アクアマリンの首飾り 11
夕闇の中、キキョウを先頭に俺達は黙々と20分程、岩場を登り続け小さな犬の神獣の祠の傍まで来た。
「発着所の簡易結界はこの祠までだ。この先から野生化して知性の落ちた徘徊モンスターや、過剰繁殖して洞窟から溢れたやはり知性の低下した守護モンスターがウロついている。戦う必要は無い。マズい場合は今来た発着所か、もう少し離れた別の発着所にバダーンで飛ぶ」
「だから直接砦まで飛べばすぐだろって、さっきも言ったろ?! ああんっ?!」
「許可が下りてない」
アカネが凄んでもやはりキキョウは取り合わず、さっさと歩いて行く。
「このっっ! 犬っころっ」
「アカネ、落ち着いて」
アカネはロスエールが押さえた。ニカも何か言い出すかと思ったが、1日の間にテンションをOFFにしたりONにしたりして疲れてきたのか、俺の帽子の上に乗ってマリオネットタクトで近くの小石を無駄に払ったりしながら黙っていた。
「洞窟の入り口っていうのは、砦の中にあるんだろう? 洞窟から繁殖したモンスターが溢れるっていうのはどういうことだ? ここは正面入り口からは遠いだろ?」
「地上一階で過剰繁殖したヤツらが繁殖エリアから穴を掘って出ている箇所がこの岩場に幾つかある。西の海岸側や、北西の入り江側にも溢れる箇所はある。洞窟の活性化で地下でも繁殖しているはずだ。いずれ塞ぐか掃討しなければならない」
「そっからも入れるんじゃねぇか? 犬っころっ」
「蜂の巣をつついたようになるぞ?」
「ぐぅっ」
もっともなことをキキョウに言われ、言い返せないアカネ。
「あんたらの砦の中にある入り口は大丈夫なのか?」
「洞窟が活性化して正面入り口等が開いたの一月程前だが、砦の中の入り口は300年余り前からずっと開いたままだ。結界も多重にあり、入り口付近の守りは固い。だが、放置はできない。詳しいことは首領に聞け、わたしの範疇じゃない」
キキョウは一度俺を見てそこで話は打ち切られた。
さらに10分程進むと、近くでガガガッと岩を削る音と地響きがした。
「ドゥーモ」
キキョウは即座に音の方に震動探知魔法を掛けた。地に微かな波紋が響く。
「大アミキリだ、脚は遅い。離れてもいる。やり過ごせる。しかし異様に大きい」
キキョウは言うなり、近くの大岩に軽く駆け登った。俺達も続く。そこから見ると、岩の向こうの少し窪んだ辺りに、蠍ともザリガニともつかないモンスターが一匹、蠢いていた。家三軒分くらいの大きさはある。
「甲羅が若い、歳経た個体ではないな。狭い洞窟で過剰繁殖して、『共喰い』して生き残ったんだろう。ああいう個体は」
キキョウが冷静に評していると突然俺の帽子の上にいたニカが物も言わずに高速で大アミキリの方に飛んで行った。
「ニカっ!」
「チビっ?!」
「いけませんねっ」
俺達は慌てて追った。
「ヴァルッ! ヴァルッ!」
高速飛行しながら大アミキリに凍結魔法で圧縮した凍気をやみくもに連打するニカ。興奮した顔をしているが、ふざけているようには見えない。大アミキリはダメージを受けた素振りも無く、巨大な針の尻尾を振り回してニカを叩き落とそうとした。
「あの子、なんのつもりだ?」
キキョウは困惑したが、ニカに関しては『事実としてやらかしたこと』に即座に対応していくしかない。それにしてもちょっと様子がおかしいが、迷ってる場合じゃなかった。俺は1発『風の鎌』を大アミキリの顔に放ち、ロスエールは4発『鬼火弾』を尾に放ち、アカネはいつの間にか右手に付けたキャッチ用グローブでブーメランを掴み振りかぶって右側に多数ある脚に投げ付けた。
俺の風の鎌は大アミキリのハサミで弾かれ、ロスエールの鬼火弾は意外な程素早い針の尾で全て打ち落とされ、アカネのブーメランは相手の脚を2本切断したが2本目を叩き切ると同時にブーメラン自体も砕け散った。
「グローブ意味無ぇっ!」
アカネはグローブを投げ捨て、代わりに紫電サックを取り出し両手に嵌めながら大アミキリに突進して行った。
「アカネ、無茶です! ゴーノっ!」
