第5話 赤毛の少女
アルケー大陸。
それはこの世界の中心に位置する最も大きな大陸だ。
様々な種族が各地で生活し、海を挟んだ他の6つの大陸との貿易が盛んに行われている。
各地の商人達は港町でそれぞれの特産品などをアルケー大陸の中央に栄えるリテマニア王国の、その首都であるヴォイニルへ運び商業を営んでいる。
その為、ヴォイニルには多種多用な種族が集まり活気に満ちていた。
他の6つの大陸はそれぞれ大きく異なった特性を持っていて、魔族の大陸だったり砂漠の大陸だったり年中雨が降っている大陸だったりと、それぞれに適した種族が暮らしているそうだ。
文化や言語もバラバラだが、共通語であるヴォイニル語さえ話せればある程度は何とかなるらしい。
まぁ、俺の場合はクロに学ばせればすぐに覚えられるから言語については問題ないだろう。
歴史について、この書斎には300年より前の記録が記されている本が無かった。
300年前、魔族や魔物を統べる魔王が誕生し、人族と亜人族は協力して敵対するも、相手の統率力が凄まじく劣勢に陥っていた。
その100年後、一人の勇気ある平民が立ち上がり、最強のパーティを集めて果敢にも魔王へ挑み見事勝利したという。
ド◯ゴンクエストか。
ベッタベタのシナリオがまさか違う世界で本当に繰り広げられていたとは露ほどにも思ってなかった。
地球には魔法も軌跡もないんだよ!
魔王を討ち滅ぼした後はそれぞれ自分の大陸へ戻り、しばらく冷戦状態は続いたが数年の間に戦争は完全に終わったらしい。
それから200年という年月を重ね、統率を失った魔物は各地へ散り、一部の魔族以外とは比較的安定した関係を築く事ができたそうな。
めでたしめでたし。
ざっくりだが、ここまでがクロの集めた情報だった。
残念ながら元の世界へ戻る手掛かりとなる本は無かったが、この世界の歴史や地理をある程度知る事ができたのはとても大きい。
魔法や剣術についての知識も得たが、これは追々必要になった時思い出して実践するとしよう。
なにはともあれ今後について考えなければならない。
目的はもちろん元の世界へ帰る事。
当たり前だ、ゲームもPCも無い世界で生き続けるなんて俺には不可能だ。
既にコーラ禁欲症状で手足が震えそうな勢いなんだ、早い所この世界とはおさらばしたい。
でも焦りは禁物だ、とにかく首都へ出て情報をひたすら集めるのが先決だろう。
金策も考えないといけないし。
そうと決まれば、しばらくここで療養させてもらいながら首都ヴォイニルへ向けて旅の準備をしよう。
クロは有益な情報が他に無いと分かるとすぐにアミュレットの中へ戻った。
頭痛は酷かったけどその分助かった、お疲れさん。
『どういたしまして。』
とりあえず上へ戻ろう。
木造の為か少し軋む階段を登りきると、玄関前に昨日の赤毛の少女が立っていた。
少女はこちらに気がつくと、すぐに不機嫌そうに目を吊り上げて口をへの字に曲げた。
「なんだ、生きてたの。」
「おかげさまで、昨日はありがとうございました。」
開幕早々皮肉を打ち込まれたので皮肉で返してやる。
初対面なんだから少しは礼儀を弁えなきゃだめよ。
少女は顔を真っ赤にし、今に殺してやる!と言わんばかりに睨んできた。
その手には薬草らしき葉が入ったカゴを抱えており、昨日は降ろしていた髪を後ろで結わえていた。
ポニーテールという奴か。かわいい。
怒っているその表情でさえ人形なんじゃないかと思う程整っている。
身長はかなり低めで、150cmに届くか届かないといったところだろう。
胸は、まぁ無い。
「いま、とっても失礼な事を考えなかった?」
「滅相もございません。」
青筋を浮かべたまま急に笑顔になった少女は流石に恐ろしかったので茶化すのはやめる。
また火だるまにされたら敵わないしね。
ふんっ!とそっぽを向いて『ただいま。』とオリバーへ声を掛ける。
薬草が入ったカゴを乱雑にテーブルに置くと、水場で手を洗い始めた。
「紅茶を淹れておる、席について寛ぐといい。」
「ありがとうございます。」
お言葉に甘えて席に着き、一口頂く。
おぉ、めちゃくちゃ美味い。
紅茶はあまり詳しく無いが、かなり高級な茶葉なんじゃないだろうか。
口に含んだ瞬間芳醇な香りが広がる。
幸せ…。
ホッと一息吐いていると、少女が手を洗い終えオリバーの隣へ座る。
マナーとは縁遠い仕草でカップを掴み、ごくりと飲んだ後肩肘を付いて再びこちらからそっぽを向いた。
まるで切り立つ崖のような対応だ。
完全に嫌われてるなぁ…。
「これ、そんな態度ではお客人に失礼じゃろ。ちゃんと自己紹介なさい。」
オリバーが軽く注意すると、諦めたようにため息を吐いてこちらに向き直った。
髪は既に降ろしている。
ポニーテール、似合っていたのになぁ。
「初めまして、ロロ・カーディナルです。宜しく。」
簡潔に言い切って、腰まで掛かるクセのある赤髪をファサッと手で払う。
完全に棒読みだったが、ちゃんと自己紹介してくれただけマシだろう。
先日は失礼しました、と一応謝罪してこちらも続ける。
「こちらこそ初めまして、秋原真人です。日本という国から来ました。宜しくお願いします。」
ここは丁寧にいく。
既に好感度は地の底だろうが、極力イメージアップを図りたい。
昨日のアレは不可効力だし、できれば嫌われたくないものだ。
「日本…?」
訝しげな視線を向けられる。
まぁ、こちらからしたら異世界の地名だし知る訳も無いだろう。
しかし予想とは裏腹に、一瞬何か心当たりがあるような表情を浮かべた後すぐに首を降った。
「そう、聞いた事の無い国ね。トロフ大陸にあるの?」
「誰が魔族だっ!?」
トロフ大陸といえば最南にある魔族領じゃねーか!
