第4話 極炎の魔女
「続いて、ロロ・カーディナルの試験を開始するッ!!」
『『『ウォォオオオオオッ!!!』』』
試験官の宣言に、いつの間にか大勢に増えていた観客席が沸き上がる。
試験会場であるこの闘技場へは、ギルドに所属している冒険者なら明確な理由があれば立ち入る事が許されているそうだ。
明確な理由—この場合、新規入会する冒険者の試験を見学する事になるが、手の内を隠す暗黙のルールとか無いのだろうか?
隣に座る受付のお姉さん、"リーナ"さん曰く、
『大きな魔物が現れた時とか、ギルド所属の冒険者さん達で大規模パーティ《レイド》を組んだり、協力し合う事が多いですから問題ないと思いますよ〜?』
との事。
冒険者同士は何となく互いにライバル視しているモノだと偏見を持っていたが、この世界の冒険者達は進んで情報交換したり、複数のパーティが一緒に組む事が多かったりと、関係は良好のようだ。
但し、強引に聞き出したりするのは勿論マナー違反なんだとか。
観客席を見渡していると、主賓席らしき場所に数名の衛兵を連れ立って二つの人影が現れるのを捉えた。
一人は金色の甲冑を着込んだ厳つい顔のおっさん、もう一人は高そうな服に身を包んだ貴族らしき人だ。
金色のおっさんは頻りに貴族へ胡麻を擦っているようないやらしい笑みを浮かべて、何やら説明している。
「ギルドマスター?どうしてここに…。えっ?!しかも第一王子様までっ!!」
俺の視線を追ったリーナさんが興奮気味で捲したてる。
ギルドマスターのおっさんと第一王子か、何だって新規冒険者の試験なんて見に来たんだ?
そんな事を考えている間にも試験が開始され、先程俺が戦った弱いゴーレムが現れる。
まぁ、俺でも一瞬で倒した相手にロロが遅れを取るなんて事有り得ないだろう。
予想は的中し、ロロが無詠唱で打ち出した火球はゴーレムに直撃して、一瞬のうちに消し炭となった。
まぁ、そうなるよな。
俺にとってはもう見慣れた光景なので当たり前のように観戦を続けていたが、周りが妙に静まり返っている事に気がつく。
『…今、呪文を唱えていたか?』『魔方陣も無いのにどうしてあんなに強力な魔法が?!』『え?何が起こったの??』
ぽつり、ぽつりと聞こえた声は、やがて騒めきとなる。
殆どの冒険者は目の前で展開された事態に理解が追いつかず困惑しているようだ。
こんな時真っ先に興奮しそうなリーナさんがやけに静かだと思ったら、表情を青ざめて固まっていた。
「で、では次だッ!!三体のゴーレムに、勝利すればDランクの証を——ッ?!?!」
動揺している試験官が言葉区切りに説明する間に、闘技場へ現れた三体のゴーレムは姿を現した瞬間塵となって消滅した。
先程と同じ火球の三連発だ。
その光景に有り得ないモノを見たといった試験官達、驚愕して声も出せないといった大勢の冒険者、ついに白目を剥いたリーナさんは今にも倒れる寸前だ。
主賓席の二人も同様の反応を見せており、場は完全な静寂に包まれていた。
当のロロは、何て事ないといった様子で次の敵を待ち構えている。
「ッ!!えぇえい!ではこれならどうだっ!!おいっ、ゴーレムの中で最強の奴を出せ!!」
『こいつを倒せたらBランクでもなんでもくれてやるぅうう!!』と自棄になり、取り押さえられた試験官から聞こえてはならないセリフが聞こえた気がした。
すると、心配する俺を余所に闘技場の奥から地響きが轟く。
ドゴォオオンッ!!!
「なっ!?」
『流石にやりすぎじゃないかなぁ。』
驚く俺と、冷静に考察していたクロの声がアミュレットから響く。
その大きな破壊音と同時に、試験用ゴーレムが現れる通路を崩壊させながら登場したのは、今までとは比べ物にならない程巨大なゴーレムだった。
—明らかに試験用じゃないよね?!
