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異形の戦士  作者: 樹 雅
第3章 ~蒼暗の水~
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43話 桂木翔とは

 近づいてくる四郎のバイクを見て、美緒達はとりあえず終わった事を知った。翔の様子がおかしいが、それは四郎が話してくれるはずだと思っている。長谷川と優香は撤収の準備を始めていた。


「悠馬さん。翔が気を失いました。とりあえず、運ぶのを手伝ってください」


 バイクから降りながら四郎は言う。

 わかったと答えて悠馬は、優香を振り返った。


「優香。俺のバイクで戻ってくれ」

「あんたはどうするの?」

「翔のバイクで行く」

「わかったわ」

「長谷川、すまんが、翔を連れて行ってくれ」


 慌ただしく美緒達は撤収し、気絶した翔を連れて紫村科学技術研究所へと戻る。


 今回の異形は倒しそこなったが、それよりも翔の身に起こった事が大事だった。何が起きたのかは不明だった。

途中までは紅の異形としてこれまで通りの戦いを繰り広げ、いきなり動きを止めて様子がおかしくなったのである。


 遠目で見ていただけだが、人の姿に戻り暗緑の異形を退けた。

 はっきりとわかっているのは翔だけだろう。傍に居た美沙も四郎も、驚いて戸惑っていたはずだ。


 後部座席に横たわる翔をチラリと見た美緒は、ため息を付いて首を振るしかない。

 何が、と言っても異形に関してほとんどと言って良いほど、何もわかっていない状況では、何が起きたかなどはわからないはずだった。

 ただ、推測する事は美緒でも可能だった。



 気絶した翔は、そのまま研究所で精密検査を受ける事になる。その間、悠馬達は美緒の執務室で待っていた。


「お待たせ」


 クリップボードを片手に美緒が執務室に戻ってくる。


「翔は?」


 代表するように聞いたのは悠馬だった。


「うーん」ペン先で頭を掻いて美緒は、どう言えば良いのか悩んでいる。

「悪いのか?」

「いいえ、違うわ。桂木君は……ただ気絶しているだけで、どこも悪くはないわよ」


 ホッとした空気が執務室を満たしたが、優香の顔だけはまだ硬かった。異形の事件を初めから追っていた優香は、翔の様子がただならい事に思えていたのである。


「美緒……」

「ええ、わかっているわ。彼、桂木翔は……」


 その先を言うかどうか、悩んだのはほんの短い時間だった。その事を口にしなければ、先には進められないと言う事もあったからである。


「彼は、人でなければ異形でもないわ。そして、人でもあり異形でもある」


 一斉に首が傾いた。いったいどっちだと、全員の顔が言っている。


「おかしな言い方になったけど、桂木君を言い表す言葉はそれしかないのよ。彼は、彼の活動データは、ここ二ヶ月で飛躍的に上昇しているわ。人がいくら鍛えたからと言って、そんな事にはならないの。と言うよりも絶対に不可能な事よ」


