それはある大きさに達すると一瞬で燃え上がり、消えた。

 次に集めた炎の魔力を限界に達する前に放つイメージをした。するとさっきよりも小さいながら指向性のある火が出た。


「ふむ・・・・・・」


 まずは魔法自体の性質を探る必要があるな、と考えた少年はその後も様々な実験を繰り返した。 

 

 魔力切れによる気絶と覚醒を何度か繰り返しながら少年が見つけ出した魔法発動の法則は以下の通り。


『魔法発動に使える魔力の体積には限界がある』

『魔力は集める段階でイメージに合った魔力に変質させる必要がある』

『詳細なイメージをしていても魔力量の限界を超えた場合はイメージ通りに発動せず、ただの炎や水になる』

『魔力を集める際に圧縮し、折り重ね、練り上げることで小さな体積の魔力でも大きな力を発揮し、より強力な魔法の行使が可能になる』

 

 そして、あらゆるイメージをしながら魔力を集めてイメージ通りに魔力が変質するかどうかを確かめた結果、以下の種類を発見した。 


 火属性 『発火』『温度上昇』

 水属性 『水分生成』『温度低下』

 風属性 『風発生』『浮遊』

 土属性 『鉱物生成』『錬成』

 光属性 『発光』『治癒』『浄化』『身体強化』

 闇属性 『病毒』『腐食』『精神汚染』『呪い』

 無属性 『衝撃波』『念動』『障壁』


 なお、闇系統については邪神の力に付随してある程度の知識が流れ込んでいたので実験はしていない。

 少年はこの中から『衝撃波』を選び、いつの日かこの壁に風穴を開けてやると誓いながら修練に没頭していくのだった。





「そろそろ、試してみるか・・・・・・?」

 

 おそらく数か月ほどの後。

 少年はそう言って壁の一面に向き直る。

 軌道に乗った修練は少年にとって格好の暇つぶしであった。

 髪が伸びすぎて余りにも鬱陶しいので風の刃で断ち切るために『風発生』を修練するという寄り道もあったが概ね順調である。

 魔力を使い果たせば意識を失い、気が付くころには回復している。無駄な時間がないのだ。

 一片の退屈もなくなった少年は修練を楽しみ、着実に力をつけていった。


 しかし少年には懸念があった。

 脱出しようと石室を破壊したときに、もし中途半端に生命維持の効果だけを破壊してしまったら。

 酸素が供給されなくなって窒息死するかもしれない。あるいはエネルギーが供給されずに餓死するかもしれない。

 一時は心底望んだ死であったが、今は空虚を埋める修練も脱出への希望も得た。理由が薄れた現状でむやみに死のリスクを取りたいとは思えなかった。


「もっと練り上げてからにするか」


 急いては事を仕損じる。ならば石橋を叩いて渡れ。

 そんな考えのもとに、少年は再び気絶と覚醒を繰り返すのだった。





 そして、ついに脱出決行の時。

 この石室の中でも成長はするようで、少年はもはや青年となっていた。

 魔力枯渇と回復を繰り返していくごとに魔力が増大していき、雪だるま式に気絶時間も長くなっていったのだが、時間の感覚が麻痺した青年は服が破けるまでついぞ気が付かなかった。

 切った髪はかなりの量になったので寝床にでもしようとしたが、チクチクして石床の方がマシだったので散らしてある。

 これほど成長するほどの時間が経ったのならそろそろ脱出を試みようと考えたのだ。

 青年は知る由もないが、少年であった自分がここに閉じ込められた時から実に六年が経っている。

 いい加減潮時であった。

 ちなみに破けた服は腰巻にしてある。

 青年はいつかのように壁に向き直り、無属性の魔力を練り、圧縮してゆく。

 イメージは無論『衝撃波』。それを収束し、指向性を持たせて貫通力に特化させる。

 壁をにらむ。自分を閉じ込める憎き壁。青年は完成しつつある魔法に意思を込める。

 貫く。抉る。破壊する。粉砕する。消し飛ばす。


――――必ず!


「『貫く衝撃』!!」


 『衝撃波』系統の発展魔法が着弾するとともに粉砕された石粉が余波に乗って立ち込める。

 手応えはあった。

 息を止めて『風発生』の単純魔法で石粉を吹き飛ばすと、それらは石室の中で渦巻くことなく外に出ていった。


「――――――ッ!」


 抑えきれない喜びをその顔ににじませて引き続き石粉を吹き飛ばしてゆく。

 視界が晴れると、そこには人一人が這って進める程度の穴が出来ている。

 ――――そしてその向こう一メートルほどに空間がある。


「『持続する光』!」


 青年は少しだけ練度を上げておいた『発光』の発展魔法を使い穴へ放り込むと、自身も即座に入り込む。擦り傷ができるのも構わずに息を切らして這う。そのなくならない痛みさえも喜ばしかった。

