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アクアマリンの首飾り 7

 早朝、集落の端のバダーンの発着所に向かうとまだ集落の中だというのに濃い朝霧が掛かっていた。

「やっぱ端の方は結界緩いんだなぁ、ロスさん大丈夫?」

「一度戻った軌道をトレースできるので」

 アカネは蕪をかじりながら歩いていた。根菜が好きなんだろうね。

「どうせ5時間しか入らないんだから、もっと遅く出ようよ? ボク、眠いわ」

 俺のつむじ風の帽子の上に座り、欠伸をするニカ。

「バテラ一味も冒険者達も、活動が活発化するのは午後かららしいし、帰りに天候が荒れた場合、夜になるとバダーンのコントロールが難しい。ダンジョンから生還しても帰りに谷の岩壁に激突して全滅とか、『ご褒美』過ぎるだろ?」

「そういうプレイはあんまり気持ちよく無さそう」

「『あんまり』どころじゃねぇよ? チビっ!」

 アカネが朝一で軽くキレつつ、発着所に着くと、明日葉系マージハパーンが2体、発着所の魔方陣の端に台座のような物を一つ取り付けていた。

「おいっ、そこの『葉っぱ』どもっ! 何してんだよっ?」

 即、怒鳴るアカネ。マージハパーン達はギョッとしたが、

「長老に申し付けられて、指標器を取り付けています。行きはこれで安定すると思います」

「そういえば、一昨日そんなこと行ってたけど早いね」

 その時は『数日中に』と言っていた。

「昨日、ケムぴょんさんから対応が非協力的じゃないかと、クレームの水晶通信が『5回』も入りまして、我々もそんなつもりはないので、いやはや」

 2体の内、年長らしいマージハパーンは困惑した様子だった。『5回』か、ケムぴょんさんはそういうとこあるからな。

「燕の宝珠は必要は無いのですか?」

「昼間、天候が安定していれば大丈夫だと思います。これは行き用の物なので帰り用の指標器は、そうですね、3時間以内には取り付けておきましょう」

「急げよっ、葉っぱっ!」

「は、はい。善処します」

「・・・偉そうに」

「あんっ?!」

「よせアカネ。ややこしい」

 若い方の女のマージハパーンは血の気が多いようだ。

 ともかく俺達は発着所の魔方陣に入り、マージハパーン2体は陣から離れた。

「お気を付けて」

「はい、それでは、バダーンっ!」

 俺達は風の魔力に包まれ、『虹の回廊の洞窟』へと集落のある霧の谷を飛び出て行った。

「ネッサのことでなんか村が隠してるの、そこそこ立場のありそうなさっきの葉っぱ君達は素で知らない風だよね」

 急に黙っていたニカが飛びながら言ってきた。

「聞き込みをしている時も、隠している風の者と、最初から何も知らない者の差は世代によってわりとはっきりとありましたね」

「ネッサの時代から生きてる者はどれくらいいた?」

「7体ほど、老化が激しいのでまともに話が聞けそうのはこの内、2体だけでした」

「100年以上生きてるヤツ、特に200年越えの連中は何か知ってる風だったぜ? 親か、爺さん婆さん世代から『何か』、当時の話を聞いたんじゃねぇの?」

「若い世代に『教えない』ということはもう片付いた話なのかもしれないな」

「そうして忘れられちゃうんだよ」

 ずっと俺の帽子の上にいるニカは呟き、それから、位置的に見えないがたぶん曲げた指の背で俺の帽子をコツコツと叩いた。

「ケム彦、なんか帽子に仕込んでるの?」

「いや、別に」

 もうバレたか? 俺は『虹珊瑚の鍵』のことは誰にも言っていないが、バレたらバレたで別に構わないとも思った。

「ふぅん? あ、海」

 飛行する俺達の左手に、最初に来た時、延々と進んだ海岸線と、その向こうの海が見えた。海は西にある。地形から朝焼けはまだ上手く差し込まず、暗い海で、暗いまま岸に打ち付ける波など、(やはり、見たことがある)と思わせた。やはり見たことがある? 俺はまた少し混乱した。確かに初日の行きと帰りに海は見たが、まったく異質な既視感だった。


