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異形の戦士  作者: 樹 雅
第3章 ~蒼暗の水~
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46話 翔VS美沙

 瞬間、美沙の動きが止まる。

 動けなかった。

四郎もあんぐりと口を開けてしまう。

いつ現れたのか、美沙にも四郎にもわからなかった。

部屋の窓辺に、翔が立っている。

 ゆらりと翔が動いて、保護された人物に近づいた。と、そいつは翔の姿を見た途端に暗緑の異形へと変貌していた。


「翔?」


 問いかけた美沙は不思議そうだった。

 その男は翔に間違いなく見えるが、まったく別の人物にも見えていた。


 なぜか美沙の本能は警戒を発している。


 ゆらりと近づく翔が左手を伸ばした。左腕に白銀の刃が踊っている。それを不思議そうに見る翔の首が傾いていた。

 それを待っていたかのように暗緑の異形が動く。

左腕を真っ直ぐ翔に向けて突き出していた。暗緑の異形を見ないまま翔の右手が動いて、伸びてきた暗緑の異形の左腕を受け止める。

 そして、流れるような動きで左手を暗緑の異形の腹部に添えた。


「ギィガァギィィィ―――」


 苦悶のような悲鳴が暗緑の異形が出て膝をつく。

 翔の顔が下を向くと、今度は右腕を暗緑の異形の背に打ち下ろした。


 ドンと暗緑の異形が床に倒れ伏す。その背に翔の振り上げた踵が落ちた。

 細い苦悶の悲鳴が暗緑の異形から出ていた。


 淡々と暗緑の異形を打ちのめす翔に、美沙は怒りを覚える。


翔に感じていた違和感、それは翔の行動らしくない事だった。さらに、纏う気配が決定的に違っていた。


 三度目の踵落としで、床が陥没し暗緑の異形は階下へと落ちる。

 それを見下ろしていた翔が、顔を上げて美沙を見た。


 瞬間、美沙は光刃を振り上げて翔に切りかかっている。動けなかったのは、長谷川と四郎の二人だった。


 光刃を左腕で受け止めた翔の右足が跳ね上がる。それは美沙の腹部へと向かって行く、が美沙は素早く光刃を引き戻して受け止めていた。


「おまえは……」


 怒気を纏った美沙が光刃の連撃を翔に浴びせる。身体を開き、足を一歩引いて翔は美沙の連撃を避けていた。


 美沙の連撃が止まった瞬間、今度は翔が蹴りを放っている。美沙が身体を開いて避けると、次は拳が伸びてきた。光刃で払って、美沙は体を沈めると翔の足を払う。


 美沙と翔が交互に連撃を繰り返していた。その光景はまるで、見栄えのある踊りを見ているようである。しかも、二人ともほとんどその場から動いていなかった。


 美沙は翔の拳や蹴りが、蒼暗の水煙を淡く纏っている事に気がついていた。


それは先の戦闘で纏った力。


 長谷川と四郎は呆気に取られたまま、二人の舞踊を思わせる攻防を見ていた。

 と、美沙が跳び下がって光刃を肩の高さに構える。


「おまえが人で無くなった時、わたしがおまえを討つ。そう言ったのはおまえだ」


 静かに美沙の声が病室に流れた。光刃を構えたまま微動だにせず言葉を紡いでいる。


「おまえを殺せるのもわたしだけだ。そう言ったのもおまえだ」


 美沙の気配だけが急速に膨れ上がって行く。光刃さえもが白銀化していた。


「いいだろう。わたしはおまえを殺そう」


 そう紡ぐ美沙の口元に笑みが浮かぶ。とても優しい笑みだった。

 翔の腰が落ち、右半身に構えた途端に蒼暗の異形が出現する。


「何を……している……?」


 信じられない思いが、喘ぐような言葉を四郎に出させていた。翔と美沙が本気で戦っている事が理解できなかったのである。


 ゆっくりと長谷川が、二〇ミリ対戦車ライフルを持ち上げていた。長谷川もまた、四郎と同じ思いだったが、長年のカンが危険だと言っていたのである。


 交差は一瞬。


 蒼暗と白銀が触れたと同時に、蒼暗の異形と美沙は反対方向へと弾き飛ばされていた。


 病室の壁に叩きつけられた美沙は呻き、蒼暗の異形は病室の壁を粉砕する。


「おい! 紫村!」


 慌てて四郎が美沙に駆け寄って助け起こしていた。顔をしかめたままそれでも美沙は、蒼暗の異形から視線を一瞬も外す事はなかった。


 ふらりと立ち上がった蒼暗の異形は窓へと向かい、そのまま外へ飛び出す。


「チッ!」


 舌打ちが美沙から聞こえた途端に、四郎の腕を抜け出した美沙が窓へと向かった。そして、躊躇なく窓から身を躍らせている。


「なっ……」

「ここは三階だぞ!」


 驚いて固まった四郎と、反射的に窓に駆け寄った長谷川だった。階下に視線を落とす。

 何事も無かったように、階下では美沙が白銀化した光刃を構えて、蒼暗の異形と対峙していた。


「なんて娘だ……」


 呆れたような呟きが長谷川の口から出てしまう。


「ぶじ……なんですか?」


 信じられないような四郎だった。長谷川と同じような階下を見て首を振ってしまう。

 階下では美沙と蒼暗の異形の攻防が再び始まっていた。


「長谷川さん……」