ぐぬぬ、少しかわいいからって良い気になりやがって!!
流石に失礼すぎるだろこの娘…。
いや、水浴び覗くほうがよっぽど失礼だと思うが、いくらなんでも酷すぎる。
「すまんのぅマサト君、ロロは少々性格に難があってな…。顔はかわいいが、他はダメじゃ。」
「オリバー爺、それセクハラだから。」
いやいや!セクハラ以前にお前、自分の爺さんから顔以外全否定されてっけど?!
もしかして、頭が少し弱い子なのかな…。
「また失礼な事考えてる。」
「滅相もございません。」
頬を膨らませてあざとく睨んできたので慌てて弁解する。
こいつ、人の考えてる事が読めるのか…?
というかロロとオリバーさんって全然似て無いよなぁ。
いやまぁオリバーさん200歳近いし、何代も離れた子孫なのかもしれないけど。
そもそも見た感じロロはエルフのように耳が長くない。
複雑な関係なのだろうか。
貴族名も付いてなかったし。
まぁ、あまり詮索するのは良くないだろう。
しばらく滞在している間に向こうから話してくれる機会があれば聞くとしよう。
「あ、それと一応精霊のコイツも紹介しておきます。」
アミュレットを軽く小突いてクロを念話で呼ぶ。
念話というか、クロは俺の考えてる事がわかるから頭の中で語りかけてるだけなんだけど。
どう収納されているのか不明だが、黒い霧を勢いよく噴出させてゆっくりとその姿を現す。
あれ、そんな演出あったっけ。
『初めまして、マサトと契約している大精霊のクロです。宜しく。』
なんでこいついちいち小ネタ挟もうとするの?
本当に感情ないの?
確かにクロが俺の魂だという事を知られるのは危険だからという事と、精霊と都合良く誤解されているから他言無用にしようと決めたけど、自分で大精霊とか言っちゃうか普通。
その演出にロロは目を丸くさせて驚き、オリバーはウムウムと神妙に頷いていた。
喋る精霊というのは非常に珍しいそうで、名のある大精霊クラス以外は言語を理解する事すら出来ないらしい。
そんな大層なヤツじゃないんだけどね。
俺の魂だし。
そんな茶番も終わると、また直ぐにクロはアミュレットへ戻っていった。
その後もロロは相変わらずムスっとしていたのでオリバーさんと話を続ける。
聞く所によるとやはりここは湖のすぐ近くの家で、オリバーさんとロロは二人で静かに暮らしているらしい。
孫娘と二人でのんびり暮らしているなんて羨ましい老後生活だなぁ。
俺も老後は美少女の孫娘と田舎で暮らしてぇ…。
半引き篭もり生活を辞めないと不可能だから、実現しないだろうけどね。
オリバーさんは割と饒舌で、この周辺に魔物が現れないのは聖域だからという理由を話してくれたり、唐突にロロの下着の色を口走ったり、首都ヴォイニルへは徒歩で3日ほどかかる事を教えてくれたり、唐突にロロがブラをしていない事を口走ったりしていた。
な、なんだこのエロジジィは…。
世界一の大魔導士という名が聞いて号泣するぞ。
会話の所々に地雷を仕込んでロロにぶん殴られている姿は、最初のイメージを大幅にぶち壊すには十分だった。
おかげでオリバーさんとはとても仲良くなれた。
ロロは数時間一切口を聞いてくれなかった。
できれば美少女と仲良くなりたかったよ…。
そうしてオリバー宅での最初の1日は過ぎていった。
時間があれば魔法についても少し教えてもらおう。