50話 翔VS紫村一族
「まったく、おまえは面白い女だ。いいだろう。報酬を受け取ったからには、勝つ」
翔は笑みを浮かべたまま猛を見る。
「待たせたな。始めようか」
「ふざけやがって……」
怒りに身を震わせる猛に、目もくれず翔は美沙に尋ねていた。
「圧倒的の方がいいのか?」
「そうしてくれ。身に染みないとわからないからな」
笑顔で答える美沙である。
横を向いたままの翔に猛は、光刃で切りかかっていた。
猛の一閃は、翔の紅に変貌した右腕で受け止める。ゆっくりと顔を向けた翔が、紅の異形に変貌していた。
しんと静まり返った道場に翔の篭った声が響く。
「おまえは、異形に勝てるのか?」
猛は目を見開いたまま何も言えなかった。
「美沙は異形である俺に勝ったぞ。そんな女に、おまえは相応しくない」
立ち直りが早かったのは、若い者達である。一斉に光刃を出現させ、紅の異形を取り囲んでいた。
その時には。美沙も紅の異形の横に立っている。後ろでは、長谷川が銃を取り出して構えていた。照準は紅の異形ではなく、取り囲む若者達に向けられている。
「ほら、悠馬」
と言ったのは優香だった。
「俺もか?」
「そうよ。後輩君もよ」
ニッコリと四郎に笑顔を向けた優香である。
やれやれと、悠馬と四郎は立ち上がり、辺りを見渡して実剣を探していた。すかさぅ美緒が、二本の実剣を手に近づいている。
「ごめんなさい……」
「気にするな。これはこれで、面白いさ」
実剣を肩に担いだ悠馬は、紅の異形の右側に立っていた。
「まあ、翔も紫村も友だし……はぁ……」
「ごめんね。松村君」
「いいですよ。関わってしまったのは、俺ですから」
肩を落とす四郎は、紅の異形の左に立つ美沙の隣に移動した。
「美沙。紫村を滅ぼしてもいいのか?」
「かまわん。弱ければいつかは滅ぶ。それが速いか遅いかの違いしかない。滅びたくなければ、強くならなくてはならない。それがわからないようであれば、存続している意味はない」
老人達が事態に対応するには遅かった。それでも老人の一人が立ち上がって叫ぶ。
「異形を滅せよ!」
「口を出すな!」
返ってきた叫びに老人が、思わず口を鎖した。その言葉を言ったのは、唯一人の女性だった。
「紫村美沙に尋ねる。今の紫村一族は弱いのか?」
「弱い」
短く一言で切り捨てる。
「弱ければ滅ぶべきか?」
「そうだ」
重ねて問う女性に、再び短く返した。
「そのために、異形の手を取ると言うのか?」
美沙の顔に笑みが浮かび、紅の異形を見上げる。
「おまえは異形だったか?」
これには紅の異形が笑っていた。笑い声と共に、人の姿に戻ってしまう。
翔は笑ったまま美沙を見ていた。
「どういう神経してんだ。本当に……」
「おまえ、何か誤解してないか?」
「誤解も何も、その通りだろ」
「あのな……」
美沙は、その場の者達を無視して、翔に向き直っている。
「おまえは人だろうが、いったい何時になったらわかる」
笑みを浮かべたまま翔は、光刃を構える男達を見ると、その後ろに立つ女性に向けて右手を差し出した。
「ヴァンジェラを持っているのなら、貸してくれ」
「何を……」
「持っていないのか?」
重ねて言う翔に、女性は前に出るとヴァンジェラを渡していた。
「これは……どうして、おまえが持っている?」
ヴァンジェラを見た美沙が、驚いたように女性を見る。美沙達の持つヴァンジェラよりも、少し長め物。片手でも両手でも持てる長さだった。
「これがどうした?」
「兄のなんだ……」
「おまえの?」
驚いた翔は、美沙に聞き返してしまう。ヴァンジェラを見たまま、美沙は頷いていた。
翔は美沙から女性に視線を向ける。
「名前を聞かせてくれませんか?」
「紫堂天音よ。あなたは?」
「桂木翔と言います。見ての通り、異形の力を得ている者です」
「あなたは、紫村一族にとって倒すべき者」
穏やかに話す天音に、翔は笑いかけた。
「その通りです。俺は倒されるべき者です。が、俺を倒せるのは……」
翔が美沙を見る。
「こいつだけです」
「その通りね。今の紫村では、美沙が一番力があるわ」
溜め息を付いた天音に、翔は首を振って否定した。
「違いますよ、紫堂さん。こいつよりも強い奴がいても、俺を倒す事は出来ない。俺が異形となった時、こいつは俺に言いました。一生関わってやると、おまえが異形と成り果てた時は、わたしが引導を渡してやる、とね。だから、俺を倒せるのは、こいつだけです」
そして、翔は手の中のヴァンジェラを見て、天音に視線を戻す。
「いくら異形の力を持っているからと言っても、光刃を出す事は出来ないでしょう」
「ええ」
「どころが、そうでもない」
「?」
翔がヴァンジェラを握りこむと、光刃が出現した。
どよめきが湧き上がる。光刃は白銀化して可視になっていた。
