1-3
思考が少しトリップしておりました。
ともかく、落ち着けるために私は深呼吸をしようとして……
思いっきりむせた。
「あらあら、大丈夫さーちゃん」
「お、お医者様、呼びましょう」
「ダメよ、救急車じゃなくちゃ」
「そうね。救急車のほうがいいわね」
「「救急車~! 救急車~!」」
母さんズは、嬉しそうに電話へ向かう。
「ちょっと待てぃ!」
慌てて私が止める。何でそんなに嬉しそうなんですか? 娘のために救急車を呼ぶんだったら、もっと深刻でしょうが。
「それよりも、双子って!? っていうか、一日ごとに入れ替わってた?! それよりも、私の本当のお母さんはどっちなの―――ッ!?」
お母さんたちは、嬉しそうにニコニコ笑いながら、私の左右に座った。
「「何言っているの、さーちゃん。お母さん、どっちもさーちゃんの本当のお母さんよ」」
二人の声が両側から聞こえる。どっちの声も似たり寄ったりで、聞き分けもつかない。
「そ、そんなわけないでしょうが! 少なくとも、どっちかが私を生んだんでしょう?! つまりは……ど、どっちが私を生んだのよ?!」
そう。二人もお母さんがいるなんて、生物学的に絶対ありえない!
「どっちだったかしら?」
「どっちだったかしら?」
二人は顔を見合わせる。
「そこ! なんで悩むのよ!」
すると、母さんズはうるっと目を潤ませた。
「だってぇ」
「覚えていないんですもの~」
しくしくしく。
「だぁッ! 泣くな鬱陶しい!」
ふぇぇえええん。
両側から聞こえる泣き声。ガキか貴様ら。
「だってぇ、ひっく、どちらにしたってぇ」
「さーちゃんは、ひっく、さーちゃんじゃないぃ」
お、何かいい事言っているぞ? って、そんな問題じゃなーいッ!
「わかったわ、そのことは保留にしておくわよ」
二人はゆるゆると泣き止んだ。これでちょっとは落ち着いて話ができる。かもしれない。
「じゃあ、私を今までだましていたのはどうして?」
そうだ。一日ごとに入れ替わっていたってことは、私をだましていたんだ。
お母さんズは、キョトンとした顔をする。本当に、クルクルと表情が変わる人たちだな……。
「だましてなんか、いないわよぅ」
「ただねぇ、おかーさん、お仕事があったからぁ」
「交代で、お仕事をしてたの」
「だってぇ、やっぱりさーちゃんに寂しい思いをさせたくなぁいじゃない?」
妙に間延びした声たち。子供みたいと言うか、ぶりっ子的というか……。まあ、ほほえましいっちゃほほえましいんだけど。少しばかりうざいです。
「それにねぇ」
とそこで私にトドメの一言。
「「気づいていないなんて、知らなかったんだもの」」
「…………ッ」
何か、グサッと来た。
いくら……、そう、いくら勘違いをしていたからといって、二人の人間が交互に家にいて、その区別がつかなかったなんて、恥ずかしい。というより、ショックだ。
取り敢えず、私に二人のお母さんがいた。まあそのことは色々と問題があるとして、その事に気がつかなかった私ってなんなんだろう。
おかげで、どっちが本当のお母さんなのだがさっぱりわからない。それって娘として失格じゃない?
黙りこんでしまった私に対して、二人のお母さんは面白いくらいにおろおろした。
「さーちゃんさーちゃん」
「大丈夫? さーちゃん」
「ご飯、食べる?」
「それとも、クマさん持ってくる?」
「さーちゃん?」
「さーちゃん?」
「「さーちゃんってばぁ!」」
ぶち。
「うるさぁああああああいッ」
私は思わず怒鳴ってしまった。うう。だってうるさい。
「人が真剣に悩んでいるのに、脇からごちゃごちゃと言わないッ」
うるっ……!
「う……」
うるうると目をこちらへ向けて、今にも泣きそうなお母さんAとB。どうしろっていうんだ。
また泣き出されてはかなわない。というか面倒だ。
そして私は、現場を放棄して、部屋へと逃げ込んだ。
「「さーちゃぁあああああん」」
後ろから追いかけてくる母さん×2の声。
私はその声を聞きながら、部屋の鍵をかけた。
「はぁ……」
息をはく。取り敢えず、要塞に立てこもることに成功。
問題は、この後どうするか、だ。
私はゆっくりと部屋を横切って、窓の外の空を睨んだ。あの瞬く星たちが恨めしい。
「馬鹿父……」
つぶやいてみるが、届いたかどうかはわからない。
お父さん。今日一日が過ぎ去ろうとしています。
私にどうしろっていうんでしょう。
あんたのせいなんだから、答えなさいッ!