第9話 漆黒のローブ
再び走り出してからまた少し時間が経ったが、まだまだ夜明けは遠い。
それでも俺達は目的地にやっと辿り着いたのだ。
「ここって…。」
「あぁ、そうだ。」
そう、何を隠そうここは俺とロロが初めてこの世界に降り立った場所。
どれだけ見上げても頂上が伺えない程とてつもなく巨大な世界樹の、その麓だ。
ここへ来た理由は周囲が開けているからという理由と、もう一つあった。
この世界に来て、最初に探索した時に見つけた一本の剣。
それは台座に収められている訳でも、光り輝いてる訳でもない錆だらけの日本刀だった。
「その剣って…。」
「知っているのか?」
ロロが考え込むように顎に手をやって首を捻る。
「確か前にオリバー爺から聞いた事があるわ。何でも、昔奇妙な鎧を纏った武人らしき人間がこの場所で朽ち果てていて、その傍らに刺さっていたのがそこにある奇怪な形をした剣だって。」
何故か誰にも引き抜く事はできず、今日までこの場所に刺さったままなんだとか。
見た目も錆だらけで貴重そうでも無かったから、というのも理由だそうだ。
しかし、意味深気に刺さっていたから勇者の剣かと思ったけど、そんな事もないのか…。
それでも、俺が居た世界の産物に違いない。
なんといってもその形状が、間違いなく日本刀だったからだ。
その話を聞き終わると、俺は静かにその刀に歩み寄り引き抜く事を試みた。
ふんぬッーー!!くそッ、ダメか!!
間抜けな声が出ただけだった。
こんな危機的状況だから、もしかしたらと思ったんだけどそんな簡単には行かないらしい。
「きっと無駄よ。今まで誰が引き抜こうと試しても抜けなかったんだから。それに、そんなボロボロの刀身じゃあきっと役には立たないし。」
まぁそうですよねー。
これがゲームなら、世界に選ばれた勇者として難なく引き抜き活躍するんだろうけど、生憎と俺は勇者でも何でもない。
ただのオタクだ。
『真人…奴らがもうすぐ近くまで来ているよ。』
「さすがに早いな…。」
クロがアミュレットの中から教えてくれる。
少しだが、魔物の気配がわかるらしい。
ここまで逃げ切れたのも奇跡だろう。
そう思わされる程、奴らは素早かった。
「どうするの…?」
不安そうな顔でロロが訪ねてくる。
うーん。
正直、万策尽きたーっ!!って叫びたい所なんだけど、そうもいくまい。
二人で無事帰るって約束したしな。
それなら策は一つしかない。
あの二匹のヘルハウンドを倒す、それだけだ。
「ロロ、火属性の中級魔法は使えないか?」
「わからない…。いままで成功した試しが無いし、もし失敗したら魔力が尽きてきっと倒れちゃうし…。」
賭け、か…。
正直奴らを倒す算段はロロに頼りきりになってしまう。
中級魔法は初級魔法に比べて威力も範囲もデカいが、その分長い詠唱を必要とする。
そうなると俺に出来ることはただ一つ。
「やってみよう。その間、俺が囮になる。」
「無茶よ!!あんなすばしっこい奴の囮なんて、すぐに捕まっちゃう!」
まぁ、普通ならそうだろう。
でも俺は一人であって、独りじゃない。
「クロ、リダンツ!!」
声高にアミュレットへ向けて叫ぶ。
まぁ、そんな事しなくても普通に頼めば良いんだけどね。
魔法が使えないから、雰囲気だけでも味わいたかっただけです。
『なんだい?その掛け声は。」
飽きれた声で応答しつつ、クロがアミュレットから出てくる。
「合図だよ、合図。俺がリダンツ!って叫んだら出てきてくれると嬉しい。」
『すぐ格好つけたがるんだから…。』
いいじゃないか、こんな状況なんだし。
最悪、これで最後かも知れないしな。
おっと、縁起でもない事を考えるのはよそう。
「クロを呼び出して、どうするつもり?」
「俺とクロで囮になる。俺が逃げ回って、クロにちょっかいかけて貰いながらな。」
気休め程度にしかならないかもしれないが、少しでも成功率を上げておきたい。
さっきの感じだとヘルハウンドは頭が良いわけでもないみたいだし、クロが協力してくれれば上手くいくかもしれない。
「正直、決定的な勝敗を別けるのはロロの魔法次第だ。重大な役目を押し付けて悪いが、頼む!」
「…ふんっ、そこまで言うなら仕方ない!」
強気な返事が心強い。
ロロは両手を腰に当てると、ついに辿り着いたヘルハウンドへ向けて仁王立ちする。
「わたしは世界最強の大魔導士、オリバー・J・カーディナルの一番弟子!!ロロ・カーディナルよ!!わたしが天才魔導士だって事を、その身で嫌と言うほど思い知るがいいわ!!」
威風堂々と言った様子で声高にそう宣言した。
さっきの弱気な彼女は何処へやら、そのあまりの頼もしさに場違いながらも破顔してしまったのだった。
※※※※※※
「ちょぉぉおおっ!!待ぁぁあああっ!!」
情けない悲鳴が森に木霊する。
格好よく囮を引き受けたものの、素早すぎるわ!!
ヘルハウンドがその鋭い爪を振り下ろす度に、泣きながらギリギリで回避し続ける。
仕方ないじゃん!バイト以外ではほぼ引き篭もっていたんだから!!
