外伝 ~七夕の客人~ 第11話
広人に連れられた涼は、手近な公園へと足を運んでいた。
七夕祭りの間なら公園でも、何かしらの出し物や屋台が出ていても良さそうなのだが、広人が連れて来た公園は妙に静まり返っている。
祭りの喧騒が嘘のようであった。
感覚が、空気が違う。それさえも知っていた。
「で、話と言うのは?」
問いかける涼に、広人は笑っている。
「悪い事は言わないから、降参した方が良いよ」
「降参?」
「そう」
「なぜ?」
「キミ達は僕らに勝てないからだよ」
「勝てない? なぜ?」
「なぜって……」
聞き返す涼に、広人が呆気に取られたようになった。そして、気を取り直して言う。
「もう一度、言うよ。負けを認めて辰巳のカケラを僕に渡すんだよ」
「断わる」
溜め息が出そうになった。
憶測は出来ていたが、確信できない事にいいかげん飽きていた。わからないのなら、その場その時の自分に問いかければ良い。
たとえ、間違った選択だとしても、流されるよりもましというものである。
「困ったな」
まったく困っていない顔で広人は呟いていた。
「親切心で言っているのに。六つのカケラを手にした僕らに、何もカケラを手に出来なかったキミらが、勝てない事は明白なんだけどね」
「カケラを手にしていないから不利、か」
涼は笑ってしまう。
勝負なんてものは、蓋を開けてみなければ、どちらに転ぶかなどはわからないと思っていた。相手が圧倒的に有利であっても、ひっくり返る事はある。
何もしなければ、ただ負けるだけだろうが、涼は足掻くと決めていた。流されるだけなら、足掻く必要はない。
だから、笑って言える。
「それが、どうした」
「あれ?」
首を傾げた広人が、何かに気がついたように頷いた。
「もしかして、キミ。何も知らないのかい。七夕の意味も、僕らとの戦いの意味も」
「だからなんだ?」
肯定する涼に広人はしばし絶句し、しだいに笑い声を上げ始める。
ひとしきり笑った広人は、涼を哀れむように見た。
「なるほど。それならキミの言葉は頷けるよ。うーん。困ったな。どうよう……」
しばし考えた広人は言う。
「七夕祭りの事は、どこまで知っているのかな?」
「昔、対立していた七つの村が、一つになっても対立が続いていた。それを解決するために始まった対抗戦。その名残りが七夕祭りと聞いている」
涼が答えると、広人はうんうんと頷いて言う。
「表の祭りは、その通りだよ。でも僕ら、キミと僕とパートナー達はそうじゃない。僕らが関わっているのは、裏の七夕。つまり、どちらかが消滅するまで戦う事だよ」
「消滅……するまで戦う?」
「そうだよ。まあ、戦う事も祭りと言えるかもしれないけどね。ただし、賭けるのは自分の命だよ」
「命がけの戦い? あんたと?」
「そうだよ」
実感が湧いてこない涼は、疑問に思う事があった。
「負ければ消滅。勝てばどうなる?」
「一つだけ願い事を叶える事ができるよ」
「願い事が叶う……?」
「どんな願い事でもね」
ありえないと思った。
どんな願い事でも叶うのなら、死者も生き返るだろう。しかし、そんな事は現実には不可能だと知っていた。
死んだ者は生き返らない。
だからこそ嘆き悲しみ、悔やみ後悔し、苦しむ事になる……それが自然な事だった。
いくら非日常に接したとしても、そうだとはどうしても思えない。
そして、尋ねる事はまだあった。
「なぜ、七日間なんだ?」
「さあてね。それは僕にもわからない。でも、まあ、戦うための力を蓄えるためと思うよ。そうでなければ七日も必要ないからね」
肩を竦める広人に、涼は違和感が強くなって行く。どこがとうと言うのではなく、広人から受ける印象が人と掛け離れていた。
「あんた達か俺達、どちらかが消滅するまで戦うのか……」
「そうだよ。七夕の客人に選ばれたからにはね」
選ばれた訳ではないが、巻き込まれる事は事実だった。
広人は真面目に言っているにもかかわらず、涼は命を賭けろと言われても、実感がまったくと言って良いほど湧いてこない。
冗談で言っているのではない事は、ほむらと言う非日常に接してしまったから理解はしていた。
「ほむらやあんたのパートナーは、どういう存在だ?」
「神だよ」