 どうするかと思案していた長谷川を四郎が呼んだ。


「イヤホンマイク、持っていますか?」

「あるが?」

「用意してください」

「?」

「紫村が指示を出すはずです……俺、行きます」


 それだけ言って四郎は背を向けて駆け出した。


「おい! 松村君!」


 呼び止めた長谷川だったが、振り返らずに病室から出て行った四郎に、思わず唸ってしまう。


「桂木君といい、松村君といい、北川の後輩は何を考えている」


 二〇ミリ対戦車ライフルを持ち上げて階下へと銃口を向けると、イヤホンマイクを用意していた。


「課長! この下に誰も近づけ無いようにしてください!」


 成り行きを見守ってしまった北川が、我に返ったように頷いてから病室を出て行った。それを視界の端に捕らえながら、長谷川はスコープを覗くと銃口を蒼暗の異形へと向けていた。


(できるのか……私に彼を撃つ事が……)


 蒼暗の異形。


 つまりは桂木翔と言う男を撃たなくてはならない。さきほどの彼は、自分の知っている桂木翔とはどこか違っていた。


 それは長谷川にもわかっている。


 だが、と長谷川は迷っていた。


 階下へ駆け下りながら四郎は、頭が混乱しそうだった。


 美沙が翔を殺すと言って、本気で翔を異形として倒そうとしている。それは見ていれば簡単にわかる事だった。


 信じられない事にその翔さえ、美沙がわからないように、本気で戦っているようにしか思えなかったのである。


(翔と紫村が……どうして殺し合いをする……翔、おまえ……心まで異形になったのかよ……)


 迷いを持ったままでは、異形相手なら死ぬ事になるのは理解している。しかし、割り切る事はまた四郎には出来なかった。


 割り切る事など、無理な事だと理解もしていた。


だから、四郎は考えない事にする。全てが終わった後で、紫村に聞き出せば良い事だ。納得できなければ紫村を殴り飛ばせば良い。


自分がやる事は、紫村をフォローする事。それ以外は、考えるのは後だ。


 四郎が外に出た時、美沙が吹き飛ばされたように転がって来た。蒼暗の異形の姿が見えなかったが、四郎は美沙に向けて駆け出す。


 滑るような影が視界の端に映り、倒れたまま起き上がってこない美沙に近づいていた。蒼暗の異形の足が、振り上げれられて振り落とされる。その下は美沙がまだ倒れたままだった。


 蒼暗の異形の足を受け止めたのは、四郎の持つ実剣。横に持って片膝をついた四郎がそこにいた。


「紫村! 長谷川さんのケータイにかけろ!」


 跳ね起きた美沙が、四郎の言葉で反射的に跳び下がる。


 横にしていた実剣を四郎は、立ち上がる反動を利用して横に払った。流された足をそのまま回した蒼暗の異形の肘が横から飛んでくる。


 実剣を縦にして四郎が肘を受け止めた。そして、手首を翻して蒼暗の異形の後頭部へ実剣を打ち込む。当る寸前で蒼暗の異形は前方へ飛んでいた。


 振り返る蒼暗の異形に、四郎は実剣を突きつける。


「不思議だな、翔。おまえと本気でやりあうなんてな」


 四郎の顔には笑みが浮かんでいた。それは四郎自身も気が付いていない。


 少し離れた場所で美沙が長谷川のスマートホンにかけていた。


「長谷川さん。蒼暗の異形を撃ってくれ」

『……いいのか』


 戸惑うような長谷川に、美沙は舌打ちしたい思いだった。


「かまわん。わたしを置いて行くようなバカは倒す。頭にでも当ててくれ」

『だが、あれは桂木君なんだろう』

「違う、あれは翔じゃない。あれは蒼暗の異形だ。タイミングはまかせる」


 スマートホンを切った美沙は、四郎と対峙している蒼暗の異形に目を向けると、大きく深呼吸をして駆け出した。


 美沙の思いは一つだけである。


「たおす」


 明確な意思を言葉に乗せて美沙は、白銀化した光刃を蒼暗の異形に打ち下ろした。同時に四郎が、右に回りこんで実剣を横に薙ぎ払う。


 蒼暗の異形は右腕で光刃を受け止め、左腕で実剣を受け止めていた。

 それは蒼暗の異形の動きを一瞬だけ止める。長谷川の二〇ミリ対戦車ライフルの銃撃が計ったように届いた。


 それは、確実に蒼暗の異形の頭部へと命中する。


 頭を仰け反らせて蒼暗の異形は一歩二歩と後退した。光刃と実剣が蒼暗の異形の腕から離れると、美沙は一歩踏み込んで光刃を袈裟懸けに振り抜いていた。


 光刃の衝撃に耐えられなかったように、蒼暗の異形が仰向けに倒れて人の姿に戻る。素早く美沙が人の姿に戻った蒼暗の異形だった翔に近づき、片膝をついて首筋に手を当てていた。


 四郎はまだ実剣を構えたまま、油断無く倒れた翔を見つめている。


 美沙の手が首筋からゆっくりと胸へと移動した。そして、胸倉をつかみあげると揺さぶり始める。


「おきろ! このバカ!」


 それで四郎はホッと息を付いて、実剣を下ろして病室を見上げた。長谷川を見つけて手を振る事で終った事を合図する。


 それがわかったのか銃口が病室内に引っ込み、長谷川が顔を覗かせて四郎を同じように片手を振って見せた。




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