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異形の戦士  作者: 樹 雅
第3章 ~蒼暗の水~
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42話 翔の異変

 翔にとってここ何日かは、珍しく美沙と一緒にいる時間が長くなっていた。

 バイクに乗り出した美沙のおともと言って良い。もともと運動神経も反射神経も良い美沙は、すぐにバイクの感覚に慣れてしまった。

 すぐに乗りこなし始めた美沙に、翔は半ば呆れていたのである。


「呆れたヤツだ。もう乗りこなしているとは。おまえ、いったいど言う神経しているんだ?」

「そんなに呆れるような事か?」

「ああ。こんなに短時間で乗りこなすヤツは初めて見た」

「そうか? おまえや松村は、もっと上手いと思うが?」

「当たり前だ。乗っている年数が違うからな。これで俺達よりも上手ければ、俺達の立つ瀬がな……」

「どうした?」


 美沙が途中で言葉を止めた翔を見る。

 自分の両手を見ながら、握ったり開いたりしている翔に、美沙が首を傾げていた。


「……いや、なんでもない……」


 答えた翔だが、自分の両腕に違和感があった。上手く動かせないような気がしている。二日ほど前から、時たま両腕の感覚がおかしく感じる時があった。


 幸い、突然動かなくなると言う事はないので、生活するうえでは不便を感じてはいない。ただ、感覚的にヘンだと感じるのである。

 美緒に相談するかどうか、少し迷っていたのも確かだった。気にするほどではない、一時的なものと自分でも思っていた。

それでも迷っているのは、自分が異形の力を手にしているからで、その影響が出ているのかも知れないと感じているからである。


「じや、戻……出たぞ」


 そう言うと翔は、バイクに跨るとエンジンを始動させた。隣で美沙もエンジンを始動させている。言葉は交わさなくとも意味する事はわかっていた。


 翔が先導して美沙が後を追う。走りながらイヤホンマイクを使ってスマートホンで姉に連絡を入れていた。場所はわからなくとも、方向はバイクを走らせればわかる。どの方向に向かっているかぐらいは見当がついていた。


 空き地造成中の市街から離れた場所。北に一五キロ離れると、畑山オートコースに着く。中心街よりも少し離れた新しい住宅密集地になる予定の造成地だった。

 翔と美沙がバイクから降りると、すぐに四郎が駆けつけてくる。チラッと美沙を見るとそのままバイクを乗り入れた。


「早いな」

「近くにいたからな。さて、どうする? 長谷川さん達を待つか?」

「必要ない。わたし達で先に足止めをすれば良い」


 首を振って美沙が言う。すでにヴァンジェラを右手に持ち、翔の後姿を見ていた。振り向いた翔が頷く。


「同感だ。他に移動されるよりも、ここで足止めができれば被害は少なくて済む」

「わかった。紫村、乗れ」

「?」

「翔はまだしも、おまえは走って行くつもりか? 近くまで乗って行けば良い」


 四郎の言葉に美沙は、ぽんと手を打った。そして、四郎のバイクの後ろに跨る。


 と、翔が駆け出した。その方向に、造成中の更地の中心あたりに、ポツンと人影がある。

 暗緑色の人の姿は異形に他ならない。


 走り出した翔に、紅の陽炎が纏わり付いた。駆ける速度が上がって行く、それを黙って見ている四郎ではない。翔が駆け出すと同時に、アクセルを開けて異形に向かってバイクを進めていた。


 咆哮とともに紅の異形が消える。


 それを気にせずに四郎は、真っ直ぐにバイクを暗緑色の異形に突っ込ませた。受け止めようと動く暗緑色の異形に対して、四郎はバイクを寝かせて滑らせている。後ろの美沙が光刃を持って寝かせたバイクの上に立っていた。


 バイクの後輪が暗緑色の異形の足首を捕らえる。その時には、美沙の光刃が斜め上から下へと薙いでいた。

 バイクによって足首を払われ、光刃で左腕をはじかれた暗緑色の異形の前面ががら空きになる。そこに紅の異形が暗緑色の異形の前面に現れて蹴りを放っていた。胸部を蹴り上げられた暗緑色の異形の身体が空へと浮き上がる。


