49話 長谷川VS紫村一族
その場に足を踏み入れた途端に、翔は軽く目を見張ってしまう。紫村の道場、その片側に二十人ほどの男が集まっていた。老人が五人、壮年の男が五人、後は若い者。中でも老人は、イラついたような顔をしていた。
「お待たせしました」
軽く老人達に頭を下げて、美緒に老人の一人が不機嫌そうに言う。
「時間も守れないのか?」
「この事よりも、重要な事がありましてので。優先順位を考えると、この事は後でも問題ないと判断しました」
「一族の事よりも、重要な事などあるか」
「この事はいつでも大丈夫でしょうが、先延ばしにする事が出来ない事でしたので」
穏やかに話す美緒、不機嫌な事を隠そうとはしない老人。
翔と長谷川は、一体何を話しているのか判断がつかない。翔は横にいる美沙を見るが、美沙は無表情に老人を見ていた。
「一族の事より、重要な事とはなんだ?」
「あなた方には、関係のない事です」
「何を……」
パンと手を打つ音が聞こえる。老人側にいた、唯一人の女性が手を打った音だった。一歩前に出ると、静かな声で言う。
「始めた方がよろしいかと。我々は、そんなに暇な身ではありませんので」
「そうね。さっさと始めましょう」
頷いた美緒は、長谷川を振り返っていた。
「長谷川さん、お願いします」
「お願いしますと、言われても……」
「彼を倒せばいいんです」
美緒が指差す先に、二十代後半の若者が立っている。
「ガンバレよ。長谷川」
気楽に言う悠馬に、長谷川は当惑したような顔を向けていた。実質的な話をしたのは、優香である。
「あっちの老人が勝手に決めた、美緒のムコさん候補。断わるだけでは納得しないから、勝負をする事になったわけ。長谷川さんは、あの人に勝てばいいの。そうすれば、美緒は自由になる」
次に優香は翔を見て続けた。
「で、後輩君。キミの相手は、その隣の男の子。その子も美沙の相手として、老人達が勝手に選んだ。と」
優香を見たまま、翔と長谷川は無言である。二人は顔を見合わせると同時に溜め息をついていた。
「つまり、美緒さんの意志を無視して、ムコを決められた。それが嫌だから、勝負をして勝った方の言い分が通る。と言う事ですか」
「ごめんなさに」再び頭を下げる美緒だった「優香に相談したら北川さんがいて、長谷川さんにやらせろと言ったのよ」
「ああ、それは気にしないで下さい」
首を振った長谷川は美緒に言うと、悠馬を見る。楽しそうな笑みを浮かべる悠馬に、長谷川は溜め息をついていた。
「面白がっているだろ」
「ああ。おまえの本気を見れるからな」
「やれやれ、キミは私の友人の中で、一番変わった奴だよ」
そう言った長谷川は、広明という名の若者と対する。
「ミキは美緒さんを、愛しているのか?」
「バカか、おまえ」
「バカ、とは?」
「長老会の決定に逆らう者はいない。それが、一族の掟だ。本来なら、こんな勝負は必要の無い事なのに、あのバカ女は勝負しないと納得しないと言った。長老も身内には甘いと言う事だ。俺は必要の無い事だと、今も思っている」
しかがない、と言うように広明は話す。その口調は他者を見下すようであり、長老会の決定だから、従っているとでも言いたそうであった。
長谷川の顔から、表情と呼べるものが無くなった。
「勝負の方法は?」
「簡単だ。戦闘不能にすれば良い」
「それだけか?」
「それ以外に何がある?」
肩を竦める広明に、長谷川は了解したと頷く。
「では、始めよう」
「おいおい。一般人が紫村一族に、勝てるとでも思っているのか?」
「一つ聞くが。それは美沙君が持っている物と同じか?」
広明の手にヴァンジェラが握られているのを、見とめた長谷川が尋ねていた。
途端に美緒が叫ぶ。
「何を考えているのよ! それは……」
「黙っていろ!」
美緒の声を止めたのは長谷川だった。振り返った長谷川の瞳に、美緒は黙ってしまう。
「俺に勝負を預けたのなら、俺を信用しろ」
長谷川の口調が変わっていた。そして、広明に視線を転じると言う。
「俺も武器を使うが、問題はないな」
「使えるものならな」
ニヤリと笑って、広明は単節音を紡ぐと光刃を振り上げた。
「光刃は対魔物用だが、人にも効果がある。当たれば痛いだけではすまないぜ」
「ごたくはいい。さっさと掛かって来い」
「図に乗るな!」
広明の叫びと同時に銃声が響き渡る。
ヴァンジェラごと右手を打ち抜かれた広明の顔が、ぽかんとなった。何が起きたのか理解していない広明に、長谷川は銃口を突き付けて言う。
