第11話 灰色の妖気
凄い。
まるで自分の身体が自分のモノじゃ無いように軽快に動く。
クロが刀に憑依した瞬間俺の脳に流れ込んできたのは、一人の侍の最期の記憶と剣技の数々だった。
名を霧丸と言って、彼の魂の残滓が俺の魂である所のクロと、何故だか一部が混じってしまったようだ。
そのせいなのか、知識だけでは無く実際に刀を握るとその扱い方が完璧に理解できてしまった。
クロが俺の肉体から離脱して得た能力に、クロが見たもの聞いたものに関して驚異的な記憶力を誇るというものが有ったが、それのせいかもしれない。
長く使われたモノには魂が宿るって言うしね。
幸い、人格まで変わる事は無かった。
相変わらず頭の中では元の世界へ帰ってゲームをする事と、ロロをこの状況から救ってやる事しか考えていない。
…あれ、何やら一つ増えてるな。
やっぱり少し人格にまで影響してしまったのかもしれない。
そんな事より、目の前で対峙している黒いローブは前方に両手を翳すと、歪んだ景色の中から六頭のヘルハウンドが飛び出してきた。
先程切り落とした腕は再生しているようだ。
不死身かよ?!チートすぎんだろ…。
でも不思議と恐怖感は無い。
頭も視界もクリアだ。
その内の二頭が勢いよくこちらへ突っ込んでくる。
解る。どうすればアイツらを真っ二つにできるのかが鮮明に脳裏に浮かぶ。
「「グァァアッ!!!」」
予想通り、二頭はこちらへ向けて牙を剥き出し飛び掛かってくる。
直後、ジャキッと分厚い硬皮を切り裂く短い音が鳴り、ヘルハウンドは首から鮮血を吹き出しながら後方へ飛んでいった。
後には灰色に輝く剣筋だけが空間に残り、あれだけ苦戦した獰猛犬をいとも簡単に一刀両断してしまったのだ。
それは、半ニートの俺では一生かけても会得できないと思わされる程、鮮やかで素早い剣捌きだった。
ボロボロに朽ちていた筈の刀身も、灰色の妖気を漂わせて輝きを取り戻し、経年劣化すら感じさせない程の鋭さを蘇らせている。
それでも肉体はロクに鍛えられていないので、戦闘が終わった後が怖い。
というか既に色んな筋肉が痛いっ!!
記憶の混濁も落ち着き始めていた。
少し冷静になって考えると、霧丸の最後の記憶と今のこの状況が少し似ている事に気が付く。
何か関係があるのかな…。
何にせよ、これなら対抗できるかもしれない!
立て続けに飛び掛ってきた4頭のヘルハウンド。
しかし、霧丸の力が一部働いている今の俺には敵ではない!ふははは!!
痛てぇーッ!!!調子に乗りました、すみませんすみません!!
余裕ぶっこいていたら、その内の一頭が振り下ろした爪が脇腹に直撃した。
あっ、やべぇ肉が抉れた…。
脳内麻薬が過剰分泌しているせいか、痛みは感じないけど重症だろう。
ドクドクと血が溢れている。
それでも何とか、会得した剣術で3頭を撃退し、残りは一頭となる。
その時、先程からヘルハウンドの後ろで静かに佇んでいた黒いローブが動きだした。
何をするつもりだ…?
最後の一頭の攻撃をいなしつつ、警戒する。
黒いローブは片腕をこちらに突き出し何やら呟き始めると、その周囲に奴が纏う漆黒のローブよりも更に深い色をした暗黒の物質が出現する。
構うものか!
