第6話 超文明の利器
オリバーさん宅で過ごして1週間程が経過した。
その間していた事といえば、ロロと一緒に食料や薬草を集めに行ったり、完治したら首都へ行く事をオリバーさんへ伝え、その準備をしていたくらいだ。
宿泊中は二階にある客部屋を利用させてもらっていた、本当に至れり尽くせりで感謝だ。
ロロは最初会った時と比べて幾らか対応が柔らかくなった。
キノコや山菜を採取しながら積極的に話しかけていた成果だろう。
初めは煙たがられていたが、基本的には俺が無害だという事がわかって邪険にしなくなった。
根本は良い娘なのかもしれない。
まぁ、虫ケラを見るような目に変わりは無いんだけどね。
この家の家事全般は彼女が一人でこなしている。
朝早くに朝食を作り、洗濯終えると食料を集めに出掛ける。
空いた時間にオリバーさんから魔法を習っているようで、俺も一緒に教えて欲しいという事を伝えると快く許可してくれたのだが…。
「あんた…才能無いのね。」
「ふむ…。」
壊滅的にダメだった。
右手を前に突き出し、左手はピースサインで左目に添え、大声で水魔法の詠唱をしたが水の一滴すら出なかった。
なんでやっ!!異世界転移者なんだから、ここは何かの間違えで最強魔法が発動する場面だろ!
静かにポーズを解いて俯いている俺に、ロロとオリバーさんは哀れみの視線を向けてきた。
頼むからそんな目で見ないでくれ…恥ずかしくて死ぬ…。
この世界の魔法は空気中に漂う魔素と、体内にある魔力を練って効果をイメージしながら発現させるらしい。
重要なのは元から体内に宿る魔力量とイメージの強さで、高位の魔術師となると魔素が無くても己の魔力だけで魔法を発動させる事ができる。
そのイメージを補助するのが詠唱で、無詠唱で魔法を扱うには気の遠くなる程同じ魔法を使い続けないといけないとか。
そして、何故俺が魔法を使えないかというと。
「気の毒じゃが、マサト君は一切魔力を持っていない。普通どんな人間でも一定量持っているハズなんじゃが…。全く無いという人間は初めて見たわい。」
愕然とした。
え、それじゃあ俺こんなファンタジーなだけが取り柄の世界で魔法使えないの?!
意味無いじゃんっ!
がっかりと肩を落とす。
俄然早く帰りたくなった…。
魔力を使わなくても大気中にある魔素をうまく操作できれば可能性はあると言われたが、そんな前例は無いらしい。
ちなみに大精霊様である所のクロは膨大な魔力を宿しているらしく、魔法が使えれば相当強力なんだそうだ。
犯人はお前かっ!!
そうなると魔力の源って魂なのか…。
くそぅ、魂が抜けるなんて特殊な状況だから少しはチート能力に期待していたのに本当に弱体化しただけなんて…。
さらに、クロは魔力だけは膨大にあるが剥き出しの魂な為、魔法を使う事はできないらしい。
ことごとく使えないヤツだった。
「ルース、ヴォア、イア!」
落胆している俺の隣でロロが呪文を唱える。
火属性の下位魔法である火の玉で、出会い頭俺が撃ち込まれたあのトラウマの魔法だ。
突き出した右手からサッカーボール程の火の玉が生成され、勢いよく噴出される。
「おぉ…すげぇ。」
「ふふん!」
超ドヤ顔でこっちを見てきた。
イラっとする態度だが、その子供っぽさがどこか可愛くて憎めない。
かわいいは正義なのだ。
飛んでいった火の玉は湖に落ちて消滅する。
燃え移ったら大変だもんね。
