第3話 冒険者ギルド
一悶着の後、人目を避けるようにして商業区の大通りへと出た俺達は冒険者ギルドへと足を向けていた。
道中は大勢の人でごった返しており、流石は大陸一の大都市と思わせるものだった。
武装した冒険者や獣耳を生やした亜人に目を奪われるのもさる事ながら、筋肉隆々のオーナーが切り盛りする武具店や、露天に並べられたアクセサリー類、飲食店から漂う芳ばしい香りに好奇心が刺激されっ放しだ。
「そういえばマサト、お金はあるの?」
「ん?あぁ、一応アテならあるよ。」
そう言って麻のズボンのポケットから暑さ3cm程ある正方形の黒い塊を取り出す。
「なによそれ?」
「失われた超文明のアイテム、モバイルバッテリーさ!」
そう、それは異世界から俺と一緒に転移された所持品の一つ、モバイルバッテリーだった。
異世界転移モノのお約束の一つとして、異世界から持ち込んだモノは高額で取引されるというものがある。
本当はスマホをアーティファクトとして売るのも良いんだけど、色々使い道が残されていそうだしね。
得意顔でロロの顔前に突き出すも、半目で首を傾げるだけだった。
『そんなに上手くいくかな?」
これまで静かだったアミュレットから声が掛かる。
クロは、初めて見る街並みを観測するのに忙しかったそうだ。
相変わらず何のことやら…。
目に入るもの全てが珍しい光景に後ろ髪を引かれながら暫く歩き続けた所で、一際大きな建物の前に出る。
大きな扉の上には、冒険者ギルドを体現したといった二本の剣がクロスしているエンブレムが飾られており、武装した冒険者達が出入りしていた。
「ここが冒険者ギルドか!ゲームでしか見た事なかったけど、そのままだなぁ。」
「ゲーム?なんの事かわからないけど、とにかく入りましょう。」
平然を装って扉を押したロロだが、その口元に微笑を浮かべている様子から彼女も楽しみにしていたようだ。
ロロは過去に養子縁組の手続きのため一度だけこの王都へ来た事があるそうだが、王城以外は初めてという事で俺と同じ様に街並みを眺めては目を輝かせていた。
ロロの言葉に頷いて木造の大きな建物内に入ると、そこには俺が想像していた通りの夢いっぱいな景色が広がっていた。
まず、正面に伸びる通路の端々にはギルド所属の冒険者が多く利用する飲食店兼酒場のテーブルや椅子が並んでおり、昼間から木製のジョッキを仰ぐ酒好きの冒険者達が賑やかに雑談していた。
そのテーブルの合間を縫うようにして、現代風のメイド服を少し大人しくしたような給仕服を着た若いウェイトレスさん達が忙しなく駆け回っている。
扉を抜けてすぐ手前の壁際にはクエストボードが置かれ、幾つかのパーティーが依頼を吟味している姿がある。
建物の奥には各種受付所があり、美人の受付嬢が…いや、容姿は普通の受付嬢達が報酬の受け渡しや素材の換金をなどをしているみたいだ。
中央の通路を歩いている最中、周囲から珍しい物を見るような視線が突き刺さる。
気になって周り伺うと、その視線はロロに向けられているようだった。
『…あのローブはもしかして…魔術師か?』『随分上等な服だ…貴族の娘か』『結構かわいいな…おい、お前勧誘してこいよ』
そんな不躾な囁き声がこちらにまで届いたので、恐る恐るロロの表情を伺ったが、嫌そうな顔をしているだけだった。
魔法を扱う、それも戦闘に使用できる人間は全体でも少ないと聞いた事があるから、ロロのあからさまな姿は珍しいのかもしれない。
俺達はそんな野次馬の視線をくぐり抜け、天窓から差し込む日差しに船を漕いでいる端っこの受付嬢の元へ辿り着いた。
他の受付に比べて何故ここだけ閑古鳥が鳴いているのかと疑問に思ったが、傍にあった「登録受付」の立て札を見て合点が付いた。
「あの、すみません。」
受付嬢の目前まで来ても全く気がつく様子がなかったので、こちらから声を掛ける。
すると、少しカールの掛かった短い茶髪を揺らして彼女はゆっくりと瞼を開けて、俺と目が合った。
「…?!あわ、あわわっ!すみません!ようこそ冒険者ギルドへ!」
うん、遠目にはわからなかったけど、この人は十分"美人の受付嬢"と言えるだろう。
年は俺の少し上くらいかな?寝ている姿を見られたせいかその頬が若干朱色に染まっている。
新規の冒険者登録をする人はそこまで多く無いのだろう、随分と長い時間暇だったに違いない。
「お見苦しい所をすみません…、新規登録ですよね?」
「はい。俺と、隣にいる彼女の2名でお願いします。」
そういってロロを指すと、何故か少しだけ俺の後ろに隠れるようにしている。
「…ロロ?」
「—っ!お、お願いします…。」
「? 大丈夫ですか?」
尻すぼみになる声を聞いて、受付のお姉さんが心配そうにしている。
あー、そういえばロロは人見知りなんだっけ。
道中の雑談で判明したのだが、彼女は自分の年齢に近い人と話すのが苦手らしい。
城門の兵士や、その責任者は確かに30歳以上の見た目だった。
理由は彼女自身よくわかっていないそうだが、長い間オリバーさん以外の人と交流していなかったのが原因かもしれないな。
…あれ?じゃあ何で俺には人見知りしないんだろう?
