外伝 ~七夕の客人~ エピローグ
坂井駅のベンチで電車を待つ涼は、肩を落としていた。
七夕の間に起きた事は、結局、昔と同じ事の繰り返しだったと気がついてしまう。自分の役目は、ただの傍観者であり何もできずに同じ事を繰り返した。
昨夜、神野家にのぞみを連れて帰った後、目を覚ますのではないかと待っていたが、夜が明けても目を覚ます気配もなく、神崎家の者からそのまま追い立てるように、坂井駅まで連れてこられたのである。
二度と来るなと、言外に含んだ言葉を投げつけられた。
涼は神崎家にとって、疫病神でしかないと言う事なのだろう。
電車の到着のアナウンスが、駅構内に流れてきた。
考えている間に、そんな時間になっている。一週間前、訳もわからずに坂井を逃げ出した時とは大違いだった。
大きく息を吐いた涼は立ち上がって、ホームに入ってくる電車を眼で追っていいた。
ドアが開くと、降りる人が電車から吐き出され、待っていた人が電車に乗り込んで行く光景を見ていた。
「逃げるの」
涼の足が止まる。
振り返った涼を真っ直ぐに見つめてくる瞳があった。
「あたしを散々弄んで、それで逃げられるとでも思っているの」
回りの人たちがざわめきはじめる。中には足を止めている者までいた。痴話喧嘩でも始まるのかと、興味深々に涼と女を遠巻きに見ていた
「本当に逃げられるとでも?」
力強い瞳は揺るぎもしない。
「責任、取るわよねぇ」
にやりと笑っていた。
楽しむような口ぶりに、涼は少し呆れてしまう。
目が覚めたのか、記憶があるのか、そんな言葉さえ出てこなかった。
今、眼の前に神崎のぞみがいる事が全ての答えである。
「取らないとは、言わないわよねぇ」
言いながら近づくのぞみに、回りを気にしないのぞみに涼は苦笑していた。
「逃げるんじゃない」
意識せずに口から出る。
「戻ってくるために行くんだ。客人ではなく……」
ああそうかと、納得していた。
自分は関わりたかったんだと、自分を必要とする者と一緒にいたかったのだと、理解する。
あの時、幼馴染の少女を理不尽に失った時から、それを望んでいた。
だから言える。
「のぞみが俺を必要とするのなら、俺はこの地で生きよう」
「言ったわね」
「ああ、二言はない」
「じゃあ、どうするの」
「こうする」
涼はのぞみの手を取り、ホームから改札へと向かった。
駅前にはのぞみの車が停まっている。いつもの赤い車だった。
「ぬしは、我にも責がある」
車に乗り込んだのぞみの口調が、七日前のほむらに変っている。それに驚く事も無く涼は、先を促していた。
「七夕が終る前に、我は砕けたはず。砕けずとも七夕が過ぎれば、我は消えておるはず。が、我はまだ器に留まっておる」
ほむらが、溜め息のようなものをついている。
ホームに現れたのぞみを、揺るがない瞳を見た時からわかっていた。紅の髪と瞳ではないが、目の前ののぞみがほむらであると気がついていたのである。
「ぬしが、我を消さぬ」
「俺が?」
「ぬしは、何を示す?」
問いかけてくるほむらに、涼は戸惑っていた。
「何を示す、って?」
「気がついておらぬのか?」
「だから、何を」
「我が消える事をぬしは示さぬ。静の消滅、七夕の消滅は示しておった。我の消滅もその中に入っておったはず」
再びのぞみは溜め息をつく。
「本来ならの。我は静と同じくするもの。ゆえに、我と静の決着がつけば、残る方も七夕の終わりと共に消え行く。まして七夕に関わる全てが消滅したいま、留まる事がおかしいのだ」
「それはつまり?」
「まだ、わからぬのか」
呆れたようなのぞみに、涼はため息をついた。
「ぬしが我を離さぬ。それほどぬしは、我を必要としておる。ぬしの深いところで。ゆえにぬしは、我に示さなければならぬ。我をどうするかを」
「俺が必要としている……」
のぞみの言葉は涼の思いでもあった。しかし、それは自分の勘違いなのかも知れないと思う。
「七夕の契りが、そうさせるのか?」
そうではあらぬと、のぞみは首を振っていた。
「我との契りは、七夕の終わりと共に終っておる。七夕とは別ゆえ、我はここにおるのだ」
愚か者めと言うような顔で涼を見ている。
「結局。我もまた『七夕の客人』であった。と言う事であろう」
「だから、消えなかったのか?」
「そうとしか考えられぬ」
「ひとつ、いいか?」
「かまわぬ。言うべき事があるのであれば、言えばよい」
「言葉遣いをもどしてくれ。黒髪のおまえに、その言葉遣いは変な感じがする」
「そこなの! 聞くところは! 信じられない!」
憤慨するのぞみに、涼は納得したような苦笑が浮かんでくる。なんだか、こっちの言葉使いの方がしっくりと来た。
「のぞみでいいよな。ほむらでなく」
「そうよ。あたしは神崎のぞみだから」
少し怒ったように言う。
「のぞみ、俺と結婚してくれ」
ぽかんとのぞみは涼を見た。
「聞こえなかったか?」
首を振っていた。
「返事は?」
「……あなた、バカでしょう。あたしは人ではなく人外なのよ」
「どっちでもいい。人だろうが人外だろうが、たいした問題じゃない」
涼は笑っている。
望んでも手にする事は出来ないと思っていた。
だから言う。
「責任を取れと言ったのは、のぞみだろ」
「短絡すぎない?」
「全然、短絡じゃない。俺がおまえを必要としているのは本当だ。共に生きるのなら、結婚した方が早い」
「問題が一つあるわ」
「神崎の両親か?」
「そうよ」
「何とかする。何とでもしてみせる。時間がかかっても」
一度は娘を失ったと思っていた神崎家の人達が、その原因である涼をそう簡単には許しはしないだろう。
それは涼もわかっていた。
どれほどの時間が掛かるのか、それとも永久に許さないのか。全ては今後の涼の行動に掛かっていると言って良い。
それでもは諦めない。
諦めて嘆くのは、もう十分だった。
心の奥底で望んでいたものを手に出来るのなら、足掻き苦しんでも、必ず手にすると誓った。