 アカネの少し強化された五節鞭が蛇のようにしなり、2体のリュウグウバヤシを一瞬で仕止めた。初日より効率がいい。ロスエールの鎖鎌+1も一撃で1体を仕止められるようになった。ニカもデタラメな戦い方に変わりは無いが、耐毒ロールとピクシーフォークの守り特性付加で放って置いても概ね問題無い。俺の海風のバッジで強化された『突風』も絶好調! 巻き上げた土煙を百発百中で相手の『目』にヒットさせた。狩り場への移動も初日は一時間以上掛かったが、要領を得て、マップもある今日は20分足らずでたどり着けた。狩りを始めて2時間で初日の稼ぎを越えていた。

「余裕だぜっ! なんかさぁっ、連携技とか考えない?『必殺』みたいなヤツっ!」

 周囲獲物を狩り終わり、興奮した様子で干し肉をかじるアカネ。根菜好きだがベジタリアンではない。

「それもいいかもしれませんねぇ、アカネ。ちょっとルーチンワークになってきましたからね」

「やるの? じゃ、ボクの『ご褒美突き』も技に組み込もうよ?」

 3人は盛り上がったが、俺は経験上、こういうノリが危険だと学んでいた。両触手に折り畳みノコギリ+1と銀の算盤を持って獲物の解体と鑑定をしていた手を一旦止めた。

「付け焼き刃で固定パターンの連携攻撃を決めるのは反対だ。合図を決めるなら、ダンジョンからの『即時脱出』の合図にしよう」

「『脱出』ぅ~っ? 地味だな、帽子っ!」

「盛り下がっちゃったよ、ケム彦」

 不満そうなアカネとニカ。

「どんな合図です?」

「『蜜柑食べたい』と言ったら、その時できる『最大』の手段で、『完全』に、このダンジョンから脱出しよう。俺は戦士じゃない。全滅回避を重視したい」

「『完全』に、ですか」

「しょうがねぇなぁ、帽子っ! じゃあそれでいいや」

「ボクの『ご褒美突き』はぁ?」

 ニカは多少ゴネたが、『脱出合図』の案は通り、それからさらに2時間と20分程、俺達は狩りを続け、約291万ゼム相当の戦利品を獲得した。

「ちょっと早いですが、そろそろ上がりませんか?」

「同じ相手ばっかあたしも飽きたわ」

「今日はもう、ご褒美打ち止めにしよ?」

「構わないが少し」

『奥』の様子を見ないか? と言おうとした。だが、ズバッ!!! 後方から鋭く水の刃がロスエールに向けて撃ち込まれた。

「ぐぅっ?!」

 幽体の為、流血することはないがクリーム色のローブとその中の不確かな肉体を斬り裂かれた。

「ロスさん?!」

 動揺するアカネ。

「リーマっ!」

 すぐにニカが回復魔法を掛けて実体を保てなくなりかけたロスエールを再生させる。

「ヒーラー(癒し手)もいるのか、厄介だな」

ロスエールの出していたポーラ明かりの向こうの洞窟の暗がりから刀を持った、鯛系半魚人モンスター『タイゴーラ』族が1体、タコンガ1体とベラ人2体を引き連れて現れた。

「蛸どもは森で探知したヤツだよ、それよりもっ」

 小声で囁くアカネ。五節鞭を握る手に力が入り過ぎている。

「あの鯛野郎っ!」

「よせっ! レベル20越えてる。あの刀もヤバい」

 タイゴーラの持つ刀は峰が鱗状になっており、遠目にも強い『海』の魔力を秘めているのがわかった。

「不覚を取りましたが、私は大丈夫です、アカネ。落ち着いて」

「わ、わかったよ」

 アカネは息を吐いて少し力を抜いた。俺は片方の触手を背負う鞄に入れ、中の煙り玉を掴んだ。

「兄さん達、地回りの人達じゃないだろ? 一昨日もここで狩りをしてたようだな。出稼ぎかい? 感心だね。ところで」