ロスエールはアカネに守備魔法を掛けた。一瞬、突進してゆくアカネの前面に魔力の盾が浮かんで見えた。
「ヴァルッ! ヴァルッ!」
ニカはでたらめに飛び回りながら必死の形相で凍結魔法の連打をやめない。野生のモノは寒冷地でも平然と活動する大アミキリの背の甲羅は氷で覆われたが、効いた様子は無い。ヤツは俺達、特に向かってくるアカネには気を取られてはいたが、依然尾でニカを狙っている。ニカは守りの特性のあるピクシーフォークすら抜いていない。あんな小さな体では掠っただけで肉片にされるだろう。俺は出力を高める為に自分の周囲に旋風を起こし始めた。
「ハ・ギチ」
戸惑っていたキキョウは捕縛魔法を使い6枚の魔力の輪で大アミキリの針の尾を捕らえ柱が立ち上がるようにして真っ直ぐに引き伸ばし、その輪で絞め上げた。
「長く持たない、始末を着けろ」
キキョウは捕縛の制御の為に右手の指を構えながら後方に跳び退いて行った。アカネは前衛で大アミキリのハサミを『高速ダッキング』で掻い潜りつつ、時折避けたハサミを紫電サックで放電させながら打ってハサミに少しヒビを入れ、ロスエールは鬼火弾でハサミを払ってアカネを援護した。俺の『風』も十分溜まった!
「ロスエール! 俺の風でニカを捕らえる。クラスUPしても『催眠光』は使えるな?!」
「使える感覚はあります。アカネ! 暫く援護できません! 回避に専念をっ!」
「あいよっ!!」
アカネはハサミへの反撃をやめ、高速ダッキングで避けることに集中し始めた。俺は溜めた風を興奮したニカが飛び回る大アミキリの頭上に撃ち上げ、威力を抑える代わりにニカを傷付けないよう細かく加減した『大旋風』を引き起こした。
「うっ? ああああぁぁぁッ!!!」
ニカは悲鳴を上げて風に巻き込まれ、一定の周回で大アミキリの頭上を旋回し始めた。ロスエールは鬼火を3つ起こし、その炎を青く変え、ニカへ向けて激しく発光させた! 3発の内、2発はニカに命中しニカは一瞬、ビクンッと体を震わせ深い眠りに落ちた。
「掛かりました!」
「よしっ!」
俺は大旋風を旋風飛行に切り替えて、つむじ風で包んでニカを近くに運び、伸ばした2本の触手で小さな体を慎重にキャッチした。
「とにかくアイツを仕止めようっ!」
俺は背負った皮鞄から我ながら手品のように素早くハンカチを取り出して苦し気な顔で眠るニカをくるみ、そのくるんだニカごと鞄の中の他に何も入れていない内ポケットにしまい込んだ。
「右を狙います!」
ロスエールは鬼火弾を放ってアカネを援護しながらフワリ、と浮き上がり最初にアカネが脚を2本切断した大アミキリの右側に回り込んだ。再び周囲に旋風を起こし、風を溜め始めた。今度は攻撃に使ってやるっ!
「ディノッ!!」
ロスエールは爆破魔法を唱え、炸裂する小さな魔力球を2本欠けた右側の大アミキリ脚に3発放った。ドォオオンッ!!! 脚は最前の1本を除き全て吹き飛び、1本では体を支えきれなかった大アミキリは右側に巨体を倒れ込ませた。
「ギギギギギギギギギッ!!」
初めて壊れた時計塔のような鳴き声を上げる大アミキリ。
「鳴き声っ、キモいんだよっっ、蠍野郎っ!!」
アカネは体勢を崩し、体重が掛かって動きの鈍った大アミキリの左のハサミに紫電サックの電撃を付加した『ドッズパンチ』を打ち込み叩き割った! 割れたハサミの中の体液が飛び散る。
「うわっ?! 汁がっ! キンモーっ!!」
右のハサミの反撃がきたこともあり、慌てて転がり逃げるアカネ。ここで俺の風が溜まった。
「んあっ!!」
思わず声を出して『風の大鎌』を大アミキリの左側の脚に放った。ヒュオオオッ! 鼓膜に響くような音を立てて大きな風の刃が左側の脚を切り落とす。後ろ足の2本以外全て切断してやった! ヤツは完全に体を支えられなくなり、腹を地に付け、身動き取れなくなった。
「ディノっ」
ロスエールは魔力球を1発放ち、大アミキリの左目を吹き飛ばした。アカネはガチン、と胸の前で紫電サックを打ち合わせて軽く放電させ、残像が出る程の高速ダッキングを数回軌道を変えて使い、大アミキリの右のハサミを掻い潜り、懐に飛び込んだ!