「おまえは、銃弾よりも速く動けるのか?」
静まり返った道場に、長谷川の声だけが流れた。
「銃と剣。どちらが強い?」
何が起きたのか理解した広明の顔が、徐々に朱に染まる。
「きたねえぞ!」
「どこが?」
「そんな物を出すのは卑怯だ! この勝負は無効だ!」
「こんなくだらない事に、銃を遣わせたのはおまえだ」
「ふざけんな!」
「見苦しいな、おまえ」
長谷川はそれ以上、広明に構わずに翔に近づいた。
「さっさと、終らせろ。くだらない」
「同感です」
吐き捨てる長谷川に、翔は頷いている。
入れ替わるように前に出ていた。
「で、俺の相手は?」
「ふざけんなよ!」
「おまえには用はない。さっさと消えろ」
「ガキが!」
広明が一足飛びに近づき、肘を打ち込んで来る。その時には、美沙が広明を打倒していた。
「本当に弱いな。おまえ」
立ち上がりかけた広明を押さえたのは、老人側の若い男達である。羽交い絞めにして引き摺って行く。
翔は隣に立つ美沙を見た。
「おまえを嫁にすると言う物好きは、どいつだ?」
「ああ、あいつ……待て。おまえ、今もの凄く失礼な事を言わなかったか?」
「言ってないが?」
「いや、言った。わたしを嫁にするような物好き。そう言ったぞ」
「ああ、言ったが」
「それは、わたしに失礼だろう」
首を傾げた翔である。
「どこがだ?」
「わたしを嫁にするのは物好きか?」
「違うのか?」
「当たり前だ」
「おまえ、そいつの嫁になりたいのか?」
「いいや。わたしの好みではない。それに、わたしはおまえといるからな」
そう言うと美沙は、自分のヴァンジェラを翔に差し出した。溜め息が翔の口から出て来る。
「猛も使ってくる」
「これを使えると強いのか?」
「いいや、使えるから強いと言うわけでない。弱くても使える者もいる。肝心なのは、これを使わなくても強い者がいない、と言う事だ」
「つまり?」
「紫村一族は弱くなった。と言う事だ」
翔と美沙の話を聞いていた若い女は、目を丸くしてしまう。当代一の強さを誇る美沙が、一族の弱体化をあっさりと口にしている。信じられない事だった。
「こんな物に頼らなくとも、強くあらくてはならない。それが出来ないようであれば、紫村一族は退魔行から身を引く事が筋だ」
「おまえから退魔行を取ったら、何も残らないと思うが?」
呆れたような翔の問いかけに、美沙はそうなんだと頷いている。
「だから、困っている。おまえ、わたしが家に入っているところが想像できるか?」
少し考えて翔は苦笑した。まったく想像が出来なかったからである。
「無理だな。おまえは先頭に立っているのが似合っている。ただし、異形との戦いは先頭に立つなよ」
「おまえ、わたしを侮っているだろう」
ニッコリと笑って翔を見た。
「わたしはおまえと共に戦いたいんだ。おまえ一人に戦わせるのは、わたしの誇りが許さない」
「で、おまえを自由にするのに、老人達の前で奴に勝てばいいのか?」
「ああ、そうだ」
翔は再び溜め息をついた。
「おまえの一族の都合か」
「すまない、その通りだ。本来なら関係のないおまえや長谷川さんを、巻き込みたくはなかったんだが、わたしと姉さんで話がつけられなかった。だから頼む」
「老人達の言いなりにはなりたくはない、か」
「当たり前だ。強いものなら話は別だが……」
首を振って美沙は溜め息をつく。
「あんな弱い者をあてがわれてもな。わたしとしても、困るだけだ」
「強ければいいのか、おまえは?」
呆れて翔である。
「わたしよりも弱いんだ。ケンカなんかしてみろ。どうなる?」
大いに納得した翔だった。
この女に勝つつもりなら、卑怯な手でも使わない限り勝ち目はないだろう。そして、卑怯な手を使うと、この女は徹底的に叩きのめすまで許さないはずだ。
それは怖いなと、翔は思っていた。
「俺が買った時の報酬は?」
「報酬を取るのか?」
「こんなくだらない事に付き合わせるんだ。そのくらいは出せよ」
「うーん。そうだな……」
腕を組んで美沙は、考えるように小首を傾げる。ややあって、ぽんと手を叩くと腕を解いた。
ニヤリと笑みを浮かべた美沙は、そのまま腕を翔の首に回して、キスをする。
「これでどうだ?」
道場内が引き攣ったような、空気になった。誰もが動けなく、いやな沈黙が流れている。
それを破ったのは、翔の笑い声だった。




