外伝 ~七夕の客人~ 第9話~
ほむらに連れられて、七夕祭りを見て回ること四日。
回った五つの地区にある名所は、何かしらの名残りが残っていた。ほむらが言うには、力のカケラがあったとの事である。
ほむらは相手に取られて不利だと言うが、それがどうしたと言うのか、涼にはわからなかった。
この四日、涼は七夕の事を聞き出そうとしたが、進展は一つも無い。
わかった事はたかが知れていた。
ほとんど何もわからないまま、涼はほむらに引張り回されていたのである。
「涼、そこの競技に出るが良い」
移動した先でほむらは、涼を何かしらの競技に参加させていた。
今も、スポーツチャンバラのエントリー受付を手で示している。
顔を戻した涼は、無言で片眉を上げていた。
「ぬしは、そこそこ使えるのであろう。ならば、勝って見せよ」
溜め息をついた涼は、エントリー受付まで足を運んで行く。拒否しても同じだと言う事は、この四日で良くわかった。
記入をしようとペンをつけた時、横からほむらが口を出してきた。
「そこじゃないわ。上級者用よ」
ペンを持ったまま涼の動きが止まる。
口調が違う事に驚いて横を向くと、ほむらが小首を傾げていた。
「どうしたの? そんなに驚いた顔して」
口を開けた涼ではあったが、言うべき言葉を見つけられずに口を閉じてしまう。
そこに、嬉しそうな声が聞こえてきた。
「のぞみ」
振り返った二人に、三人の男女が近づいて来る。
「うわ、キレイな紅ね……」
にこにこと嬉しそうに笑う女が、ほむらの髪を見て言った。
「すまない。人違いだと言っているんだが……」
少しかげりのある男が頭を下げている。
「瑞紀。その人は神崎じゃない」
「翔、違うわよ。のぞみよ」
にこにことした笑顔で断言する瑞紀と呼ばれた女を、涼はぽかんと見てしまった。
翔と呼ばれた男は、やはり困ったような顔になっている。もう一人の女は、目を細めてほむらを見ているだけで、何も言わなかった。
その顔が硬くなっている事に涼は気がつく。
「瑞紀は桂木君とデート中?」
そうなのと瑞紀の顔が綻んでいく、反対にぽかんとした顔で、ほむらを見てしまうのは翔だった。
「そう言うのぞみもデート中?」
「半分当たり。彼は……」
笑ったほむらが涼を示す。
「客人の神野涼さん」
「はじめまして。私は坂原瑞紀です」
にこにことした顔は変らずに、軽く会釈してくる瑞紀に、涼は戸惑いながらも頭を下げていた。そして、ほむらを見てしまう。
「大学の同期生で友人」
ぞくりとした寒気が涼の背筋を駆け抜けた。
「本当に神崎なのか……」
半信半疑な翔にほむらが笑う。
「ヒドイわ。髪の色が違ったぐらいで、あたしがわからないなんて。瑞紀、悪い事は言わないから、桂木君と別れちゃえば」
楽しそうなほむらに、背筋が冷えてくる。
変ったのは髪の色だけではない、瞳の色も変っているはずだった。
「い、や」
ゆっくりと笑って答える瑞紀も楽しそうで、となりの翔は諦めたような溜め息をついている。
「そうだ。涼がエントリーするんだけど……」
ほむらが言えば、瑞紀は笑って翔を見上げた。
「翔もエントリーしようよ」
「ああ、わかった」
なぜとは言わずに、翔は頷いている。
「あんた、どこにエントリーしたんだ?」
「上級者、だが?」
「そうか。なら俺もそっちか……」
諦めたような顔だった。
「?」
首を傾げそうになる涼と、溜め息を付いてる翔だった。
「頑張って」
女二人の声援を背に受けた涼と翔は、何とも言えない顔で互いを見てしまっていた。そして、同時に首を振ると会場へと向かう。
「なあ、あんたに聞きたいんだが……」
「涼でいい」
「じぁ、俺も翔でいい」
「で?」
ちらりと後ろを振り返った翔が言った。
「あれは、本当に神崎なのか……」
「どうして、そう思う?」