ちなみに、ロロは火属性の下位魔法しか使えない。
人それぞれ生まれ持った得意な属性があって、ロロは火属性だからという理由だ。
もっとも、得意な属性以外も修練すれば使えるようになるそうだが、ロロが2年間修行してやっと一つの属性の下位魔法を習得できたレベルだから、上位魔法なんて夢のまた夢だろう…。
属性は大きく別けて火、水、風、土の4種類と、光、闇、無属性と全部で7つある。
後者3つの属性は扱える人間が殆どいないレア属性らしい。
そのうちの無属性は、主に武器や防具や魔法陣に宿す属性で、宿すモノや魔力量によって様々な効果を発揮するらしい。
それぞれの属性毎に下位、中位、上位と別れていて、位毎に威力や範囲が異なる。
この世界で上位魔法を扱える人はかなり少ないらしい。
ちなみにオリバーさんはレア種三属性以外カンストしている。
すげーチートおじさんだった。
まぁ、もう魔法の話はこれくらいにしよう。
どれだけ考えた所で俺には使えないから、ひたすら悲しくなるだけだ。
あれ、なんかちょっと涙が出てきた。
どこまでチートとは無縁なんだ、俺は…。
とにかくそんな感じで1週間があっという間に過ぎた。
見るもの全てが新鮮だったので、わりと楽しい時間だった。
※※※※※※
とある日の朝、俺とロロはオリバーさんに呼び出されリビングに集合していた。
何やら話があるらしい。
「オリバー爺、話ってなに?」
「うむ…実はな、首都から緊急招集があって暫く留守を頼みたいんじゃ。」
緊急招集?何かあったのだろうか。
少し前にクロが読んだ資料の中に政治関係の書類もあったから何となくわかるが、何か大きな厄災や国家の危機に瀕した場合、各地から有識者を集めて会議を開くらしい。
滅多な事で緊急会議は開かれないから、数十年の間歴史には無かったハズだが…。
とにかく、首都から緊急招集がかかると言う事は何か良くないことが起こったからだ。
転移してきていきなり世界が滅亡とかしないよね…?
不安そうにしている俺の表情を読み取ったのか、オリバーさんはフォッフォッフォと笑う。
「なぁに、心配には及ばんよ。どうせつまらん事で権力者が揉めでもしたのじゃろ、すぐに戻ってくるわい。」
まぁ、オリバーさんがそう言うんだから大丈夫なんだろう。
何かあったとしてもこの人なら一瞬で解決してしまいそうだ。
ほっと肩を下ろし、ため息を吐く。
ロロも同じ気持ちらしく、安堵に表情を緩ませていた。
「あ、首都へ行くんでしたら良かったら僕も連れて行ってくれませんか?」
せっかくだし一緒に行きたい。
オリバーさんが居れば心強いし、安全に首都まで辿り着ける。
「ふむ、しかし治りかけとは言ってもまだ火傷が完治しておらんじゃろ?それに今回は緊急の為ゆっくり移動できる時間は無いんじゃ。すまんのぅ。」
「そうですか…。いえ、無理を言ってしまいすみません。」
まぁ、元から一人で行く予定だったし仕方ない。
誰かに頼りきりなのはマズいしな。
「それじゃあロロとマサト君、わしが居ない間ここの留守を頼んだぞ。3日程で戻れるハズじゃから。」
「まって。」
伝える事を伝え終わり、オリバーさんが席を立とうとしたところをロロが制止する。
「なんじゃ?」
「つまり、三日の間マサトと二人っきりで過ごせってこと?」
まぁ、そうなるよな。
ん?
まじか!!なんだその素晴らしいイベントは!!
