ある帝国海軍艦艇の噺
平和なときの海の色が青色だというなら、私達が居た時代の海の色はきっと血で染まった真っ赤な色をしていただろう。
かつて私達の故郷は大国と戦争をしていた。そんな中、私や私の姉妹、そして沢山の仲間たちが生まれた。皆戦いに勝つために、そして戦争を終わらせるために。
私達を生み出すために沢山の技術者が汗水を流し、日夜開発に没頭してくれた。
そして私達が完成し初めての海に浮いたとき、私達を造り出すのに携わった人たちが歓声を上げ、私達の誕生を祝ってくれた。
私達が造船所から海軍に配属されてすぐに私と共に戦う兵士たちが着任してきた。訓練学校を出たばかりの新兵から百戦錬磨の兵まで多種多様だった。私は彼らに自分の力を最大限引き出してもらえるのを楽しみにしていた。
それからは毎日訓練の日々だった。先輩兵士の指導により、新兵もどんどん練度を上げ、幾らもしない内に私の力を最大限発揮できるようになっていった。
私も彼らに期待し、連戦連勝していく自分を想像した。
そこからまた幾らも経たないある日のこと、私の故郷の偉い人達が大国へ戦争を仕掛けることを決めたそうだ。
その決定が私達に知らされてすぐに仲間たちが次々と港から出港していった。私も姉妹たちと共に出港していった。
私の初陣が何処だったのかは今ではもう忘れてしまった。ハワイだったかもしれないし、マレー沖だったのかもしれない。
それからは日中の戦いでも夜戦でも勝ち続け、まさに私が想像した通りに活躍できた。初撃破をしたときの気持ちは今でも覚えている。
遠くで仲間の勝利の吉報を聞けば歓喜し、姉妹たちと勝利したときはもっと嬉しかった。
でもそんな日々は長くは続かなかった。ミッドウェーという所で仲間の航空母艦が4隻も沈められて、その時を境に私達を取り巻く状況はガラリと変わってしまった。
ある者達は最後に特攻兵器の運用母艦として任務に就いた。彼女達は最後には泣いていた。自分達のせいで未来ある若者を二度と帰れることのない死地へ追いやってしまったと。
私はこれから死ぬと運命付けられている若者を見送ったことはないが、もし同じ立場ならきっと後悔していたと思う。
それからは、連戦連勝していた仲間達も次々と傷つき、共に戦った兵士達と一緒に深い海の底へ沈んでいった。
もちろん私の姉妹も例外ではなく、私の目の前で傷つき、そして皆同じように沈んでいった。
私よりも後に生まれた子も皆同じように……
これはきっと私達の力で沢山の人達を殺めていった罰なのだと思ったときもあった。私の番が来たら全ての罰を受け入れる覚悟もしていた。
いつの日だったかは忘れたが、とうとう私にも順番が回ってきた。
私と共に戦った兵士たちは生き残るべく必死に応戦した。それでも大きな力に抗うことも出来ず、傷つき、血を流しながらも戦い、そして皆死んでいった。
私にも浮いていられるだけの力はもう残っておらず、私も間もなく海の底に沈んでいった。
その時に私が最後に見たのは傷だらけの私から命からがら脱出できた人達だった。
彼らが沈みゆく私を見送るかのように敬礼してくれたのを見たときには自然と涙が出た。この時私の仕事は全て終わったのだと感じた。
今思えば鋼鉄の体なのに涙を流すなんて可笑しな話だ。
私が沈んだ後のある夏の暑い日。私の故郷は戦争に負けたらしい。でもそれを私に知らされることは無かった。
後から聞いた話では、残った仲間は戦後の賠償のために他国へ旅に出た者も居れば、標的艦として最後まで軍艦としての軍務を全うした者も居たらしい。
戦争が終わってもなお軍艦として最後まで軍務を全うした彼女たちを私は誇りに思う。
私は今、深く静かな海の底で眠っている。遠くで眠る私の姉妹たちもこの広い海が繋がっていることを考えれば近くに居るような気がする。
かつて全力でぶつかり合った他国の子も今では同じ海の底の仲間だ。そこでは皆仲良くしている。かつて敵対してぶつかり合ったことも何もかもを忘れて。
今の海の色は何色なのだろう? それも海の底からでは分からない。きっと人の血で染まることのない綺麗な青い海が広がっているのだろう。私はここからそれを願います。
どうか忘れないで。鋼鉄の体を使い戦った私達のことを…… そしてこんなにも悲惨な歴史があったことを……
どうか、どうか後世まで伝えてください。
私達はこれからも海の底から静かに見守っています。姉妹や沢山の仲間たちといつまでも……
願わくば、人の世から争いが無くなりますように。そして、私達の名を継いだ彼女たちがこの美しい海をいつまでも守り続けてくれますように……