外伝 ~七夕の客人~ 第13話
「わたしなりに、七夕の事を調べてみた」
辰巳神社を尋ねて来た美沙が、涼とほむらを前にして開口一番口にした言葉だった。
疑問が涼の頭に浮かんぶ。
「なぜ?」
「わたしは、人外をそのままにしておく事ができない。が、見届けると言った手前、何が起こっているのかを知る必要がある。知らなければ、見届ける事などできないかな」
真っ直ぐ美沙は涼を見ていた。
「七夕に関わりの無い者。そう言ったのはおまえだ」
「だから、調べたのか?」
「ああ」
頷く美沙に、涼は溜め息が出そうになった。
根本的に真面目なのだとわかる。だから、真っ直ぐに見てくるのであり、揺るがないのだ。
「難儀な奴だ……」
「どこがだ?」
きょとんとした顔で小首を傾げている。
「まあいい。玄関先で話す事も無いだろう。ちょっと、付き合え」
涼はほむらを促して外に出た。
のぞみの車に乗った三人は、ほむらの運転で辰巳山の見返り坂展望台へと向かう。
坂井市をほぼ一望できる見晴らしの良い場所であり、元旦ともなれば初日の出を見るために人が集まる所だった。
今の時期は観光客か、金欠の恋人達のデートスポットになってしまうような、何も無い所である。
「で、何かわかったのか?」
車を降りた涼は、降りてくる美沙を振り返っていた。
「何も」
肩を竦める美沙に拍子抜けする。
「この十年。七夕の間に、人外が出たとは記録に残っていない。そして、人外に殺されたと思える者も一人としていない」
手に持つファイルを涼に差し出した。
「それは、この十年間の七夕の間に死亡した者のリストだ。見てわかるように、交通事故や病死がほとんどで、不審な死亡者はいない。行方不明は数十人以上にのぼるが、それも単に行方が知られないと言うだけだ。七夕に関わって死亡した者や、行方不明になった者は見受けられない」
ファイルをめくる涼は呆れてしまう。
一日も掛からずにリストを作り、それに付随する事項まで調べ上げている事が、信じられなかった。
「なんて情報収集力だ……」
退魔士の一族と言うのは、侮れないなと思ってしまった。
「何か言ったか?」
「気にするな」
首を振ってしまう。
「まあいい。だから、おまえの言う七夕を信じる」
「はぁ?」
「あまりにも自然すぎる。一人や二人、変死者がいてもおかしくはないはずだが、それがない。裏の七夕、おまえの言葉を借りるのなら、おまえが巻き込まれているのは裏の七夕と言っても良いだろう。人外などは関わった者以外は、その存在さえ知らない者がほとんどだからな」
まだ美沙の言葉には続きがあった。
「もう一つ。坂井市から出るには、何かしらの引掛かりがあった」
意味が判らない涼は、首を傾げたままである。
「まったく。こんな事が続いていた事を知らなかったとは、不覚どころではない。一族は何をやっていたんだと言いたくなる」
「ちょっと待て」
嘆く美沙を涼が止める。
「なんだ?」
「坂井を出るのに、引掛かりがあったとはどう言う事だ」
「ああ、それはな。坂井市全域に、結界らしきものが張られていると言う事だ。その手応えがあった。まったく、こんな広域結界など初めて聞く。いったいどれほどの力が必要なのか、考えたくもないな」
ぽかんと美沙の話を聞いてしまった。
「七夕の間、坂井を出る事がなかったとはいえ、一族の誰一人として気がつかなかったとは、情けない」
さらに嘆く美沙を、信じられないような顔で見てしまう。
なんだ、と言いたげな顔を向けてくる美沙に、涼は溜め息をついてしまった。
「あんた、おかしな奴だ」
「どこがだ?」
「見届けると言っても普通なら、ほむら達をそのままにしない。七夕に関わってくる事もない。俺の言葉を無視して、ほむら達を討てばいい。それをせずに七夕の事をを調べてくる」
「それのどこがおかしい?」
本気で首を傾げる美沙である。
