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アクアマリンの首飾り 2

『アクアマリンの首飾り』は300年程前に失われた秘宝だ。当時の勇者の仲間の一人、ハーフマーメイド『虹鱗のネッサ』が身に付けていた。海魔兵達の戦いで力を失い、『虹の回廊の洞窟』の深部の地底湖に沈められて以後洞窟そのものが封じられていた。だが、一月程前に突如洞窟の封印が解け、『アクアマリンの首飾り』の復活を近海の人魚達の長が直感したという。その秘宝は海の力そのもの。力を発揮した最後の戦いで治癒の雨を降らせ傷付いた仲間達のみ癒し、ネッサ自身は命を落としていた。


「あのババアどもっ、案内一人よこさねぇよッ!」

 これで何度目かな? アカネが悪態をつく。長老のバダーンの魔法で目的地に一番近いモンスター集落に飛んだ俺達は、事態に積極的に関わるつもりは無いらしい集落では大した情報も得られないまま、さっさと出立し、目立つ街道を避けて海岸沿いを『虹の回廊の洞窟』目指し進んでいた。風が強いので飛び辛いというニカはロスエールのローブの袂に入って寝っていて、全く気配も無い。

「もらった地図は正確だし、食料や使えそうな道具類もわりと安く買えた。まだ協力的な方だ。他の集落にはそもそも入れてもらえないことの方が多いくらいだよ」

 これとほぼ同じ内容のフォローを集落を出てからもう7、8回はしている。

「嫌いだねっ!」

 主語が無い。ただ『嫌い』っていうのはフォローしようがないぜ。俺がため息をついていると、地図を持って海風をものともせずフワフワ浮いて先頭を進んでいたロスエールが振り返った。

「次の岩場を越えた先の森の向こうが『虹の回廊の洞窟』です。ただし森は既にバテラ一味のテリトリーになっているそうですから、気を付けましょう」

 ロスエールは「夏場は食あたりに気を付けましょう」とでも言うように淡々と告げてきた。

「ロスさん、気を付けるってどう気を付けんのさ?」

「俺も、岩場を越える前に話し合おうと思ってた」

 俺とアカネが口々に言うと、ロスエールはまた淡々と応えた。

「いくつか考えはありますが、私はそろそろ日陰で休む必要があるようです」

「えっ、ロスさん熱中症なの?」

「あ、そうか」

 そういえば忘れていた。ロスエールはずっと昼の日差しの中で平然と活動していたが、幽体モンスターである彼に、本来直射日光は毒だ。

「一応、この『月明かりの守り』は持って来たんですが、思ったより昼間の屋外移動が長かったので」

 月の紋様の護符を取り出すロスエール。使用者に『月』の力を付与する護符だ。おそらく『日光』の影響を緩和する効果もある程度あるんだろう。

「そういやロスさん、日差し苦手だっけ。ヤバいね、『毒除けケープ』でよかったら貸すよ?」

 アカネは背負ったリュックから青いケープを取り出してロスエールに渡した。ケープを頭から被るロスエール。

「助かります、アカネ」

「いいってことよっ」

 アカネは照れ臭そうにした。短気で毒舌で乱暴でしつこいところはあるが、良い部分もあるようだ。多少は、ね。

「岩場に穴になっている所が、確かあったよな?」

「地図の書き込み通りならばそうですね、ケム彦」

「なら少し急ごう」

「助かります」

「あたしがおぶってやろうか?」

「ふふふ、大丈夫です。ありがとう」

「ならいいんだけどさっ!」

 俺達は取敢えず岩場へと急いだ。


 岩場の『穴』は穴というより大岩がいくつも重なった隙間だった。外から覗くと古いものだが、旅人が利用したらしい焚き火の跡もあった。

「使えそうじゃん? ロスさん、入ろうぜっ」

「アカネさん、ちょっと待った」

「んだよっ?」

 アカネはさっさと中に入ろうとしたが、俺はアカネの片方のブーツに触手を絡めて止めた。

「こういう所はフナムシなんかが多い。『蟲祓い』するよ。ロスエールも、ちょっと下がってて」

 二人を下がらせ、俺は左右の牙をカチカチと打ち鳴らして特技『虫使い』を使って、祓いを試みた。すると、ザザザザザザッ!! 穴の陰という陰からフナムシを始め、無数の虫という虫の類が溢れ出してきた。

