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異形の戦士  作者: 樹 雅
外伝 ~七夕の客人~
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外伝 ~七夕の客人~ 第15話

 デタラメな動きで広人は涼を追い詰めていた。

人には絶対に不可能な、常識を無視した動きに付いて行っているだけ、健闘していると言える。


「逃げるだけじゃあ、追い詰められるだけだよ」


 余裕がある広人の言葉に、涼は奥歯を噛み締めていた。

 常識が通用しない相手に、対抗する術を涼は持っていないが、確信した事があった。

 そして、不思議と恐怖は感じていなかった。それが涼に、ほんの少しだけ余裕を持たせている。

 広人の動きを読み取る事に、全身全霊を傾けていた。それができなければ、とっくに涼は打倒されていただろう。


「なぜ、そんな事ができるの!」


 悲鳴のような叫びに、広人の動きが止まった。声を聞き届けた涼も顔を向ける。

 左腕を朱に染めて、だらりとさせているほむらの身体が少し沈んでいた。それは、どういう風にでも動くための構えである。


「キミのパートナーも終わりだね」


 静の右手の青白い刀身を見止めて広人が言った。


「終わり?」


 涼の首が傾く。ほむらが諦めていない事は、見ればわかる。


「こっちも、終わりにしようか」


 顔を戻して笑う広人に、涼は自分の口元が笑いの形に歪むのを自覚した。

 非常識な理不尽さに、憤りが湧き上がってくる。抗う術を持たなくとも、抗って見せると決めていた。何もできずに流される事は、自らに反する。

 だから、公然と顔を上げて広人を見据える。


「やってみろ」

「強気だね」


 見下した笑い。


「無駄だけどね」


 言葉が終らないうちに、広人の足刀が涼の顔面に襲い掛かって来た。


 刹那。

 広人は弾き飛ばされていた。

 地面を転がった広人が、信じられないような顔で自分の右足を見てしまう。

 有り得ない方向に、足が曲っていた。


「折れた? なぜ?」

「終わりにするんじゃないのか?」


 顔を上げた広人は、すぐそばで見下ろしてくる涼と目が合う。


「なぜ、キミが僕に勝てる? 僕は力を持っているんだ」

「さあな」

「こんなバカに事があるわけがない。こんな……」


 にやりと広人が笑った。

 瞬間、涼は吹き飛ばされる。


「やっぱり、キミは僕は勝てない」


 折れた足をものともせずに、広人は立ち上がった。地面に倒れたままの涼は、それを見てしまう。

 片足でも人は立つ事はできるが、人の身体は片足で支えるようにはできていない。が、広人は気にせずに両足で立っていた。


「なんて奴だ……」


 身体を起こす。

ただそれだけの事に涼は、全身の力を入れなければならなかった。それでも立ち上がり広人を見据える。

 常識が通じない相手なら、折れた足でも攻撃を仕掛けてくるはず、それを忘れていた。

 呼吸を整え、次に備えなければならない。その時間があれば良いと思った。


「キミは本当に人かい?」


 尋ねてくる広人に涼は首を傾げる。


「本当なら、キミは死んでいるはずなんだけどな……」

「何を、言っている?」

「今の僕は静から力を得て、人を砕く事は簡単にできるけど、キミは砕けない……どうしてだい?」

「知るか」


 足に力が戻ってきた。大地を踏みしめる感覚が気力を底上げする。


(まだ、いける……)


