45話 集まるもの達
造成地での戦闘から三日が経ったが、翔はまだ眠ったままだった。
翔の家族には、美沙が古流武術の秋季合宿に参加して、一週間ほど帰れなくなったと翔の両親に説明をしていた。
美沙の訪問を喜んだのは凛である。それまで美沙の言動に感心していた翔の両親は、凛が美沙を姉と呼び、懐かれているように話し始めた美沙の言動が、普段のものになった途端に目を丸くしてしまった。
それでも美沙の中に感心させられるものを見た翔の両親は、苦笑して翔ともども凛をお願いすると言ったものである。
起きない翔にやきもきしていたのは、何も美沙だけではなかった。美緒も翔に関して検査を行い、目覚めない原因を突き止めようとしていのである。しかし、どの検査結果も異常を示すものが何一つとしてなかった事で、頭を抱えてしまう事になった。
そして、美緒はまたしても見落としていたのである。異常が無い事が異常である事を。
そんな状況の中、美緒の元に長谷川から驚くべき連絡が入ってきた。
電話に出た途端に、長谷川は前置きも無く言う。
『異形に襲われたと言う男が保護されました』
「保護?」
首を傾げた美緒だった。異形に襲われて生きている事が信じられなく、長谷川に問い返してしまう。
「生きているの?」
『ええ。今、病院で手当てを受けています。右腕がズタズタで出血も多いようですが、命に別状はないそうです』
「右腕がズタズタ?」
長谷川の言葉に美緒は首を傾げた。
『そうです。右腕一本で済んだだけなようです。私もこれからその病院に向かう所です』
「ちょっと待って、長谷川さん」
『なんでしよう』
「それって、おかしくない?」
漠然とした違和感がそんな言葉を言わせる。
「異形に襲われて生きているなんて、私には信じられないわ」
『ですが、現に生きているんですよ』
「その人、どこで襲われたの?」
『それは、まだ聞き出せてはいませんが……』
「ねえ。最近、異形が現れたのって、この前、桂木君が倒れた時よね」
『ええ、そうです。それからはまだ現れてはいませんが……』
「その人、右腕だけがズタズタなの? 他に怪我をしているとかは?」
違和感の正体がわかった。
同時に、嫌な推測がたってしまう。
あの時、翔が倒れる前に戦っていた暗緑の異形は、右腕をズタズタにされて逃げ出したのではないか。
「長谷川さん。今まで倒された異形の者は人の姿に戻ると、負傷した場所はそのまま残っていたわ……」
『まさか……異形だと……』
「それなら、生きている訳も、右腕だけがズタズタなのも説明できる。あの時、暗緑の異形は右腕をズタズタにされて逃げたわ」
美緒の言葉に長谷川が悪態をついていた。
『クソ! どうすればいい』
二〇ミリ対戦車ライフルを担いで病院内に入る訳には行かない。だがそうなると、再び異形に変貌した時に対処する事ができなくなる事は明白だった。
どうすれば良いのか、それは長谷川にもわかっている。
『彼は? 桂木君は?』
「まだ、起きていないわ。眠ったままよ」
美緒は血の気の引く主で答えていた。
異形に対して一番効果的な戦力が使えない。それは、惨劇を止める事ができないことを意味していた。それでも足止めをしなくてはならない。
「美沙を向かわせるわ。場所は?」
『西賀大付属病院です』
「なんだって、そんな大きな病院に……」
『救急外来です。受け入れは西賀大付属が一番近かったようで……』
「対戦車ライフルは?」
『無理かもしれません。病室では狭すぎます。それに、そんな物を持って病院に入れるかどうか……』
美緒も長谷川も焦りを感じていた。
入院患者を避難させるにしても、させようが無いのが現状だと思っている。そんな動きがあれば、異形と思える人物がどんな行動に出るかは、予想がついていた。
そして、異形相手に安全な場所を確保する事は、病院であれば無理な事もわかっている。だから、病院でどうにかするしかないのだが、限られた場所ではやりようが無かった。
「長谷川さん。私、西賀大に知り合いがいるから、その人に頼んで一番被害が少なそうな場所へ移してもらうわ」
『お願いします。私もすぐに西賀大に行きます。何も知らない者よりも対処できると思いますから。それに美沙君も連れて行けるでしょう』
長谷川は、美緒に答えながら二〇ミリ対戦車ライフルを、どうやって病室に持ち込むかを考えていた。分解してトランクに詰めて持ち込めば、後は警官しかいない。そこで組み立てれば問題なく持ち込めるだろう。どんな処分が待っていても、異形に対処できるのなら安い物だ。
「無茶はしないで」
『それは無理と言うものです。私は警察官です』
「それでもよ。異形相手なら逃げても誰も文句は言わないわ」
『わかりました。とりあえず、死なない程度に善処します』
そう美緒に答えても、長谷川は無理な事だと知っていた。
誰も文句は言わないと言うが、ただ一人文句をいう者を知っている。だから、異形が現れた時は、自分は退かないだろう。
命を落とす事になっても。
四郎がバイクで流していると、追い抜いていくバイクがあった。
「えっ?」
そのバイクは、嫌って言うほど見覚えがある。蒼暗のボディーカラーにいぶした銀のフレームを持つトライアル車だった。
四郎と北川が翔のために組み上げたバイク、翔はあのあと、まだ目が覚めていないと聞いていた。だが、バイクを操る後姿は、どう見ても翔にしか見えない。
「目が覚めたのか……」
それでも追いついて止めようとは思わなかった。
理由はある。