「げげっ?! 帽子っ! ヤバいヤバいっ! キモい! キモいっ!」

「ふふふ、虫さん達のパレードですねぇ」

 後ろの二人のリアクションに構わず、俺は集中して牙を打ち鳴らして効果範囲内で一番遠くに虫達を祓った。普通に暮らしてたのにちょっと悪かったけどさ。

「これでよしっ、半日は寄らないはずさ」

「お前、キモい技使うな、帽子っ!」

「お疲れ様、ケム彦」

 すっかり落ち着いた穴の中に入り、荷物を下ろして簡単に焚き火も起こした。

「では私は小一時間程眠ります。ニカにはちょっと出てもらいますね。あれ? どこかな? 痛たたっ、ニカ、噛まないで下さい」

 ニカはロスエールの指の1本に噛み付いた状態で袂から摘まみ出された。

「起きてたのかよ、チビっ!」

「『虫パレード』辺りからね。ていうか、チビってボクのことかなぁ?」

「おめぇだよ、おめぇっ! チビ! チビっ!」

「んんっ? 可愛くしてあげようかぁ?」

 出てきて早々、アカネと一触即発になるニカ。めんどうだなぁ。

「やーめろよ、二人とも」

「そうです、私も安心して眠れませんから」

「チッ、ロスさんに免じて見逃してやらぁっ」

「それはこっちの台詞だけどねぇ」

 ニカとアカネは互いにそっぽを向いた。

「問題無いですね? では、眠ります。森の対処は起きてから話しましょう」

 ロスエールは忘れているのか? アカネの『毒除けケープ』を被ったまま、言い終わると同時に、体全体がビュルルっと渦を巻いたようになり、片手の袂の辺りとその手に持たれたカンテラだけの姿になった。カンテラの火も弱まる。

「ロスさん、寝るとこんな感じなんだ」

「俺も初めて見たよ。小っちゃくなるのかぁ」

「カンテラシェード族の本質は『陰火』と『灯を持つ手』。でも普通ここまで圧縮はしないけどねぇ、よっぽど疲れたんじゃない? ロスちゃん。それよりボク、お腹空いちゃったなぁ」

 ニカは腰の『うわばみポーチ』から明らかにポーチ自体より大きなブルーベリーを一粒取り出した。『うわばみ』と名の付く鞄は小部屋一室から場合によっては家一軒程の物が入り、入れている間と出し入れする前後は『重さ』と『大きさ』に干渉できる。ニカのポーチの詳しい特性は知らないが、たぶん中を低温で保つタイプだろう。

「いっただっき!」

 体のサイズからすると自分の顔程もあるブルーベリーの一粒をニカは結構な勢いでかぶり付いた。果汁を飛び散らせ果皮を喰い破ってバリバリと食べてゆく。こんなにワイルドにブルーベリーを食べるヤツを初めて見たぜ。

「あたしも、そういやお腹空いた」

 置いた自分のリュックを探り出すアカネ。

「じゃ、俺も」

 便乗して俺も置いた皮鞄から触手で林檎を一つ取り出し、かじり始めた。見るとアカネは『人参』を1本出して、案外行儀の良い仕草でかじっていた。

「・・・・あん? 何、見てんだよ、帽子っ!」

「アカネさん、やっぱ人参好きなんだ」

「『やっぱ』ってなんだよっ、おおっ?!」

「いや、別に」

 軽く凄まれつつ、俺達は岩場の穴で休憩を済ませた。


 海辺の岩場から草地に上がり、草の中を10分も進めばすぐ先に森が見えた。

「さて、ここからですね。二人とも、頼みましたよ?」

「任せなっ!」

「やってはみるけど、『識者の風』を他の人に合わせるのは初めてだな」

「いいからさっさとやっちゃいなよ? ボク、また眠くなってきたしさぁ」

 気に入ったのか? ケープを被ったままのロスエールに促され、アカネはやや大袈裟に構え、俺は『つむじ風の帽子』に意識を集中させ、ニカは海風に飛ばされないようそこらの草の茎に掴まって欠伸をした。

『識者の風』は探知系の技だ。風を広範囲に飛ばし、任意で『音』と『臭い』を引き寄せて、自分の耳と鼻で周囲の情報を分析する。通常は風の操作と分析を一人で行うが、今回は俺は風の操作に専念し、分析は鼻はともかく、耳は種族の特性として俺より断然いいアカネが担当する。この方が精度も高いし、負担の軽いはず。この合体技で森の中のバテラ一味や、入り込んでいる可能性の高い冒険者達の位置や特性を探知し、一番『都合のいい』相手を選び、拉致ってニカの自白魔法『アッサ・ケッシ』でいまいち掴めて無い現状情報を纏めて引き出す! それがロスエールが起きた後、話し合った俺達の作戦だった。

