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異形の戦士  作者: 樹 雅
第3章 ~蒼暗の水~
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47話 戦闘後に

 四郎が顔を戻すと、美沙が翔をガクガクと振り回していた。一瞬、呆気に取られた四郎だったが、慌てて美沙を止めに入る。


「まて、紫村。それはやりすぎだ」


 ピタッと美沙の動きが止まった。機械のように美沙の首が動いて四郎を見た。


「寝ているぞ、このバカ。起きないんだ」


 それは気を失っていると言うんだと思ったが、美沙の泣き笑いのような顔を見て言えなくなってしまった。

かわりに。


「とりあえず。こいつを長谷川さんの所まで連れて行こう。こいつが起きるまで、病室の床にでも転がしておけばいい」


 四郎は翔の腕を取って肩に担ぎ上げていた。


 長谷川の待つ病室に戻ると、四郎は翔を床の上に投げ出して腰を叩いていた。


「桂木君は?」


 人の姿に戻った翔を見下ろして長谷川は尋ねていた。


「気を失っているだけです。とりあえずは、放っておいても大丈夫でしょう」

「そうか……美沙くん?」


 まだ泣き笑いの顔の美沙に、長谷川は首を傾げる。


「ああ、長谷川さん。事後処理をお願いします」

「それはいいが……大丈夫か?」

「なにがです?」

「いや、なんだか……大丈夫じゃないような……」


 泣き笑いの顔のまま首を傾げた美沙に、長谷川は首を振ってしまった。


「いや、なんでもない。事後処理はもう始めているよ。階下に落ちた異形はすでに回収して検死に向かわせている。病院側は北川課長が対応しているから、もうしばらくかかるはずだろう」


 再び長谷川は翔を見下ろす。


「桂木君が気付くまでは、ここにいた方がいいだろう。担いで連れ出す訳にも行かないし、バイクの事もある。とにかく、ここにいてくれ。私は美緒さんに連絡を入れてくるよ」


 足早に病室を出て行く長谷川を四郎は見送ってしまう。

 病室の床に座っていた美沙は、横になった翔の傍でじっとその顔を見ている。


(長谷川さん。逃げたな……)


 少し恨めしそうに思え四郎である。

 この場にいたくないのは四郎も同じだった。どうするかと考えていた四郎が取ったのは、やはり長谷川と同じ行動である。


「スマン、紫村。悠馬さんに連絡をしてくる」


 聞いているような聞いていないような美沙に、それだけを言って四郎も病室を出ると、先ほどの中庭へ向かった。


『どうした、四郎』

「あ、悠馬さん。また、異形が出ました」

『な、に?』

「もう終りましたんで、それはいいんですが、翔が……」

『翔がどうかしたのか? いや、待て。目が覚めたのか?』

『悠馬、どうしたの?』


 甘えるような女の声がスマートホンを通して聞こえてくる。


「えっと……俺、邪魔……しました?」

『気にするな』

『邪魔よ、邪魔。後輩君も気が利かないんだから』


 悠馬の声に被せるように女の声が聞こえた。その声に四郎は聞き覚えがある。だけど、笑っているような感じがするのは、どういう訳だろうと思ってしまう。


「優香……さん?」

『当り。良く分かったわね』

『おい、ちょっとだけ黙ってろ』

『どうしてよ』

『翔の事を話しているんだ。あいつがどうなったのか……』

『もう一人の後輩君の事でしょ。まだ、目が覚めていないはずよ』

『いや、だから……』


 スマートホンから聞こえてくる悠馬と優香の声に、四郎は既視感を覚えてしまった。この二人の先輩も同じなのかと確信してしまう。


 このまま聞いていても面白くはないと思った四郎は、強引に割り込んでいる。


「悠馬さん、優香さん。じゃれ合わないでください。こっちは、翔と紫村が本気で戦ったんです」

『何? どう言う事だ、四郎!』

『なにがあったの! 後輩君!』


 途端に叫び返してきた二人に、四郎は思わずスマートホンを耳から離していた。


「翔は今、気を失っていて紫村と一緒にいます。詳しい事はわかりません。ただ、翔が変だったと言う事と、紫村が『わたしがおまえを殺そう』そう言って本気で翔を倒そうとしたんです」