「ちょっとリーナさん!!マズいでしょアレは!!」
隣で青ざめているリーナさんの肩を揺さぶるが、『信じられない…信じられない…』とうわ言のよう呟いている。それはこっちのセリフだ。
いくら何でも危険すぎる、そう判断した俺は試験官の元へ試験の中止を求めようと席を立ち上がった。
「——フレアデス!!」
焦燥に駆られる俺を余所に、闘技場に凛とした声が響き渡る。
覚えのある詠唱の後に聞こえた爆音と風圧に恐る恐る視線を向けると、10mに届きそうな巨体が中央に大きな風穴を穿ち、瞬く間に倒壊した。
時間にして十数分。
再び訪れる静寂、乱れた赤髪を払うロロ、泡を吹く受付嬢。
「——極炎の魔女」
誰かが呟いた言葉を皮切りに、耳を劈く程の歓声で闘技場は埋め尽くされ、前代未聞の試験は幕を閉じた。
この日、ロロは恥ずかしい二つ名と、Bランク冒険者の証を得たのだった。
※※※※※※
その日の夜、冒険者ギルドにて有志による盛大な歓迎パーティが開かれていた。
意識を取り戻したリーナさんから後に聞いた話だが、魔物も少なく長い間平和が続いていたこの世界ではギルドも人出を不足していたらしい。
どうりで暇そうにしていた訳だ…。
そんな折に現れた俺と、極炎の魔女様であるロロのような有望な人材はギルド側としても、協力し合う冒険者達としても大歓迎なんだそうだ。
「ワーッハッハッハッ!」
「おらっ!ガンガン飲めよ新入り!!」
「あぁ!今日は沢山飲むぜッ!!」
屈強な筋肉を持つ冒険者達に煽られて、気分が高揚していた俺は歓迎してくれた彼らと肩を組んでジョッキを煽る。
グビビビビ…ダンッ!!
「「「麦茶だこれっ!!」」」
勢い良くテーブルにジョッキを置いて、注文を間違えたウェイトレスさんや他の冒険者達も巻き込んで爆笑する。
呆れた様子のロロがこちらを半目で見ていたが、すぐに他の女性冒険者に囲まれて顔を赤くして俯く。
「あれ魔法よね!!無詠唱で発動するなんてすごい!!」
「魔方陣はローブの裏にでも書き込んでたの?どういう仕組み?!」
「今度私達とパーティ組みましょうよ!!あなたなら大歓迎だわ!!」
「…あ、いや…はい…大丈夫です。」
リア充サークルのバーベキュー大会に手違いで参加してしまったオタクのような反応をしているロロに、思わず苦笑いを浮かべてしまった。
ギルド創設以来、誰も倒した事の無かったゴーレムを一撃で屠ったロロは流石に人気者のようだった。
くそぅ、チートめ!
『あまりハメを外しちゃダメだよ。明日は早いんだから。』
アミュレットから俺を咎める声が響く。
クロの言う通り、明日は初めて依頼を受ける日なので早めに宿に戻って就寝する必要がある。
しかし、お前は俺の母親かとツッコミを入れたくなるな。
「精霊様か!言葉を話せる精霊なんて聞いたことないぜ。」
「あぁ、全くだ!何を代償にして契約したんだよ!」
「いや〜特に何もしてないんですけどね〜」
ははは、と冷や汗を流し、乾いた笑いをして誤魔化した。
流石にその質問には本当の事を話せないしね。
無事試験を終えた後、俺とロロはそれぞれ会員証を受け取った。
会員証を手に入れた事で利用できるようになった買取カウンターへとモバイルバッテリーを持ち込んで鑑定してもらったが、金貨一枚にしかならなかった。
『見た事の無い素材に、解読不能な文字…。確かに珍しいアイテムだが、使用用途がわからないんじゃあなぁ。』
とは鑑定士の談。
残念そうに項垂れていた俺は、そのままロロに引っ張られて一旦ギルドを出て宿を予約しに行った。
商業区にある手頃な宿をリーナさんに紹介してもらったので迷う事は無かった上に、想像していたより立派な宿だったので驚いた。
ファンタジー世界の手頃な宿といったら馬小屋みたいなものを想像していたので、清潔なベットと別料金で温水を浴びれるというなら大満足だ。
当然だがロロとは別の部屋を取り、1日分の宿代を払う際金貨を出したら大層驚かれた。
この国の労働者が得る給金は、月平均大体銅貨40枚程度らしく、その銅貨1000枚分である金貨を所持している人は少ないらしい。
つまり、あのモバイルバッテリーだけで1年以上は暮らせる額が手に入ったということだ。