 痛み軋む身体ではあったが、動く事はできる。拳を握り込み、腰を落として思う。

 知っているから耐えられる、知っているから、どんなに広人が強くても、負ける気がしない。

 思い出したわけではなく、知っていた。

 だから、自然と笑みが浮かんできた。

 不敵な笑みを浮かべる涼に、広人は不安を感じ始める。

人の身体を砕くほどの力を当てているのに、涼は砕ける事もなく平然と立っていた。そして、足を折られた事に少なからず動揺もしていたのである。

 動けなくなった広人を静が呼んだ。


「広人。退きましょう」


 静もほむらを前にして、動けなくなっていた。

仕切り直した方が良い、と思っての事である。

 想定外の事が起こり、このまま戦い続けるには不確定要素が大きすぎた。万が一、選択を間違えると消滅するのは、自分達の方になる。それは避けなければならなかった。


「そうした方が良いみたいだね……」


 広人も同意する。いや、同意しなければならなかった。

 思っていた以上に、相手は粘っている。倒れるはずが倒れないうえに、力のカケラを奪われた。それが不確定要素であり、動揺をもたらすのである。

 動揺したままでは、負ける事は理解していた。


 涼が足を一歩踏み出す。


 ここは無茶でも強気に行くべきだと感じていた。ほむらもまた、同様に静に向けて足を踏み出している。

二人の呼吸が、言葉を交わさずとも応呼していた。

 広人と静の二人が近づいて、同時に退いて行く。

 動かず視線を広人と静からはずさずに、涼とほむらは見送った。

 やがて広人と静の姿が見えなくなると、涼はたまらず膝をついて座り込んでしまう。


「ほむら、大丈夫か?」

「あなたこそ、大丈夫?」


 互いの事を確認する二人に。


「呆れた奴らだ……」


 溜め息のような声で、美沙が二人を見ていた。組んでいた腕を解いて、涼とほむらに近づく。


「非常識にもほどがあるぞ」


 二人の戦いを見ていた美沙の弁だった。


「常識が、通じない相手に、常識で、対抗して、どうなる……」


 まだ呼吸が荒いのか、涼は言葉のところどころで切っている。立つ事さえ億劫なのか、座り込んだままだった。

 ほむらにしても同じなのか、涼の隣に腰を降ろすと頭を涼の肩に乗せている。


「きつい事をさせる人ね……」


 呟きは涼に向けてだった。

 何の事かわからない涼は首を傾げかけたが、ほむらの左腕を取り上げて眼を見張ってしまう。

 朱に染まっていたが、出血はすでに止まり傷口も塞がっていた。


「おまえも、非常識だな。傷口が、もう塞がっているぞ」

「あのくらいなら、たいした事ではないわ。忘れたの、あたしは人ではないのよ」

「そう、だったな……」


 ふう、と息をついた涼である。涼の肩に頭を乗せたまま、ほむらは目を閉じていた。


「で、この緑の珠は?」

「千鳥の玉。地の力のカケラよ」


 眼を開けずにほむらは答えていた。

涼が千鳥の玉を見ている事は容易に想像がつく。まだ、涼に左手が取られたままなのが良い証拠だった。


「これを取り込めば、あいつらに対抗するのには楽になるのか?」

「おい! 人外に今以上の力を与える気か!」


 美沙の非難めいた声が聞こえる。

 涼の肩から頭を上げるには惜しい気もしたが、ほむらは目を開けて涼の肩から頭を上げていた。


「楽にはならないけど、今よりはましね」

「なら、取り込め」

「だめだ!」


 制止する美沙をちらりと見たが、ほむらに言う。


「やつらをどうにかする方が先だ。俺達は負ける訳にはいかない」

「これはあたしが取り込まなくても、あなたが取り込めば良いわ。今のままでは、あなたは死ぬわ」

「死ぬ?」

「ええ。玉は、護り石とも言えるから」

「俺が取り込む?」

「ええ。そうした方が良いわ」

「人が手にする事ができるのか?」


 信じられない思いで千鳥の玉を見てしまった。

 人外の力を人が手にする事などできないはずであり、手に出来るようなら、たいした力ではないはずである。


「普通の人には無理。でもあなたは、七夕の客人だから可能なの」

「やめろ!」


 美沙が膝をついて、涼を真っ直ぐに見た。


「過ぎた力は人を破滅させる。人外の力なら、待っているのは破滅しかない。人でありたいのなら、そんな事は考えるな」


 ほむらの手が上がって、涼の頬に触れる。


「もう一つ、方法があるわ。千鳥の玉を砕く事よ。そうすれば、地の力はサカイに還るわ」

