表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異形の戦士  作者: 樹 雅
外伝 ~七夕の客人~
68/72

外伝 ~七夕の客人~ 第14話


 目を覚ますと、紅の塊が眼に入ってくる。

 ここしばらくの光景に、涼は安堵感を覚えるようになっていた。人でありながら人ではないほむらを、受け入れている事に戸惑いを覚えなくもない。

 手を伸ばして紅の塊に触れると、紅の塊が起き上がってきた。流れ落ちる紅の髪が指を通り抜けていく。


「なぜかな?」


 小首を傾げるようなほむらに、涼は片眉を上げて問い返していた。


「あたしを受け入れられるのか、不思議……」


 呟くような声は確実に涼に届いく。


「普通は逃げるわ。ましてあなたは、この地の者ではないから」

「初日で懲りた。坂井を出れば死ぬのなら、最後まで付き合う」

「それだけ?」


 問いかけるような眼差しに、涼は苦笑がもれてくる。

 昨日からの会話は、ほむらの言葉遣いが、のぞみの言葉遣いに変わっている事が多くなっていた。


「おまえは良い女だ」

「器が気に入ったの?」

「器と言うな。今はおまえの身体だろ」


 ふと、ほむらは微笑む。


「変った客人ね。あたしを人として扱っている。あたしは人ではないものよ」

「人を喰らうものか?」


 ほむらの眼が丸くなった。


「記憶にないが、俺はおまえのような存在を知っている。知っているから受け入れ、おまえに命をくれてやる」

「なぜ……」


 紅の髪と瞳、揺るがない強さ。


 人が持ち得ない強さを持つ女に、涼は惹かれている事を知っていた。幼馴染の少女も、揺るがない強さを持っていたと思い出す。

 ずっと一緒にいられると思っていた。叶わないとわかる前に、少女は理不尽に命を奪われ、自分は全てを呪うしかなかった。

 だからこそ、涼は少女と同じ強さを持つほむらを受け入れている。

 七夕と言う理不尽な事に対して、命をかけても抗うと決めていた。


「俺が、そう決めた」

「たった五日よ。それで……」

「そうじゃない」


 小さく首を振る。


「十年前、俺は……」


 誰にも話さなかった事を口にしていた。


「消えていく命を、ただ見ている事しか出来なかった。ずっと一緒にいられると思っていたのに、理不尽に命を奪われた……運命だったんだと言う者もいた。死んだ者の事をいつまでも引きずるんじゃないと言う者もいた……そんな事で納得できるか。俺は……」


 ほむらの紅の瞳を覗き込んでいる。


「全てを呪う。全てを否定する」

「それでよくあたしを受け入れられるわね。あたしは……」


 首を振って涼は、ほむらの言葉を停めた。


「おまえが何であれ、俺はその揺るがない強さを持つおまえを、好ましく思ってしまった。幼馴染が生きていれば、おまえのような揺るがない強さを持った女に、なっていたと思えるからな」


 今更ながらにわかってしまった。

 なぜ昔の話をするのか、なぜほむらに惹かれているのか、失くしてしまったはずの二度と見る事の出来ないものを、目の前にしているからだった。


「全てどうでもよかった。生きてる事も、人と関わる事も……死ぬ気はなかったが、死んでも良いとさえ思っていた……」

「涼……」

「俺は生きていない、死人のようなものだ」


 ほむらは、何と言って良いのか判らないような顔になる。


「死人がおまえの力になるのなら、鼓動が止まるまで喰らえばいい。七夕に関する全てを終わらせるために、俺の命がいるのなら使え」


 自分の命に意味があるのなら、こう言う事だろうと思っていた。

 全ての事が、どうでも良いと感じていた自分が役に立つのなら、眼の前の人外に全てを委ねても良いとさえ、思っていたのである。

 静に見つめてくる黒い瞳に、ほむらは戸惑っていた。

 人の身体を持つが、ほむらは人ではない。そのほむらが人である涼を好ましく思っていた。かつて一度も経験した事のない思いが、どうすれば良いのかわからなくさせる。

 人を喰らうものである事が、七夕だけの存在である事が口惜しく思ってしまった。

叶わない事だと知っていても、長く一緒にいたいとまで思っている事に、気がついてしまう。

 器の人格が影響しているのか、それとも涼のような客人を待っていたのか、わからなくなっていた。言えるのは人外であるほむら自身が、涼を愛おしく思い始めていると言う事である。

