第15話 旅立ち
今、オリバーさん宅の居間には俺を含めた4人が自己紹介も早々に、テーブルで顔を突き合わせている。
一人はロロ。
衝撃の事実を知った俺は真っ先にロロの部屋へと走り、その生存報告をした。
次の瞬間、勢いよく開け放たれた扉に俺は突き飛ばされ、恨めしい視線を向けたが深く安堵したその瞳が生気を取り戻していたので苦笑するに留めた。
「オリバー爺が生きているって…本当なの?」
「あ、あぁ。今リテマニア王国から騎士団がこの付近の調査に来ていて、魔王が復活した事を王国へ知らせたのが他でもないオリバーさんらしいんだ。」
もろに扉が顔面に当たったので、痛む鼻をさすりながら答える。
すると、今度こそ本当に安心したようで、ゆっくりと膝から崩れ落ちたロロはそのまま静かに涙を流した。
まだ顔色は悪かったが、この様子ならもう大丈夫だろう。
本当に、良かった。
そして正面に座る二人は王国に仕えるオルニクス第一騎士団のその団長、クレーネさんと副団長であるゴートンさんだ。
ゴートンさんは"如何にも"といった見た目で、2m以上あるのでは無いかという身長と、筋肉の塊といった巨体の角刈り頭の男性だ。
妙に馴れ馴れしく、豪快に笑うその姿はまさに体育会系。
正直、苦手なタイプだ…。
他の団員の方々には外で待機してもらっている。
ロロがオリバーさんの養子と知ったクレーネさんは酷く安心した様子だった。
うん、やっぱりオリバーさんの件は重要機密だったよね。
身内以外となると話は別なので、今後彼女が口を滑らさない事を祈るばかりだ。
というか、騎士団といえば厳格なイメージだったけど、この世界の騎士団はなんだかどこか抜けているな…。
まぁここ数十年、大きな争いも無く平和な世界だったらしいから無理もないかもしれない。
ちなみに、今まで廃墟という周知の認識だったオリバーさん宅だが、幻術魔法の一つだそうで、その痕跡をオルニクス騎士団の中でも魔法に長けている人が発見していた。
現在はその魔法の効力は解けているそうだが。
ん?でもそうなると、一体だれがオリバーさんへ緊急招集を知らせたのだろう。
疑問をボソッと口にすると、クレーネさんは「カーディナル卿の居住地は国の最重要人物と一部の人間しか知り得ない」との回答を頂いた。
なるほど、一応知っている人間は居るのか。
身だしなみを整えたロロと俺は、ロロが久し振りに淹れてくれた紅茶を飲みながらあの悲惨な夜の事を出来るだけ正確にクレーネさん達に伝えた。
聖域に魔物が現れた事、俺やロロはもちろん、あのオリバーさんですら敵わない相手だった事。
俺とロロが異世界から来たという事は伏せた。
魔王は異世界因子というモノを探していると言っていたし、あらぬ疑いを掛けられるのは御免だ。
話している間、騎士団の二人は顔面を蒼白にさせていた。
そりゃそうだろう。
伝説の魔導士が敵わなかったとあれば、一国の危機どころか世界の危機だ。
オリバーさんと魔王の激闘の末、魔王は半身を失う程のダメージを受けていた事を話すと、少しだけ二人の顔色は元に戻った。
「いくら魔王とは言えど、半身を失う程負傷したとなればすぐに襲ってくる事も無いだろう。流石、カーディナル卿だ。」
とはクレーネさんの談。
うーん、そんなに上手くいくかなぁ。
相手はあの魔王だぞ、戦時代のバーサーカーと化した俺が日本刀"霧丸"で切り落とした腕も一瞬で再生しちゃったし。
『あまり自分が得た力を過信するのは良くないよ。』
うぉ!クロがいきなり念話で話しかけてきた。
…そうだな、慢心は良くない。
まぁ、今は希望的観測に縋ってでもいないと、前線で戦う事になるであろうクレーネさん達騎士団は精神が持たないかもしれない。
実際、対峙した訳でも無いし、情報も無いしね。
なんて思っているとゴートンさんは「ガッハッハ!俺に掛かれば一刀両断!」などと呑気に笑って、一番最初に両断されるフラグを進んで立てていた。
その後、魔王が森に消えてからは魔物が現れる事は無かった。
クレーネさん達一行も、道中一匹も確認出来なかったそうだ。
聖域がしっかり機能しなかったのは、魔王の影響だろうという事で、この話合いはひと段落ついたのだった。
さて、先程から隣でしっかりと整えた赤毛を揺らしてうずうずとしていたロロだが、聞きたい事はもちろん魔王の事なんかでは無いだろう。
口を開いて良いものか悩んでいる彼女に代わって俺から質問する。
「それで、オリバーさんからの報告で今回調査に当たったとの事ですが、そのオリバーさんは今何処に?」
あれだけ思わせ振りな手紙を残して、一言も無くロロを置き去りにしたあのスケベ爺さん。
俺も世話になったので生きていてくれて本当に良かったとは思うが、一声くらい掛けてから行けば良かったのに…。
「そうだな…。機密事項なので基本的には話してはならないのだが、他ならぬ孫娘である貴女が居るのなら問題無いだろう。」
凛として堂々とそう言ったクレーネさんだが、傍らのゴートンさんの顔色をチラチラと伺っている様子からは全く賢さを感じないですよ!