「砕けるのが?」


 ええと頷いてほむらは、美沙を見た。つられて涼も美沙を見る。


「紫村の光刃は、人外を討つための力。あたしやあなたでは無理でも、その力なら砕ける。あたし達も彼女達も手に出来なくなる」

「紫村の光刃? 破邪の力のようなものか?」

「ちょっと違うと思う。紫村の光刃は、全てを切り裂く力だから。七夕に関わる全てを終らせるのなら、紫村の力を借りた方が良いわ」

「本当に砕く事ができるのか?」


 美沙に尋ねていた。


「できる」

「そうか。なら、砕いてくれ」


 千鳥の玉を涼は、美沙に投げている。慌てて受け取った美沙は、少し呆れたような顔で涼を見てしまった。


「あっさりと渡すのか」

「悪いか。俺やほむらでは砕く事が出来ないからな。それに、七夕を終らせるのなら、力のカケラはサカイに還す方が良いだろう」

「いいんだな」


 念を押してくる美沙に、涼は笑って言う。


「やってくれ。地の力は地に還す」


 わかったと頷いた美沙は立ち上がり、千鳥の玉を左手に持ち替えて、空いた右手でヴァンジェラを取り出していた。

 韻を含んだ単節音が聞こえたかと思うと、左手の千鳥の玉を空へと投げ上げる。

そして、一閃と言うような動きで右腕を振るっていた。

 割れるような音と共に千鳥の玉が砕け、緑の霧とも言えるようなものが広がり、やがて薄れて消える。


「それが光刃か?」


 目を丸くして美沙の右手を見ていた涼が呟いていた。


「見えるのか」


 こちらも目を丸くする美沙だった。


「見える方がおかしいのか?」

「普通の者には見えない。ある程度の鍛錬と、実戦を経験しなければ、見えないはずなんだが……」

「そうなのか?」

「見えるとすれば……」


 光刃が涼に向けられる。


「それはもう人ではない。光刃は人外を封じ滅する刃だからな」

「俺は人ではない、か」


 自然と笑みが浮かんでくる。

 人外と六日も一緒にいたのなら、何かしらの影響を受けていたとしても、おかしくはなかった。

気がつかないうちに、人外となっていても何も不思議な事ではないだろう。


「手を出すな」


 強い声がほむらの口から出ていた。


「七夕が終るまでは静観している事だ」

「カケラを砕くのにわたしを利用したにも関わらず、それを言うか」


 視線だけほむらに向けた美沙は、険しい顔をしている。


「それでもだ。今、涼を傷つける事は、全てを無にする事になる。七夕の繰り返しを終わらせる事ができるのは、涼だけだ」

「繰り返し?」

「七夕は繰り返される。どれほどの時が過ぎたのかは知らないが、間違いなく繰り返している。言わば終わりのない水の流れのようなもの」

「おまえも繰り返し存在しているのか」

「七の地、それぞれに同じ存在がいる。七夕の度に、七の地のどこかが目覚め、七夕の戦いを繰り返す。七の地のカケラを砕かない限り、それは続く」


 ほむらの言葉遣いが変っていた。

神崎のぞみや初めにあった時の言葉遣いとは明らかに違い、中性的な人とは思えない響を持っている。

 そうか、と涼は理解した。


「力のカケラは形を持たない。相手の望む形に変化する。人の姿を望むのなら人に、武器を望むのなら武器に」

「そうだ。それが七夕に関わる七のカケラの姿」


 待て、と美沙がほむらを止める。


「それではなぜ、神崎の姿だ。神崎はどうなった?」

「神崎のぞみの姿を模したんじゃない。ほむらは神崎のぞみの身体に入ったんだ」

「入った?」


 首をかしげる美沙に、ほむらは微笑を浮かべていた。


「この身体の人格は消滅した。一つの身体に二つの人格は不必要だからだ。ただし、器の記憶は私が持っている。七夕に目覚めた力のカケラは、人の身体を器として人と交わる事で力を得る」

「つまり、ほむらはのぞみとも言える」

「バカな。人格が消滅して、記憶が残るわけがない」


 信じられないように美沙は首を振ってしまう。


「神崎のぞみと言う者は死んだと言える。私がこの身体を使っている。そして、私は瑞紀や桂木、紫村の事を知っている。どんな友人であったかもな」

「おまえが神崎と言うのか……」


 呆然としたように美沙は呟いていた。


「瑞紀は、私が神崎のぞみとは別人だと知っていた。にもかかわらず、私をのぞみとして扱うような女だ。あまつさえ、私の髪を褒めるような、見たままにしか言わないような女だ。変わっていると言うよりも、むしろ人にしては珍しいだろう」