「わたしは、おまえ達を見届ける事にした。わたしがほむらを討つと、おまえが邪魔をする。わたしが討つのは、人外であって人ではない。おまえは……」
真っ直ぐに涼を見た。
「ただの人だ」
答えられない涼の肘をむほらがつつく。
「その人は変わり者なのよ。あなたが気にする事でもないわ」
「失礼な奴だ」
むっとした美沙に、ほむらが笑っていた。
「大学でも、変った人として有名よ」
「おまえに言われたくはない」
「ひど。友人に、それを言う?」
「人外を友人に持った覚えはない」
「それで良いのか?」
「良いのよ。七夕に関わるのは、あなたとあたし。関わらぬ者が邪魔をしないと言うのなら、何の問題はないわ」
でだと、美沙が二人の注意を戻した。
「何らかの結界らしきものは、普通の人には何の影響もない。少し霊感が強い者なら、首を傾げる程度。が、七夕に関わるおまえやそいつには、強制力があると考えられる」
「強制力?」
「ああ、七夕は全国的なお祭りだが、坂井の七夕は何かしらの意味がある。坂井に張られている結界は、わたしも初めて遭遇するものだ」
「つまり?」
「人外が人をパートナーに選び、何かを起こす。七夕に関わっているのは、おまえ達だけでなく。他にも、おまえ達のような人外と人がいる事が、その証拠とも言える」
「なぜ、そう思った」
「結界に影響される者。そして、人外が人と共にいる事……まあ、あるが……」
再び美沙が涼を見る。
「基本的に言うとな。結界は何のためにある?」
「?」
首を傾げるしかなかった。
溜め息をついて美沙は言う。
「内なるものを護るため。あるいは、内なるものを外に出さないため。それが結界を作る理由だ。そして、この結界は内なるものを、外に出さないためと言えるだろう」
「…………」
「おまえ、林泉駅で体調不良を起こしただろう」
駅の名に覚えはないが、坂井を出た後から体調を崩した事は、事実だった。何かわからずに、首を傾げた事を思い出す。
「なぜ、それを」
「わたしを甘く見るな。七夕を調べたと言っただろ」
少しむっとした顔になる美沙だった。
「七夕の初日に林泉で若い男が、苦しそうにしていたと目撃した者が多くいる。林泉は坂井市を超えた隣りの駅だ。結界らしきものを越えると、何かしらの変化や影響が起こる者なら、七夕に関わっているもの以外いない。おまえは、この地の者ではないから、坂井市から出る事になってもおかしくはないだろう」
淡々と言う美沙に、涼は呆れ顔になってしまった。
「よくそこまで思いつくと言うか……」
「単なる推測だ」
「頭が良いのか?」
「悪いとは言わない」
自慢する訳でもなく肩を竦める美沙に、涼は不思議なものを感じる。
黙って微笑めば寄って来る男は、けっこう多いのではないかと思える容貌にもかかわらず、女らしさが一つも見えてこなかった。
人外であるほむらの方が、まだ女に見えてしまう。
「で、次だ。おまえは『名は体を表す』と言う事を聞いた事があるか」
「よく言われる。名前負けしていると」
首を傾げた美沙に、苦笑するしかなかった。
「涼やかの名なのに、ぜんぜん涼やかじゃない。正反対の名だと、よく言われる」
「涼風の涼、か?」
「ああ。神野涼、だ。で、それがどうした?」
「坂井に七つの地区がある事は、知っているな」
頷く涼に、美沙は続ける。
「七つの地区の名は、それぞれ対応する名がある」
「対応する名?」
「ああ。日刈は光に通じ、翠は水に通じる。そう言い換えれば、七つの地区は光、闇、火、風、水、地、そして龍と読み取る事ができる」
似たような名だと思った事を思い出した。
「一般的には、この世を構成する元素とも言う六つと、なぜかはわからないが龍と言うものが入っている」
「それは、一般的……なのか?」
「違うのか?」
聞き返された涼は黙ってしまった。
「まあいいか。でな、呪術的な事であれば、六つまではわたしも理解できるが、七つ目の龍が入る事で呪術的な意味はおかしくなる」
