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異形の戦士  作者: 樹 雅
第3章 ~蒼暗の水~
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50話 翔VS紫村一族

「まったく、おまえは面白い女だ。いいだろう。報酬を受け取ったからには、勝つ」


 翔は笑みを浮かべたまま猛を見る。


「待たせたな。始めようか」

「ふざけやがって……」


 怒りに身を震わせる猛に、目もくれず翔は美沙に尋ねていた。


「圧倒的の方がいいのか?」

「そうしてくれ。身に染みないとわからないからな」


 笑顔で答える美沙である。


 横を向いたままの翔に猛は、光刃で切りかかっていた。

猛の一閃は、翔の紅に変貌した右腕で受け止める。ゆっくりと顔を向けた翔が、紅の異形に変貌していた。


 しんと静まり返った道場に翔の篭った声が響く。


「おまえは、異形に勝てるのか?」


 猛は目を見開いたまま何も言えなかった。


「美沙は異形である俺に勝ったぞ。そんな女に、おまえは相応しくない」


 立ち直りが早かったのは、若い者達である。一斉に光刃を出現させ、紅の異形を取り囲んでいた。


 その時には。美沙も紅の異形の横に立っている。後ろでは、長谷川が銃を取り出して構えていた。照準は紅の異形ではなく、取り囲む若者達に向けられている。


「ほら、悠馬」


 と言ったのは優香だった。


「俺もか?」

「そうよ。後輩君もよ」


 ニッコリと四郎に笑顔を向けた優香である。

 やれやれと、悠馬と四郎は立ち上がり、辺りを見渡して実剣を探していた。すかさぅ美緒が、二本の実剣を手に近づいている。


「ごめんなさい……」

「気にするな。これはこれで、面白いさ」


 実剣を肩に担いだ悠馬は、紅の異形の右側に立っていた。


「まあ、翔も紫村も友だし……はぁ……」

「ごめんね。松村君」

「いいですよ。関わってしまったのは、俺ですから」


 肩を落とす四郎は、紅の異形の左に立つ美沙の隣に移動した。


「美沙。紫村を滅ぼしてもいいのか?」

「かまわん。弱ければいつかは滅ぶ。それが速いか遅いかの違いしかない。滅びたくなければ、強くならなくてはならない。それがわからないようであれば、存続している意味はない」