すわっ、フラグか!と一瞬思ったけど、最悪の出会いだったから人見知りする間も無かったんだろう。
とにかく、さっさと受付を始めよう。
「まず、このギルドの基本的な事からご説明しますね!」
意識がしっかり覚醒したのか、受付嬢のお姉さんは張り切った声で冒険者ギルドの説明を始めた。
まず、冒険者ギルドは世界中の各都市に点在していて、その全てが共通の会員証で同様のサービスを受けられるそうだ。
サービス内容はギルド内施設の利用権から、素材や装備の売買、クエストの受注から発注など多岐に渡る。
魅力的なのは、ギルドで買い取ってもらうと相場価格以上にはならないが、買取個数に上限が無かったり、レアアイテムをその場で鑑定士が無料で鑑定してくれる事だろう。
次に、ランク制度の説明だ。
冒険者ギルドの会員ランクはF〜Sランクまである。
会員登録時の簡単な試験で最初のランクが決定され、クエストの達成回数やギルドや都市への貢献度によってランクが変更されていくそうだ。
クエストはランクに応じて受注できる物と出来ない物があるが、受注していなくても素材や達成証を持ち帰るとランクに反映される。
これは冒険者が比較的安全に行動できるようにする為のギルド側の配慮だったりするらしい。
「会員登録の簡単な書類を記入して頂いた後、お二人にも簡単な試験を行ってもらいますが、基本的には皆さんFランクからのスタートですね〜。よっぽど強い人は別ですけどね!」
おや?そんなフラグを立てていいのかな?
脳裏に泡を吹いて倒れる受付嬢が浮かぶ。
その後は簡単な注意事項と、ギルドの歴史を説明されて終わった。
まぁ、面倒なので一言に纏めると"テンプレート"だ。
説明の後、受付のお姉さんが出してくれた記入用紙を羽ペンで埋めて行く。
名前、性別、年齢と順に書き進め、種族と職業を記入していく。
…職業?
「あっ、その欄も分かるように書いて頂ければ何でも結構ですよ。」
筆を止めた俺に受付のお姉さんが説明してくれる。
ふむ、それじゃあ無難に"剣士"っと—
「ぶふッ」
…隣から吹き出す音が聞こえたので、並んで記入しているロロの手元を仕返しに拝見する。
職業の欄には可愛らしい字で"魔法使い"と書いてあった。
魔術師とかじゃないのか、よくそれで人の事を笑えたもんだ…。
記入要項はその程度だったが、一応再度確認してから提出した。
「アキハラ・マサト…さんですか?えーと、それからロロ・カーディナルさん…。カーディナル?」
何処かで聞いた事があるといった様子で受付のお姉さんが小首を傾げたが、特に問題無いと一人頷いて受理してくれた。
「確かに受け取りました、それではこれから試験を始めますね!もう準備は終わっていると思うので、お二人ともご同行お願いします!」
さぁ、異世界パワーの出番だ!
※※※※※※
試験会場はギルドに併設されている闘技場だった。
大きさは東京ドームの半分くらいと言えば伝わるだろうか?
