第3話 道なき道を行く
獣道を歩く、歩く、歩く…。
「だぁぁあああっ暑ッッちぃいい!!!」
思わず叫んで手頃な切り株にドッサリと腰を落とした。
大樹のある広場から離れ、水の音を頼りにひたすら歩き続けて1時間くらい。
時間はスマホで確認したけど、この世界の時間はどう流れているんだろう。
とにかく地球時間にして1時間、滝のように流れる汗を拭いながら歩き続けたけどもう限界。
紺色の半袖シャツと白いパンツはびしょびしょ。
そもそも山を歩く格好じゃない。
ショルダーバックに何か食べ物は入っていなかったかと確認したが、サイフとポータブル充電器とガムしか入っていなかった。
酸欠気味なのでガムを噛むわけにもいかず、仕方なく再び立ち上がり歩きだす。
『普段から運動していれば困らなかったのにね。』
「うるせー…。」
歩いている間はクロとは他愛もない話しかしなかった。
記憶を共有している上に、クロは魂だから人間的な感情を持ち合わせていないらしい。
基本的にこちらから適当に話しかけて、簡潔に答えが返ってくる程度の会話なので大して面白くは無いが、一人黙って歩いているよりマシだった。
…いや、まぁ元は同じ存在だから独り言のようなものなんだけど。
暫くの間そうやって道なき道を進み続けた。
そういえばこの世界には魔物とか居ないのだろうか?
離脱した魂が形を成して発現するくらいだから、ファンタジー的な要素があってもおかしくないと思うんだけど、周囲には小鳥だったりリスのような動物だったりと小動物しか見受けられない。
もっとも、動物図鑑でも見た事無い小動物達だったが。
特に襲いかかって来るような輩もいなかった為、難なく歩き進める。
「…ん?」
足元に水が流れている。
チョロチョロと頼りないが、これを辿っていけば川にでも辿り着くんじゃなかろうか。
「取り敢えず、流れに沿って歩いてみるか。」
『気を付けてね。』
心配しているような言い草だが、意訳すると"お前が死ねば自分も死ぬから気を付けろ"って事だろう。
感情を持ち合わせていないって自分で言ってたしな。
『心外だね、少しは心配しているよ。』
「心を読むなよ!」
『勝手に流れ込んでくるんだから仕方ないじゃないか。』
その茶番に溜息を吐いて応じる。
俺が内心ビクついているのを見透かして茶化したのだろう。
おかげで緊張が和らいだ。
そうやって自分の気持ちとは真反対の意見を無意識下で出すのも、魂の役割だったのかもしれないな。
知らんけど。
とにかく喉も渇いたし飲み水のある場所へ行きたい。
少し下ると予想通り小川が流れていた。
水は見るからに新鮮で、思わず両手で救って口に含む。
「…うん、うまいっ!!」
もう雑菌とか本当にどうでもいい!
脱水症寸前だった身体に冷たい水が染み渡る…。
こんなに自然豊かな森の湧き水だ、腹を壊す事もないだろう。
暫く無言で飲み続けて喉が完全に潤った。
「そういえばお前は水とか飲まなくて平気なのか?」
首元のアミュレットに話しかける。
側から見れば完全にキまってるようにしか見えないだろう。
『僕はエネルギーを消費しないから問題ないよ。ただ、君の五感は共有しているから味は伝わってくるね。』
今度何かされたら最高にマズいモノを食ってやろう。
クロの言う事は哲学的で難しいから基本的に聞き流す事にしている。
いちいち考えていたら悟りを開いてしまいそうだしね。
今度は大きめの石に腰掛けて、少しだけ休憩する。
え?休憩し過ぎだって?半引き籠りを舐めちゃいけないよ。
まだまだ日は高く、時間もありそうだしね。
今の発言、登山趣味の人に言ったら流石にぶん殴られそうだな…。
とりあえず、こんな状況の時どうするんだっけ。
あっ、寝床を何とかしないといけないよなぁ…。
今は何の脅威も感じられないけど、夜になったらどうなるかわからない。
簡易的にでも寝床を用意して火を起こさなければならないだろう。
あとは食料か…、その辺に生えてるキノコとか見るからに毒キノコです!
