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異形の戦士  作者: 樹 雅
外伝 ~七夕の客人~
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外伝 ~七夕の客人~ 第16話



 七夕祭りの最終日とあって、七つの地区での対抗戦は白熱し混雑していた。

 地元の者は、来年に向けてランクアップのために、ポイントを少しでも多く稼いだいと思い、観光客は溜めたポイントを使えるのが今日までと言う事もあり、もう少しと欲を出して競技に参加するのである。

 涼とほむらは、広人と静を探す事もせずに辰巳湖畔にいた。もちろん二人の傍には、美沙の姿がある。


「今日で七夕は終わりだが、探さなくて良いのか?」


 涼とほむらの後姿を見ながら美沙は尋ねていた。


「必要はない。待っていれば向こうからやってくる」


 振り向かずに答えている。


「どちらかが消滅する事が七夕の決まりだ。共倒れになりたくなければ、相手を見つけるしかない」

「わたしとしては、ぜひとも共倒れになって欲しいものだ」

「手間が省けるか?」


 肩越しに振り返る涼に美沙は笑った。


「余計な怪我などしなくて済むからな。本来なら、おまえを無視して二体の人外を滅するが、おまえを無力化するのは骨が折れそうだからな」


 わたしはこんなに甘くないんだ、と小声で付け足している。

それでも手出ししない美沙に、涼は律儀な奴だと感心していた。

 もう少し女らしくしていれば、寄って来る男は多いのにと頭の隅で、そんな事を思ってしまう。


 ほむらはほむらで、何も言わずに湖面を見ていた。本当に大丈夫なのか、力のカケラ持たない自分に、勝機があるのかと自問している。

 不安、と言う感覚がこれなのかと半ば納得していた。

同時に人にあらざるものである自分が、こんな感覚に襲われるとはと驚きも感じていたのである。

 器を持ったために、この七日でさまざまな感情と呼べるものを体感し、そのつど心が震えた。

心と言うものさえあると思わなかった時と比べれば、弱くなってしまったのではないかと思える。

 と、世界が変った。


「きたわ」

「俺にもわかった」


 短く言葉を交わした涼とほむらは、揃って振り返っている。


「待たせたね」

「決着をつけましょう」


 広人と静が立っていた。

 様子見もなく、唐突に戦いは始まる。


そして、先手も後手もなかった。四人が申し合わせたように同時に動いている。

 涼が静に向かい、ほむらが広人に向かっていた。

 戸惑ったのは、広人と静である。


「いいのかい。彼は死ぬよ」

「あたし達も客人も、七夕が過ぎれば消えるわ。どちらがどちらを、相手にしても問題はないわ」


 にやりとほむらが笑った。


「人の心配より、自分の心配をしたらどう。涼と同じ客人なら、あなたも同じ事が言えるんじゃない」

「僕は客人でも特別。七夕の存在と同じ力を持っているからね」


 ほむらと同じような笑いを返している。


「そう。じゃ、遠慮はいらないわね」


 ほむらと広人が同時に踏み込んだ。

 接近戦の打撃は相殺されずに、反動が二人の間に膨れあがる。吹き飛ばされたように二人は、後方へと跳び下がっていた。

 静に向かった涼は、呆れ顔で見られていた。


「客人が七夕の存在である私に、勝てるとでも思っているのかしら」

「さあな」

「あなたは見捨てられたのね。許しを乞えば考えないでもないけど」

「ふざけた事をぬかす。どちらかが滅ぶまで戦うんだろ」

「強がりは止めた方が良くない?」

「ただの強がりと思うか?」


 涼は笑う。


「気に入らないわね」


 静の口元がヒクついている。そして、回りに四つの光球が生まれた。


「力のカケラ、か……」

「そう。この一つでも、あなたを消し去る事ができるわ」

「果たして、そうかな」

「?」


 静の首が傾いた。

ただの強がりにしては、涼の態度はおかしいと感じていた。

 静の見ている前で、涼が左手を上げる。

 何をするのか判断がつかない静は、そのまま様子を見てしまった。

 上げた左手に右手を添えて弓を引き絞るように、左手を前に右手を後ろに引いていく。


「何のまね?」


 無言で右手を開いた。


 途端、静かの周りに浮かぶ力のカケラが一つ爆ぜる。深い青の靄が広がり、薄れて消滅した。


「!」


 驚きに固まった静を尻目に、涼は再び左手を上げて右手を添える。

 涼が右手を開くと、今度は漆黒の玉が爆ぜていた。


「なっ、なぜ……」


 力のカケラが消滅した事が信じられずに、静は呆然とした呟きをもらしている。

 奪い奪われる事――昨日経験した――はあっても、消滅する事はないはずの力のカケラが無に帰した。

 こんなはずはないと言える。


そうでなければ、七夕はずいぶんと昔に終りを告げていたはずだった。

 消滅しないからこそ、七夕は続くのである。

 戸惑っているうちに、残る二つのカケラも消滅させられた。


「これでほむらと同等だろ」

「あなた、何者なの」

「ただの男だ」


 人を食ったような答えとも言うべきだろう。

 ただの人に、こんなマネができるはずがなかった。何かの力を持たない限り、不可能である。


「客人にこんな力があったなんて、知らなかった」

「客人の力じゃない」

「客人の力ではない……じゃ、なんなのよ」

「さあな。俺はできると知っていただけだ」

「何ができると言うの」


 両手を下ろし顔を上げて言った。


「七夕を終らせる。二度とほむらやおまえ、そして客人を現わせない」

「できる訳がない!」

「なぜ、できない?」

「七夕の存在は消滅しない!」


 叫ぶ静に涼は笑っていた。


「力のカケラは消滅したぞ」


 黙りこんだ静を見たまま涼は、ほむらを呼ぶ。


「こっちはまかせる。俺は……」

「客人を」


 涼とほむらは、互いの相手を入れ替えた。

 この光景を、呆気にとられたように見てしまっていたのは美沙は、大きく息を吐くと首を振ってしまう。

 何が起こったのか理解したのは、涼と美沙以外はいないとわかっていた。


わかっていたからこそ、美沙は呆れたのだ。


 紫村一族の人外を封滅する光刃、それに類した力を涼が使ったと言える。鍛錬無しで使える力ではないはずなのに、昨日までは使える素振りさえなかったのに、涼は封滅する光刃を使っていた。

