第2話 首都ヴォイニル
『そろそろ聖域を抜けるみたいだよ。』
「やっとか…疲れた…。」
「もう疲れたの?まだ歩き始めてから半日も経っていないじゃない。」
現在、クロとロロと共にオリバーさんの家を発ってから三日目。
むせ返る程濃い森の中を俺たちは歩き続けていた。
クロの言う"聖域"と言うのは、世界樹から放出される魔素が生み出す結界のようなモノらしい。
何百年もの間世界樹を中心に円を描くように展開されてきたそれは、魔物や魔族といった邪な者を寄せ付けないといった役割を果たしている。
その為か、聖域内の自然はとても豊かで、他では見られない植物や動物が多く生息している。
俺が初めて戦ったあの熊兎も、魔物に見えてその動物達の一種だ。
「聖域を抜けるって事は、そろそろ街が近いんだよな?」
『前に見た地図によると、そこから5km程歩いた場所に城門があるみたいだね。』
「げっ…まだまだじゃん…。」
魔王との戦闘があってから体力作りに励んでいたとは言え、数日の間に鍛えられる筈もない。
元いた世界での運動不足な半ニート生活が、ここでも足を引っ張っていた。
灰色のローブを羽織り、背中に大きな鞄を背負いながら赤毛を揺らすロロは足取りも軽く、まだまだ余裕そうだ。
そう思っていると彼女はふとこちらを振り返り、不満そうなジト目で睨んでくる。
「そんなので冒険者ギルドに入れるの?」
「まぁ、なんとかなるだろ。」
ロロの言葉に、首都へ辿り着いてからの事を想像すると少しだけ心が躍った。
そう、この世界には冒険者ギルドもちゃんと存在している。
冒険者ギルドといえばファンタジーの醍醐味の一つ、加入試験で異世界チートの力を事もなさげに発揮し、試験官や高ランク冒険者達に泡を吹かせる。
青ざめた表情の受付嬢から緊急でギルドマスターの元へ呼ばれ、一気に最上位ランクの冒険者として名を馳せるのだ。
二ヘラ〜とだらしなく口を開けて思い耽る俺に、ロロは表情から察したのか深いため息を吐いて現実を説く。
「マサトの実力じゃあ、せいぜい最下位ランクから2番目くらいじゃない?」
「酷いなっ!た、たしかに俺の戦闘力なんて霧丸がなければたかが知れてるけど、せめてもう少し上には行けるだろ…?」
そう言って布巻にしてある日本刀、霧丸を掲げるも説得力に欠けるのは事実だろう。
何故なら、魔王との戦闘以降何度か刀を振ってみたが、あの時のように刀身が灰色に輝く事はなかった。
勿論、クロを憑依させてもだ。
その灰色の輝きは、無属性魔法の象徴と言われているそうなので、光が失われた今では唯の切れ味の良い刀と変わらない。
しかし剣技や型は身に付いているので、下級の魔物との戦闘くらいなら十分こなせるハズだ。
体力があればね…。
無属性魔法を発現させるには何かトリガーがあるのかもしれない。
首都へ辿り着いたら本屋などで情報を探ってみるつもりだ。
何にせよ、あと数時間でついにこの世界へ来てから初めての都市へ辿り着く。
生粋のオタクである俺は、異世界美少女との運命的な出会いを夢見て旅路を急ぐのだった。
※※※※※※
「ついたぞーっ!!」
両腕を天高く掲げてサムズアップする俺に、多くの視線が突き刺さる。
余りの感動に大声を上げてしまい、すぐに口を塞いだが、周囲の人達はお登りさんを見るような生温かい目をするだけに留めてくれたようだ。
隣に居るロロが何度目かのため息を吐いて、高さ10m程ある城門へと歩いていく。
首都ヴォイニルは約1000㎢に及ぶ大都市で、大きく三つの区画に別れている。
東側に位置するのは商業区。
世界各地の商人や冒険者が大勢集まり常に賑わいを見せているそうだ。
冒険者ギルドや宿屋、武器屋や防具屋など主要施設はこの商業区にある。
西側は貴族や富裕層の居住区となっているらしいので、あまり縁が無いかもしれない。
そして中央区は城下街になっており、外側の城壁とはまた別の城壁が王城を中心に広く囲っている。
城下街には王城の他に、高級宿や高級装備などを取り扱う店が軒を連ねているらしい。
そして、居住区と商業区の中心にあるここ、正門には世界各地からやってきた多種多様な人々で入国審査の為に長蛇の列が出来ていた。
「それにしても凄い人集りだなぁ。おっ、獣耳発見!!」
「みっともないから騒がないでよっ!」
この世界に来てから一番興奮している俺の腰にロロの鉄拳制裁が落とされる。
だって仕方ないだろう!ゲームの世界でしか見た事の無い獣人が目の前に居る、それも美少女!