黙って聞く事しか、涼にはできなかった。なにがおかしくなるのか、理解できなかったのである。
「六つは一括りにする事もできるが、龍だけが違う。元素ではなく、生物的なものだからな」
「それはつまり、イレギュラー、のようなものか?」
そう思うと頷いて、手に持つファイルを開いて、文字を書き入れてから涼に見せる。
「こうすれば、もっとわかりやすいと思うが……」
円形に六つの文字が並んでいた。一見した所、何の変哲もない並びにしか見えない。
わかりやすいと言った意味がわからずに、涼は黙ってしまった。
「わからないか……」
諦めたような溜め息が聞こえてくる。
「こうすれば、どうだ?」
六つの文字のうち、対角にある二つを結んで行く。そして、隣り合う文字も結んでいた。
「見た事のある図形にならないか」
一般的には六芒星と呼ばれる図形が、そこに現れていた。呪術的な形としては、良く知られているものだ。
「六芒星……?」
「そうだ。これが坂井に張られている結界らしきものの元だろう。ただし……」
真ん中に龍の文字を入れた。
「七つ目は、中に入るはずだ。外側では六芒星が壊れて意味を成さなくなる」
「龍が要?」
「違うわ」
首を傾げた涼に、そくざに否定する言葉が、ほむらの口から出ている。
「七の地は、その図形通りじゃないわ。辰巳は坂井の端にあるもの」
「まあそうだ」
頷いた美沙だった。
「紙の上に文字を並べるとこうなるが、実際の地名と位置を考えると、この並びにはならない。が、これが元なのは確かと言える」
美沙がほらを見る。
「人外であるものが七夕の存在なら、位置関係は無視しても問題はない。坂井の七つの名がこれを示すのなら、七夕だけの存在や結界らしきものもあると思える」
「型が崩れれば、結界の意味はなくなるんじゃないのか」
「まったく意味がなくなるわけじゃない。だから七夕だけと限定される事になる」
理解したかと美沙が見てきた。
ここまではとりあえず涼も、おぼろげながらも理解できる。だが、それでも疑問は残っていた。
「なぜ、俺なんだ?」
つまるところは、それである。
坂井に広域な結界が張られていようと、ほむらが人外であっても、それはたいした問題ではなかった。
その中心にいるのが、自分である事が不思議としか言いようがなかった。
ただ遊びに来ただけの自分が、こんな事に巻き込まれている事自体が、笑い話にしならない。
「当事者が、それを言うか?」
呆れた吐息とともに美沙は、涼を見ていた。
「俺はただ、ふらりとここに来ただけだ。目的があってきた訳じゃない」
溜め息をつきたくなる。
「それが、一方的に巻き込まれた」
「そうじゃないわ」
涼の言葉を否定するほむらだった。
「涼を見つけたのはのぞみ。辰巳の巫女と呼ばれる神官の一族の末裔」
「どう言う事だ?」
言葉を返せない涼に代わって、美沙が尋ねる。
「辰巳の巫女が、涼を見出した時より七夕は始まったの。巫女が涼を見出さぬ限り、七夕は始まらないわ」
ほむらが涼を見た。
「あなたは客人。ゆえに巫女はあなたを見出した……」
射抜くような真っ直ぐな紅の瞳は揺るがない。
「俺が坂井に来なければ、七夕は始まらなかった。そう言う事か?」
何も答えない事が、肯定を意味していた。
つまり、それは。
「俺が巻き込まれたのではなく、俺が巻き込んだと言う事か?」
意味するのは、全ての始まりが涼自身にあると言う事。全身を巡る言い表せない憤りが全身を駆け巡る。それを涼は、奥歯を噛み締めて耐えていた。
「あなたが、この地に現れたのは偶然じゃないわ。あなたは現れるべく現れた」
「俺が坂井に来たのは必然か。ほむら」
押さえきれない怒りが、涼の声を落としていた。
「あなたがあなたでなければ、偶然だったのかも知れない。でも、あなたは偶然でサカイに現れたわけじゃない」
