表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異形の戦士  作者: 樹 雅
外伝 ~七夕の客人~
56/72

外伝 ~七夕の客人~ 第2話


 夜になると、涼は神崎家の人達の前にいた。


 ただ一人、のぞみだけが巫女姿でいる事に、涼は戸惑いを覚える。


 更に言えば、神崎家の人達が一様に硬い顔になっている事が、戸惑わせる要因にもなっていた。


 悲壮感さえ漂わせているとも言えるのである。


 何と尋ねる前に椅子に促された涼は、巫女姿ののぞみの隣りに腰を降ろしていた。戸惑った顔で見てくるのぞみに、涼は軽く肩を竦めてしまう。俺に聞かれても、そう言う意味である。


「のぞみがキミを連れて来た事で私達は、のぞみとキミを辰巳の祠へ向かわせなければならなくなった」


「辰巳の祠……?」


「ここと辰巳湖を挟んだ反対側にある」


「そこに行けと?」


 頷いて肯定する父親に涼は尋ねていた。


「なぜ?」


 ――辰巳の巫女が客人を連れ来る時、辰巳の祠に同行させよ――


「それだけで?」


 尋ねても、頷いただけで何も言わない。


 そう伝えられていると言う。


 家人も意味が解っていないらしく、それ以上は詳しくは言わなかった。


「無茶だと思いませんか。俺が、それで納得すると思いますか?」


「無理だろうが、キミはのぞみと共に行かなければならない」


「一方的過ぎるとは、思いませんか?」


「もっともだ」


 頷いているが、撤回する気はないようだった。


 この時、涼はどんなに断わっても、堂々巡りになると感じた。それを感じ取った父親は言う。


「神事を司る一族には、理解しようとしても一般的には、理解できない事が多くある」


 ただそれだけで、硬い顔をしているのではない事は涼にもわかる。行くだけなら、誰もこんな顔はしない。


 それが何か。


 聞ける雰囲気でもない事も確かだった。


 溜め息をついた涼は立ち上がる。わからなければ、確かめれば良い事だ。


「のぞみ。案内してくれ。何かはわからないが、俺達は祠に行かないといけないようだ」


「うん……」


 不安を隠せないまま、のぞみは頷いていた。


 家族の目がすがるようでもあり、悲しむようでもある。まるで、のぞみの姿をまぶたに焼き付けているようでもあった。


 これで不安にならない方がおかしい。


「祠に何があるの……」


「行けばわかる」


 尋ねても、はっきりとした答えは返ってこなかった。

 わからなければ、やはり行くしかない。


 二人を見送った後、母親は顔を伏せてしまった。


「どうして、あの娘が……」


 嗚咽とも取れる呟きが漏れる。


「私にもわからない。が、のぞみが『客人』を連れて来た事は確かだ……」


 肩に手を置く父親の声も沈みがちだった。


「父さん。のぞみはどうなるんだ」


 のぞみの兄は不安そうである。


「それに『客人』の彼は?」


 首が振られていた。


「わからない。ただ……」


 言い淀む。


 言葉にすれば確定してしまうのではないか、そんな思いがそうさせていた。


「文献によれば、記録によれば『巫女』と『客人』は消える。そうある……どう捉えるのかはわからないが……消える。それは死を意味するのかもしれない。あるいは違うのかもしれない。その場に居合わせたのは、ずいぶんと昔の人だから……」


 溜め息とも、吐息ともとれる息を吐き出してしまう。

 



 一方、神社を出た涼とのぞみの二人は、辰巳神社を出て辰巳湖の回りを歩いていた。目指す祠は神社の反対側にある。


 並んで歩く二人は夜道と言う事もあり、ゆったりとしたものだった。


「辰巳の巫女、ねぇ……」


「なによ」


 頬を膨らませるのぞみに涼は笑ってしまう。

 巫女姿ののぞみは可愛く見えた。コスプレのようで気恥ずかしさがあるのか、少し顔が赤かった。その姿で頬を膨らませれば微笑ましくなる。


「良く似合っている」


「なっ……」


 絶句していたのぞみは、やがて息を吐いて頭をさげていた。


「ごめん。なんか変な事につきあわせるようで……」


「気にするな。埋め合わせはしてくれるんだろ」


 涼は笑う。


 それにしても、と涼は首を傾げるようにしていた。

 気になる事があった。変だと思うには、十分な事である。


「神社とは別の離れた場所に、祠があるとはどう言う事だ?」


「?」


 首を傾げて見上げてくるのぞみに、涼は自分の考えを口にしていた。


「辰巳の祠なら、辰巳神社とは無関係なはずが無い。祠と離れた場所に神社があるとは聞いた事がない……」


 何かを祭る祠なら、その回りに社が建つはず。まったく別の場所に社を立てる事は無いと言えた。離すからには何かしらの理由があるはずで、その理由がわからない。のぞみの様子からも知っているとは、とうてい思えなかった。