 タイゴーラは刀と腰を低く奇妙な構えを取った。

「ウチのもんがね、一昨日洞窟の前の森で誰かに襲われた。一人は頭がパーになっちまってさ。世の中には、随分なことをするヤツが、いると思わねぇかい?」

「よく知らないが、誤解があるようだ。蜜柑でも食べて少し話さ」

 ないか? と言って煙り玉を投げ付けようと思ったが、言い終わらぬ内に一気に俺と間合いを詰めて来た! 速いっ、俺は咄嗟に特技『風の盾』を二重に張って防ごうとしたが、ヤツは間合いに入る直前で突進方向をいきなり切り替え、跳び上がって中空のニカに、精確な両手突きを打ち込みに掛かった。ガキィンッ! 驚いてピクシーフォークを構えたニカに刃が届く前に、アカネの五節鞭の穂先がヤツの刀の切っ先を捉えたが、五節鞭の穂先は砕け散った。勢いの弱まった『突き』をニカはなんとかピクシーフォークの『守り』の力で受け切る。受けられ、一瞬、意外そうな顔をするタイゴーラ。

「ヴァルッ!」

 凍結魔法で中空のヤツを弾くニカ。

「ディノッ!」

 爆破魔法で追い打ちを掛けるロスエール。タイゴーラは吹っ飛ばされたが、それでも平然と刀を構えたまま着地した。刀には傷一つ付いてない。

「ふぅっっ!!」

 俺は声を上げて、2枚の『風の盾』を2本の『竜巻』に切り替え、1本を即、反撃の体勢に入り掛けたタイゴーラに。もう1本を遅れてベラ人と共に突進して来ていたタコンガに放ち、タイゴーラと巨体のタコンガを止め、ベラ人2体はぶっ飛ばしてやった。続けてアカネが脱出の鏡を使う。鏡の先に洞窟の入り口の視点が映し出される。俺達は脱出の鏡の中に吸い込まれて行った。


そのまま『虹の回廊の洞窟』の入り口の前に空間を越えて俺達は現れたが、全員物も言わずに、一ヶ所に寄り、俺はピンを解除した煙り玉を『その場』に投げ付けた。

「バダーンッ!!」

 玉が弾けて煙りに包まれる洞窟の入り口からロスエールの唱えた帰還飛行魔法で風の魔力に包まれ飛び上がると同時に、さっき来た俺達と同じように脱出の鏡の力で空間を越えてタイゴーラが洞窟の前に飛び込んできた! 煙りに包まれたヤツが刀の構えを解き、峰を肩に置き、『東』の空に飛び去る俺達を見送る姿が暫くは見えていた。

「逃げ切れたな」

「一応、脱出先を見切られないよう『東』の街道沿いに無理に進路を曲げました。このままだと途中で墜ちそうなので燕の宝珠、誰かお願いします」

「俺ので」

 俺は鞄から宝珠を取り出し、使った。少し蛇行するように飛んでいた俺達の飛行は安定し、進路を海岸線沿いに戻した。

「あの鯛野郎、借りは返すっ!」

「ああいう、ただ殺しにくる人ってプレイが成立しないからボク苦手。ただ性急に逝かせればそれでいいって、乱暴過ぎるよ」

「今夜の支払い分は稼げたが、一階で穏便に狩りを続けるのはもう無理だな。覚えられた」

「幹部でしょう。アナゴリアンの自白通りなら同じクラスが後、6体。『頭』はそれ以上のはずです。やはり、アクアマリンの首飾りその物の獲得は、諦めた方がよさそうですね?」

「ああ、そう、だな」

 同意しながらも、虹珊瑚の鍵のことを言い出せないまま、俺はロスエール達と飛び続けた。ふと見ると、ニカと目が合う。眼鏡を掛けている時の素の視線だった。バレてる、なぁ。

 帽子の中の『鍵』をどうすべきか? 俺は決めかねていた。

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