 そして、七夕を終らせる事は、ほむら自身の願いでもあった。

 すでに道は示されている。


「共に滅んでも?」

「それもいいさ。おまえが望むのなら」


 あっさりと返してくる涼に、ほむらの胸を暖かくした。名残惜しい気もしたが、涼の胸から身を起こす。


「涼、全てを終わらせましょう……」


 背を向けたままほむらは呟いた。


「取られた五つのカケラを奪えば……」

「あいつらを見つけられるか?」


 涼が身体を起こしてくる。


「大丈夫。見つけられるわ」


 絶対の自信を持って、ほむらは宣言をした。





 涼とほむらの二人が、広人と静を見つけたのは、昼下がりの木谷の自然公園である。

 当てもなく歩いていたのかと思っていたが、そうではなく目的があって来たのだとわかった。

 当の二人も待ち構えていたように、笑っている。


「そろそろだと思っていたよ」


 広人の言葉とともに静の気配が変り、回りから風の音や雑多な音が消えていく。


「結界、か」


 その声に涼が振り返った。

 すぐ後ろに、腕を組んだ美沙が立っている。


「いつ来た?」

「ついさきほどだ」


 涼に答えた後、美沙は納得したように頷く。


「誰も気が付かないわけだ。広域結界の中で、小さな結果を作る。よほど傍にいない限り、わたしでも見つけるのは難しいな」


 理解できなかった涼は、聞き流す事にした。

それでも美沙の言葉はまだ続いている。


「これを作るための広域結界か。準備を必要とせずに作れるのなら、たいした力は要らないな。良く出来たものだ」


 美沙の瞳が広人に向けられた。


「人外とそれを庇う者。それに人外と人外もどきが、まだ他にもいたとはな……」

「なんだい、キミは? 七夕に関わらない者が結界の中にいるなんて、おかしいな?」

「気にするな。わたしは傍観者だ」


 ぽかんと美沙を見る広人に、涼は苦笑する。

 非日常であっても、自分のペースを崩さない美沙に、ある種の強さを垣間見たようだった。何事にも動じない者は強者といえる。


「まあどうでもいいけど。一緒にいると、死ぬよ」


 警告のつもりか、はたまた余裕なのか、広人は一応美沙に言っていた。

 対する美沙の答えは獰猛なものである。


「安心しろ。人外に殺されるほど、わたしは弱くはない。おまえ達の決着がついた後、残った方を封滅する」

「たいした自信だね」

「自信? 違うな。事実を言ったまでだ」

「事実ねぇ……」


 瞬間、広人は美沙の眼の前にいた。


「おもしろい芸当だ」


 広人の手刀を美沙は、ヴァンジェラで受け止めている。


「口先だけではないようだね」


 少し眼を見張った広人の口元が歪んだ。


「キミは、人なのかな?」

「おまえと一緒にするな。わたしは人だ。それに、おまえの相手はわたしではない」


 受け止めていた広人の手刀を押し返す。そこに涼が踏み込んで拳底を繰り出していた。

 飛び跳ねて広人は、静の傍まで戻っていた。


「デタラメだな。いくら人が鍛錬を積んだとしても、あんな動きは出来ないぞ」


 呆れた声が美沙の口からでている。首を振った美沙が涼を見て尋ねていた。


「おまえも出来るのか?」

「無茶を言うな。俺はただの人だ」

「まあ、そうだろうな。むこうは人外もどきだが、それにくらべると、おまえはまだ人だからな」

「どう言う事だ?」

「ほら、来るぞ」


 振り向く間もなく、涼は弾き飛ばされる。


「よそ見和していて良いのかな?」


広人の声が、転がる涼の耳に遅れて届いた。