と言わんばかりのサイケデリックな見た目だしなぁ。
ふと視線を落とすと、魚が泳いでいる。
「…なぁクロ。」
『無理だよ。』
ムリかー、流石に槍とかに変形して魚を仕留めるとかムリかー。
言う前に頭の中を読まれてしまった。
まぁ、そんな便利能力期待してなかったけどね。
それでも真面目に食料問題は解決しないとな。
取り敢えず湖に到着したら寝床を確保して、食料は最悪今日はガムオンリーだな…。
そもそも近くに湖があるのかすら分からないが、事情を知っていそうだったあの憎き謎男が初めに行けと言うんだからそう遠くには無いだろう。
楽観的過ぎるが、そうやって考えていないと色々押し潰されてしまいそうだった。
とにかく陽が落ちる前に行ける所まで行こう。
深く考えるのはその後だ。
※※※※※※
はい、陽が完全に落ちました。
もうね、あんな見るからに怪しい男を信用した俺がバカだったよ。
川に沿って歩けど歩けど湖なんて見えやしない。
すぐ行けなんて言うから近くにあるもんだと思ったらこれだ。
次に会ったら絶対にゆるさん!
と、心の中で悪態を吐いてる暇も無い。
夜の森は本当に怖い。
今の所襲われてはいないが、木々の間から何かが覗いている錯覚に囚われて恐怖でどうにかなりそうだ。
「クロ。お前戦えないの?」
『無茶言わないでよ。僕に何ができると思うの?』
「…体当たりとか?」
『下手に攻撃して反撃されたら割とすぐ消えると思うよ。』
「弱っ!!そのナリで物理通るのかよ!!」
使えない魂だった、一体誰の魂だよ。
あっ、俺のだった。
なんてね、ふはは。
心の中で寒いノリツッコミをかまして精神の均衡を保つ。
しかし割と冗談抜きで寝床を確保しないとマズいな…。
せめて少しでも開けた場所に出ないとダメだ。
山に適さない靴は既にボロボロで、服もあちこちに引っ掛けまくって見るに堪えない見た目になっていた。
満身創痍だ。
「…もうダメだ、俺はもう歩きたくない。」
『こんな所で諦めないでもう少し頑張ってよ!』
ちくしょう、言うだけなら簡単だろうに…。
自分は良いよなー、ボケーっとしているだけで移動できるんだから。
『…それを言われたら何も言えないよ。』
「はやく俺の身体に戻って代わりに動いてくれよ。」
『いや、戻っても無理だよ…。』
しかし、真面目にもう限界が近かった。
そもそもバイト終わりで疲労が溜まっているんだ。
ここまで歩き続ける事ができたのさえ奇跡だろう。
ステータスがあるなら確実に爆上がりしているレベルだ。
ついに目が霞んできた所で、森の奥に光が見えた。
「おい、アレって…!」
思考が吹っ飛び、光に向かって残る体力を振り絞って走る。
休憩を挟み歩き続ける事約5時間。
我ながら本当によくやったと思う。
「湖だ…。」
凪いだ水面に月明かりが浮かぶ。
幻想的な景色で視界がいっぱいになる。
それは大きな、大きな湖だった。
ふらふらと身体を引き摺り水面に近づく。
あぁ…、感慨深い。
「…あ?」
目の前に人影が見えた。
疲れ果てていて全く気がつかなかった。
月明かりに照らされたその人物は、人形のように整った端正な顔立ちだった。
払った髪は赤く妖艶に輝き、水飛沫を上げる。
妖精が現実に存在するなら、きっと彼女のような見た目をしているのだろう。
茫然とその光景を眺めながらそんな事を思った。
彼女はゆっくりとこちらを振り向き、暫く見つめ合ったあと目尻を上げて叫んだ。
「きゃぁぁぁぁあああああああ!?!?!?」
「うぉぉお?!?」
次の瞬間、彼女は右手をこちらに向けて何事か呟くと、その手先から火の玉が勢いよく発射された。
『避けて!!』
「ちょぉおおお!?!?」
変な叫び声を上げて回避を試みるも、既に体力は使い切っていたため直撃した。
あ、これ死んだわ。
遠のく意識の中、最期に美少女の水浴びを生で観ることができて良かったな、何て場違いな事を考えていましたとさ。
南無。
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