これ程胸を踊らされる事は無い。
理不尽な状況で異世界へ飛ばされたんだから、せめてこのくらいで燥ぐ事は許して欲しい。
最前にいる獣人数人のパーティをキラキラとした目で眺めていると、何やら不穏な空気である事が遠目からでもわかった。
次の瞬間、門番と思われる兵士が犬耳を生やしている美少女を突き飛ばしているのが目に映り、俺は咄嗟に駆け出していた。
「ちょっと!何処へ行くのよ!!」
後ろからロロが呼び止めるが、それどころでは無い。
突き飛ばされて蹲っている犬耳少女に、あろう事か槍を突き立てようとしている兵士の合間に勢いよく滑り込み、帯刀していた霧丸を抜刀し、何とか受け止めた。
「大丈夫かっ!?」
「何だ貴様ッ!!何をする!!」
口端から泡を飛ばすといった形相で、尚も槍を押し込んで来る兵士の足を蹴飛ばしてやる。
無理な体勢からの蹴りなので転倒こそしなかったが、隙を作るくらいの事は出来た。
その一瞬を見逃さず、倒れている犬耳少女を抱き起こし、兵士から距離を取った。
「それはこっちのセリフだっ!!そんなに殺意を滾らせて、この子に何をするつもりだったんだ?!」
『真人、落ち着くんだ!』
苦痛に顔を顰めて腹を抑えている犬耳少女を背に隠し抗議する。
クロがアミュレットから何かを忠告してきたが、感情が昂ぶりすぎて耳に入らない。
後ろで並んでいた人達は一様に困惑して何事かとこちらを眺め、犬耳少女のパーティーメンバーと思っていた獣人達も同じ様にしていた。
どうやら、パーティーメンバーか何かと思っていた彼らは、犬耳少女とは無関係のようだ。
その視線に当てられたのか、激昂していた門番の兵士は少しだけ落ち着きを取り戻したといった表情で俺に向き直る。
「…そこの獣人が身分証を所持していないにも関わらず、無理やり入国しようとしたので止めただけだッ!」
「はぁ?身分証だって?」
兵士の言葉の真意を確かめるように犬耳少女を振り返ったが、俯いているだけで何も答えない。
しかし身分証か…、俺だって持っていないんだけど、そういう問題じゃないだろう。
「だからって何も、突き飛ばす事は無いんじゃないか?」
いくら身分証を掲示できなかったからといって、殺そうとするのはあんまりだ。
後ろで俺のシャツを弱々しく握っている少女の弁明をするも、兵士は声音を落として続ける。
「いいか、人族以外の種族が入国する為にはBランク以上のギルド発行の身分証が必要だ。そこの獣人はそれどころか、身分証すら持っていない浮浪者だ。奴隷以下の奴に人権など存在しない。貴様も楯突くなら、容赦はしないぞ。」
そう説明する兵士だが、言っている事はあまりに非道だ。
すると、納得出来ずにいる俺の前に、赤髪の少女が立ち塞がった。
「ロロ…?」
「…この大バカ者っ!!」
ドンっ!!
という鈍い音と同時に、俺の鳩尾へと拳が深く突き刺さる。
「ぉえっ!な、なにを…。」
あまりに唐突な出来事に回避も取れず、蹲っている俺にロロは睨みを利かせ黙らせると、兵士へ水を向けて謝罪した。
「連れの者が迷惑を掛けて申し訳ありません、私はロロ・カーディナルと言います。」
深々といった様子で謝罪するロロに、兵士は訝しげな視線を向けるも、すぐに驚愕といった表情に変わる。
「ロロ・カーディナル……?!あのカーディナル卿の?!」
「はい、これが証拠です。」
ロロはそう言うと、一枚の羊皮紙を取り出し兵士へと差し出した。
軽く目を走らせただけで額に汗を浮かべ始め、顔面を蒼白にさせた兵士はすかさず跪いて今度は逆にロロへ謝罪した。
「ご、ご無礼を働き申し訳ありませんッ!!直ちに責任者をお呼びしますッ!!」
「いえ、こちらから先に手を出したので、謝罪には及びません。お願いします。」
力強い返事を残した後、門番の兵士は直ぐ様詰所に掛けていった。
あまりの急展開に何が起こっているのか分からず目を回している俺に、振り返ったロロが笑顔で額に青筋を浮かべている。
「…次に勝手をしたら、只じゃおかないから。」
「は、はい…。すみませんでした…。」
その怒気に当てられ素直に平謝りした俺にソッポを向くと、そのまま兵士が走り去った方向に歩いてく。
残された群衆と、俺と犬耳少女は未だに状況を理解できずに固まっている事しかできなかった。
※※※※※※
端的に説明すると、ロロが手を回してくれなかったら俺は反逆罪で打ち首だったそうだ。
どれだけ死亡フラグを乱立すれば気が済むんだ俺は…。
冷静になって考えればそりゃそうだ、城門の兵士に武器を抜いて楯突いたのだから。
後から知った事だが、この国では亜人差別が酷いらしい。
あまりに常識的な事だったようで、以前読んだ資料にも書かれていなかった。
あの後詰所から出てきた責任者にロロが俺に無理矢理謝罪させ、冷や汗を浮かべている責任者はどういう訳か今回の出来事を不問としてくれた。
未だ納得出来ていなかった俺に、この国での獣人の扱いと、反逆罪に問われていた可能性がある事を説明してくれたロロには周囲の視線も気にせず深く謝罪したのだった。
「まぁ、仕方ないわ。私だってムカついたし。次からは気をつけるのよ。」
そう言ってツンとした態度を取るロロに、益々頭が上がらなくなるばかりだ。
助けた犬耳少女はロロの連れという無茶な設定にも関わらず、困った表情で門番がそれを承諾してしまった。
オリバーさんの絶大すぎる権利に目を丸くしている俺に向けて得意そうな顔をしているロロだったが、街に入った瞬間礼も言わず何処かへ掛けていった犬耳少女に「待てーっ!」と怒声をあげて追いかけて行ったが、捕まえる事が出来ずに不機嫌になってしまった。
とにかく、無駄に注目を集めて入国してしまった俺たちは、早足で冒険者ギルドへと急ぐのだった。
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