「呆れた奴だ」
苦笑らしきものが美沙の顔に浮かぶ。
「二度目で白銀化させるか?」
笑い出したのは天音だった。
「まいったわ。本当に……」
笑ったまま天音は、他の者に光刃を下げさせていた。驚いた顔のまま、光刃を構えていた者達が、天音の指示に従い光刃を下げる。
美緒と、天音が呼びかけた。
「紫堂家当主として、紫村美緒を紫村一族の長と認め従います」
「天音さん……」
「一族の長は、あなたよ。四家は美緒さまに従います」
天音が頭を下げると、若者達も揃って頭を下げていた。
驚いたのは美緒であり、反対したのは老人達である。
「認められるか! ばかもの共!」
美沙が無言で老人達の前に立っていた。その後ろには翔が付いている。白銀化した光刃を持ったままであった。
美沙の無言の圧力に、老人は怒りを覚えていた。
「目上の者に、その態度はなんだ!」
ただの老人になっている事に、気がついてはいない。
「わたしを、そう育てたのは老人だ。強さだけを求められた者は、こんな風に育つ」
静かな、それでいて自嘲めいた声だった。
「バケモノを婿に取るのか!」
途端に美沙の怒気が膨れ上がる。
「翔を……」
それを押さえたのは、肩に乗せられた翔の手であった。入れ替わるように翔が老人の前に出る。
「俺は紫村の武を学んだ事はない。光刃と言う物を知ったのも九ヶ月前だ」
「なにが言いたい、若僧」
「その俺が光刃を出せた。紫村の武もその程度、と言う事だ」
「きさま、紫村を侮るか!」
「素人の俺に出来る事が、紫村の誉れか?」
翔は美沙を見た。
「こいつを、こんな風に育てたのが、紫村の誇りか?」
獰猛な笑みが翔の顔に浮かぶ。
「なら、俺は紫村一族を滅ぼす」
「ちょっと待て」
止めたのは美沙だった。
「おまえが止めるのか?」
「いいや、止めはしない。わたしも今のままなら、一族は滅ぶべきと思っている」
「では、何だ?」
「紫村がなくなるのは、いいんだが……」
呆れたのは聞いていた人達。一族の長とも言うべき者の一人が、口にする事でもなく、信じられなかった。
「そうなるとな。わたしや姉さんの行く所がなくなる。それは困る」
「問題はないだろう」
「おまえ、わたしに宿無しになれと?」
「そうは言っていない。美緒さんは長谷川さんの所にでも行けばいいんだし、おまえは……」
続けられない翔である。
「わたしは、どうするんだ?」
どう言うか翔は迷って一度口を開いたが、何も言わずに閉じてしまう。そして、溜め息を付くと言った。
「悠馬さんの所でも、下宿しろ」
「俺の家に来い、と言えないのか」
すかさず美沙が翔を睨みつける。後ろから悠馬の声が聞こえてきた。
「翔。こっちに振られても困るぞ」
あまりにも場違いな話に、老人が吼える。
「ふざけているのか! きさまら!」
「本気だ」
老人を振り返った美沙は静に告げ、翔を見ると口調が変わった。
「言ってくれないの? わたしはこんなにも、あなたを愛しているのに」
ニッコリと笑う美沙に、翔の背筋に悪寒が走った。こんなにも怖い言葉とは、知らなかったのである。
「そうね。それなら……」
美沙が光刃を出現させた。しかも白銀化して可視化した光刃である。
「いっそこのまま、この場で引導を渡した方がいいかしら」
肩の高さまで、光刃を持ち上げる美沙だった。
「ちょっと待て!」
「何を待つの?」
「何で不機嫌なんだ?」
「さあ? わたしにもわからないわ。でも、何だか気に入らないのよ」
言うなり美沙は、光刃を突き出す。後退して翔が避けると、美沙は一歩踏み込んで横に薙いでいた。慌てて翔が白銀化した光刃で受け止めている。
「ねえ、あなた。教えてくれない?」
笑顔つきで光刃を振るう美沙は、怖すぎる事を思い知った翔だった。
美沙の連撃を必死で防ぎながら翔は、立ち位置を変えて行く。広い道場と言っても、室内である。屋外に比べて狭い事はわかっていた。後退すれば逃げ場がなくなり、追い詰められる。それを避けるために、回り込むように動くしかなかった。
「おまえ、本気だろ」
「いつまで続けられるの? 受けるだけでは、わたしを止められないわ」
いきなり始まった剣戟に、誰もが動けなくなっていた。なぜこんな事になるのか、理解できない者が多かったのである。
美緒と優香、それに悠馬だけはわかっていた。
笑い出したのは悠馬である。
「おい、翔!」
「後にしてください」
「詫びろ! そうすりゃ美沙は止まる」
「はい?」
一瞬、翔は棒立ちになってしまう。
それは、あまりにも危険な事なのだが、それでも悠馬の言葉は翔を立ち止せるには十分だった。
この瞬間を見逃す美沙ではない。すかさず踏み込んで、袈裟懸けに光刃を振り下ろしていた。
「スマン」
瞬間的に翔は言うと、頭を下げる。