 落ちてくる暗緑色の異形に合わせて、美沙が足を踏み込んで光刃を振り下ろした。二重の衝撃に暗緑色の異形から苦痛めいた声が漏れる。

 すかさず紅の異形が踵を落とした。が、暗緑色の異形は、腕を交差させて紅の異形の踵を防いで足首を取ろうとする。反射的に紅の異形は足を引いて飛び離れた。


 暗緑色の異形が跳ね起きて跳び下がると、銃声が響いて左肩口から仰け反る。そこに美沙の光刃が追撃をかけ、暗緑色の異形の動きが止まった。


 紅の異形は白銀の異形に姿を変貌させると、暗緑の異形に向けて突撃した。白銀の異形の体当たりで、暗緑の異形が吹き飛ばされる。


 絶好の好機だった。


 しかし、白銀の異形は、その場に立ち尽くしたまま動きを止めてしまう。


(……なんだ……?)


 動かない白銀の異形に不穏を感じながらも、美沙は暗緑の異形に向かっていた。


 長谷川達が到着したのは、先ほどの銃声でわかっている。あれは二〇ミリ対戦車ライフルの銃声だった。


 暗緑の異形を光刃で牽制する美沙は、視界の端で白銀の異形が、自分の両手を見ている事に気がつく。


(何をしている……)


 好機を逃した事が白銀の異形には信じられなかった。

 一瞬、身体が動くのを拒んだように感じたのである。さらに、右腕に陽炎が纏わり付いている事におかしなものを感じた。


(……なに……が……?)


 暗緑の異形が白銀の異形へと向かう。伸びてくる腕を払う、ただそれだけの事が白銀の異形にはできなかった。


 暗緑の異形の拳と蹴りが、白銀の異形の防御をかいくぐって当る。

 一方的に攻められ始めた白銀の異形に、美沙と四郎の顔色が変わった。


「バカな……」


 信じられないように呟いてしまう美沙だったが、言葉とは裏腹に身体の方は白銀の異形を援護すべく動いている。四郎さえもがバイクを振り回し、暗緑の異形を牽制し始めていた。


 何かおかしいと二人とも感じている。それは、距離を開けて行動を見ていた長谷川達にもわかった。


「ちょっと、悠馬……」

「ああ、翔の動きが変だ……」

「北川。さっきから桂木君は動いていないぞ」


 二〇ミリ対戦車ライフルのスコープを覗く長谷川の声には焦りが含まれている。

 今までの戦いにおいて、こんな事は一度もなかった。足を止めて戦う事は、異形相手では一方的に攻撃してくれと言うようなもの。それがわからない訳ではないはずだった。


(……くそ……どうなっている……)


 思いと裏腹に身体の感覚がおかしい。白銀の異形は速度を活かせなければ意味は無かった。


 再び紅の異形に変貌するが、それでも奇妙な違和感は変わらない。そして、防御に掲げた左の腕に白銀の刃が纏わりついているのを見た時、紅の異形の動きが止まった。


(これは……なんだ……?)


 思った途端、心が紅の炎と白銀の刃に焼かれ切り裂かれる。


(お……さえ……られな……)