溜め息をついてしまう。
「あ、いやな……俺の知っている神崎とは違うような……」
言いにくそうな翔の態度に、涼は苦笑が浮かびそうになった。
「あの髪と瞳で、神崎のぞみと言われても戸惑う……か」
「あー、いや、まあ、そうなんだ……」
照れ隠しか、翔は頭に手をやっている。
「あいつは……」
寒気がした理由に気がついた。
知っていたはずではないか。
ほむらが、のぞみに憑依した事を見ていたはずだ。人でありながら、人にあらざるものと。
だから。
涼を四日間、七夕祭りに付き合わせた。
のぞみが七夕祭りの間、付き合うと言っていたから。
だから。
ほむらは神崎のぞみの記憶を持っている。
つまり、それは。
人格が違うだけで、人でもあると言う事だ。人の身体を持つ人にあらざるもの。わかっていたはずなのに、他人から気付かされると寒気がした。
「あっ、悪い。変な事を聞いた。忘れてくれ」
黙りこんだ涼を、勘違いした翔が頭を下げていた。
「いや、いい……あいつは、のぞみだ……」
意識せずに涼は、奥歯を噛み締めてしまう。
知っていたはずなのに、認めたくなかっただけと気がつく。のぞみではなく、ほむらを受け入れてしまっていた事に。
競技は翔がめったやたらに長物を振り回し、対戦相手を近づけさせなかったが、息切れで止まった瞬間に素早く接近した対戦相手に、面を打たれて一回戦で敗退した。
続く涼は、竹刀ほどの物で対戦相手と肉薄した接近戦になり、僅差で一回戦は勝ち抜けたが、二回戦で相手の手数に負けてしまった。
会場から戻った二人を出迎えたのは、瑞紀一人である。
「紫村と神崎は?」
「えっ?」
尋ねられた瑞紀は、きょとんと翔を見返した。そして、あわてて左右を見る。
「あれ? どうして? さっきまで一緒にいたのに……?」
「捜す、か。そんなには離れていないだろう……」
息を吐いた翔に、瑞紀は頷いていた。
「キミが辰巳の客人?」
ぞくりとした寒気が、声と共に流れてくる。
反射的に涼は声の主を振り返り、翔は瑞紀を背に入れていた。
優しげな顔の男だったが、どこか違和感を受けてしまう。
「僕は日刈の広人。七夕の間だけど、よろしく」
「七夕の間……?」
「キミに七夕の事で話があるんだけど。今、いいかな?」
「わかった。場所を変えよう」
「そうだね。他の人には、関係の無い事だからね」
話している間に気がついた事がある。
広人から受ける違和感が、のぞみと名所を回った時に受けていたものと同じだった。人でありながら人ではない感覚、だがそれは、ほむらとは別のものだった。
「いいのか?」
広人に何か感じたのか、少し硬い声で翔が問いかけてくる。
「ああ。俺が知りたい事を、知っているようだからな」
「だが……」
「行かない方がいいよ」
翔にしがみついている瑞紀も言った。
「あの人、何か……変だよ……」
「それでもな。俺には知らないといけない事がある」
「でも……」
ふと、涼は笑う。
会ったばかりの自分の事を心配してくれる二人に、心が少し温かくなっていた。
「ありがとうな、二人とも。俺は大丈夫だ」
「しかし……」
「翔。坂原さん」
涼は片手を上げる。
「またな」
広人の後をついて行く涼を、翔と瑞紀は見送ってしまった。
「これで、いいの?」
「わからない。だが、俺達がどうこうできる事じゃない……」
ギリッと翔は奥歯を噛み締める。
三年前の事を思い出してしまった。あの時も見送るしか出来なく、そして……。
翔は、振り切るように首を振ると言う。
「とりあえず、紫村を捜す方が先だ……」
「うん。でも、大丈夫?」
心配そうに見上げてくる瑞紀に、翔は頷いて言った。
「俺は大丈夫だ」
さっきの涼と同じ言葉が出てしまう事に、笑ってしまう。
本編の主人公達が出てきましたが、係わるのは一人だけです。
誰かは判ると…