 そしてと美緒は続けた。


「異形は、その特性を変化させる事ができない。でも、桂木君の異形としての力は、その特性を変化させる事ができる」

「それが、人でもなければ異形でもない理由ね……」


 理解したように優香は頷いていた。


「そうなのよ。だけどね、桂木君は人としての特徴を持ち、どこの誰が見ても人としか言えない。異形の姿に変貌してしまえば、それはもう異形の者としか言えない」


 ため息を付いた美緒は、悠馬を見て聞いている。


「彼は、桂木翔は何者なの?」

「そう言われても、俺には人としか言いようが無いぞ」


 肩を竦めて悠馬は答えるしかなかった。それなりの経験はしてきたが、普通の男と何も変わらない事を知っていたからである。


「彼の過去に何があったの?」


 再び問いかける美緒だった。


「過去に何があった……か。どうしてそう思う?」


 ため息をついた悠馬である。


「あなたは、桂木君と同じような状況になったら、彼と同じ事ができる?」

「無理、だな」首を振っていた「翔みたいに全てを捨てる事はできない。妹を一人にする訳にはいかないからな」

「松村君は?」


 美緒は四郎にも尋ねていた。少し驚いたような顔になる四郎だったが、悠馬と同じように首を振っている。


「俺には出来ませんよ。仮に異形の力を持ったとしたら、俺はあの芳賀と同じ事になると思います」

「あなた達のように桂木君は考えなかった。異形の力を、人には持てない力を手にして、自滅するでもなく力に振り回されるでもない。普通なら、できない事をしている訳よ」


 で、と美緒は悠馬を見た。


「桂木君がそんな考えを持つには、過去に何かがあって、それが影響しているはずなの。彼の考え方が特殊と言う訳ではないと思うけど、ただ漠然と生きてきた人にはできない」


 再び悠馬はため息をついている。


「思い当たる事はあるが、俺が話すような事じゃない」

「彼を助ける事ができるかもしれないのに?」

「どういう意味だ」

「彼は、このままではいずれ破滅する」

「美緒!」


 叫んだのは優香だった。


「心が耐えられない。耐えるだけの強さは人にはないわ」

「どうなる?」


 唸るように尋ねた悠馬である。


「異形、その者になってしまうわ」

「それでもだ。それは俺が口にして良い事じゃない」


 悠馬にとって四年前の事は言うべきではない事だった。

 優香の場合は、優香の性格を知っていた事と、口にすべき事とそうでない事を、優香自身が身を持って知っているから、翔の過去を話した。


 それにその時、悠馬と四郎が取った行動は犯罪行為でもある。警察官である長谷川の前では言うべきではないはずだった。


「やっぱり、何かあったのね」


 頷いた美緒である。


「知ってるのは、俺と四郎ぐらいだ。他は誰も知らない」

「話してくれない?」


 黙って悠馬は首を振っていた。


「悠馬……」


 静かに優香が呼ぶ。


「話したくないのはわかるわ。誰だって話したくない過去はあるものだから。でも、話せる所は話したほうが良いと思う。美緒や長谷川さんの口は軽くないよ」


 悠馬はため息をつくと四郎を見た。四郎も軽く頷いて、優香と同意見である事を示している。


「何があったのかは、言えない。あいつにとっても、まだ決着のついていない事だと思うから。俺はあいつが全てを捨てようとした訳が想像できる」

「それは?」

「簡単な事だ。死ぬつもりだったからだ。人でなくなっても言いとでも思ったんだろう」


 少し辛そうな顔で悠馬は言う。美緒も辛そうな顔になっていた。


「瑞紀さんを眼の前で失ったからね……」

「いいや。それだけで死のうとするような奴じゃない」


 悠馬は優香を見て聞く。


「俺が死んだら、おまえは死のうとするか?」

「しないわよ。あんたの事は、思い出に取っといて生きるわ」


 笑って片手を振る優香だった。


「まあ、そうだな。恋人が死んだからと言って、後を追って死ぬような奴はいないとは言わないが、少ないだろう。翔もそんな奴じゃない」

「だったら、どうして死のうと思ったのよ」

「二度目……だからだ」

「二度目? まさか、前にも?」

「四年前にもな」


 頷いて答える。


「そんな……」

「前の事も乗り越えたと言わない。今まだ尾を引いているはずだ。その上でまた、同じ事が起きた。死のうとしても不思議じゃない」

「いや、でも、もう四年も前の事なんでしょう」

「違う。まだ四年だ」


 首を振って否定した悠馬だった。


「二度も眼の前で恋人を失った。その心はどうなるんだろうな……」

「前の時と瑞紀さんの時では……」


 美緒の言葉が止まる。何を言いたいか理解した悠馬が、再び首を振っていた。


「眼の前で殺された。二度とも」


 静かに言う悠馬だった。そして、淡く笑みを浮かべて美緒を見る。


「前の時は荒れた。今回は美沙がいてくれて良かった」

「どうして?」

「美沙の目的が何であれ、思惑が何であれ、例え翔を利用するつもりであれ、俺は構わない。だけどな、美沙がいる事で翔が死ぬ気をなくし、異形なって戦う事は翔にとっていい事だと思うからな」


 悠馬の言葉をきいて美緒は、ため息が出てしまった。美沙からその通りの言葉を一番初めに聞いていたからである。


 今はそうでない事を願いたい美緒だった。そうでなければ、あの二人は不幸になるのは目に見えている。きっかけは何であれともに死線を戦い抜けば、きっといい方向に変わってくれる事を願っていた。


 そして、それが桂木翔を救う事になるはずである。


「で、その美沙は?」


 研究所に着いてから、一度も執務室に顔を出しにこない美沙の所在を聞くためだった。


「桂木君の傍についているわ」


 なんとも言えない顔の美緒に、優香が首を傾げる。


「どうしたの? まだ何かあるの?」

「あの娘。桂木君の傍から離れないのよ」

「心配なんでしょう、彼が」


 笑いながら言う優香に、美緒は首を振っていた。


「睨みつけているのよ」

「はい?」

「だから、桂木君を睨みつけているの」

「……気を失っている翔の傍で睨みつけているのか?」

「ええ」


 頷いた美緒に、悠馬はなんとも言えない顔になってしまう。四郎は意味があるのかと首を傾げ、長谷川さえもが呆れたような顔になっていた。



 この時、活動データに目を奪われて、美緒は見落としてしまっていた。それを後になって美緒は後悔する。




 異形の力は破滅を意味するもの。


 それを忘れていた。





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