 ただ違うのは、紫村一族の光刃は剣に分類されるような物に対して、涼が使った光刃は弓、すなわち光弓とも言うべきものである。


「静になにをした!」


 怒髪天を突く、まさにそのままの顔で広人が涼に向かって行った。ほとんど瞬間的とも言える速度で目の前にいる。

 反射的に掲げられた涼の左腕に、広人の踵落しが落ちてくる。

 二人の間で地が爆ぜた。

巻き上がる土をものともせずに、涼は左足を踏み込んで押し返す。同時に腰を回して広人の鳩尾に拳を叩き込んだ。


「なっ……」


異様な手応えに、涼は驚いて跳び下がってしまう。

柔らかいや硬いどころではなかった。空洞を殴ったような感覚に寒気がする。


 人を喰らう。


それが人外であり、喰われた者は、人外の下僕となる事を美沙から聞いていた。

 嫌な考えが湧き上がりかけるが、意地でも抑え込む。今、考えてしまうと動けなくなる事が判っていた。

 その一瞬で間合を詰められた涼が、広人に弾き飛ばされる。

 地面を転がった涼は、打ちつけた身体の痛みを無視して立ち上がり、横に回りこむように動いていた。

 立ち止まる事や倒れたままでは、殺してくれと言っているようなものである。

 接近戦では常に動きながら、相手を攻める機会を窺うと言う事を学んでいた。どれほど不利であっても、足を止める事は死を意味するとわかっている。


「変だな?」


 広人が呟いた。


「キミは本当に、ただの人かい」


 立ち止まったままの広人は、首を傾げそうにしている。


「この前も、昨日もそうだったけど。キミは死んでいてもおかしくない打撃を受けているのに、死なない。ただの人には絶対に無理なんだけどね」


 ゆっくりと動きながら涼は、にやりと笑った。


「知らないのか。おまえが客人であるように、俺も客人だ。同じ客人なら、おまえと同じ事ができても、不思議じゃない。おまえだけが特別だとは思うな」

「同じじゃない。僕は静から力を得た。静は五つの力のカケラを持っているんだ。僕の方がキミよりも強い」

「ほむらよりも弱ければ、いくら力を得ても弱いままだ」

「戯れ事を、ぬかすな!」


 広人が腕を振ると、剣が現れる。

 足を踏み込んで剣を振ってきた。勢いの乗った剣戟は速いが、涼が掲げた左腕に阻まれる。


「なっ……」

「言ったはずだ。同じ客人。おまえにできる事は俺にも出来る」

「うそだ……うそだ。うそだ!」


 叫ぶ広人は闇雲に剣を振り回していた。そのことごとくを涼は、左腕で受け流しあるいは身体を開いて避ける。


「わかっていたが、なんて非常識だ……」


 とは、涼と広人を見ていた美沙の弁だった。

 無から有を作り出す事は不可能であるにもかかわらず、涼は盾を作り出し広人は剣を作り出していた。


「いったい七夕とはなんだ?」


 口に出しても答える者はいない。

 それもそのはずで、涼とほむらは広人と静の相手で美沙のそばにはいなく、言葉を聞き取る事ができなかった。


「それにしても、この結界は……」


 今回で二度目になる結界に違和感を受けていた。


「本当に結界か?」


 人払いの結界や防護の結界などが一般的に知られているが、七夕の結界はそれのどれにも当てはまらないようにしか思えない。

感覚的と言うべきものが、違うと言っているようにしか思えなかった。

 呪術的な結界は、美沙も何度も経験している。人外との戦闘では一般人が入り込まないようにするためにも必要だった。


「これは空間が違う、とでも言うべきか……」


 坂井でありながら、坂井でないとしか良いようのない感覚である。

もしそうであるなら、デタラメと言える非常識な事が起きたとしても、なんら不思議ではないはずだった。


「こちら側でもあちら側でもない。どこでもない場所……なんと言えば……」


 この場を言い表す良い言葉を涼が言っていたと、美沙は気がついたように思い出した。


「なるほど。だかに、ハザマのカイか……」


 納得できたからと言って、何が変るわけでもない。美沙は傍観者として見ているしかなかった。

 その間にも涼とほむらの戦いは、終わりに近づいていた。