 あるいは、一族の長にしか知らない事なのだろう。


 わからない事に嫌な予感と、不安が大きくなっていくのを感じていた。



 そこにあったのは、小さな祠である。



 人が足を踏み入れる事が少ないようで、ほとんど雑木林に埋もれていたが、祠の回りだけは綺麗に整えられていいた。


 打ち捨てられているわけではなく、定期的に訪れて手入れをしているのだろう。


「そんなに大きなものじゃないわねぇ……」


 祠を見たのぞみの感想に、涼は答えられなかった。



 違和感。



 坂井の七つの名所と呼ばれた場所と、同じ違和感を受けていた。


「で、どうするの?」


 祠から涼に視線を移したのぞみが言う。


「俺に聞かれても困るが……」


「そうよねぇ……」


 少し考えたのぞみは、祠の扉に手を伸ばした。


「まて」


「どうしたの?」


「なにか、変だ」


 首を傾げるのぞみに、言い表せない不安が募る。


「空気が違う、とでも言うのか。ここは何かおかしい」


「あたしは何も感じないけど……もしかして、霊感があるとか?」


「霊感は、ない」


 前に知っている感覚、身近にあった感覚と知っていた。


 なぜと思う前に、思い出す事を拒否している自分がいる事に、愕然としながらも不安が大きくなるのを感じていた。


 だが、それが何がわからない。


「なんなんだ、この感覚は……」


 知っているのに思い出せない苛立ちから、涼の注意はのぞみから逸れていた。気がついたのは、のぞみの感嘆したような声が聞こえてきたからである。


「うわぁ、キレイ……」


 振り返った涼が目にしたものは、のぞみが祠の扉を開けて中を見ているところだった。


 光の照り返しがのぞみの顔を照らしている。感嘆したように微笑を浮かべ祠に手を差し伸べていた。



 涼は動けない。



 どんなに違和感を受けようとも、どんなに嫌な予感が膨れ上がろうとも、映し出されたのぞみ姿は美しくあり、目を奪われるものだった。


 祠からのぞみが取り出した物。


 それは水晶のような透明の球体だった。その中に炎が揺らいでいる。



 声が出せない。

 身体が動かない。

 知っている。



 なぜかはわからないが、涼はそれを知っていた。驚愕と、信じられない思いが身体を呪縛する。


 言葉が浮かび上がってくる。



 ウツロウモノ。



 戸惑いが呪縛を深くした。


 揺らいでいた炎が、大きく膨れ上がって水晶球の中で踊り始めた。


「えっ……?」


 驚いた拍子に、のぞみが水晶の玉を取り落とした。


「あっ……」



 瞬間、炎が踊る。



 刹那。



 炎に呑まれると思った涼が、反射的に動いていた。


 呪縛されたように動かなかった身体が、飛んでいる。


 のぞみを抱えた涼が横に転がっていた。自分でも何がなんだかわからない。気がつけば身体が動いていた。自分でも良く動いたと、思っていた。


 のぞみを抱え起こした涼は、炎を見たまま尋ねる。


「大丈夫か?」


「えっ、ええ……」


 答えるのぞみの声が戸惑っていた。なにが起こったのか、理解していないようである。かく言う涼も、何が起こっているのか理解していなかった。


 ただ、眼の前で炎が意思を持っているように揺らぎ、何かの形を現し始めている事は理解できた。


 ふいに涼は腕をつかまれる。

 のぞみがすがりついてきた。


「なんなの……」


 答える言葉を、涼は持っていない。それよりも、眼の前の炎から目を離す事ができなかった。


 人の姿を模った炎。それこそ、眼の前で見ていても信じられなかった。



《我の邪魔をするぬしは何者ぞ》



 声無き言葉が頭に響いてくる。


 なんだと思う前に、涼は理解していた。


 眼の前の炎が言ったのだと。


 そして、既視感。


 気のせいかもしれないが、ずいぶんと昔に炎と会話した気がした。



《其は、我の器》



「こんなの聞いていない……なんなの……」


 すがりついてくるのぞみの声は震えていた。


 涼は奥歯を噛み締めて、ただ揺らぐ炎を見ている事しか出来ない。再び呪縛されたように身体が動かなくなっていた。


「逃げろ……」


 かろうじて声が出せる。


「無理……」


 擦れた声が返ってきた。つかんでいる腕が震えているのがわかる。


 悲鳴を上げて逃げる事など出来なかった。


 揺らぐ炎を見て、逃げる事が不可能だと悟ってしまう。


 非日常的な事でも、目の前で起こればいやでも分かる。


 何も出来ずに死を目前に突きつけられた時、人は動く事が出来ないと初めて知った。



《七夕の訪れが、其を我に遣わす》



 揺らぐ炎が近づいて来る。



《器と共におるのは客人。客人たるぬしが、我の邪魔をするとはの》



 理解の範疇を超えるでき事は、言葉を発する事さえさせなかった。


 揺らぐ炎が眼前に迫った。


 不思議と熱気は感じない。感じるのは、圧倒的とも言える存在感だった。


「ひっ……」


 小さな悲鳴が聞こえて、涼の腕から重みが消える。ダメだと思う前にのぞみは離れ、揺らぐ人の形をした炎が滑るように近づいた。



 そして、炎がのぞみを覆う。



 涼の伸ばした手は、空をつかんでいた。



 声無き悲鳴がのぞみの口から出ている。炎に包まれたのぞみが、身体を仰け反らせて五歩離れた所にいた。


 炎に包まれていたのは、そんなに長い時間ではない。


 瞬間、それとも一分か。


 涼には判断が出来なかった。


 仰け反らせていた身体を戻したのぞみだったものが、涼を振り返る。


 退きそうになる足を踏み止まらせて、涼はのぞみだったものを見ていた。


 炎に包まれて衣服は燃え尽きているのに、やけど一つ負っていない裸身をさらす姿は、恐怖よりも畏怖を感じる。


「ふむ」


 納得したような声が聞こえてくる。



「初めましてだな、客人。我は、ほむら」



 紅の髪と瞳の女が涼を見て笑っていた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