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腐敗親話  作者: 坂東尚樹
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01.自家中毒と学芸会

 私は「吐く」のが上手い。例えば酒を飲み過ぎて非常事態を迎えるような事があってもトイレを汚すようなヘマはした事がない。「嘔吐」に慣れているので目標を外す事がないのだ。なんでそんなに吐き慣れてしまったのかと言うと、子供の頃に「自家中毒」という持病を抱えていたからだ。


 10才前後の子供が急に、まるで食中毒でも起こしたかように激しく吐く。最低でも一日以上、胃液や胆汁も出なくなるまで吐き続けるから、放っておくと脱水症状を引き起こしてしまう。それが「自家中毒」だ。

 原因不明だった時代には、まるで自分の家に中毒したように見えたのでそんな名前が付いたらしいのだが定かではない。いまだに「アセトン血性嘔吐症」という正式名称よりも「自家中毒」という通り名の方が圧倒的に有名だ。


 水分を補給して脱水症状さえ回避できれば死に至る事はほとんど無いのだが、何しろ眼球が飛び出すんじゃないかと思うくらいの激しい嘔吐で「飲む」という事ができない。ひと度発症してしまったら点滴注射のために「入院」というのがお決まりのコースだった。


 小学生くらいだと入院欠席はたった2日でも長く感じる。学校に入ったらちょっとまぶしい感じがした。

 おずおずと教室に入っていくとすぐに誰かが気づいて大声を上げた。私を中心に輪ができて回復を祝う言葉が飛び交う。輝く視線と祝福を受け続ける内に段々晴れがましい気持ちになってきた私は、調子に乗って、授業が始まる寸前まで滔々と病気の話をし続けた。


 しかし、「主役」でいられるのもその辺までだ。

 子供は何でもすぐ飽きる。「入院していた坂東クンが復帰」という大ニュースも持って10分。次の休み時間が来ればみんな違う輪を作って違う話題に夢中になっていた。そうして、そうなってしまうと休んでいた私には入れる輪が無かった。

 無理に割り込んだって白けさせるだけ。そんな空気だけは読めたから、おとなしく聞き手に回る他なかった。


 たった一日か二日、何とか辛抱してやり過ごせば良かったのだ。

 そうすればまた以前と同じようにみんなの輪にとけ込めたのに、せっかちな私にはその待ち時間が耐えられなかった。主役から聞き手に回る事を、大きな「屈辱」の様に感じていた。

 いても立ってもいられなくなってしまった私は、何とか輪の中心に戻ろうと必死で知恵を巡らせた。

 ……そうだ、「テレビ」の話だったら大丈夫だ。

 発作的な嘔吐の合間にも小康状態はあったから「テレビ」を観るくらいはできた。みんなと同じ番組さえ観ていればその話題で遅れを取る事は無い。たまにタレントのモノマネでもやれば話題の中心に立つ事もできた。

 次第に私はテレビの話が好きな子のグループにいる事が多くなっていった。


「モノマネ」は、今考えるとそんなに似てもいなかったのだが、そんな事をやろうとする子供が少なかったからけっこうウケた。ウケるにはウケたが底の浅いネタだから長くは持たない。視線を集め続けたかったら新しいネタを用意しなくてはならなかった。私の小さな余興はそうやって少しずつエスカレートしていった。

 お笑い番組を良く見て、ちょっとしたお楽しみ会ではテレビで聞き覚えた落語を披露する。仲間を誘って創作コントを上演する。終いには宿題でもない事を調べてきて授業中に研究発表の時間をもらったりした。


「明るくて、面白くて、器用な子」

 それが小学校時代の私の評価だ。通信簿も「協調性」や「明るさ」は常時満点。その点に疑いをいだく者は両親も含めて誰もいなかった。私だってそう信じていたくらいだった。


 そんな目立ちたがり屋さんが「学芸会」みたいな発表の場を嫌うワケがない。先生も判っているから誰も私に「器楽合奏」や「お遊戯」などをやらせようとはしなかった。「お芝居」一筋。

 今年はどんな台本か? そして自分はどんな役を演じるのか?

 毎年その季節が近づくと、そんな先走った妄想を膨らませては一人で勝手にヤキモキしていた。狙っていた役にありつけなかった年などは悔しくて悲しくて、床をゴロゴロと転げ回って泣きわめいた。

「演ずる」という行為に対するモチベーションが、すでに小学生の平均的レベルなどはるかに越えた高みに達していた。その正体不明のエネルギーが、私を「新たなステージ」に押し出したのである。


 小学校5年生になったある日の夕方、電話が掛かってきて母親が出た。

 どうやら相手は担任の五条先生らしかったが、会話の途中から母親がチラチラとこちらを見始めたので私は緊張した。

 学校からの電話で子供が話題になったら大抵は良くない知らせである。身に覚えは無かったが、もしかしたら怒られてしまうかもしれない。私は取りあえずその場を離れておこうと、そろりそろりと動き始めた。とその時、不意に受話器から顔を離した毋親が意外な言葉を発した。

「あんた、出なさい」

「え?」

 自分が? 電話で?

 学校の先生と話す?

 予想もしなかった展開に戸惑いつつ、私は恐る恐る重い受話器を受取った。


「ああ坂東クン? 君ね、ラジオに出てほしいんだ」

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