 ほむらにとっては二度目となる静との戦いは、苦戦するほどではないと感じている。初めの時よりも、楽に感じるのかと不思議だった。

 涼がカケラを砕かせたためか、それとも絶対に負ける事はないと言い切ったためか。冷静に状況を見る事ができる。

 そして、何よりも涼が示した『七夕を終らせる』それがほむらの心を軽くしていた。


 終らせたいと思っていた。

 幾度となく繰り返してきた意味の無い戦い。

 力のカケラの器と客人、どれほど多くの命が消えて行った事か。終らせる者の現れを待っていたのかもしれない。

 前に一度、まどろみの中で逢った事がある。


 少女の骸を抱えて、嘆き、全てを呪う呪詛の言葉を口にする子供。それが涼であると知ったのは、十年前の話を聞いた時だった。


 神野涼。


 その名は、神の終わりを示す。


 本人は知っているはずだった。


『俺の名を取れ、ほむら』


 それは自分が何者なのか知らなければ、言えない言葉である。


 だから。


「何がおかしいの!」


笑っていた。


「終わりにしましょう」


 自信を持って言える。

 怪訝そうに静の足が止まった。


「全てを終わらせるために……」


 ほむらの右手が上がった。


「わたしは……」


 右手に焔が吹き上がる。


「神の焔」


 左足を踏み込み、一瞬で静の前に立っていた。その時には左手を右手に添え、全身を使って回転させている。


「焼き尽くせ!」


 紅蓮と呼ぶ以上の焔が、静を飲み込んでいた。

 たいした事はないと高をくくっていた静が、その勢いと熱量に間違っていたと気がつくのに時間は要らなかった。

わかった時にはすでに遅く、紅蓮の焔は静の全身を覆い尽くしている。


「静!」


 異変に気がついた広人が、戦っている最中に振り返って叫んでいた。


「どこを見ている」


 言葉と共に広人が弾き飛ばされる。

 地面を転がった広人は、立ち上がろうとして気がついた。


「なぜ……」


 力を入れているはずなのに、立ち上がれない。そればかりか、視界さえもが霞み始めていた。

 地面でもがく広人を涼は静かな瞳で見ている。

 ほむらが静を討つ事で、広人を無力化できると知っていた。七夕の存在と客人は、対なす存在であり、片方が消滅するともう片方もタダではすまない。

特に広人は、静から力を得たと言っていた。その影響は計り知れないだろう。


 煩雑な音が、涼達の周りに戻って来た。

 それは、静の消滅と同時に起きていた。


「なぜだ……」


 静の消滅した場所を、呆然と見ながら広人は呟いている。立ち上がる事もできずに、ただ見ていた。


「おまえ。自分が人ではなくなっている事に気がついているか?」


 美沙は広人のそばに膝をつく。


「何を言っているんだ。僕は……」

「鼓動が聞こえるか、心臓の」


 被せるように美沙が言った。


「あたりま……」


 広人の言葉が止まる。胸に当てた手が止まり、そのまま動かなくなる。


「おまえの命は、すぐに消える」


 のろのろと広人の顔が美沙へ向けられた。


「臓物を人外に喰い尽くされ、仮そめの生を与えられているだけだ。それも、おまえを喰った人外の消滅で終る」


 淡々と言う美沙に、広人は目を見開いている。


「人の命を弄ぶ事は、誰にも許されない。だから……」


 途中で言葉が止めた美沙は立ち上がった。すでに命が尽きたとわかったからである。


「ばかものめ……」


 そう言わせる思いが、美沙の中にはあった。


 人を人外から護るための一族である自分が、人を救えない。それは口惜しいほどの憤りをもたらしていた。


「死んだ、のか……」


 涼の言葉に美沙は、振り返って胸倉をつかみ上げる。


「おまえも、あの人外が消滅すれば、この男と同じ事になる。おまえは、それで良かったのか! 他に方法は無かったのか!」


 八つ当たりなのはわかっていたが、止められなかった。眼の前の男が同じように、命を無くす事が口惜しい。


「そうか。俺は死ぬんだな」


 信じられないほど、静かな声が涼の口から出ていた。


「死ぬのかじゃない! なぜ、落ち着いていられる!」

「何度も失うぐらいなら、共に滅ぶ方が良い」