先程から思っていたがこの人、どこか天然だ。
きっとオークの群れに捕まって…げふんげふん、何でもない。
不自然に咳き込んだ俺を一瞬怪訝そうに見つめた後、クレーネさんは話を続けた。
「数日前、カーディナル卿はリテマニア王城を訪ねて国王へと緊急で謁見の申し立てをしたのだ。そこで今回の事のあらましを報告し、南西にある砂漠の大陸へ向かうと言い残して去っていったのだ。私も一瞬だけそのお姿を拝見したのだが、酷く焦っている様子だった。」
「そう…。オリバー爺は砂漠に…。」
砂漠…。
そう聞いて俺は脳内にある世界地図を思い起こす。
この世界の中心にある最も巨大なアルケー大陸、それが今俺たちの居る大陸だ。
その南西から海を渡った先には大陸全土が砂で覆われているミレア大陸が存在している。
年中砂嵐が吹き荒れているので街は少なく、確か獣人族とエルフ族が全体の殆どを占めていたハズだ。
…うん、やっぱりクロが居ることで得られるこの超記憶能力は便利だなぁ、と再確認した。
言語や歴史もそうだが、地図が脳に焼き付けられているのは本当に便利だ。
グー◯ルマップなんて目じゃないぜ!
しかしミレア大陸はそこまで大きく無いはずだが、オリバーさんは一体何が目的でそんな場所へ行ったのだろう…。
「詳しい事情は私も把握していない。というより、国王ですら把握していないだろう。魔王の復活を報告するなりすぐ旅立ってしまったからな。」
「そうなんですか、話して頂いてありがとうございます。」
「…ありがとう。」
「ガッハッハ!行方が分かって良かったなお嬢ちゃん!」
とりあえずオリバーさんの生存と行き先を把握出来て良かった。
この二人にはいつかお礼をしたいな。
俺はロロに目配せをすると、これ以上確認する事は無いと彼女は無言で頷いた。
というかロロ、病み上がりとはいえかなりのコミュ障っぽいな…。
その人見知りっぷりは半ニートだった俺を余裕で凌ぐぞ。
「クレーネさん、ゴートンさん。貴重な情報を提供して頂いて本当にありがとうございました。」
「なに、礼には及ばない。此方としても魔王の情報収集が目的だったんだ。とても助かった。」
「俺からも礼を言わせてもらおう!また何処かであった時は気軽に声を掛けてくれよッ!ガッハッハ!」
ロロも静かに腰を折って、それを合図に各々席を立ち上がった。
「クレーネさん達はもう王国へ戻るんですか?」
「いや、世界樹の周辺を調査してから戻る予定だ。」
「そうですか、お気をつけて。」
あわよくば一緒に、なんて考えたけど魔物も出ないのならまぁ二人でも大丈夫だろう。
目的も行き先も決まった、後はロロの真意を確かめるだけだ。
オリバーさん宅を出ると、クレーネさんは騎士団の方々を引き連れて挨拶もそこそこに世界樹へと向かっていった。
うーん、しかし美人さんだったなあ。
騎士団長という肩書きに相応しい人だった。
色んな意味で。
きっとまた何処かで会えるだろう、その時がちょっと楽しみだ。
そう思いながら揺れる金髪の背中を眺めていたら、隣で同じく見送っていたロロが俺の二の腕を抓ってきた。
痛てーっ!?なにしやがる!!
当の加害者は目を逸らして知らん振りをしている。
心なしか耳が赤くなっている気が…。
「…もしかして、嫉妬?」
「―っ!!そんなんじゃないっ!!!」
そのままの勢いで腰に回し蹴りを喰らって俺は倒れた。
少しはロロも調子が戻って来ただろうか、なんて冷静に考える。
しかし考えてもみて欲しい、魔法で丸焼きにされなかっただけ進歩したのでは無いだろうか?