ちなみにロロは、オリバーさんがロロの為に残してくれた資金があるから大丈夫だと言っていた。
とにかく、当面の資金を手に入れたからといって安心はできない。
ロロもそのつもりのようで、この街である程度資金を集め、ギルドの依頼をこなして戦闘経験を積んでから砂漠の大陸へ向かおうと話し合って決めたのだった。
今の状態で危険を犯して強行しても、死んでしまっては意味がないしね。
冒険者達に依頼を受ける際の注意点だったり、この辺りに出没する魔物の情報を教えてもらいながらマンガ肉を頬張っていると、急に辺りが静かになった。
何事かと周囲を見渡すと、試験の時にいた金色のおっさん—もとい、ギルドマスターがロロの元へ歩み寄っている最中だった。
「—失礼、君がロロ・カーディナル君かい?」
「え、えぇ。そうですけど、何か用ですか?」
「突然すまない。私はこの都市のギルドマスターを務めているクラウス・ギルフォードと言う。君に、ちょっと話があってね。すぐ終わるから執務室まで来てくれないかな?」
「…?わかりました」
何だろう?特に険悪な感じでも無かったし、心配要らないかな。
そんな事を思っていると、ロロは席を立ち上がり何故かこちらへ来て腕を掴まれた。
「えーと、この手は?」
「あんたも一緒に来なさい」
「いやいや、俺が一緒だとマズいでしょ」
「いいの!」
何がいいのだろう、心細いのだろうか。
年上の人への対応には大人っぽさを感じるのに、変な所で子供なんだよなぁ。
しかし頼られた事は純粋に嬉しいので、仕方ないといった素振りを見せて立ち上がる。
「…君は?」
「初めまして、アキハラ・マサトと言います。ロロの保護者から頼まれて、一緒に旅をしている者です。」
隣にいるロロが何故か少しだけムッとしたが、保護者から頼まれていると言えば断り難くなるだろうと踏んだのだ。
わざわざギルドマスター直々に呼び出すくらいだし重要な話なんだろうけど、少し考えた素振りを見せた後「まぁ、それならいいだろう」と簡単に承諾してしまった。いいのか。
「それじゃあ二人共、付いてきてくれ。」
その言葉に頷いて、俺とロロは喧騒を取り戻した酒場を背後にギルドマスターの後を追った。
※※※※※※
「国王にですか?!」
「そうだ。」
ギルドマスターの執務室で話を聞いていたロロが驚いて問い直す。
俺も何故突然そんな事になったのか理解出来ないでいた。
ギルドマスターのクラウスさんが言うには、先の試験を見ていた第一王子が国王へそのあらましを説明し、大層興味を持ったそうだ。
何故あの場に第一王子が居たのかというと、伝説的に有名なオリバーさんの孫娘が首都ヴォイニルへ訪ねている事を城門の一件で把握していたからなんだとか。
「それで、国王への謁見はいつになるんですか?」
ロロが質問する。
クラウスさんは少し困ったような表情をして、「明日にでも来て欲しいそうだ」と告げた。
明日か…、クエストを受ける前に行く事になるかな。
それにしても国王か、頭に浮かぶのはリスポーンする度に「死んでしまうとは情け無い!」と叫ぶドット絵だ。
幼心に理不尽を覚えて「そんなに言うならお前が行けよ!」と思ったのが懐かしい。
要件はそれだけだったらしいが、大精霊であるクロと無詠唱で魔法を操るロロへの興味があったのか少しだけ雑談をしてその場を出た。
酒場に戻ると既に後片付けが始まっていたので、俺達はそのまま宿へ戻る事にする。
「それにしても怒涛の1日だったな。しかも、翌日に国王から呼び出されるなんて凄いじゃないか。」
「どうせオリバー爺の事を聞きたいだけよ。そんな用事とっとと終わらせて早く依頼を受けましょ!」
国王からの呼び出しを"そんな事"扱いするロロはやはり大物だな…。
そうやって何て事のない会話をしながら宿へと道のりを二人で歩いたのだった。
宿に戻り、鉄貨10枚を払って温水を浴びた後はすぐ床に就く。
明日も忙しそうだ——
読んで頂きありがとうございます!
この世界の通貨詳細です↓
銭貨100枚→鉄貨1枚
鉄貨100枚→銅貨1枚
銅貨100枚→銀貨1枚
銀貨100枚→金貨1枚
見ての通り覚え易いようにしました。
次回も宜しくお願いします!