若い男女が一つ屋根の下…、元居た世界では一生経験できないイベントだ。
もちろん何か良からぬ事を仕出かす勇気は無いんだけど、シチュエーションだけでもドキドキしちゃうよね。
「こんな覗き魔と二人きりなんて嫌よ!!」
ぐさっ。
うぅ…不可抗力とはいえ否定できないのが辛い。
「しかしのぅ、元々マサト君を怪我させたのはロロじゃし、責任を持って治療するべきじゃろ?」
「うっ…それを言われたら反論できないけど…。」
「それに、大精霊様も一緒にいるんじゃ。大精霊様にマサト君の監視をお願いすれば大丈夫じゃろ。」
その返答に答えるようにクロがアミュレットから姿を表す。
何の演出も無くスルっと出てきて、机の上を浮遊している。
『大丈夫だよ。真人にそんな甲斐性無いし、僕がちゃんと見張っててあげるから。』
「うぅ、クロがそう言うなら…。」
渋々、といった様子でロロが納得する。
ロロとクロはこの数日でかなり仲良くなっていた。
元は同じ存在なのに、クロばっかりズルい!と嫉妬してしまうくらいに。
まぁとにかく3日間という短い間だが、ロロと俺は二人で過ごす事となった。
密かにラッキースケベを期待しているのは秘密だ。
そんな事を思うとクロがこちらを振り向き、少しだけ威圧してきた。
考えが読まれてしまったようだ…、やっぱり悪い気を起こすのはよそう…。
その後すぐにオリバーさんは首都へ飛び立った。
文字通り、飛び立って行った。
あれは風属性魔法だろうか…、空飛べるなんて羨ましいなぁ。
俺とクロとロロはその姿を見送り、いつも通り採取に出発した。
今日は魚釣りをするみたいだ。
湖には食べれる魚が泳いでいて、そのどれもが美味しい。
元の世界でも釣りは経験があったので、こちらはロロよりも成果を上げる事ができた。
毎回終わり際に悔しそうにしている彼女に唯一ドヤ顔できるので好きな作業だった。
今日もとてもいい天気だ。
湖は日差しでキラキラと輝き、少し熱を帯びた風が肌を撫でる。
鳥のさえずりが耳に心地よく、気を抜くとうたた寝してしまいそうだ。
ロロは少し離れた場所で同じように釣竿を握っていて、その表情は案の定眠そうだった。
あっ、今あくびしたな。
眺めていたら目が合ってしまい、彼女は顔を赤くして恥ずかしそうに睨んだ後そっぽを向いてしまった。
うーん、喋らなければ本当に可愛いんだけどなぁ。
何か話せばすぐに毒を吐くので、それだけが残念だ。
ぼけーっと湖を眺めているだけなのも暇なので、スマホを取り出し電源を入れ、空へ突き出す。
電波なんて入らないのはわかっているが、もしかしたらと期待してしまう。
まぁ、どれだけ持ち上げていても圏外なので諦めて降ろして電池に余裕が無いのですぐに消す。
モバイルバッテリーも底を付いているので、これが切れれば最後だ。
そんな事をしていると、近くにロロがやってきた。
いつの間に移動したのだろうか。
「何か用か?」
「さっき空に向けてたのって何?」
「あぁ、これか。スマホっていう機械だ。」
彼女の顔の前にかざして見せてやる。
ふふ、どうだ驚いたか。
異世界の超文明が生み出した精密機器だぞ。
ドヤ顔で見せつけてロロの顔色を伺うと、彼女は予想に反して青ざめていた。
「おい、大丈夫か?」
「…これ、わたしも持ってる。」
は?なぜ?
この世界の文明はそこまで進んでいない為そんなのはあり得ない。
もし持ってるとしたら俺と同じように転移して来た人間か、スマホだけ転移してきてそれを拾ったかのどちらかだ。
「ちょっとこっち来て。」
「わわっ、何すんだよ!わかった行くってば!」
いきなり強引に腕を引っ張られたので釣竿を取り落としそうになる。
仕方ないので一旦陸に上げて付き従う。
何だっていうんだ…。
彼女に引き摺られるまま家まで戻って来た。
どうするのかと思っていると『ここで待ってて。』とロロの部屋の前で待たされる。
何をするつもりだろう。
彼女はすぐに戻ってきた。
その手に小さな何かを抱えて。
「嘘…だろ?」
俯いたロロは静かにそれをこちらへ渡す。
よく確認するまでも無く、間違いなくそれは旧式のスマートフォンだった。
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