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異形の戦士  作者: 樹 雅
第1章 ~真紅の炎~
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7話 長谷川の困惑

 死者八十八人、行方不明者多数、被害車両四十五台。


 それが警察の発表する全てであった。

 何が起こったのか、証言すべき目撃者がいない。警察や消防、マスコミが到着したのは全てが終わった後だった。その惨状に目を奪われ、誰もが言葉を失った。

 警察としては、爆破事件なのか無差別殺人事件なのか、判断が付けられずにいた。捜査方針も決められないまま、初動捜査に乗り出すしかなかった。


 彼らがかろうじて入手できたのは、あの近辺にいた人々の言葉。

 はっきりと何かを見た人はその中にはいない。『バケモノ』『逃げろ』その言葉で逃げ出して、死なずにすんだ人達からの言葉だけだった。


 何の進展が無いまま二週間が過ぎようとしていた頃、目撃者を名乗る者達が現れ始める。警察は、その証言の裏づけに時間を費やしたが、事件の解明には到らなかった。

 何の成果も無い警察は『捜査中』の言葉で、マスコミの追及をかわすしかない事態に陥ってしまう。


 その捜査に携わっていた捜査一課の長谷川一彦は、二週間が過ぎた頃から浮かない顔をしていた。三週間が過ぎようとした頃には、傍目にも落ち込んだ顔になっている。

 休息所のソファーに座り、缶コーヒーをもてあそんでいた長谷川は、後ろから聞こえてきた声に振り返った。


「どうした?」


 北川俊哉一課長が立っている。


「……課長。退魔士に知り合いはいませんか?」

「はぁ?」


 北川は、唐突な長谷川の問いかけに首を傾げた。間の抜けた答えを返した北川に、長谷川は慌てて首を振る。


「あっ、いや、いいんです。忘れて下さい」


 その長谷川の態度に何かを感じ取った北川は、長谷川についてくるように促していた。

 しばらく黙ったまま歩いていた北川は、足を止めて人気の無い事を確認をしてから長谷川に顔を向ける。


「なぜ、退魔士なんだ?」


 長谷川は何かを言いかけるが言葉が出てこなかった。そして、顔を逸らしてしまう。それは北川の心に不信感をもたらすのに十分だった。


「黙っていては判らん。おまえ、今度の事で何か知っているのか?」


 反射的に長谷川の顔が変わる。しかも、瞳が動揺したように泳いでいた。その様子に北川の不信感が大きくなる。


 何か知っている。


 直感的にそう感じた北川は、注意深く長谷川を見ながら言った。


「あの事での本当の目撃者はいない。我々が知っているのは、あの惨状と何かが出たと言う事だけだ。何が起こったのか、何があったのか、誰も性格には知らない」


 北川は、長谷川があの日は非番だった事を思い出す。

 非番の日に何をしようが、本人の自由だが、長谷川はあの日あの場所にいたのではないか。そこで何かを見た。それは単なる思い付きではないはずである。推測は言葉となり北川の口から出た。


「あの日、あの場所で何を見た?」


 途端に長谷川は、情けないような、困ったような顔になってしまう。やはり何かを知っていると北川は思った。

 同時に三週間も言わないのは変だと思う。長谷川は刑事だ。犯罪者を庇う事は、例え身内でもしない。


 黙っている理由は何だ?


