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アクアマリンの首飾り 1

 風に木の葉が混ざる。すっかり秋だよ。例年なら果実酒の仕込みや冬への備えといった、森の青年団の仕事で忙しい時期だが、今年はとてもじゃなかった。

 ポン助騒動の調停は一段落し、ポン助はバッドピクシー達に『老化』の呪いを掛けられ村長の元へ帰された。もう番犬としても賭け用の闘犬としても転売や繁殖用の投資財としても役に立たなくなったポン助は、端金と引き換えに村長の甥の呑んだくれのヨゼフに押し付けられたようだ。後は『現物』のやり取りと『調達』だ。村長からは相当吹っ掛けられたし、この2週間程、村関連の裏取引が停止した損失もある。同じように裏取引を停止させられることになった野原の集落の連中への補償や、ロスエール等の村に済んでる連中への補償もある。ヒロシ達が暴れて処刑部屋を焼失させたからバッドピクシー達に賠償もしなきゃならない。俺がクロベエのヤツと争った始末も小さく無い。あいつはムチャクチャ過ぎる。とにかく今は『現物』が足りず、早期に『調達』が必要って訳さ。

 俺は今いる枝の上で片方の触手を使い『つむじ風の帽子』を被り直し、もう片方の触手を近くのクヌギの木の枝に掛けて、俺達の森へと飛び出していった。『森』の集落は種族やグループによっていくつかのエリアに別れる。俺達ケムシーノ族のエリアは古木が多く、そこへツリーハウスを作って俺達は暮らしていた。

「あ、ケム彦だ。久し振りぃーっ」

 木の間のちょっとした広場になった日の差す所からケムリンが触手を振って合図してきた。隣にはヒロシもいた。二人の前には枯れ葉が積まれ、二人は虫眼鏡を一つずつ持っていた。俺は触手で枝から枝へ渡るのを一先ず止め、枝にぶら下がる形になった。二人に会うのは10日ぶりだ。

「お前も食べるか? これから焼くんだけど?」

 ヒロシが言ってくる。

「焼き芋だろ? 虫眼鏡で火を点けるのかい? お二人さん」

「お日様パワーで芋が甘くなるんだよっ」

「ふふふ」

 俺は笑ってしまう。笑ったのは、そういえば10日ぶりだ。ケムリンらしいし、それに付き合うのはヒロシらしい。

 「悪い、急いでいるんだ。またなっ!」

 俺は枝を渡ってゆく。

「そういや、この間の始末、どうなったぁ?!」

「なんか怒られちゃうのぉ?!」

「問題無いよっ!」

 後ろからヒロシとケムリンが叫んできたので、俺はそう答えた。そう、問題は解決してしまえば『問題無し』さ!


 俺は『集会所』と呼ばれている巨木の上に立てられた大きなツリーハウスまで渡ってきた。正面出入り口にケムシーノ族の中位種の1種『喧嘩ケムシーノ』のケム左衛門が若手を二人連れて出張っていた。ケム左衛門のレベルは11、青年団では俺の上役だ。

「遅いぞ、ケム彦? アカネのヤツが口が悪くて面倒になってる」

「すんません」

 ケム左衛門は警護を若手に任せ、さっさと『集会所』に入って行った。後に続くと、奥の座には長老。その脇に長老の孫で側近のケムぴょんさんがいた。部屋には他にも俺達や森の他の種族やグループの実力者、村との商売の関係者、長老の親族がいて、ケムぴょんさんの近くにある客人用のボックス席にはふんぞり返るようにボクスバニー族の女『アカネ』がいて、その向かいの中空には昼間に見るのはなんだか珍しいカンテラシェード族の『ロスエール』がいた。そして、よく見るとロスエールの隣の席の背の部分に寝転がったバッドピクシーの『ニカ』が退屈そうにしていた。バッドピクシー達はニカを寄越したか。まあ、他のヤツよりマシではあると、俺は思うことにしたよ。

「おっ? 来たな、帽子っ! 遅ぇんだよお前ぇっ、あたしを待たせるなんて、無いわぁっ!」

 早速怒鳴ってくるアカネ。部屋にいる者達は一応にうんざりした顔をした。たぶん待ってる間、ずっとこんな調子だったんだろう。

「悪いね、アカネさん。ただ、長老。バテラ一味の動向は大体掴めました」

 俺は村関連の調整はそこそこに、ここ数日はモンスター海賊団バテラ一味について調べていた。ただ村の一件と無関係ではない。

「して、どうじゃった?」

 ケムシーノ族の中位種の1種『マージケムシーノ』の長老は若干口をニャムニャムとさせながら聞いてきた。

「ヤツらはやはり『アクアマリンの首飾り』を狙っているようです。既に現地で冒険者や人魚達と小競り合いを始めているとか」

 部屋にどよめきが起こる。

「『アクアマリンの首飾り』の奪取は困難かのぉ?」

「いえ、そもそも我々の目的は『金銭』です。確かに出現した『アクアマリンの首飾り』は高価ですが、合わせて出現、ないし解放されたあのダンジョンの宝物をそれなりに手に入れることができれば目標額の1億4千万ゼム程度の財を確保することは可能なはずです」

 俺は自分が山師か何かになったような気がしながら話した。俺達は『宝探し』で一連の騒動に必要な財を得ようと企んでいる。因みに100ゼムあれば村でそこそこ美味しい食パンを1斤手に入れることができるんだよ。