 老人達が事態に対応するには遅かった。それでも老人の一人が立ち上がって叫ぶ。


「異形を滅せよ!」

「口を出すな!」


 返ってきた叫びに老人が、思わず口を鎖した。その言葉を言ったのは、唯一人の女性だった。


「紫村美沙に尋ねる。今の紫村一族は弱いのか?」

「弱い」


 短く一言で切り捨てる。


「弱ければ滅ぶべきか?」

「そうだ」


 重ねて問う女性に、再び短く返した。


「そのために、異形の手を取ると言うのか?」


 美沙の顔に笑みが浮かび、紅の異形を見上げる。


「おまえは異形だったか?」


 これには紅の異形が笑っていた。笑い声と共に、人の姿に戻ってしまう。

 翔は笑ったまま美沙を見ていた。


「どういう神経してんだ。本当に……」

「おまえ、何か誤解してないか?」

「誤解も何も、その通りだろ」

「あのな……」


 美沙は、その場の者達を無視して、翔に向き直っている。


「おまえは人だろうが、いったい何時になったらわかる」


 笑みを浮かべたまま翔は、光刃を構える男達を見ると、その後ろに立つ女性に向けて右手を差し出した。


「ヴァンジェラを持っているのなら、貸してくれ」

「何を……」

「持っていないのか?」


 重ねて言う翔に、女性は前に出るとヴァンジェラを渡していた。


「これは……どうして、おまえが持っている?」


 ヴァンジェラを見た美沙が、驚いたように女性を見る。美沙達の持つヴァンジェラよりも、少し長め物。片手でも両手でも持てる長さだった。


「これがどうした?」

「兄のなんだ……」

「おまえの?」


 驚いた翔は、美沙に聞き返してしまう。ヴァンジェラを見たまま、美沙は頷いていた。

 翔は美沙から女性に視線を向ける。


「名前を聞かせてくれませんか?」

「紫堂天音よ。あなたは?」

「桂木翔と言います。見ての通り、異形の力を得ている者です」

「あなたは、紫村一族にとって倒すべき者」


 穏やかに話す天音に、翔は笑いかけた。


「その通りです。俺は倒されるべき者です。が、俺を倒せるのは……」


 翔が美沙を見る。


「こいつだけです」

「その通りね。今の紫村では、美沙が一番力があるわ」


 溜め息を付いた天音に、翔は首を振って否定した。


「違いますよ、紫堂さん。こいつよりも強い奴がいても、俺を倒す事は出来ない。俺が異形となった時、こいつは俺に言いました。一生関わってやると、おまえが異形と成り果てた時は、わたしが引導を渡してやる、とね。だから、俺を倒せるのは、こいつだけです」