 反射的に後方へ飛んでいたからいいものの、そうしなければ、しばらく立ち上がる事ができないほどのダメージを受けていたはずである。


「クソ! 知っていたはずなのに」


 片膝ついて立ち上がる涼に、広人が追いついてくる。

 戦い始めた涼と広人とは対照的に、ほむらと静は互いを見たまま、距離を置いて立っていた。


「助けなくて良いの?」

「必要ないわ」

「追い詰められているわよ」

「涼は負けない。だから、あたしの手はいらないわ」

「たいした自信だ事」


 笑うような、呆れるような声である。


「自信じゃないわ。事実だから」


 ほむらの口元が吊り上っていた。はたから見れば、小ばかにした笑みにしか見えない。


「面白い事を言うのね」


 緑の線がほむらに向かっていった。

 掲げたほむらの左腕に緑の線が絡みつくと、朱色の霧が噴出す。

 左腕が朱に染まるのをものともせずに、ほむらは右手で緑の線を掴み取っていた。

 手繰り寄せるように左右の手で、巻き取って行く。


「痛みがないの?」


 器を得た七夕の存在は、器の感覚も共有する。怯むはずの痛みを感じているはずなのに、顔色一つ変えずに引き寄せようとするほむらの行動に静は驚いた。


「地のカケラを、あなたはこう使うのね」


 緑の線はムチである。

 力のカケラを取り込んで、ムチとして使う静にほむらは笑っていた。力のカケラに決まった形はなく、使う者の使いやすいように形を変える。

それが七の力のカケラだった。


七夕の対戦者が力を得るとは、そう言う事である。


 両手に緑のムチを巻きつけたままほむらが飛んでいた。一足飛びと言えるほど、肉薄してくるほむらに、反射的に静は身体を捻っていた。

 本来なら必要のない事だったが、器である身体が勝手に動いていた。

 腕を取られて、投げ飛ばされたのは静の方である。フェイントに、身体が勝手についていってしまっていた。


「あっ……」


 呆けたような声が出た時は遅く、静の手から離れたムチは、ほむらの手の中に納まっている。朱に染まった左腕に緑のムチが絡み付いていた。


「取られたら、取り返せば良いだけよ」

「そんな、バカな……」


 力のカケラが取られた事が信じられない静は、唖然とほむらを見てしまう。力のカケラを取り込んで力を得たはずが、力のカケラを奪われてしまった。奪われる事など頭にはなかったのである。


「なぜ、そんな事ができるの!」


 信じられずに叫ぶ静に、ほむらは笑っていた。

 左腕に絡まっていた緑のムチが、ほむらの手の中で緑の水晶球となる。力のカケラは決まった形がなく、手にした者の意思でどのような形にでもなるのだった。


「さて、これで一つ。次は何を見てくれるの?」


 余裕を見せるほむらだったが、余裕などない事は自分でもわかっている。地のカケラを奪うかわりに左腕一本が使えなくなっていた。


「切り刻んでやる」


 呟いた静の右手に青白い刀身が出現する。

 右半身に構える姿は板についていた。剣道、それも上級者である事は立ち姿でわかる。

 その姿に、ほむらの身体が少し沈んでいく、静が剣道の段持ちである事をのぞみの記憶から引張りだした。

そして、自身が空手の有段者である事も思い出す。ほむら自身が使った事が無くとも、有段者であれば、その動きは身体が覚えている。

 ほむらは自分が不利な事は理解していた。相手はカタナを持ち、自分は素手であり腕一本が使えない状態ある。

 それでも、倒される気はさらさらなかった。


 剣道対空手、どちらが強いか。


やってみなければわからない。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