「ふざけるな! おまえにも親兄弟がいるだろう!」


 激高する美沙とは対照的に涼は静だった。


「十年前に死んだ」


 ぴたりと美沙が止まる。


「……すまん」

「あんたが気にする事じゃない。俺は両親と幼馴染を失った。覚えてはいないが、惚れていた人外においていかれた。生きていても死人のようなものだ」

「だが、だからと言って、共に滅ぶ方が良いと言うのは……」


 涼は首を振って美沙を止めていた。そして、ほむらを振り返る。


「この七日、おまえと過ごせて良かった。思い残す事がないとは言わないが、それでも満足している」

「かっこいい事を言ってるところ、悪いんだけど……」


 ほむらは、呆れたような吐息とともに言った。


「あなたは、死なないわよ」


 何を言われたかわからないように、涼の首が傾く。


「あたしが、あなたの臓物を喰ったと思っているのなら、見当違いもはなはだしいわ。あたしが喰ったのは、あなたの精気とも言うべきものよ」


 嫌そうにほむらは首を振って言った。


「人の臓物なんて、喰えたものじゃないわ」


 涼と美沙、二人してぽかんとほむらを見てしまう。


「消えるのは、あたしだけで良いわ。涼は客人。七夕が終れば、その役目も終る」


 笑顔と共に言えた。


「七夕が終わる時が、あたしが消える時」

「それは俺を残して行くと言う事か」


 ええ、とほむらは頷く。


「俺にまた、同じ思いを味わえと言うのか。ほむら」

「あなたが示した事。七夕に関わる全てを終わらせるのなら、あたしの存在も消さければならないわ」


 優しく微笑む事ができるようにと願う。


「感謝しているわ、涼。あたしは終らせたかったの。同じ事の繰り返し、多くの命が今まで七夕に消えていった。終らせなければ、これからも多くの命が失われる事になるわ」


 美沙に顔を向けた。


「あなたが、あたしの知り合いで封滅の一族だった事も、偶然と言うには都合が良すぎるけど、あなたがいなければ、終わらせる事ができなかったかも知れないわ」

「人外に知り合いはない」


 鼻を鳴らす美沙に、ほむらは苦笑する。


「俺をおいて行くな」

「七夕の客人。七夕の間だけサカイにいる人、それが涼よ。七夕が終れば、ここにいなくても良い。あなたには帰る所があるはずよ」

「還る所などない」

「本当に?」

「…………」


 答えられなかった。

 理由はわかっている。

十年前の崩落事故で、下半身不随になった三つ下の妹がいる。どんな思いをしても、妹が一人で生きていけるようになるまでは、一人にする事はできなかった。

 だから、答えられない。


「美沙。見返り坂展望台に、夜来てくれる」

「辰巳の見返り坂か?」

「ええ。だから、それまであたしに時間をくれないかな?」

「いいだろう。おまえに人の思いがわかるなら、それまでは待ってやる」


 あっさりと承認した美沙に、ほむらは微笑んだ。


「ありがとう」

「人外が礼を言うのか」

「言うわ」


 頷くほむらに美沙は、溜め息をつくと首を振ってしまう。


「ここはわたしが処理しておく。おまえ達は消えろ」


 言葉通りにほむらは、涼を連れてこの場を離れた。見送った美沙は、再び溜め息をついている。

 地が爆ぜ、桟橋やカードレールも破壊されたはずなのに、目に見える光景は、何事もなかったようにしか見えなかった。


「良いのですか?」


 いつのまにか現れた物腰の柔らかい青年が尋ねている。隣にいる少年も同様に、問いかけるような顔だった。


「あんたらしくない。滅するのなら、とっとと滅すればいい」

「わたしらしくない、か」

「人外に同情したわけじゃあないだろう、最強の女が」

「同情はしない。今回は傍観者だからな。七夕が、今日が終るまでは見届けるだけだ。明日になって……」

「その時は、どうします?」


 被せるように尋ねる青年に、美沙は振り返る。


「封滅する」


 短く断言する美沙に、青年と少年は互いに顔を見合わせて、納得したように頷いていた。



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