「だから、必然か」
「必然でもないわ。運命とも言うべきかな」
「運命、か。笑わせてくれる」
「神野?」
気配が変わり始めた涼に、美沙が警戒するように呼びかける。
「いいだろう。運命と言うのなら、ぶっ潰してやる」
聞き飽きていた。
誰もが運命と呼び納得する。大人も子供も当然のように受け入れ、忘れようとしていた。
理不尽に奪われた命の事を。
だから、涼は反抗する。
人が運命と呼ぶのなら、反発し全力で抗う。
たとえ、叶わない事だとしても。
広人に身体を預けている静は笑みを浮かべていた。
「もう、良いんじゃないのかい?」
「まだよ。まだ時が満ちていないわ」
「そうかな?」
首を傾げる広人に、静は笑みを深くする。
「六つの地を手にした僕らは、彼らには負ける事はないと思うけどね」
「それを有効に利用できるのが七夕なの。力が満ちなければ、思わない油断が私たちを滅ぼすわ」
「僕が油断するとでも?」
さも心外だと言いたげな広人に、静は顔を上げてついばむような口付けを交わした。
「万が一、そう言う事もあるわ」
「僕は静がいれば、それでいいんだけどね」
「大丈夫」
にっこりと静は笑って請け負っている。
「私達は絶対に滅びないわ」
「そうだね。辰巳の客人は何も知らないようだったし、ちょっと挨拶しただけなのに目を丸くしていたからね」
広人も笑って同意していた。
「誰が始めたかは知らないけど、僕にとっては楽しい事だよ。静と一緒にいられる時間が長くなったからね。静が僕を客人に選んでくれなかったら……」
「どうしたの?」
「僕以外の者を排除するだけ」
「まあ……」
目を丸くして静は笑う。
「広人が客人で良かったわ。他の人だと面倒な事になりそうだもの」
「そうだよ」
笑う広人を静は微笑とともに見ていた。
が、思う事は違っている。
(器のそばにいた喰い易いものだっただけ……それも七夕が過ぎるまでの事……)
たらふく広人というものを喰った静は、確実に力をつけていた。
敵がいる事は知っている。
それは、本能に刷り込まれていると言っても良い。
一つの餌場には、同じ存在は二つもいらず、共存などは頭から考えにはなかった。
そして、すでに人ではなくなっている事に、気がつかない広人に哀れみも感じる事もなく、七夕が過ぎれば処分すれば良いと思っている。
人外に喰われた者は命をなくすか、人外の下僕となるしかないが、その事を知っている者は皆無だった。
「おい!」
涼はほむらを呼び止める。
美沙と別れた後、二人は坂井の駅前へと足を向けていた。
駅前は日刈区にあり、坂井市の中心地に位置する。七夕祭りの交通規制で普段は車で溢れている主要道も、今は屋台や露天が並び人通りが多くなっていた。
ほむらに屋台や露天と涼は引っ張り回されていたのである。
「楽しくない?」
笑って振り返るほむらに、涼は顔を押さえたい気分だった。
「そんなにシケた顔をしていると、楽しめないわよ」
シケた顔。そんな言葉を、どこで覚えたと言いたくなる。
言葉遣いが、一番初めの時と変わってきていた。それものぞみの記憶の影響なのだろう。
「楽しむために、日刈に来たのか?」
「そうよ。日刈の地はすでに取られていたわ。だから、楽しむべき……かな?」
最後は首を傾げていた。
「あのな……」
言ったきりで言葉が出てこない。
午前の決意がバカらしくなってきた。
「七夕終るまで、今しばらくかかるわ。だから、今は楽しむべきなの」
わかったと言いたそうな顔で微笑んで、ほむらは涼を見上げて腕を絡める。
「それでいいのか?」
「いいのよ」
答えるほむらに涼は、折れるしかなかった。七夕に関して、主導権がない事は身に染みている。
そして、ほむらに飲み込まれたのぞみが、約束を果たそうとするのを見たような気がした。
結局、涼は日が暮れるまでほむらに引っ張り回され、楽しんでしまったのだった。