笑って答える広人に、涼は少し頭痛を感じ始める。
「神にパートナーがいるか」
「僕らがパートナーだよ。僕らは彼女達のために存在する。だから、僕らは僕らで……」
広人が笑いを消した。
瞬間、ぞくぞくした違和感が膨れ上がる。
「ケリをつける」
広人の身体が沈んだ。
反射的に涼は、その場から身体を投げ出すように横に飛んでいる。
「やっぱり、勘は良いんだ」
半ば感心したような呟きが聞こえた。片膝立ちのまま涼は、呆気に取られたように広人を見てしまう。
五歩の距離を瞬間的に詰めた広人の足元が、爆ぜたようにえぐれていた。
「チャンバラの時よりも動きが良いね」
涼が呆気に取られていたのは、その事ではない。
広人は武道を嗜んだ者の身のこなしは、皆無と言って良いほどであったにもかかわらず、示したのは達人と呼ばれる者でも不可能な破壊力だった。
つまり、非常識な、人間業とは言えない強さである。
「まぁ、今日は挨拶ていどと言う事で。今は僕もまだ力が足りないからね。彼女達が決着をつける時が、僕らもケリをつける時になるよ」
再び笑う広人に涼は奥歯を噛み締めた。
かろうじて避けられたからでも、悔しいからでもない。理不尽な力の発露に怒りが湧いていた。
人が抗う事の出来ない力を見せ付ける広人に、嫌悪に近い感情が起こる。
「広人。追い詰めてはダメよ」
笑いを含んだ女の声がした。
「静。そっちは良いのかい?」
静と呼ばれた女をみた涼は、ほむらと同質な違和感を受けていた。それは、ほむらと同じ存在と言う事である。
「キミに紹介しておくよ」
笑う広人が静を手招いた。
「僕のパートナー。日刈の静」
「短い間だけど、よろしくね」
広人の腕の中で静の口元が持ち上がる。友好的と言いえない顔で笑う二人に、涼は感覚が冷めて行くのを感じた。
ゆっくりと立ち上がった。
「…………」
何も言うべき言葉ない。
眼の前の二人は、自分とは相容れない者達だと理解していた。それが手に取るようにわかる。
話し合う余地など無いと知った。歩み寄る気がまったく無いと言って良い。
七夕に決着をつける者、どちらかが消滅するまで戦う相手、決して馴れ合うような相手ではなかった。
「そんなに怖い顔をしないで。せっかくの良い男がだいなしよ」
余裕と言うべきか、強者が弱者を見下す態度そのもので笑う。
「僕よりも良い男なのかな。彼は?」
同じような笑みを浮かべた広人が静を見た。
少し驚いた顔を見せた静は、広人の唇に人差し指を当ててしなだれかかる。
「妬かないの。あなたは私の大事な人よ」
仲睦ましい様子の広人と静に、涼は冷めた瞳を向けていた。
拳を握り、震えそうになる身体を押さえつける。内にあるのは、憤りともいえる思いだった。そして、言うべき言葉が見つかった。
「よくわかった。おまえ達が敵である事が……」
誰が味方で誰が敵か。
それさえわからなかった事を考えれば、前進したと言える。わからない事がまだ多いが、それはもう気にする事ではなかった。
敵と呼ぶしかない相手が、眼の前にいる。
「遅いわね。七夕が始まれば、私達が敵と言うのはわかっていた事なのにね」
笑いながら言う静は、首を傾げて続ける。
「でも、いいの?」
「なにがだ?」
「こんな所で、私達の相手をしていて。あなたのパートナーは狙われていわよ」
静の言葉に、涼は目を細めてしまった。
「どういう意味だ? おまえ達以外に、まだ七夕に関わる者がいるとでも言うのか」
「いいえ。七夕に関わっている訳ではないけど、七夕に関わらない者だから知らないのかもね」
「何が言いたい」
「さあね。でも早くパートナーの元に、行った方が良いのでない?」
笑みを張りつけたままの静である。
楽しそうなではなく、どこか禍々しさが窺える笑みと言ってよかった。何かの思惑があるのではないかと、勘ぐってしまえるほどである。
静の言葉に従うのは抵抗があるが、ほむらの事が気にならないとは言えなかった。
この四日、ほむらは涼のそばを離れた事はなく、姿が見えない事に、少なからず不安を感じている。
それを言い当てられたような気がした。
敵とわかっている者達に背を向ける事は、勇気がいる事だったが、それでもほむらが気になる涼は、二人に背を向け踵を返すしかなかった。