耳元で風切り音が聞こえた。ピタリと美沙の光刃が、翔の肩口で止まっている。
「なぜ、謝るの?」
顔を上げた翔は美沙を見た。
「俺がおまえに惚れているなら、家に来いぐらいは言える。だが、俺はおまえに惚れてはいない。だから、それは言えない。おまえだって、四郎に家に来いと言えるか?」
「言えないわ」
首を振る美沙である。ホッとしたように翔は息をついた。
「それと、同じだ」
「でもね。あなたになら、言えるわ」
「それは、おまえの都合だろ」
「ええ、そうよ。それでも言って欲しいと思うのは、わたしの女心なのかな?」
何とも言えない顔になる翔である。溜め息をついた翔は、仕方がなさそうに言った。
「じゃ、いくところが無くなったら、俺のところに来い。凛も喜ぶ」
「あなたは喜んでくれないの?」
どうあっても、言わせようとする美沙に、翔は諸手を上げて投げやりに言う。
「その方が俺も嬉しいよ」
「心ぐらい込められないの」
「…………」
「いい加減にしろ! バカども!」
二人の剣戟から立ち直った老人が、再び叫んだ。
ホッとしたのは翔であり、舌打ちしたのは美沙だった。
「おまえ達は、何を考えている!」
激昂する老人に、美緒が近づく。
「一族の存続。それはあなた方が関わる事ではない。私達、若い世代が考えなければなら無い事」
「きさま!」
「今後一切の口出しを禁じる。禁を破る者は、一族を追放する」
「小賢しいわ」
「黙れ。紫村一族の長として命じる。老人の出る幕は終った。以降は口を出すな。後は我々のすべき事であり、知恵をお借りする時は、こちらからお願いする」
美緒はそれだけ言うと踵を返し、天音に近づいた。
「紫堂天音。長として命じる。今以降、私の補佐兼秘書として従う事」
「はい。美緒様」
「あなたの手腕は、一族だけでなく私にも必要よ」
終ったと感じた翔は、天音に近づいて、ヴァンジェラを差し出す。
「お返しします。これはあなたにとって大切な物でしょうから」
「ありがとう」
頷いた天音は両手でヴァンジェラを受け取っていた。それを見た美緒は、一同を見渡して言う。
「これで、この件に関しては終った事にする」
「バカ者。認められるか!」
「いいえ、認められます」
答えたのは壮年の男だった。ギロリと睨んだ老人に、男は重ねて言う。
「一族の存続ですよ。時代は変わってきています。いつまでも古いしきたりで一族を縛るのは、一族のためにはならない。我々は意見を求められ時に、助力すべきです」
静に壮年の男は話していた。
「我々が……」
老人の言葉が止まる。壮年の男が首を振っている。
「あなたに従う者は誰もいません。一族は美緒を中心にまとまっています。ただ長老だからと言うだけで、従う者はいない事がわかりませんか?」
「退魔の才もない者を長にするなど、恥とは思わんくぁいのか!」
若い四家の当主達に向けた老人の言葉に、四家の当主達は笑うしかなかった。
「恥とは思うのなら、従いませんよ」
「素人の桂木が光刃を白銀化させた。一族の中では美沙しか出来無い事だ。これでは、一族が弱くなったと、言われても反論が出来ない」
「変わらなければならないのは、俺達の方だ。今のままでは、美沙の言う通り滅ぶしかなくなる。それは、俺達の誇りが許さない」
「それができるのは、退魔の才がない美緒だけだろう」
当主それぞれの言い分に、老人は言葉をなくす。
天音が前に出ていた。
「一族を変えるには、あなた方老人はいらない。それに……」
笑顔を見せる天音だった。
「引退した退魔士が、現役に勝てるとでも思っているの? 強さだけを求めたあなた方は、すでに弱者だわ。あなた方の言い方で言いましょう。弱者に従う者はいない」
パンと美緒が手を打つ。
「では、一族のために行動を始めましょう。あなた方は、何をすべきか理解している」
それだけ言うと美緒は道場を出て行く。もうこの場にいる必要は無かった。後は、老人達と先代の当主達とで話し合う事だ。そして、それは美緒達若い世代には関係の無い事である。
翔達が紫村一族の事に関わって数日。
世間では驚くべき事が起こった。
一テレビ局が報じた事である。
『赤い異形は正義の味方。そして、その人物に接触が出来た』
異形と言う者を、人とは別と思っていた世間に衝撃が駆け抜けた。異形の元は人間という事が世間に判明してしまったのである。
警察はどこから洩れたと、情報源を捜し始めたが、徹底した情報管理を確認しただけに終った。
否定し事実無根と、強気の態度しかできない警察である。
当事者の中で、一番早く知ったのは長谷川だった。同時に美緒の元にも天音から、同じような事が報告されていたのである。悠馬と四郎が知ったのは妹達からの話であった。
そして、最後に知ったのは、翔と美沙の二人である。




