4-1
「きゃーっ、ゆーきちゃんじゃないぃいっ!」
「ひさしぶりぃー! かっこよく育ったわねぇ」
…………。
ちょっと遠くを見る私。
母たちの開口一番がこれでした。
酷くないですか。
娘が目の前にいるのにもかかわらず、私の隣にいる常陸君に先に声をかけるなんて……。
そして母さんAとB、常陸君に抱きつきました。
「…………」
私は無言。
常陸君は、丁寧に挨拶をする。
「こ、こんにちは。陽菜さんと月菜さん。お久しぶりです」
グレていいですか……。
「で、あの……」
ちらりと、こちらを上目遣いで常陸君がみた。
「桜、さんが……」
そう言われて、母さんズはやっとこちらを見た。
「あ、さーちゃん!」
「さーちゃんってば、家出するなんて。お母さん、悲しいわ」
ぶち。
「ちょおおおおっとお前ら、そこに直れッ」
ふっ、さようなら、私の忍耐力。
この母たちの前では、そんなもの役に立ちません。
「あのねぇ、仮にも母なら少なくとも私の方を優先するべきじゃないの?! っていうか言いたい事が一杯あるからそこに直れ! 今すぐ正座」
母たち、吃驚。
慌てて姿勢を正す。
「よろしい」
ここは常陸君の家の玄関先だが、そんなことを気になんかしない。
「ちょっと、何で今まで黙ってたのよ、二人だってこと!」
まず尋問を開始。
「だってぇ、気がつかなかったなんて知らなかったしぃ。さーちゃん、お母さんが二人いたら大変でしょう?」
「そーよねぇ。仕事もしなきゃいけなかったしぃ」
「まあ、ちょっとは隠してみようかなぁとか」
「悪戯心を出したのは確かだけどねぇ」
「うるさいっ! 次っ。何で今更になって二人になったのよッ?!」
「それはぁ、雅仁さんと」
「約束、したのよぅ」
私は眉をひそめた。
「約束?」
「そう、約束」
「十年くらい経ったら、隠し事はやめなさいって」
「い、意味わかんねぇ、それっ! それで、出てきたの?」
「そうなのよぉ」
い、意味がわからない。っていうか、お父さん、何でそんなことを言ったんですか? 二人の……じゃなかった、三人の間に何があったの?
「あのね、さーちゃん」
母さんAが、私に問いかけてくる。
「さーちゃんがね、怒るのも無理ないと思うの」
「考えてみたら、私たちも隠していたの、悪いわよね」
「「ごめんなさいっ」」
「え……」
虚をつかれて、私はちょっと呆然とした。
怒るに怒れない……
っていうか、私の怒りのやり場はどうすればいいのよ……
「いーわよ、別に。それは」
結局、ちょっと視線をずらして、そういった。
「「さーちゃん……っ」」
うるるっ
嫌な予感がよぎった次の瞬間、お母さんたちは号泣しながら飛びついてきた。
「さーちゃぁああああんっ」
「だぁあああああいすきよぉっ」
「だぁああっ! うっとうしい、離れろ母さんズ!」
私は思わず怒鳴る。
しぶしぶ、母さんたちは離れる。
私は、母さんたちをそれぞれ指差して、
「陽菜母さんッ、月菜母さんッ!」
じっと二人を見る。
あ、あってるかな?
二人は目をまん丸に開いて、ゆっくりと互いを見た。
「「どうしてわかったの?」」
食べようとしたケーキが、実はアイスだったってぐらい驚いた顔をして、私を見る。
「それは……」
「あ、わかった!」
「わかったわ!」
「え?」
まだ言ってない。でもわかったのか?
母さんたちはとろけそうな明るい笑顔を浮かべて、
「「愛の力ねっ!!」」
私は思わず脱力してへなへなと座り込んでしまった。
「……なんでそうなる……」
そんな私に、常陸君が心配そうな顔を向けて、
「大丈夫か、桜?」
「ダメかも私……」
「…………。ま、まあ、何かあったら相談とか、愚痴とか、付き合うよ」
ああ、何て優しい人なんだ!
「ありがとう~、常陸君」
常陸君はいい人だぁ……。
……ん? っていうか、呼び捨て?
まあ、幼馴染だったらしいし、おぼろげながら記憶がないわけでもない。曖昧だけれど。私はまあいっかと頷く。
常陸君は、少し視線をそらして、
「悠木でいいってば。幼馴染だったんだし。オレも名前で呼ぶよ」
それもそうか……。そうなのか?
てか、呼んでるじゃんアナタは。すでに。
「悠木君……?」
悠木君は、照れるような顔をして笑った。
「何?」
「え? あ、呼んでみただけ……です」
私は思わず敬語になってしまう。ちょっと気恥ずかしい。
「そっか」
悠木君、何だか笑顔が輝いてますよアナタ。
お母さんたちは、まだ、
「愛の力ね?」
「愛の力でしょ?」
といい続けていた。
「違うよ……」
私は力なく否定する。
「ええーっ」
「じゃあ、どうしてわかったのぉ?」
私は立ち上がりながら答えてやる。
「住職さんに写真で教えてもらったの」
そう、昨日のうちに、写真を見せてもらって、教えてもらったのだ。ちなみに、住職さんは写真の裏にどちらがどちらかを書いてあった。やっぱり見分けるのは難しいらしい。
再び、お母さんたちは顔を見合わせた。
「「やっぱり愛の力ねっ!」」
「へっ?」
母さんたちは、二人で頷きあっている。何か納得しているらしい。
「だーかーらっ! 何でそうなるのよ!?」
二人は、優しい笑顔を私へ向けた。
「だって、写真で見たからといってもー」
「そう簡単に見分けられるものではないのよ?」
その笑顔は、なんだか、“母”な感じで……
ああ、とぼけていて天然で鬱陶しい人たちだけど、それでも母親なんだな、と思った。
でも、その笑顔はすぐにへにゃる。
「「さーちゃん、だぁいすきっ!」」
「わぁっ?!」
私は、両脇から抱きつかれてよろめいた。