何度死んだかと思ったかわからないが、奇跡的にまだ俺は生きていた。
それというのも、奴らは確かにめちゃくちゃ動きが早いけどパターンがあった。
突進。
爪を振り下ろす。
一旦下がる。
再び突進、噛みつく。
そして様子見。
基本的にこの動作をループしている。
一度は攻撃を喰らってしまったが、この程度なら男の勲章!と割り切れる。
いや、クッソ痛いんだけどね。
それに、クロがそのヘルハウンド動きを完全に把握して俺の脳にインプットしてくれたおかげもある。
チート的な能力を持ち合わせていない俺だが、クロが見たもの聞いたものに関しては驚異的な記憶力を誇る。
そんなわけで、ロロが詠唱を続けている数分の間、何とか持ち堪えることが出来ていると言うわけだ。
それでもかなり危機的状況に変わりはない。
「ロロぉ!?まだかぁぁああ?!」
「まだよ!!格好付けたんだから、もう少し頑張りなさいよねっ!」
ひぃいいいッ涎が!涎が顔に掛かったぁ!!
こんな恐怖を味わうのなんて生まれて初めてだ…。
クロはクロで、俺が危機的状況に陥ったのを見計らってちょっかい出したり、ロロの方へ向かおうとするヘルハウンドの足止めをしたり忙しなくしていた。
『真人、これ以上攻撃を受けちゃダメだよ。さすがに次は即死だと思う。』
「わかってるよ!うぁっあぶねー!!」
受け答えするのもやっとだ。
嚙みつこうと突っ込んできたヘルハウンドの攻撃をまたしても寸での所で回避する。
「…イル、クレウ、メギラ、ヴァイス…。マサト、詠唱が終わったわ!!」
「よくやった!一箇所に集めるから盛大にやってくれ!!」
合図を受け、俺とクロは一番開けた場所に集う。
詠唱は無事成功したようだ。
俺とクロに向かって二匹の猛犬は脇芽を振らず突進してくる。
散々回避されて頭に来ているのだろう。
強烈な殺意を一身に浴びたせいで思わず足が震えてしまう。
それでもなんとか力を振り絞り、攻撃を回避してすぐにその場から離れる。
「いまだッ!」
「フレアデスッ!!!」
ロロが最後の単語を唱え終えると、その突き出した両手から巨大な獄炎球が発現した。
ジリジリと彼女の足元の芝生が焼けていく、こちらに届く程の凄まじい熱量だ。
あまりに驚異的なその光景に、目を見張るものがあった。
これが中位魔法か…。
そう思うのも束の間、すぐにロロは両手を振り降ろし、ヘルハウンドへ向けて勢いよくその巨大な獄炎球を放つ。
そのスピードも目に追い付かない程で、戸惑っているヘルハウンドは回避も叶わずその身に魔法を直撃させてしまった。
衝突と同時に轟音が鳴り響き、焦土の上にはボロボロになった二頭の犬。
まじか、本当に倒しちまった…!
「やったぞロロ!さすがだ!!」
「っ…当たり前じゃない……。この私にかかれば…あんな…相手…。」
そう強気な言葉を吐く彼女。
しかし、言い切る前に倒れそうになる。
「ロロっ!!!」
思わず駆け寄り彼女を抱きとめる。
息はある。生きている。
だが、かなり弱っているようだ。
慣れていない上にあれだけ強大な魔法を撃ったんだ、魔力が枯渇しているのだろう。
緊張が解けたのもあるかもしれない。
ロロの身体を抱きかかえ、世界樹に寄り掛からせる。
意識は失くしているようだが、呼吸は落ちき始めているようだ。
とりあえず、自分も隣に腰掛ける。
本当に疲れた…。
ヘルハウンドも確かに倒したし、これで一安心だろう。
『おつかれさま、よく頑張ったね。』
「あぁ、クロもお疲れ。本当に助かった。」
クロが居なければ、確実に今俺は生きては居なかっただろう。
そう思いながら芝生に寝転び、一息つく。
このまま寝てしまいそうになるが、そうもいくまい。
ロロが目覚めたら朝を待って家へ戻ろう。
そうしたら、沢山寝て、それから…。
※※※※※※
ふと目が覚めた、いつの間に眠っていたのだろうか。
パチンッ!
離れた場所から枝を折るような音が聞こえた
何の音だ…?ヘルハウンドは確かに死んだハズ。
ついさっきまで死闘を繰り広げていたあいつら以外に、思い当たる事なんてない。
急いで身体を起こし、周囲を再び警戒する。
「クロ!まだ近くに何かいるのか?!」
『わからない…。けど、何かがこっちに向かってきている気配がする…!』
クソッ!!なんだってこう立て続けに!!!
まだ節々が痛む身体に喝を入れて、敵襲に備える。
漆黒のローブ。
姿を現したそいつは、夜の森が霞むほどの闇を纏ったような…。
その姿を見た瞬間身体が硬直した。
本能が警笛を鳴らしている。
勝てない、あいつには絶対に勝てない。
顔をすっぽりと覆い隠したそいつの表情は全く伺えない。
ふと視線を落とす、足が無い…。
浮遊しているのだ。
木々の間を抜け音も無く、静かに、ただ静かに、だが確実にこちらへゆっくりと迫る。
ロロはまだ気を失っている。どうしよう…。
どうするか必死で頭を回転させている俺に向けて、その不気味なローブは地を震わす程の低い声でこう言った。
『イセカイ…インシ……。』
読んで頂きありがとうございます!
序章も終盤となって参りました。
かなり急ピッチで書き進めたので、誤字脱字等気になる事がありましたら是非ともご指摘頂けると幸いです。
引き続きよろしくお願いします!