「1っ!」
アカネは噛み付いてきた大アミキリの巨大な上顎を放電する拳で殴り上げた。
「2ぃっっ!」
そのまま踏み込み下顎を打ち上げ、巨体の半身を浮き上がらせた。
「んんんっらぁあっっ、3っ!!!」
跳び上がり数回転したアカネは激しく放電させた拳を大アミキリの眉間に打ち込んだ! ベコォオオッ!! 眉間は大きく陥没し、右目は飛び出しかかり、大アミキリの後頭部は電撃で弾け跳び、絶命した。
「おっしゃあっ! 蠍野郎っ! 思い知ったかっ? 汁かけやがってっ、ちょっと目に入ったろうがぁっ!」
「お見事ですアカネ、ゴーノは必要無かったですね」
「そんなことないよ、守ってもらったから、勇気出た!」
「そうですか、ふふふ」
俺が二人を見ながらため息をついていると、後方から戻ってきたキキョウが捕縛され立ち上がったままの大アミキリの尻尾を捕らえた輪を操って妙に丁寧に横に倒し、魔法を解除した。
「随分ソフトだな」
「高く売れる。それより」
キキョウは俺の鞄を見た。そうだった!
「やっばっ!」
俺は慌てて鞄の内ポケットに触手を入れた。動かないニカを包んだハンカチのぐっしょりと濡れた感触に俺は全身の血の気が引いた。恐る恐る、そんな訳無いと鞄から取り出す。ニカを包んだハンカチはニカの赤い治で染まっていた。
「嘘だろ?」
「早く包みを解けっ」
俺が呆然としていると、キキョウはニカを包んだハンカチを解いた。体中、血塗れのニカだったが傷は左手首のペインアミュレットによるものだった。アミュレットの装飾が牙のように尖ってニカの左手首に喰い付いていた。
「どうしました?」
「チビっ?」
ロスエールとアカネも異変に気付いて寄ってきた。
「リーマ」
キキョウは回復魔法をニカの左手首に唱え、淡い光が手首を包み傷は癒え、喰い付いていたペインアミュレットも鎮まり、元の形態に戻った。
「効いたか。だが血が足りないな」
キキョウはボディバックから液体の入った小瓶を取り出した。
「それはっ?」
思わず鋭く俺が聞くと、キキョウは微かに苦笑するような顔をした。
「ポーションだ。滋養がある。既成品だ。いいな?」
「あ、ああ。頼むよ」
「ユ・リック」
キキョウは念力魔法を唱え、瓶の蓋を開け、中の薬液を葡萄一粒程度引き出すと、青ざめた顔で眠るニカの口に入れた。ニカは眠ったまま拒絶する素振りを見せたが、キキョウは慎重に薬液をニカの喉、そして腹に流し入れた。ニカの腹は少し膨らんだが、薬液はすぐにシュウゥっ、と全身に吸収され苦し気な表情は変わらないが顔色は戻った。
「大丈夫そうですね」
「ビビらせやがって、このチビっ!」
「よかった。だが何があったんだ?」
俺は血塗れで眠るニカを見詰めた。
「痛みの暴走による『自蝕』だろう。バッドピクシーにはそれぞれ固有のタブーがあるらしいが、わたしがさっき言ったことか、あるいはあの大アミキリの『有り様』そのものがこの子のタブーに触れたのかもな」
「有り様?」
俺達は絶命して奇怪で巨大なオブジェのようになった大アミキリを見た。
「わたしはアレを見たとき、『共喰い』と言った」
共喰い? 俺はニカを見た。ニカは『弟がいた』と言っていた。俺は不幸な形で死に別れたのだろうとは思っていたが、生易しい『別れ』ではなかったのかもしれない。ニカのペインアミュレットは鎮まってなお、妖しく僅かに光っていた。




