第2話 まっくろ黒い魂
『おーい、真人。そろそろ起きてよ!』
どこからか声がした。
視界が真っ暗で意識もなんだか朦朧としている。
これは夢の中だろうか。
『夢なんかじゃないよ、とにかく起きてってば。』
うるさいな…。
寝心地が良いんだ、しばらくこのままで居させてくれよ。
新鮮な空気と快適な温度でとても気持ちよく眠っていた気がする。
寝返りを打とうとすると、鼻先に何かが当たる感触がして薄目を開ける。
…草?
「…はっ?!」
違和感に気が付き飛び起きる。
視界に入るのは青々と生い茂る雑草と連なる木。
ここは、山の中だろうか…?
そういえば先程まで誰かに呼ばれていた気がする。
辺りを見渡して声の主を探してみるが、見当たらない。
『やっと起きたんだね。』
それは頭上から聞こえてきた。
その姿は、黒くて霧のようなものに覆われた球体。
中心で白く小さく光っている二つの点は目だろうか。
なんだこれ…。
『これ、とは失礼だね。僕は君の魂だっていうのに。』
は?なんだって?
「魂?え、どういうこと?」
『どういうことも何も、そのままの意味だよ。』
「いや、意味がわからん…。」
『さっきのこと、覚えているかい?』
その黒い球体は浮遊しながら、俺の周囲をぐるぐると動き周り聞いてきた。
さっきのことって…あっ。
そうだ、電車に乗っていたら突然眩い光に包まれ、猛烈な吐き気に襲われてボロ切れを纏う謎男に突き飛ばされたんだっけか。
『そう、それだよ。』
「って、心が読めるのかよ…。」
『君の魂なんだから当然だよね、もっとも今は契約が半分切れたせいで表面上しかわからないんだけど。』
「契約…?」
『そう、契約。』
契約…、こんな得体の知れない球体と契約を交わした記憶なんて無いんだが。
『無理ないよ、だってこの契約は君が生まれる直前に交わされたものだからね。』
「はぁ…。」
『とにかく、あの時の衝撃のせいで僕は君の身体から分離してしまったんだよ。それも中途半端に。』
全くもって信じられない内容だ。
よく知らないけど、普通魂が抜けたら人間って死ぬんじゃないの?
もしくは廃人になったり、魂のほうに意識があったりするものだろ。
『確かに完全に離脱してしまうと廃人になるし、最悪死ぬよ。けれどさっきも言った通り中途半端に分離してしまったら別さ。普通こんなことありえないんだけどね。』
「じゃあどうしてこんな事になってるんだよ…。そもそも俺の魂なのになんで自我を持ってる上に口調も違うんだ?」
『どうしてこうなったのかは僕もわからない。普通少しでも乖離してしまうとそれで終わりだからね。魂は魂で別の存在だから、肉体の意識と精神の意識とは別に個別の意識を持っているんだよ。もっとも、肉体の中にいる間は優先度が低いから認識する事は滅多に出来ないんだけど。口調や姿は君の深層意識に影響されているからこうなっているだけであって、限定されている訳じゃないよ。』
難しい事を淡々と話された。
訳のわからない男に電車から突き飛ばされ、起きたら森の中。
しまいには自分の魂だと言い張る正体不明の黒い物体が現れるわ、もう疲れた…。
「もう何でもいいわ…。とにかく俺は家に帰る。エアコンガンガンにかけてコーラを飲みながらゲームをするんだ。邪魔しないでくれ。」
『あ、たぶんそれはできないよ。』
その声を無視して立ち上がり、周囲を見渡して絶句する。
駅がない。線路もない。ゲームもない。
「は?」
『だから無理だって。ここ、僕らがいた世界じゃないもん。』
「な?!?!」
なんだってー?!?!
...こほん。
「いやいや黒いの、そりゃ冗談キツいってもんよ。なに、何なの?魂リダンツしちゃった上に異世界転移??何そのラノベ?」
ふわふわと自分の周囲を漂っていたその黒いのは、俺の目の前まで来ると白く光るつぶらな瞳を向けてこう言い切った。
『ラノベでもゲームでも無いよ、現実さ。』
まじですか…?