硬い地面と接吻しながらひたすらポジティブに考える俺だった。
※※※※※※
「ロロ、準備はいいか?」
「えぇ。マサトこそ、そんな装備で大丈夫なの?」
まったく失礼な奴だな。
しかし、ここはこう言っておこう。
ふっ、大丈夫だ、問題ない。とね。
森全体が見渡せる切り立つ高い崖の上で、俺とロロは背中に大きな荷物を背負って遠く伸びる群青を眺めていた。
ふと、一陣の爽やかな風が頬を撫でた。
隣に並ぶロロは自慢の赤く長い髪を棚引かせ、俺と同じようにずっと、ずっと遠くを見据えている。
その双眼は何を見つめているのだろうか。
遠すぎる故郷か、育ての親か。
恐らく、その何方もだろう。
ぐっと、背伸びをする。
前の世界にいた頃は考えもしなかった、危険がいっぱいの死と隣り合わせな大冒険が始まろうとしているのだ。
それなのに、心が弾む。
未知に対して好奇心が踊る。
こんな感覚、今まで一度も味わったことが無かったなぁ。
どうしてだろう…。
『それが、僕の望みの一つだからだよ。』
「ん?何か言ったか?クロ。」
『…いや、何でもないよ。」
アミュレットからの小さな声は、吹き抜ける風に阻害されて上手く聞き取れなかった。
——オリバーさんの行方が判明した後、彼が手紙と共に残した鍵を使って書斎にある隠し扉を開けてみると、実用性に優れた様々な装備や道具、薬草や多額の金銭類が置いてあった。
「こんな部屋があったなんて…、知らなかった。」
そう言いながら棚の縁を手でなぞりながら散策するロロは、その近くに一枚の白いローブを見つけて駆け寄った。
白い、とは言っても光沢している訳ではなく少しだけ灰色掛かっているローブだ。
「これ…。」
『マジックローブだね、魔力を感じる。相当上質なモノだよ。』
え、まじで。
魔力なんて全く感じないんだけど…。
とにかくロロが手にしたローブはとても高純度な魔力が宿っているらしい。
彼女はそれを自分に合わせてみると、サイズはぴったりだった。
きっとロロの為にオリバーさんが誂えた物なんだろう。
他にも見るからに高価そうな宝石の嵌った短い杖や、赤と黒を基調としたゴシックな、それでいて防御力の高そうなオシャレな装備などが保存されていた。
なんつー親バカだ…。
まぁ、ロロは見た目だけなら相当可愛いし、俺もオリバーさんと同じ立ち位置ならここまで用意していまうかもしれない。
かわいいは、正義。
とりあえず必要な分だけ大きなリュックに詰め込み、旅支度はすぐに終えた。
俺の装備といえば霧丸と、隠し部屋の隅にあった男性用の簡易な軽鎧のみだ。
確かに心許ない気もするが、すぐに魔物と戦う訳でも無さそうだし大丈夫だろう。
—そうして、俺達は湖を後にしたのだった。
「ロロ。一応聞いておくが、お前は何の為に旅に出るんだ?」
崖下には深い森が広がっている。
ここを迂回して下れば、もう当分はこの地に戻ってくる事は出来ないだろう。
引き返すなら、このタイミング以外に無い。
「そうね…。わたしが、わたしで在る為にかしら。」
「そ、そうか。」
随分詩的な返答に、少し驚いてしまった。
正直、魔王に対する復讐や、オリバーさんを連れ戻すだけと言うなら少しは反対しようと思った。
そんな気持ちでは、きっとこの先に待ち構えている様々な困難には立ち向かえないと思ったからだ。
この世界はきっと想像よりずっと甘くはない、特に、ロロには。
「もちろん、オリバー爺にもう一度会って色々と話さなしゃいけないこともあるし…。」
『ロロは強いね、真人も見習うべきだよ。』
「あら、ありがとう。クロ。」
「軽口を叩くな、軽口を…。」
元は同じ存在だというのに、ここの所クロの考えが読めない。
長く俺から分離しているせいだろうか、この問題も解決しないといけないな…。
「私が私である為に、か。どういう意味だ?」
「うーん…。実はね、あの魔王が現れた夜、少しだけ元の世界に居た時の記憶が戻ったのよ。ほんの少しだけどね。」
「はぇ?!」
頓狂な声を上げた俺をおかしな物を見たといったように笑うロロ。
いやいや、全くの初耳だぞ!
ロロは崖っ淵まで歩いて行くと、俺を振り返った。
全く危なっかしい。
注意しようとしたが、その立ち姿がどこか儚く幻想的だったので、少し見惚れてしまった。
「ただ、温かな記憶だった。きっと私の母親ね、その人の腕の中に私はいたの。それでわかった。あの世界には大切な人と、大切な記憶がある。だから——」
そうして、優しく柔らかく微笑んだロロは最後にこう言った。
「わたしがわたしである為に、生きて、元の世界に帰ってやるって、そう決めたの!」
——記憶を失ってまで、唐突に異世界へ飛ばされた少女が選んだ道は、その燃えるように美しい紅の双眼に相応しい道だった。
呆然とする俺の手を引いて歩き出した彼女の背中には、もうどこにも弱々しさ何てない。
どこまでも頼り甲斐のある、強い意志の宿ったその雄姿こそ"彼女らしい"。
その様子に、今度こそ俺は破顔してしまったのだった。
「…何笑ってるのよ。———っ!!なんだか思い出したら恥ずかしくなってきたじゃない!!」
「いやー、格好いいなぁと思って!ぐぇっ!!」
『あまり揶揄うものじゃないよ、真人…。』
背中に回し蹴りを喰らった俺は、ズンズンと進む背中を慌てて追いかける。
こうして彼女と俺と、俺から抜け出してしまった魂との奇妙な旅は始まった。
途方もなく長い、長い旅が——
読んで頂きありがとうございます!
今話をもって序章が終了し、本編へと突入します。
引き続き宜しくお願いします!