観客席もあり、試験官と思われる数名がこちらを覗いているようだ。
地面には柔らかい土が敷かれ、転んでも大怪我に至らない配慮がされている。
何となく気になって壁に触れてみると、触れる寸前の空間がふにょふにょと不思議な感覚で揺れた。
衝撃緩和の魔法でも使われているのだろうか?今更不思議な事でもないけど、これなら試験相手が人間で、吹っ飛ばされても大丈夫だな。
『真人、慢心は良くないよ。』
『いや〜分かっては居るんだけどさ、どうしてもテンションが抑えられなくて。』
これまで静かだったクロから念話で注意を受ける。
そうだよな、それで痛い目を見てるんだ。
そろそろ自重しなければ。
「まずは、アキハラ・マサトから試験を始める!速やかに位置に着くように!」
観客席に居る大柄な男性の試験官から声が掛かる。
ロロと受付のお姉さんも観客席に移動していて、こちらを落ち着かない様子で伺っていた。
「試験は、試験用ゴーレムを用いて行う!戦闘能力に応じて最初のランクが決定されるので、尽力するように!無理だと思ったらすぐに言え!」
「わかりましたっ!」
すると、奥に見えていた通路から一体のゴーレムが現れた。
人間と同じくらいのサイズだろうか?
ゴーレムと聞いて真っ先に巨大なものを想像していたから拍子抜けだった。
試験用だし、そりゃそうか。
「それでは、開始ッ!!」
その号令と共に、ゆっくりと動き出したゴーレムを見据えて一呼吸する。
「—ふぅ、クロ!!リダンツっ!!」
『はいはい』
サムズアップして声高に宣言した俺とは対照的に、呆れた調子でアミュレットからクロが飛び出した。
「あ、あれは?!」「精霊でしょうか…!」「す、すごいです!」
観客席が少しだけ沸いたのを横目に、帯刀していた霧丸をゆっくりと抜いて、刀身に巻いてある布を解いて構える。
この一連の流れを同郷の人間が見たら間違いなくこう言うだろう。
"厨二病っ!!"と。
自分でやっておいて恥ずかしくなったので、とっととクロに憑依してもらう。
クロが霧丸に憑依した所で以前のような灰色の妖気を纏う事は無くなったが、クロが霧丸に宿る事によって、より自在に操る事が可能になる。
それに、少しだけ硬度と切れ味も上がるようで、これはクロの持つ魔力が影響していると考えているが、実際の所はよくわかっていない。
そんな事を悠長に考えている間に、ゴーレムが間近に迫ってきた。
「うぉりゃあッ!」
踏み込んで真横に一線。
一切の抵抗もなく、ゴーレムは真っ二つになった。
え、弱っ!!
まさかこれで終わりじゃないよな?と思いつつ試験官を見ると、何かを納得した様子で頷き、次のゴーレムを呼ぶ。
「中々やるようだ。しかし、コイツらならどうかな?」
良かった、あれで終わりな訳ないよな。
続いて現れたのは、先程のゴーレムより二周り程大きなゴーレムが三体。
って、いきなり難易度が跳ね上がったなっ!
「こいつらに見事勝利できたら、Dランクの会員証を授けよう!!」
なるほど、どうりでFランクから始める人が多い訳だ。
先程とは明らかに動きの違う三体のゴーレムは、それぞれ散り散りになりこちらへ駆けてくる。
その内、真正面のゴーレムに向けて俺も疾走する。
「—っ!!」
素早く振り下ろされたゴーレムの腕を、上体を僅かに捻って回避し、同時に渾身の斬撃を斜めにお見舞いしてやる。
先程より刃が通りにくいが、又しても一刀両断する事に成功した。
「おおっ!!」「中々やりますね…!」「すごい!すごいです!」
ちなみにさっきから小並感を連呼しているのは受付のお姉さんだったりする。
どうやら泡を吹かせる事は出来なかったみたいだが、しきりに凄いと褒められているので満足だ。
ロロは少しだけ俺を心配そうに眺めながらもゴーレムの動きを追っている。
試験官の数名以外は、真剣な表情で俺の戦力を測っているようだ。
おっと、余所見をしている場合じゃない。
斬り伏せたゴーレムから後ろに跳躍して距離を取ると、先程まで俺が居た場所に左右から凄まじい勢いで打撃が入り、土を巻き上げて地面を少し陥没させていた。
アレを喰らったら最低でも骨を何本か持って行かれる事必至だが、試験用ゴーレムじゃなかったのか?!