最後の一頭も斬り伏せ、刀に憑依しているクロと意識の奥底で頷き合い、強行突破を試みる。
それが、死亡フラグだとも気付かずに。
「——っ?!いけない、マサト!その攻撃は駄目よ!避けてッ!!」
「あ?」
先程から離れた場所で呆けながら観戦していたロロが叫んだ。
突如、その現れた暗黒物質は膨張を始めて、黒いローブの目の前に集中した。
『…ガルド、ヴォレス、ドラグド…。』
深く被ったローブの奥から微かに聞こえた詠唱は、以前クロが読んだ魔法辞典には載っていないものだった。
嫌な予感がする。
しかし、走り始めた足を止める事はできず、そのまま刀を構えて突っ込む。
「駄目ッ————!!」
切っ先がローブを突き抜けると思ったその瞬間、何故か俺は地面に喰らいついていた。
骨が砕ける音と内臓が破裂する音が同時に聞こえ、口から大量の血が飛び出る。
「おェッ——。」
意識が暗転するその最期、視界に映ったのは大量の涙を流して悲痛な顔を浮かべる赤毛の美しい少女だった。
情けない、覚醒フラグまで立てておいて瞬殺なんて…。
俺は、彼女を守り切る事ができなかった——
※※※※※※
「嘘よ、ねぇマサト、やめてよ。返事をしてよ…、約束したじゃない、二人で無事に帰るって…!」
強力な重力に押し潰された彼の周囲には小さなクレーターが出来ていた。
抉れた腹から臓物が流れ出し、四肢はあらぬ方向へ曲がっている。
「冗談はやめてよ、マサトが居なくなったら、私はまた一人ぼっちじゃない…。」
重い身体を引きずるように、その亡骸へゆっくりと歩み寄る。
出逢った時の印象は最悪だったけど。
どうしようもない変態だったけど…。
「…やっと友達が出来るかもって、そう思っていたのにッ!」
―――わたしはこの世界に来てからずっと孤独だった。
所持品から自分がこの世界の住人で無い事は、薄々気が付いていた。
オリバー爺は良くしてくれたけど、それでも心を開き切ることは出来なかった。
どれだけ親密になっても、別の世界の住人だったから。
我ながら薄情な人間だと思う。
毎朝起きる度に、いつの間にか涙が流れていた事に気が付いた。
自分は本当はこの世界に居るべきじゃない、これ以上オリバー爺に迷惑を掛ける訳にはいかない。
そう思い始めていた矢先に、彼と出逢った。
マサトはよく喋る。
わたしが拒絶していたのは分かっていたハズなのに、根気良く話しかけてきてくれた。
最初は煙たかったけど、同年代の人と話すのはこの世界に来てから初めての事だったので新鮮だった。
やがて、マサトがわたしと同じ世界から来た事を知り、彼なら心から話せる友人に成り得るかもしれないって、どこかで期待していたのに…それなのに…っ!
「うぁぁああああッッ!!!!」
わたしを守る為に戦ってくれた、既に息の無い亡骸に覆い被さる。
黒いローブは、そんな私達を気に留める事もなく真人の頭に手を伸ばしている。
「―――フレアデスッ!!!」
させない。
これ以上彼に何もさせない。
過ごした日数は少ないけれど、交わした言葉も少ないけれど、
それでも…っ!!!
その一心で、ありったけの魔力を魂の奥底から強引に引き出した。
魔力は既に枯渇寸前だったが、そんな事、もうどうでもいい。
短縮詠唱に成功し発現した中位魔法は、その獄炎をもってして黒いローブを焼き尽くそうとする。
しかし、そいつが軽く腕を振るっただけで呆気なく炎は掻き消されてしまった。
「このッ!!フレアデスッ!!フレアデスうぅぅ!!うわぁぁぁあああっ!!!」
絶叫しながら詠唱する度に、意識が吹き飛びそうになる。
とんでもなく熱い。
皮膚が焼けているようだが、なんだか痛みも鈍ってきた。
視界は徐々に光を失い、自分が生きているのかさえ曖昧になった。
それでも、それでもわたしは叫び続けた。
もうこれ以上、何も失いたくなかったから。
完全に意識が途切れる寸前、聞き慣れた嗄れ声を耳が捉えた気がした。
幻聴だったかもしれない、でも…それはとても温かい声だった。