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「おっはよー、桜ッ」
教室で机につっぷして、ぐったりと悶々とお母さんたちについて考えていた私に、隣の席の美香が声をかけてきた。美香は私の幼馴染で、未だに仲がいい。小学校、中学校、高校と全部同じクラスと言う素晴らしい関係だ。奇蹟がここで起こっていますよ、皆さん。
美香を見たら、何だかホッとして更に力が抜けてしまった。
「美香ぁ~…………」
情けない声しか出ない。
「どーした、桜。今日は元気がないじゃん。失恋でもした?」
「違うんだけど~。と言うか、初恋すらまだな私に失恋ってなによ……」
「まーまー、細かいことは気にしないの。んで? 何かあったの?」
ああ。二つの方向から同時に声が聞こえてこないってスバラシイ。
これぞまさに普通の生活ッ!
「それがさぁ、聞いてよ~……」
美香は席に着きながら、男前に笑いながら、
「おうよ、聞いてやろう」
そう言ってくれた。はぁ。友達っていいなぁ。
「おかーさんがね、二人になっちゃったんだよ」
「は?」
しまった。つい、思ったことをそのまま言ってしまった。これじゃあ、意味が通じない。
キョトンとした美香を前に、私はしどろもどろする。
「えーっと、だから、うーんと、昨日家に帰ったら、お母さんが二人いて、二人が私のお母さんだと主張していて、お母さんが実は双子で……」
「ああ、そうか!」
美香が、ぽん、と手を打った。おー、わかってくれたのか。って、今の説明で何を?
「月菜さんと、陽菜さんのことね」
「え?」
美香さん? 何がわかったの?
それよりも、月菜と陽菜って、ダレ?
美香は、首をかしげる私を呆れたように見た。
そして。
「桜ってば、もしかして今まで自分の母親が双子だって、知らなかったの?」
「はい?」
私の思考が、一瞬真っ白になる。
「って、えぇええええええッ?! 知ってたの?!」
私は思わず大声を上げてしまった。一瞬クラス全員が驚いて沈黙し、空白の時間ができてしまう。は、恥ずかしい……。
私は、顔を真っ赤にして出来るだけ目立たないように努力する。無駄だけれど。
そんな馬鹿な! 私が馬鹿だ!
「わたしゃ、あんたが知らなかったことの方が驚きだよ。あの町内じゃあ、有名だよ。君の双子のお母さん」
「うっそぉ…………」
誰か嘘と言ってよー……。
残念な事に、誰も言ってくれる気配がない。
「桜ってば、本当に知らなかったの?」
更に追い討ち。私はぐてっと机に再び突っ伏した。
「マジで? うわぁ、桜、あんたってば……」
ちょっと憐れまれるような声。うわぁん、そんな声されたって、知らなかったんだからしょうがないでしょう! だって知らなかったんだもん!
と、心の中で可愛らしく言ってみるが、実際口に出すような元気はなかった。
急激に疲れが襲ってきて、ちょっとぐってりしたい気分だった。
美香が更に何かを言おうと口を開いたが、タイミングが良い事にそこでホームルーム開始のチャイムがなった。それと同時に、時間ぴったりに行動することで有名な担任教師が元気に明るく入ってくる。
グッジョブ、松坂先生! ふっ、いつも悪口言っててごめんよ。
「おっはよー、皆! 今日も元気かい?!」
いつもはうざいくらいの先生のテンションも、今日は許せる気がする。というよりも、いい子守唄になっている……
やーい、不貞寝してやるぜ。ざまーみろ。
誰に言っているのか不明な思考を残して、私の意識は遠ざかる。眠いんだよ、昨日考え事をしていたせいで! 全てはあの母親たちが悪い。
「桜……。桜ってば!」
ふと気がつくと、美香が私を揺り起こしていた。寝ていたみたいだ。意識が飛んでいる。
「何?」
ゆっくりと目を開けると、美香の顔が飛び込んでくる。
「怒ってる?」
「いや……。ちょっとさぁ、自分に呆れてただけだよ~」
ふぅ、目が覚めた。どうやら、午前中ずっと寝ていたみたいだ。皆がお昼ご飯を取り出して、食べ始めている。ああ、午前中の授業がぁ~! でも、気持ち的には、そんなのどうでもいい。
それにしても、周りが皆知っていたのに、私だけが知らないって最悪だ。何が最悪かわからないけど、とにもかくにも気分が最悪だ。
「うー……」
思わず唸ってしまう。
私はどうしたら良いんでしょう、神様。
おとーさんでもいいから答えてください。
そんな馬鹿なことを考えながら、確信した事が一つ。
ワタクシ、家に帰りたくありません。
「……よし」
決めました。
家出しよう!