苦い顔で試験官達を見ると、その内の一人、青と緑の見るからにヒーラーっぽい服装の女性が笑顔で手を振っていた。
くそっ!笑顔が嫌らしいっ!!
そんな反応にこちらも引き攣った笑顔で返し、残りの二体から一旦距離を取って呼吸を整える。
ちなみに、これだけ動けるのは筋肉の使い方を霧丸——武人の知識によって熟知しているからであって、連続使用していると貧弱な俺の身体はすぐに悲鳴を上げる。
今の状態じゃあ、早期決戦に持ち込まないと厳しいのだ。
少しだけ鍛えたので以前よりマシにはなったが、酷使した腕の筋肉が既に震えている。
後二体…いけるか?
『危ないッ!』
「しまッ!!油断した!」
クロが警告すると同時、二体のゴーレムが俺に追いついて殴り掛かってきた。
右のゴーレムの脇下が空いていたので、素早く身を翻してその隙間に潜り込み攻撃を避ける。
それと同時に刀を脇腹へ入れて勢いを殺さず引くと、二体目のゴーレムも胴体を真っ二つにさせてバランスを失い倒壊した。
「痛ッ!!くそっ、足を挫いた…!」
『マズイね…、っ!来るよ!』
間髪を入れずに最後の一体が鋭い勢いで追い打ちを掛けるべく、踵を落としに来た。
足を挫いて尻餅をついた姿勢からでは回避が不可能だ。
「畜生ぉぉおおおッ!!!」
裂帛の雄叫びと共に刀を両手に持ち替え、柄を強く握り締めて迫るゴーレムの足へと刃を振るった。
腕の筋肉が悲鳴を挙げるが、そこは自分に叱咤を打ち気合を入れる。
すかさず横に薙ぎ払い、最後の一体の足を切り落とす事に成功した。
痛む足と、疲労により揺れる視界をなんとか抑えながら倒れたゴーレムに歩み寄り、その胴体に霧丸を振り下ろした所で、静寂に包まれる空気の中、片腕を挙げてギブアップを宣言した。
「試験終了ッ!!アキハラ・マサトはDランクの冒険者としての登録が認められる!!よくやった!」
おおおぉぉおお!!!といった歓声がどこからともなく湧き上がる。
ふと観客席を見渡すと、いつから観戦していたのか先程よりも多くの冒険者が俺に賞賛の声を向けていた。
その歓声に答えるように力なく笑って手を振り返していると、ロロと受付のお姉さんが駆けつけて倒れそうになっていた俺を介抱してくれた。
「すごい!すごいですよ!!いきなりDランクからスタートできる人なんて滅多にいないんですよ!!私初めて見ました!!」
興奮した様子で捲したてる彼女に謙遜の言葉で誤魔化したが、内心でガッツポーズしていたのは言うまでもなかろう。
後でお名前を伺おうと決意し、反対側で支えてくれていたロロに声を掛ける。
「ロロ、どうだった?」
「うん、よく頑張った。おつかれさま!」
そう素直に笑顔で讃えてくれるロロに少しだけ癒されながら、観客席に腰を下ろして一息つく。
異世界"チート"とまでは行かなかったが、十分過ぎる結果を残せただろう。
「でも、やっぱりわたしの予想通りだったわね!下から2番目って!」
「うぐっ!で、でもDランクスタートって結構凄いんだろ?」
「えぇ!それはもう!十分すぎるくらいお強いですよ!」
拳を握り締めて力説する受付のお姉さんに何とか心を支えられていた俺に、ロロが得意気な顔をして宣告した。
「まぁ見ていなさい、わたしが本気を出せばAランクだって余裕よ!!」
またまた、いくらなんでもAは無いだろ〜!
と、茶化していたが、まさかこれがフラグになるとはこの時誰も思わなかっただろう。
——十数分後、大勢の観客は揃って顎を落とす事になる。
最も強力な試験用ゴーレムを、魔法の一発で倒したロロは、この日新たな伝説を打ち立ててしまったのだ。