 北川は心の中で自問しつつ長谷川を見ていた。

 沈黙が二人の間に降りる。

 やがて、諦めたような溜め息が長谷川の口から出ていた。


「……課長。ちょっと付き合ってください」


 それだけ言うと長谷川は先に歩き出す。

 階段を下り、向かった先は長谷川の車だった。


「乗ってください」

「どこへ行く?」


 北川が長谷川の車に乗り込みながら聞くと、長谷川は肩を竦めて答える。


「まだ他の人には聞かれたくないので」

「解った」


 警察署を出て長谷川は、しばらく道なりに車を走らせた。

 五分ほど走ってから長谷川は話し始める。


「……今だに自分でも信じられない事なので、誰にも話してはいません」


 そう前置きをしてから長谷川は、北川にダッシュボードの中を見るように促していた。中には茶封筒がある。

 北川は訳が解らずに長谷川を見てしまった。


「話すよりも先に、その中の写真を見てください」


 長谷川に言われて中の写真を取り出すと、信じられないような呟きが、北川の口から溢れる。


「……なんだ……これは……」


 それは三枚の写真。


 ただし、そこに写っていたのは、とうてい信じられるものでは無かった。

 一枚目には、黒く人とは思えない人の形をした何か。

 二枚目は、同じような紅の人とは思えない人の形をした何かと、黒い人の形をした何かが殴り合っているところ。

 三枚目には、紅の人の形をした何かの隣に衣服が裂け、顔面の右半分を血に染めた若い女の姿を映したもの。

 声も無い北川に、長谷川は淡々と事実のみを告げるように言った。


「初めに断っておきますが、合成でも映画のスチールでもありません。あの日、あの場所で写したものです」


ハフッと、長谷川は息をつく。


「自分は非番で遊びに出た時に出くわしました。何が起こっているのか、確認するためにあの場所まで行った時には、すでにあの惨状でした。たまたまデジカメを持っていたので、それで撮ったのですが……」


 ゴクリと長谷川の喉が鳴る。


「何があったのかは正確には判りませんが、その黒と紅の殴り合いの間にも、アスファルトは捲れ、鉄柱は飴細工のように折れ曲がり、コンクリートは破砕していました……憶測で申し訳ないのですが、この二体が暴れまわったら……あの惨状になると思います」


 長谷川の話を北川は、写真を見たまま黙って聞いていた。


「それが何なのかは判りません。人ではないと思います。普通の人間が相手にはならない事は、あの惨状を見れば判ります」

「……だから、退魔士か……」

「はい。陳腐な言葉で申し訳ないのですが、魔物のたぐいじゃないかと思えるんです」

「……おまえの言う通りだな。これは、警察の領分じゃない。しかも、世間には公表できない。人には言えんし、言う気にもならない。とてもじゃないが、この目で見たとしても信じられない事だからな。俺でもおまえと同じ事をする」


 北川は吐息とともにシートに深く沈む。


「どうすれば、いいんでしょう? 自分には判断が付けられなくて、今まで黙っていたんですが……」


 困り果てたような声で長谷川は言った。


「どうするも何も、やりようがないぞ……我々の手には負えないからと言ってそのままにする訳にもいかない。と言っても手の出しようもない……」


 まいったな。と北川の声は言っていた。


 こんな事は警察の領分でないとしか言いようが無い。この写真だけを上層部に見せても意味が無い事は判っていた。証拠となる物が写真の他に必要だったが、見つける事は出来ても、果たして手に入れられるのか疑問である。

 この黒と紅の何かが今回の事の核心だとしても、北川達には手の出しようも無ければ打つ手も無かった。


「……おまえの言う通り退魔士でも捜すか……ん?……」


 何かを思い出したように、北川の顔が考え込むようになる。


「……まてよ……前に……あれは……どこの……」


 思い出せない事に北川は、じれったそうに額を指で叩いていた。


「……なんだっけ……えーと……」


 そして、パッと顔を上げて叫ぶ。


「思い出した! 特殊犯罪対策室だ!」

「なんです。それ」


 聞いた事の無い名称に長谷川は首を傾げた。


「前に、常識では考えられないような犯罪があって、我々では解決する事も出来ずにいた時、そいつらに会った」

「その事件は解決出来たんですか?」


 いいやと北川は首を振る。


「迷宮入りになったよ。犯人の逮捕は出来なかったからな。が、事件そのものは解決した」


 意味が判らなかった長谷川は、再び首を傾げてしまった。


「そいつらの報告書をこっそり読ませてもらったんだが、俺には信じられない事が書いてあった。信じられない事だから納得できなかった」

「信じられない事って何ですか?」

「おまえ、この事件は物の怪の犯行で、物の怪は滅したので事件は解決。そう言われて納得できるか?」

「出来ませんね」


 即答する長谷川である。そうだろうなと北川は頷いていた。


「まあ、事実、それ以降は同じ事件は起きていないから、信じようが信じまいが解決したと納得するしかなかった」

「そうなんですか……で、課長。それはどこにあるんですか?」

「ほとんど表に出てくる事の無い部署だから、知っている者は少ないはずだ。今だに存在しているかも判らないが……署長クラスなら知っているかもしれないな」

「じゃ。一旦、戻ります」


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