 そして、翔は手の中のヴァンジェラを見て、天音に視線を戻す。


「いくら異形の力を持っているからと言っても、光刃を出す事は出来ないでしょう」

「ええ」

「どころが、そうでもない」

「?」


 翔がヴァンジェラを握りこむと、光刃が出現した。


 どよめきが湧き上がる。光刃は白銀化して可視になっていた。


「呆れた奴だ」


 苦笑らしきものが美沙の顔に浮かぶ。


「二度目で白銀化させるか?」


 笑い出したのは天音だった。


「まいったわ。本当に……」


 笑ったまま天音は、他の者に光刃を下げさせていた。驚いた顔のまま、光刃を構えていた者達が、天音の指示に従い光刃を下げる。

美緒と、天音が呼びかけた。


「紫堂家当主として、紫村美緒を紫村一族の長と認め従います」

「天音さん……」

「一族の長は、あなたよ。四家は美緒さまに従います」


 天音が頭を下げると、若者達も揃って頭を下げていた。


 驚いたのは美緒であり、反対したのは老人達である。


「認められるか! ばかもの共!」


 美沙が無言で老人達の前に立っていた。その後ろには翔が付いている。白銀化した光刃を持ったままであった。

 美沙の無言の圧力に、老人は怒りを覚えていた。


「目上の者に、その態度はなんだ!」


 ただの老人になっている事に、気がついてはいない。


「わたしを、そう育てたのは老人だ。強さだけを求められた者は、こんな風に育つ」


 静かな、それでいて自嘲めいた声だった。


「バケモノを婿に取るのか!」


 途端に美沙の怒気が膨れ上がる。


「翔を……」


 それを押さえたのは、肩に乗せられた翔の手であった。入れ替わるように翔が老人の前に出る。


「俺は紫村の武を学んだ事はない。光刃と言う物を知ったのも九ヶ月前だ」

「なにが言いたい、若僧」

「その俺が光刃を出せた。紫村の武もその程度、と言う事だ」

「きさま、紫村を侮るか!」

「素人の俺に出来る事が、紫村の誉れか?」


 翔は美沙を見た。


「こいつを、こんな風に育てたのが、紫村の誇りか?」


 獰猛な笑みが翔の顔に浮かぶ。


「なら、俺は紫村一族を滅ぼす」

「ちょっと待て」


 止めたのは美沙だった。


「おまえが止めるのか?」

「いいや、止めはしない。わたしも今のままなら、一族は滅ぶべきと思っている」

「では、何だ?」

「紫村がなくなるのは、いいんだが……」


 呆れたのは聞いていた人達。一族の長とも言うべき者の一人が、口にする事でもなく、信じられなかった。


「そうなるとな。わたしや姉さんの行く所がなくなる。それは困る」

「問題はないだろう」

「おまえ、わたしに宿無しになれと?」

「そうは言っていない。美緒さんは長谷川さんの所にでも行けばいいんだし、おまえは……」


 続けられない翔である。


「わたしは、どうするんだ?」


 どう言うか翔は迷って一度口を開いたが、何も言わずに閉じてしまう。そして、溜め息を付くと言った。


「悠馬さんの所でも、下宿しろ」

「俺の家に来い、と言えないのか」


 すかさず美沙が翔を睨みつける。後ろから悠馬の声が聞こえてきた。


「翔。こっちに振られても困るぞ」


 あまりにも場違いな話に、老人が吼える。


「ふざけているのか! きさまら!」

「本気だ」


 老人を振り返った美沙は静に告げ、翔を見ると口調が変わった。


「言ってくれないの? わたしはこんなにも、あなたを愛しているのに」


 ニッコリと笑う美沙に、翔の背筋に悪寒が走った。こんなにも怖い言葉とは、知らなかったのである。


「そうね。それなら……」


 美沙が光刃を出現させた。しかも白銀化して可視化した光刃である。


「いっそこのまま、この場で引導を渡した方がいいかしら」


 肩の高さまで、光刃を持ち上げる美沙だった。


「ちょっと待て!」

「何を待つの?」

「何で不機嫌なんだ?」

「さあ? わたしにもわからないわ。でも、何だか気に入らないのよ」


 言うなり美沙は、光刃を突き出す。後退して翔が避けると、美沙は一歩踏み込んで横に薙いでいた。慌てて翔が白銀化した光刃で受け止めている。


「ねえ、あなた。教えてくれない?」


 笑顔つきで光刃を振るう美沙は、怖すぎる事を思い知った翔だった。


 美沙の連撃を必死で防ぎながら翔は、立ち位置を変えて行く。広い道場と言っても、室内である。屋外に比べて狭い事はわかっていた。後退すれば逃げ場がなくなり、追い詰められる。それを避けるために、回り込むように動くしかなかった。