 そしてついに青年は石室の外へ脱出した。

 そこはどこかの地下室のようだった。密室などではなくしっかりと扉がある。振り返ると石でできた大きな立方体――――


「っっっしゃあああぁぁぁ!!」


 歓喜の雄たけびを上げる。

 やってやったのだ。ようやく。脱出してやったのだ。

 感慨深げに目を細めて歯を食いしばり、青年はしばらく喜びに浸っているのだった。


 興奮が収まってきたところで、青年はどこからか物音がするのに気が付いた。

 ドンドンと何かを叩いて振動させる音。この地下室の外からだ。

 青年は気を取り直して表情を引き締めた。

 感極まって叫んでしまったが、そもそも青年はほぼ間違いなく誰かに囚われていたのだ。長い時間が経ったとはいえその誰かが近くにいる可能性はある。

 となるとこの物音はもしや。

 青年は攻撃魔法を発動させる心構えをして地下室を出る。

 そこは通路になっており、向かいには扉がもう一つ。物音はそこからだ。

 一呼吸。

 青年は衝撃波を放った。

 扉が吹き飛ぶと即座に脇の壁に背を向けて身を隠す。

 背中越しに部屋の中をうかがうと、そこにはふた抱え程の透明な筒が設置されており、よく見ると中に何かがいるのが分かった。あれは――――


「妖精・・・・・・?」


 青年は警戒を少し緩めて部屋に入った。

 筒の中にいたのは銀髪に紫の瞳、そして背中に一対の薄い羽をもつ小さな少女であった。

 さっきまでの音はこの妖精が暴れていたのだろう。しかし今は身体を縮こませ、怯えた目で青年を見ている。

 どうやら扉を壊した衝撃波で怖がらせてしまったようだ。


「けどほっとくのも寝覚めが悪いよな・・・・・・」


 怖がらせた罪悪感もあるが、何より青年の中にある自由神の因子が、目の前にいる束縛された哀れな存在を見捨てるなどという選択肢を断固として否定している。

 青年は残していた警戒心を完全に解き、妖精に近づいた。


 ――――怖い!近づかないで!

 妖精は首を左右に振って後ずさり、そんな意思を全身で示していた。


「あー・・・・・・。怖がらせて悪かった。危害は加えないから落ち着いてくれ」


 青年はそう言うが妖精は依然として怯えており、落ち着く様子はない。


「そこまで怯えることないんじゃねぇかなぁ・・・・・・。こんな――――」


 ただの貧相な男に。

 そう続けようとしたが、自分が今どんな格好をしているのかを思い出して硬直する。

 血染めの頭髪。

 血染めの上半身。

 唯一身に着けているものは腰のぼろきれ一枚であり、それもまた血染め。


 どう見ても殺人鬼であった。しかも露出狂の変態。それが自分の居る部屋の扉を突然破壊し、じりじりと迫ってくるのだ。

 その状況で小さくか弱い少女の姿をした妖精に怯えるな落ち着け、という要求は理不尽極まるといって問題ないだろう。


「・・・・・・」


 ざばー。がしがしがし。


 青年は無言で部屋の隅へと移動し、『水分生成』の単純魔法で頭と体を洗い始めた。

 ――――とても、いたたまれなかった。





 リトライ。

 青年はまず妖精の説得を試みることにした。


「さっきの血は俺のなんだよ。誰かを傷つけたりしたわけじゃなくてだな・・・・・・」


 そう切り出して今に至る経緯を語った。

 妖精も初めは疑うような表情をしていたが、青年の境遇に共感を覚えたのか興味深そうに聞き始めた。そうするうちに信じてもらえたのか、もう表情に疑念はうかがえない。


「――――つまりむしろそこから出してやりたいんだ」


 話をそう結ぶと妖精の表情がぱっと明るくなる。青年はそれを了承と受け取った。

 巻き添えにならないよう妖精には筒の上部を飛んでいてもらい、弱めの『貫く衝撃』で下部を破壊した。 

 妖精は筒から飛び出して満面の笑みで青年の周囲を飛び回る。

 それから青年の前で止まり、ぺこりと頭を下げた。


「いい。気にすんな」


 青年は自由神との対面を思い出していた。まるであの時のようだ、と。

 あの時の自由神には自分がこの妖精のように見えていたのだろうか?