「うーむ」

 考え込む長老。

「お爺様、比較的リスクの低いダンジョンの浅い層の探索だけでも当座の手付けに必要な3千万ゼム程度は手に入れられるはずです。ダンジョンのマップが手に入れば他にも挑戦してみたいという者達もいくらかおりますし、ここはどうでしょう、将来あるケム彦の『自主性』と『才気』を汲んでみませんか?」

 ケムぴょんさんは長老を促す。『自主性』と『才気』ときたもんさ、実際対応できるスペックと俺の立場、選べはしないんだけどね。言うよな、ケムぴょんさん。

「『手付け』とか言ってるけどさぁっ! ボク達に支払えなかったらどうなるか、わかってるよねぇっ、芋虫君達さぁ?」

 ずっと黙っていたニカが羽根でロスエールの頭上の辺りに飛び上がりながら言ってきた。一応女らしいけど、言葉遣いやほぼ男装しているせいではっきりしないヤツだ。『マシ』な方とはいえ、他のバッドピクシー同様に機嫌を損ねると面倒だった。アカネの粗野さと違い、『実害』を伴う。

「まあ、ニカさん。落ち着いて! ちゃんとお支払いしますからぁ、ハハハ」

 笑顔がひきつるケムぴょんさん。長老が亡くなったらこの人の今の立場はすぐ無くなるなと、つくづく思うね。「口ではいくらでも、おっ? 何、ロスちゃん?」

 煽りを続けようとしていた体は小さなニカを、腕を俺達の触手のように伸ばして指で摘まみ、フードを被った自分頭の上に置くロスエール。

「バテラ一味や冒険者も気になりますが人魚達はどうなのです? あの方達は当事者でしょう?」

「ヤツらなら問題無いっ」

 話が変わってホッとしたように早口で答えるケムぴょんさん。

「ヤツらは失われていた先祖の秘宝『アクアマリンの首飾り』が突然復活して対応が遅れている。それに首飾り自体をスルーするのであれば、ヤツらはバテラ一味や冒険者達のようにやみくも絡んでくることは無いだろう。リスクはそれ程じゃない。ですから、ね? お爺様? 『先方』にも話は通してありますし、善は急げというではありませんか?」

「・・・うむ、そうじゃな。後手に回れば反って危険は増す。ケム彦よ、協力者達と共に秘宝『アクアマリンの首飾り』の眠る『虹の回廊の洞窟』に行ってくれるか?」

 長老は心苦しそうに聞いてきた。

「勿論です。この『風渡り』のケム彦、必ずやダンジョンの探索に成功してみせます」

「うむっ!」

 部屋に集まった多くの者達は安堵の声を漏らしていた。ロスエール、アカネ、ニカも近付いてきた。

「アカネだ。足手まといになるなよ? 帽子っ!」

「ケム彦だ。名前、覚えてくれよ。アカネさん」

 返事の代わりにガン付けてくるアカネ。

「改めまして、ロスエールです。まあ、無難に片付けましょう?」

「よろしく、頼むね」

 ホント、ロスエールだけが頼りさ。

「ニカだけど? 君、使える子だっけ?」

「ケム彦だ。それなりだよ」

 俺は顔から尾までジロジロ見てくるニカにも応える。一番手強いな。道化のような化粧を軽くしているが、近くで見ると本当に人形のようなヤツさ。


 俺達はすぐに広い『集会所』のバルコニーに移動した。長老の手の者達が魔方陣と水晶玉の用意をしていた。

「ハツさん、元気かい? 今からケム彦達を送るから、よろしくね」

「リチャード、久し振りだねぇ、任せときな。こっちも準備バッチリだから」

 長老は移送魔法の受け入れ先でフォローしてくれるらしいあちらの集落の長老と少し話してから何人かの弟子と準備に掛かった。

「中へ、陣の文字や図案を踏み消すなよ?」

「ああ、はい」

 ケム左衛門に促され、俺は魔方陣に入り、ロスエール達も続いた。

「あんなジジイの魔法、当てになんのかい?」

 ボソッと呟いてくるアカネ。俺は聞こえなかったフリをしたよ。

「なんだかワクワクしますねぇ」

 呑気なロスエール。

「どうでもいいから、早く飛ばしちゃいなよ」

 投げやりなニカ。

「ケム彦! せめて1千万ゼムでいいから稼いできてくれっ!」

「うッス」

 ケムぴょんさんにまともに応えるのがちょっとめんどくさくなってきた俺。

「では行くぞいっ?! ケム彦っ、他の者達も! バダーンッ!!」

 長老が叫ぶと、魔方陣が反応し、俺達は風の魔力に包まれ、一気に上空に飛び上がった!

「うわわっ! こんな速いのっ?!」

 案外びっくりしているアカネ。

「上がりますねぇっ!」

 珍しく少し興奮しているロスエール。

「・・・・・」

 ノーリアクションのニカ。

「いい風だっ!」

 俺は雲を突き抜けてゆく先を見た。旅立つ時はいつもそう、2度とは戻らないかもしれない故郷。見知らぬ土地、新たな使命、そこには俺の知らない風が吹いているはずさ。全て失うかもしれない。だがその風に吹かれたくて、俺は何度でも、何度でも、旅立つことを繰り返したい。

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