「おまえ、本気だろ」

「いつまで続けられるの? 受けるだけでは、わたしを止められないわ」


 いきなり始まった剣戟に、誰もが動けなくなっていた。なぜこんな事になるのか、理解できない者が多かったのである。

 美緒と優香、それに悠馬だけはわかっていた。


 笑い出したのは悠馬である。


「おい、翔!」

「後にしてください」

「詫びろ! そうすりゃ美沙は止まる」

「はい?」


 一瞬、翔は棒立ちになってしまう。


 それは、あまりにも危険な事なのだが、それでも悠馬の言葉は翔を立ち止せるには十分だった。


 この瞬間を見逃す美沙ではない。すかさず踏み込んで、袈裟懸けに光刃を振り下ろしていた。


「スマン」


 瞬間的に翔は言うと、頭を下げる。


 耳元で風切り音が聞こえた。ピタリと美沙の光刃が、翔の肩口で止まっている。


「なぜ、謝るの?」


 顔を上げた翔は美沙を見た。


「俺がおまえに惚れているなら、家に来いぐらいは言える。だが、俺はおまえに惚れてはいない。だから、それは言えない。おまえだって、四郎に家に来いと言えるか?」

「言えないわ」


 首を振る美沙である。ホッとしたように翔は息をついた。


「それと、同じだ」

「でもね。あなたになら、言えるわ」

「それは、おまえの都合だろ」

「ええ、そうよ。それでも言って欲しいと思うのは、わたしの女心なのかな?」


 何とも言えない顔になる翔である。溜め息をついた翔は、仕方がなさそうに言った。


「じゃ、いくところが無くなったら、俺のところに来い。凛も喜ぶ」

「あなたは喜んでくれないの?」


 どうあっても、言わせようとする美沙に、翔は諸手を上げて投げやりに言う。


「その方が俺も嬉しいよ」

「心ぐらい込められないの」

「…………」

「いい加減にしろ! バカども!」


 二人の剣戟から立ち直った老人が、再び叫んだ。


 ホッとしたのは翔であり、舌打ちしたのは美沙だった。


「おまえ達は、何を考えている!」


 激昂する老人に、美緒が近づく。


「一族の存続。それはあなた方が関わる事ではない。私達、若い世代が考えなければなら無い事」

「きさま!」

「今後一切の口出しを禁じる。禁を破る者は、一族を追放する」

「小賢しいわ」

「黙れ。紫村一族の長として命じる。老人の出る幕は終った。以降は口を出すな。後は我々のすべき事であり、知恵をお借りする時は、こちらからお願いする」


 美緒はそれだけ言うと踵を返し、天音に近づいた。


「紫堂天音。長として命じる。今以降、私の補佐兼秘書として従う事」

「はい。美緒様」

「あなたの手腕は、一族だけでなく私にも必要よ」


 終ったと感じた翔は、天音に近づいて、ヴァンジェラを差し出す。


「お返しします。これはあなたにとって大切な物でしょうから」

「ありがとう」


 頷いた天音は両手でヴァンジェラを受け取っていた。それを見た美緒は、一同を見渡して言う。


「これで、この件に関しては終った事にする」

「バカ者。認められるか!」

「いいえ、認められます」


 答えたのは壮年の男だった。ギロリと睨んだ老人に、男は重ねて言う。


「一族の存続ですよ。時代は変わってきています。いつまでも古いしきたりで一族を縛るのは、一族のためにはならない。我々は意見を求められ時に、助力すべきです」


 静に壮年の男は話していた。


「我々が……」


 老人の言葉が止まる。壮年の男が首を振っている。


「あなたに従う者は誰もいません。一族は美緒を中心にまとまっています。ただ長老だからと言うだけで、従う者はいない事がわかりませんか?」

「退魔の才もない者を長にするなど、恥とは思わんくぁいのか!」


 若い四家の当主達に向けた老人の言葉に、四家の当主達は笑うしかなかった。


「恥とは思うのなら、従いませんよ」

「素人の桂木が光刃を白銀化させた。一族の中では美沙しか出来無い事だ。これでは、一族が弱くなったと、言われても反論が出来ない」

「変わらなければならないのは、俺達の方だ。今のままでは、美沙の言う通り滅ぶしかなくなる。それは、俺達の誇りが許さない」

「それができるのは、退魔の才がない美緒だけだろう」


 当主それぞれの言い分に、老人は言葉をなくす。


 天音が前に出ていた。


「一族を変えるには、あなた方老人はいらない。それに……」


 笑顔を見せる天音だった。


「引退した退魔士が、現役に勝てるとでも思っているの? 強さだけを求めたあなた方は、すでに弱者だわ。あなた方の言い方で言いましょう。弱者に従う者はいない」


 パンと美緒が手を打つ。


「では、一族のために行動を始めましょう。あなた方は、何をすべきか理解している」


 それだけ言うと美緒は道場を出て行く。もうこの場にいる必要は無かった。後は、老人達と先代の当主達とで話し合う事だ。そして、それは美緒達若い世代には関係の無い事である。






 翔達が紫村一族の事に関わって数日。


 世間では驚くべき事が起こった。

 一テレビ局が報じた事である。


『赤い異形は正義の味方。そして、その人物に接触が出来た』


 異形と言う者を、人とは別と思っていた世間に衝撃が駆け抜けた。異形の元は人間という事が世間に判明してしまったのである。

 警察はどこから洩れたと、情報源を捜し始めたが、徹底した情報管理を確認しただけに終った。


 否定し事実無根と、強気の態度しかできない警察である。

 当事者の中で、一番早く知ったのは長谷川だった。同時に美緒の元にも天音から、同じような事が報告されていたのである。悠馬と四郎が知ったのは妹達からの話であった。


 そして、最後に知ったのは、翔と美沙の二人である。





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