 だとしたらさぞや歯がゆかっただろうな、と青年は思った。

 もしもこの妖精を助け出すのに力及ばなかったとしたら、見捨てて放っておくしかなかったとしたら。 そう想像して青年は苦々しい表情を浮かべた。

 妖精が自分の顔を覗き込んでいるのに気が付いてはっとする。


「大丈夫だ。何でもない」


 妖精は首を傾げたが、すぐにやめてまた青年の近くをふよふよと飛ぶ。

 所詮は想像だ。現実にこの妖精は解放されて笑っている。それでいいはずだ。

 そんなことを思いながら青年は地上へ出るべく通路を進むのだった。

 しかし通路はすぐに行き止まりになっていた。ただその突き当りの壁には何かの魔法陣が描かれており、ここがただの行き止まりではないことを示している。

 青年は明かりの魔法を近づけて魔法陣を観察する。

 ・・・・・・。さっぱりである。

 何かの仕掛けがあるのだろうが、青年には何が何やら分からない。


「『貫く衝撃』」


 仕方ないので破壊することにした。

 轟音とともに壁に穴が開く。特に何が起こるでもなく壁と共に魔法陣は崩れ去り、その向こうには別の部屋があった。

 青年は警戒して部屋に入ったが、人の気配はない。その部屋は全体が焼け焦げており、何かの灰がそこらに散らばっている。


「・・・・・・火事でもあったのか?」


 そう予測を立ててみるものの、裏付けるものも否定するものもない。深くは考えず、青年は自分が今しがた破壊した壁を見る。

 その瓦礫のこちら側の面はこの部屋の焦げた壁面と何ら変わりない。青年と妖精のいた部屋は隠されていたらしい。

 階段を探しながら他の部屋も見て回るが、どこも同じように焼け焦げていた。

 廊下は無事で部屋のみが、だ。何者かが全ての部屋を焼き払って回ったと考えていいだろう。

 青年は警戒の度合いを上げて探索を続ける。

 やがて階段を見つけた。その上に設けられた木の扉を押し上げ、青年はついに地上へ出た。


 そこは廃屋だった。

 屋根にはところどころに穴が開いて光が差している。いくつかの焦げや刀傷があり、戦闘の痕跡がうかがえた。人が立ち入らなくなって久しいようで、そこら中に蜘蛛の巣が張られている。雨ざらしとなった壁や床はところどころが朽ちていた。ここは地下の施設の隠れ蓑だったのかもしれない。


 が。


 ――――今はそんなことどうだっていいッ!


 青年は一気に駆け出して出口へ向かった。


「外だ!」


 叫んで廃屋から出る。

 石室からの脱出も感慨深いものだったが、地下から光差す地上への脱出というのはまた格別。

 そこにあるものに青年は五感を集中した。

 鬱蒼とした森、その一部を切り開いて建てられたのであろう廃屋。

 青い空、白い雲、暗闇に慣れていた青年の目を灼く太陽。

 鳥の鳴き声、木々のざわめき。

 草の匂い、土の匂い。

 その他の物も全部、何もかもあらゆる全てが記憶のない青年にとっては鮮烈に強烈に激烈に輝いていた。


「~~~~~~ッ!!」


 迂闊?不用心?学習しろ?知らん!今なら何が来たって勝てる気がするから問題なし!


「――――ハッハーーーーーーーーッ!!」


 青年は衝動のままに叫ぶ。

 先ほどまでの警戒心も忘れ去って叫ぶ。

 我が歓喜よ世界に響けとばかりに叫ぶ。


「俺はッ、自由だぁーーーーーー!!」


 六年の鬱憤を晴らさんと、叫ぶ。





「あー、スッキリした」


 満足いくまで叫んだ後、青年はそのまま後ろの地面に腰かけていた。

 すると青年が叫び終わるのを待っていたのだろう、傍に妖精が飛んできた。


「ん?どうした?お前さんももう自由だ。どこへなりと行きな」


 青年の言葉に妖精は考え込むしぐさをした。そして数秒後、妖精はニコニコと笑いかけながら青年の肩に座った。


「やめとけ。行く当てもねぇし安全な生き方する気もねぇぞ」


 青年は世界を当てもなくぶらつくつもりでいる。もしも自由神が封印されている場所を見つけたらついでに助けてやろう、といったスタンスで。

 旅には危険が付き物である。しかも邪神の影がちらつくとあっては安全といえはしないだろう。妖精には説得の際に話してあるので青年が邪神に関わる者であることは知っているはずだ。

 しかし妖精はそこから動かずに頷いた。構わない、と。


「・・・・・・カハハ、物好きなこって。そこまで言うなら勝手にしな」


 何がこの妖精にそこまでさせるのかは分からないが、特に拒む理由もない。


「ま、もし気が変わって嫌になったらそん時にどっか行けばいい。それも自由だ、止めやせんさ」


 青年はそう言って指の腹で妖精の頭を撫でた。

 そして、ふと。


「――――ッ!?」


 青年は気づいた。自分の身体が不調を訴えていることに。

 頭がぐらつく。意識が少しだけ混濁してきた。身体に力が入らない。まるで内臓が絞られるような感覚に襲われる。

 青年は起こしていた身体をドサリと横たえた。

 妖精はあわてて肩から離れ、あたふたしながら青年の顔を覗き込んでいる。

 なんだ!?何が起きている!?

 青年は原因を探すべく視線を巡らせる。


 そして森のある一角に目を向けた瞬間。青年は自分の身体に起きている事態を悟る。


「な、なぁお前さ・・・・・・」


 腕に力を込めて妖精に手を伸ばす。

 右往左往していた妖精が動きを止めると、青年は人差し指を突き出しながら先ほど視線を向けた方向に腕を動かし、言った。



「・・・・・・あの木の実、取ってきてくれねぇか・・・・・・?」



 青年が指さしたのは橙色の実を実らせた一本の木。

 妖精は一瞬キョトンとするが、すぐに青年の要望を聞いて木の実を取りに行く。

 その後ろ姿を見ながら青年はしみじみと思い出していた。




 ――――そういえば、人間って食べなきゃ死ぬんだったっけ・・・・・・


 と。


 青年の腹がぐぎゅるるるぅ、と鳴いた。

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