 俺は森に、『識者の風』を放った。森を大まかに街道に近い東ブロック、『虹の回廊の洞窟』に近い中央ブロック、海に近く俺達のいる草地に面した西ブロックに別けて判定する。風を拡げ過ぎると疲れるし、情報を処理するアカネが混乱するだろう。まずは西ブロックだ。探り入れると大型の生き物らしい感触が16箇所あった。この箇所に風を絞り、ただの動物とそれ以外に分ける。『ただの動物』らしい箇所は10箇所。もう少し絞れそうだが、モンスターの場合、大体の形や動きだけだと動物と区別し辛いヤツも結構いるので、甘めに絞った。

「西ブロック、6箇所、順に送るよアカネさん?」

「どんとこいっ」

 俺は近いモノから順に風を送り出した。

「これか? 鹿、だぞこれ。違うっ。次っ!」

「2箇所目」

「うーん、『ハパーン』が2匹。これは、バテラ一味じゃない。土着のヤツら、だね。バテラ一味や冒険者が森を荒らすのが気に入らないみたいなこと話してる。これも違うっ、次っ!」

『ハパーン』は植物系モンスターだ。この後3箇所目、4箇所目も外れ、だが5箇所目で『当たり』がきた。

「ん? これは、臭いっ! うげぇっ?!」

 鼻を押さえてジタバタするアカネ。

「どうしました、アカネ?」

「『ご褒美』もらっちゃった? ぷぷぷっ」

 ロスエールとニカに言われても、応える余裕はアカネに無かったようだ。どうも悪臭らしいが、俺は途中で風を切るとまた繋げるのが地味に手間なので可哀想だがそのまま風を送り続けた。

「くそったれっ、これは『タコンガ』だね。それも風呂に入ってないヤツっ! 手下らしいベラ人を2匹連れてる。レベルは8程度、頭悪そうな話してる。武装はガッチリめ。カス野郎だが、気絶させて捕らえるには向かないんじゃない?」

 タコンガは蛸系モンスター。体がデカく、生命力も強く、武装や手下を考慮するとレベル8程度でもこの間手間取ったポン助君より厄介だ。『生け捕り』のハードルもあるしさ。

 俺とアカネはそんな調子で順々に探知と分析を続け、結果森の中で9つのバテラ一味のグループが活動しているのを見切った。街道近い東ブロックには冒険者のパーティも二組いたが、いずれもショボいヤツらで一組に至ってはマッパー(地図師)が方向音痴で森で迷って内輪揉めしている有り様。自白させる程の情報も持たない『無視』してよいヤツらと俺達は判定した。

「あたし、もう、無理っ! おぇえええ~っ!!」

 慣れない探知と、バテラ一味のヤツらが体臭や口臭のキツいのが多かったのと、やたらキツ目の下ネタ話をするのが多かった為、アカネはフラフラになり、そこらの草の陰で吐き出した。

「大丈夫ですか、アカネ? 水筒にハーブ水をいれています。どうぞ」

「ありがと、ロスさんっ! マジ助かるわ」

 アカネの介抱はロスエールに任せ、俺は獲得した情報から『拉致』する対象を考察していた。

「どうすんの? 芋虫君。どの子達を拉致って可愛く拷問しちゃうの?」

「『自白』が目的だから、拷問しなくていいよ、ニカ。それから俺の名前はケム彦だから」

「じゃあ『自白』させてから拷問しようよ、芋虫ケム彦君」

「だからさぁっ」

 俺が煽られてるとわかっててもイラッとしかけると、ロスエールがスッと間にカットインしてきた。

「ターゲットはハモリアンとアナゴリアンの二人組がよいと思います」

 俺は内心、ホッとしながら続けた。

「同感だ。位置的にも途中他のグループにかち合うリスクは少なそうだしね。アナゴリアンの方を押さえよう」

「ケム彦君は後、どれくらい『風』を使えますか?」

「回復させずにならアナゴリアンを一度吹き飛ばす程度はイケる。ただ結構ウェイトのあるヤツのようだから、飛ばす前に誰か相手の体勢を崩してほしい」

「それならボクが『ヴァル』でその子の足元凍らせてあげるよ」

「わかった、ニカ。アカネさん! もうやれそうか?」

「よ、余裕だよ。飛ばした後はあたしがぶっちめてやんよっ」

 アカネはよろよろと起き上がった。

「ハモリアンの方は私が土着のモンスターに変化して、上手く誘き出しましょう」

 よし、絵は描けた!

「ヤツらが移動して状況が変わる前に片付ける、行こうっ!」

「くっさい臭いとクソな下ネタ聞かせやがってっ、ボッコボコにしてやんよっ!!」

「スマートに片付けましょう」

「『自白』させたら拷問しようねっ?!」

 俺達は最後のニカの提案を軽くスルーしつつ、森の中へと突入して行った。

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