『どうして、そうなるのよ?』

『あの二人が本気で戦ってどうする?』

「俺に聞かれても困ります。俺だって、何がなんだかわからないんですから。ただ……」

『ただ、なんだ?』

「さっきの翔は、普通じゃなかった事だけは俺にもわかりました。俺の知っている翔じゃなかったのは確かです」

『おまえまで本気でやりあったのか?』


 驚いたような悠馬の声に、四郎は頷いて答えていた。


「ええ、そうです。蒼暗の異形になった翔が相手です。手加減なんて甘い事など言えないです。無茶苦茶怖かった」

『今、どこだ?』

「西賀大付属病院です」

『西賀大? なんでまた、そんな所に?』

「翔を見かけて、後を追いかけたらここに来たんです。おまけに長谷川さんや紫村までいましたから」

『これからそっちに行く。待ってろ』

「待ってください。こっちに来るよりも、美緒さんの研究所に行ってくれませんか。翔もおっつけ気が付くでしょうし、俺達もそっちへ行きますから」

『わかった。そっちでおまえの話を聞くよりも、美緒の所で待っていよう』

「お願いします。じゃあ」


 スマートホンを切った四郎は、はふと息を付くと病室へ戻り始める。途中の階段で、長谷川と合流して二人して病室へ向かった。


「逃げましたね、長谷川さん」


 少し恨めしそうに四郎は長谷川を見てしまう。


「君も、だろ」


 あっさりと返されてしまった四郎だった。その通りだったので四郎はため息を付くことしかできなかったのである。


 病室の前で二人は同時に足を止めて、同時にため息を付いてしまった。


 中に入りにくかったのである。


 二人は、そっと扉の影から室内を窺った。


 翔を膝枕した美沙が歌を口ずさんでいる。どんな歌かは聞き取れなかったが、優しい歌のようだった。


「長谷川さん、デジカメ持ってます?」

「あるが?」


 答えながら長谷川は内ポケットからデジカメを取り出している。


「貸してください」


 言うが早いか、四郎は長谷川からデジカメを掻っ攫うように奪い取っていた。


「松村君?」

「いい感じなんで、撮っておこうと思いまして。後で翔に見せてどんな……」


 笑いながら四郎はシャッターを押し込む。


 その音で美沙の歌がやみ、入り口に顔を向けてきた。慌てて長谷川と四郎の二人が隠れる。


「見つかったかな?」


 小声で四郎は呟いていた。同じように隠れてしまった長谷川が首を傾げている。


「私まで隠れる必要があるのか?」

「なに言ってんです。長谷川さんも俺と同罪です」

「ちょっと待て、松村君。私も同罪とはどういう意味だい?」

「隠れて見ていた時点で同罪です。紫村に殴られる時は、一緒にお願いします」


 四郎と長谷川は、小声で話していた。




 戸口に顔を向けたまま首を傾げていた美沙ではあったが、翔が身動きをした事で顔を戻していた。

 ゆっくりと眼を開けた翔は、瞬きをして美沙の顔を認める。


「……美沙……?」

「やっと目が覚めたのね」


 瞬間、翔は跳ね起きようとしたが、美沙の微笑と静止するように胸に乗せられた手を見て動きを止めた。


「珍しくわたしが女らしい事をしているのよ。もうしばらくはこうしていて」


 自分が美沙の膝枕で横になっている事に気がついていたが、こう言われれば力を抜いてしまうしかなかった。


「……あー、スマン……」

「なにが?」


 怖いくらいの微笑が翔を見下ろしていた。


「スマン。俺は、なにをした?」


 翔の記憶は、紅と白銀の力を蒼暗の力で抑え込んで、人の姿に戻った時までである。しかも自分がいる場所は、あの時いた場所とは違った。


 どうして自分がここにいて、美沙の膝枕で横になっているのかがわからなかった。ただ、美沙が物凄く不機嫌と言う事はわかっている。


 言葉遣いが『女』になっていたからすぐにわかった。


「覚えていないの?」

「ああ、造成地で人に戻った所までしか記憶に無い。ここはどこだ?」


 翔は美沙を見上げたまま見ていた。視線を逸らさずに真っ直ぐに美沙の瞳を見つめる。


(あ、こいつ、睫毛が長いんだ……)


 こんなに間近で美沙の顔をじっと見た事が無い翔は、余計な事に気が付いてしまう。自分では気が付かなかったが、笑みを浮かべていたらしい。


 息を吐いて美沙の口調が変った。


「西賀大付属病院だ。おまえは、ここに保護された異形を倒しに来た。そして、わたしと本気で戦った。蒼暗の異形としてな」

「そう、なのか……」

「そうだ。安心しろ。おまえが異形と成り果てても、わたしはおまえを倒せる。いつでもな」

「だいだいは理解した……ところで……」

「なんだ?」

「そろそろ起きたいんだが……」

「わたしの膝枕は良くないか?」

「……いいや、そんな事はない」


 ならと美沙は笑う。


「長谷川さんと松村が戻ってくるまではこうしていろ。それとも、このままキスでもするか?」


 それが困るから、起きたい翔であった。楽しそうに笑う美沙に、翔は盛大なため息をついてしまう。


「カンベンしてくれ。こんなところを見られたくないから、起きたいんだ」

「ひどいな、それは。わたしは一向にかまわないのに」

「恥ずかしいんだよ。それこそ、四郎に何を言われるかわかったもんじゃない」

「まあ、そう言うのなら仕方がないな」


 翔の胸から手をどける美沙だった。

 ゆっくりと身体を起こした翔は、病室の惨状を見て首を振ってしまう。


「おまえ、蒼暗の異形と戦ってよく生きていたな」

「おまえの動きは知っていた。それに長谷川さんと松村がいたからな。わたし一人では、良くて相打ちだっただろう」

「で、その二人は?」

「もう、戻ってくるとは思うが……それにしては遅いな」


 首が傾く美沙に、翔は苦笑が浮かぶ。


 病室の入り口で足が止まってしまった。戸口の横の壁に、長谷川と四郎が張り付いていた。


「どうした、翔?」


 頭を抱えるような翔を、不思議に思った美沙が近づいた。


「……四郎はわかるとして、長谷川さんまで何をしているんです?」

「いや、まあ……とにかく、桂木君が気が付いて良かった。うん、良かった」


 視線を逸らしたまま棒読みで言う長谷川である。





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