こうして俺は魂の半分と、大切なゲームを失った。
※※※※※※
周囲を散策してわかった事は、ここはどっかの森の中で、俺は絶賛遭難中という事だけだった。
ただ、森の中は森の中でもここは円形に開けた場所で、中央にとんでもなく巨大な樹が生えていた。
高層ビル並の高さがあるその樹は見上げていると首が痛くなる程で、立派なものだった。
根元に錆びた日本刀が刺さっていたので、すわ勇者の剣か!と意気込んで抜いてみようと思ったものの、半引きこもりの腕力では到底抜けそうに無かった。俺は世界に選ばれなかったのだ。
先程から話しかけてくる黒いのは、名前が無いという事だったのでクロとでも名付けてやった。
黒いから、クロ。そのまんまだ。
ネーミングセンスについては、よくネトゲの友人からも指摘されていたのでご愛嬌。
散策を諦めて再びクロと話し合った結果わかった事は今の所こんな感じ。
・クロが消されると俺は死ぬ。
・クロと一定以上距離を置くと俺は死ぬ。
・このままここに居ても俺は死ぬ。
チート能力を得るどころか、弱点が増えただけじゃねーか!!
異世界に来たからには現代知識で無双してやろうと思っていたのに早々出鼻をくじかれてしまった。
しかも、この状態ではもう一度俺の中に戻る事は出来ないらしい。
ただ、デメリットだけじゃなかった。
どうやらクロが見たもの聞いたものはどういう仕組みかダイレクトに脳に保存されるらしく、物覚えが究極に良くなった。
おかげで頭の中には強烈に周囲の景色が焼き付けられて、初めは頭痛が酷かったけどすぐに慣れた。
『それで、これからどうするつもり?』
「いや、帰る方法を探すよ。この世界の文明がどれだけ進んでいるのか知らねぇけど、PCもテレビも無い世界で生きていける自信が無い。」
そう言って無意識に、首元にぶら下げたアミュレットに触れる。
ゲームは多分電車に置き忘れたものの、初回限定版特典のアミュレットは健在だったのだ。
『そのアミュレット…。』
「これか?」
嵌っているのは緋色のレプリカの宝石だ。
クロそれを興味深く眺めた後、じりじりと近寄ってくる。
「な、何をするんだ!?やめてくれ!これ以上俺に宝物を失わせないでくれぇ!!」
ひぃぃ!と後退りながら距離を取る。
どうせ乱暴な事をするんでしょ!〇ロ同人みたいに!〇ロ同人みたいに!!
胸元を抑えて必死に抵抗するも、再び距離を詰めてくる。
『いや、別に壊そうとしている訳じゃないよ。ただ、依り代として使えそうだなと思って。』
「依り代?」
『そう。流石にこの姿で居続ける訳にはいかないからね。』
まあ、そうだよな。
俺からしてみても、弱点を丸裸でさらし続けているようなもんだ。
「でもお前、もう憑依できないんじゃないのか?」
できるなら、さっさと俺の身体に戻って死ぬまで静かにしていて欲しい。
『肉体には現段階で憑依できないけど、モノにだったら仮憑依できるはずだよ。』
「便利なんだが不便なんだか…。」
そういう事なら渋々許可してやる。
まさか破裂したりしないだろうな…。
そんな不安を他所に早々とクロがアミュレットの中に飛び込んだ。
すると、レプリカであるはずの宝石は眩い光を放ち、まるで本物の高価な宝石のように輝いた。
すげー!まるであの魔術師が付けていたアミュレットそのままじゃん!!
ちょっと感動。
『このままでも会話はできるから、基本的にはこの中にいる事にするよ。くれぐれもどこかに置き忘れたりしないでね。死ぬから。』
「そんな恐ろしいマネできるか!絶対に忘れないようにするわッ!」
とにかく理解できない事は山ほどあるが、これ以上追及しても頭がパンクするだけなので一旦保留とする。
問題はこれからだ。
この世界に飛ばされる直前、俺の事を突き飛ばしやがったあの憎き謎男は別れ際こう言っていた。
【降りたらすぐに湖へ行け。】
アテもないのでとりあえず従ってやることにする。
これで何も無かったら次会った時は全力でボコボコにしてやる次第だ。
散策していた時どこからか水の流れる音がしていたから、それに向かって歩いていけばいずれ湖に辿り着くだろう。
こんな時だというのに楽観的に考えながらそう結論付けて森の中へ歩きだす。
ここがどんな世界なのか未だにさっぱりわからないが、非日常に飢えていた俺はどこかでわくわくしていたのかもしれない。
現実はいつだって非情だっていうのに。