翔が自分に気がつかない訳が無かった。翔との付き合いは六年ほどだが、翔のバイクの乗り方は知っている。後ろから追いかけても違和感がありすぎた。まるで、バイクを乗り始めたばかりの者のようである。
何か変だと何かが違うと、それが気になって後を付いて行ったのである。
後を追う事二〇分。翔は西賀大付属病院に入っていった。その間、翔は四郎に気が付いた様子はない。
「いった、何が……」
病院と言う事に首を傾げる思いがする四郎だった。ここは紫村には関わりの無いはずだし、そこに翔が行く事がおかしい。
バイクを停めて歩き出した翔を、四郎は慌てて追った。が、駐車場から建物の角を曲がった途端に翔の姿を見失ってしまう。
「そんな……」
慌てて辺りを見渡したが翔の姿はどこにもなかった。かわりに、病院の玄関先に長谷川と美沙がいるのに気がついた。
「紫村! 長谷川さん!」
近づいて来る四郎に二人の顔が驚いたようになる。
「松村?」
「どうしてここに?」
「翔を追って……」
「どこにいる!」
途端に美沙が四郎に詰め寄っていた。長谷川までもが四郎に詰め寄っていた。そんな二人に四郎は目を白黒させてしまう。
「なにが……」
「桂木君は起きたのか!」
「いや、あの……」
「はっきりしろ、松村!」
「待ってくれ。何がどう……」
「ええい、話にならん。松村、おまえはなぜここに来た」
「翔を見かけて付いて来たらここだった。が、すぐそこで見失った。で、紫村をみつけた。でも、どうしてここにいるんです?」
後半は長谷川に問いかけていた四郎だった。答えようとした時、スマートホンが鳴ったようで長谷川は、ポケットから取り出していた。
「はい、長谷川です……ああ、美緒さん……えっ? ちょっと待ってください」
スマートホンを肩で押さえて美沙を見る。
「桂木君がいなくなった」
「いなくなった?」
「様子を見に行ったら、ベッドはもぬけの殻だったらしい。いつ、いなくなったのかもわからないそうだ」
そして、長谷川はスマートホンを耳元につけた。
「美緒さん。今、美沙君と松村君の二人といます。松村君は桂木君を追ってここに来たそうですが、彼を見失いました。たぶん、彼はここにいるはずです。後は私に任せてください。桂木君を必ず連れて帰りますから……ええ、大丈夫です。桂木君が来ているのなら、対処はできます……ええ。では、終ったら連絡を入れます。じゃあ」
スマートホンを切った長谷川は四郎を見た。
「松村君はここにいない方が良い。ここは戦場になる」
それで四郎にもわかった。
「いるのか。だから、翔はここに来た」
「そり通りだ、松村」
頷いた美沙は、四郎に竹刀袋を差し出していた。
「協力、するよな」
「うっ……」
「多少は使えるんだろ?」
「あー……」
「いや、美沙君。松村君はここにい……」
長谷川の言葉が止まる。
「なぜ?」
「危険な目に会わせたく……」
長谷川の言葉の途中で、四郎は竹刀袋を受け取っていた。
「いないよりましか、紫村?」
ニッコリと笑う美沙だった。
「この前の実剣だな。俺のは悠馬さんと違って我流だぞ」
「わたしのフォローをしてくれれば良い。決してムチャはするな」
真剣な瞳で美沙は四郎を見て言う。
「その辺はわきまえている。まあ、おまえに頼られて俺は嬉しいよ」
全然嬉しくなさそうな顔で四郎は答えていた。何ともいえない顔で長谷川は四郎に尋ねていた。
「いいのか、松村君」
「逃げる訳にはいきませんよ。俺も当事者の一人です」
苦笑するしかない四郎である。
問題の人物が入院した病室に向かう途中で、制服姿の警官が立っていた。美沙と四郎を連れた長谷川は、その度に呼び止められる。
初めは協力者だ、関係者だと説明していたが、途中から一切説明せずについて来るように促すだけになった。
病室の前には北川課長が立っている。長谷川に気がついた北川は、目だけで問いかけていた。なぜ、その二人が一緒なんだと。
「退魔士です」
短く答えた長谷川に、北川はわかったと頷いて見せた。
「ようすはどうなんですか?」
「ショックが強すぎたようだな。何を言っているのか、さっぱりわからん。言葉にすらなっていない」
首を振る北川だったが、長谷川がトランクを開けて、対戦車ライフルを組み立てているのを見て慌てた。
「なんだ、それは?」
「二〇ミリ対戦車ラテフルです。異形相手では、これでも足止めぐらいしかなりません」
「そうじゃない。そんな物を病院に持ち込んで何をする気だ?」
「課長。全員を下がらせてください。この病棟に誰も近づけないように、封鎖をお願いします。これから異形相手の戦闘になりますから」
「どういう意味だ」
組み上げた二〇ミリ対戦車ライフルの銃口を下に向けたまま長谷川は答えた。
「保護された人物は、異形に襲われた事は確かです。が、異形が異形に襲われただけの事です。病室にいる者は、異形です」
その間に美沙と四郎は、光刃と実剣を用意している。
「それを信じろと?」
「信じなくても良い。すぐにわかる事だ」
答えたのは美沙だった。
眼の前の扉を開けると、躊躇無く足を踏み入れる。四郎がすぐ後に続いていた。
長谷川は中に入った所で、二〇ミリ対戦車ライフルを構えると、問題の人物に銃口を向ける。
「なんだ?」
「この場を離れろ。そいつは異形だ」
光刃を突きつけて美沙が言った。が、中にいた二人の警察官は、首を傾げるだけである。そこに北川の声がした。
「二人とも離れろ。急げ!」
残ったのは、異形に襲われた人物だけになった。左右を見て美沙達を見る。
と、ニヤッとそいつが笑った。