 美沙の顔が険しくなる。


「瑞紀に手を出すようなら、七夕の終りを待たずに、おまえを封じ滅する」

「友に手を掛ける真似などしない。私は七夕だけの存在、七夕が過ぎれば消え行くものだからな。そして……」


 ほむらは涼を見た。


「涼がいれば、七夕は終らせる」

「こいつを喰らうと言うのなら、それもまた同じだ」

「ほむら」


 涼が呼ぶ。


「どちらにしても明日で、ケリをつけないとならないな」

「そう。七夕は明日で終る。涼なら七のカケラを砕く事もできる」

「今日、あれほど苦戦したのにか?」


 美沙は無茶だと思った。


「さっきのような戦い方では負けるぞ」

「いいや。大丈夫だ」

「何を根拠に」


 笑って請け負う涼を、美沙は信じられなかったと言う方がいい。


「単純な事だ。俺が知らないふりをしていただけだ。思いつかなかった……知ってしまえば、絶対に負ける事はない」


「何を言っている」


 戸惑うような美沙に、涼は苦笑するしかなかった。

 本当になぜこんな事が理解できなかったのかと、不思議に思える。知っていたはずなのに、気がつかないなんて自分で自分を呆れてしまうしかなかった。

 思い出したのではなく、知っていた。


記憶はないのに確かに知っている。

 既視感などではなかった。


「力のカケラと同じだ。人の望む強さを具現する。まったく知らなければ、もっとあっさりと、俺やほむらは消滅していただろう」

「何を、言っている……意味がわからないぞ」

「境に張られている結界らしきもの。そして、さっきの小規模な結界……」


 溜め息をついていた。


「ハザマの界、こちらでもあちらでもない所。ウツロウモノが力を発揮するハザマ。俺は知っている」


 涼はほむらを見る。


「なぜ、知っている……」


 人である涼が知っていたとは、ほむらには信じられなかった。


「ハザマに住まう者、のぞみとほむら……」


 紅の髪と瞳。

なぜこうも惹かれるのか、記憶がないが人外に惚れてしまったのだろう。だから、ほむらを拒絶できなかった。


「どう言う事だ、神野!」


 痺れを切らしたように美沙が叫んでいた。


「全てに通用するわけじゃない。坂井の七夕だから通用する事がある。俺が全ての始まりなら、俺が全ての終わりを示す」


 日常では意味のない事でも、非日常であれば大きな意味になる事がある。だからこそ効果があるのだ。


「名は体を表す。俺の名を取れ、ほむら」

「行った事が……」

「多分だ。記憶にはないが、俺は知っている。黒髪ののぞみと、紅の髪のほむら、一人なのに二人」


 ほむらを見ている涼は、微笑んでしまう。


「たぶん、俺は人ではないものに惚れてしまったんだろう」

「私は、その代わりか?」

「そうじゃない。俺が望んだのか、そうでないのか、記憶がないからわからないが、俺は何も後悔していない。七夕に関わった事も、おまえといる事も同じだ」


 記憶がなくても知っているとは、変な感覚だった。

その時、何があったのかを忘れているわけではないと知っている。思い出そうとしても、すっぽりと抜けているのだ。抜けていても、知識として残っていたと言う事だろう。

 七夕に、坂井に来なければわからないままだった。そして、のぞみとほむらと出会わなければ、やはりわからないままだっただろう。


「ほむら、もう一度言う」


 知っているから繰り返さないためにも、ここで、今回で終らせなければならないと感じていた。

 二度も失う事になった大切な事。

 だから、命を懸けても構わなかった。


「俺の命が必要なら、俺を喰らえ。七夕を終らせるためなら、俺は一歩も退かない。全てに反しても」


 真っ直ぐほむらを見る。


「俺は神の終りを示す者だ」


 ほむらが涼を抱きしめた。優しくいたわるような抱擁だった。

 耳元でほむらの声がする。


「あなたは私の望みを叶えてくれる。私は、それが嬉しい……」

「滅ぶ事か……」

「そう。七夕の繰り返しを終らせる。それは、私と同じ存在の消滅を意味する」

「七夕を終わらせるためには必要、か」


 吐息のような言葉たった。


 涼にとって三度目になるが、望まなくとも方法はないと言う事だった。

 二人の話を聞いていた美沙は、何も言わずに見守るしかなくなってしまう。

見届けると言ったからには、二人に任せて余分な干渉はできない。黙って見ているだけが、こんなにも辛い事だと知らなかった。

 人外を封じ滅する一族であるがゆえ、どちらかに付く事はできない。ほむらが人の身体を持っていたとしても、その実は人外である事は間違いないからだった。

 封じ滅するのであれば、ほむらも封じ滅しなければならない。そうなると神野涼は、前に言った通りに、命を懸けて向かってくる事もわかっていた。

 神野涼は、そう言う男であると知ってしまっていた。

人に仇なす人外を封滅すべきなのに、そのために人に仇なしていては、自身の誇りに反する事になる。

葛藤を抱えたまま、だが七夕が終るまでは見守るしかないとわかっていた。




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