 棒立ちとなった紅の異形が突然、人の姿に戻った。


「何をやっている!」


 棒立ちのまま暗緑の異形の攻撃を受けそうになった翔を、かろうじて美沙の光刃が受け止める。振り返らずに美沙は叫んでいた。


「一旦、さがれ!」


 ゆっくりと翔の両手が持ち上がる。


「がぁあああああ――――!」


 翔の口から溢れたのは、悲鳴じみた叫びだった。

 美沙はその叫び声に、ギョッとしながらも振り返る事ができなかった。受け止めた光刃が押し返され、耐えなければならなかったのである。


 バイクを振り回した四郎が飛び込んで、暗緑の異形が弾き飛ばされた。タイヤの回転とバイクの重量が載った衝撃に耐えられなかったのである。


「翔!」


 振り向いた美沙の首が怪訝そうに傾げられた。

 唸り声を上げながら顔を伏せるその姿に違和感があった。


「おまえ……」


 伏せられていた翔の顔があがる。そして、一歩踏み込むと左手を前に突き出した。


 暗緑の異形が美沙の後ろにいる。翔の突き出した左手が暗緑の異形に触れると、暗緑の異形の腕がズタズタに切り裂かれた。

 悲鳴とも苦痛ともつかない声を上げて暗緑の異形は背を向けて逃げ出す。追うべきなのだが、美沙も四郎も後を追えずにいた。


 いつもの翔とは違う。


 それが二人をこの場留まらせていた。離れた場所でも美緒達が首を傾げている。


「終った……の?」

「おかしい……」


 長谷川はライフルの照準を翔に向けていた。


「終っていない。桂木君が変だ」

「おい、長谷川」

「黙っていろ。桂木君を撃つ事になるかも知れない」

「なん、だとぉ?」

「見ていればわかるだろう、北川にも」

「ぐっ……」


 返せない言葉を悠馬は飲み込んでいた。


 長谷川の言う通りに翔の様子がおかしい事は見ていればわかる。だからと言って、翔を撃たせる訳には行かない。それが憤りとなり、ヴァンジェラ実剣を持つ手に、知らず知らずの内に力が入っていた。


 翔は両手を前に出したまま震えている。両腕は右に紅の炎が纏わり付き、左は白銀の刃が踊っていた。


「翔?」


 美沙が一歩近づく。


「……くっ……くるな……」


 唸り声の合間に聞こえた翔の言葉に、美沙はそれ以上近づけなかった。

 その間にも両腕の炎と風は大きく小さく揺れて、翔の腕で暴れるような動きを見せている。そして、徐々に腕を這い上がっていった。


「なんなの?」

「何が起こっている! 美緒、説明しろ!」

「私に聞かないで! 私だって分かる訳がない!」


 焦ったような悠馬の叫びに、美緒も叫び返していた。


「優香! おまえなら、俺よりも頭のいいおまえなら」

「わたしだって分からないわよ! 後輩君の事を良く分かっているのは、悠馬、あんたでしょう!」

「誰か説明しろ!」


 嫌な気配だけが膨れ上がっていく。


 四郎も翔の異変に嫌な気配を感じて、バイクに跨ったまま動けなかった。だが、不思議と逃げ出そうと言う気は起きなかった。

 誰もその変化を見ているしかない。


「顔を上げろ、翔!」


 見るだけにしないのは美沙だった。


「どうした?」


 ゆるりと顔を上げた翔の瞳は、何も映していない。


「……にげ……ろ……」

「逃げろ?」

「お……まえ……まきこ……む……」


 美沙の声に翔は、唸り声の合間に必死に言葉を紡いでいるようだった。


「わたしはおまえを一人にしない。そう言ったのを覚えているか?」


 美沙は翔に近づいて抱きしめる。

 翔の両腕が美沙を抱きしめるようと動きかけるが、その動きは途中で止まった。


「……死ぬ……気か……」

「その気は無いな。おまえはまだ、人だろ」

「……自信……ないな……」

「そうか。でも安心しろ。おまえが人で無くなった時は、わたしが倒してやる。わたしに倒されたくなかったら、人でいろ」


 美沙は、翔を抱きしめたまま耳元で囁いている。口元に笑みが浮かんでいるのだが、本人は自覚していなかった。


「……人の……気も……知らない……で……」


 口元に笑みを残したまま美沙は、翔から離れると光刃を出現させ、翔の心臓の上に突きつける。

 翔の顔が光刃へ向く。両手が動きかけるが、それも止まった。


「……その……まま……刺せ……」


 俯いたまま声を絞り出す翔に、美沙は再び言う。


「顔を上げろ、翔」


 のろのろと翔の顔が上がった。


「おまえは弱いのか?」


 美沙が問いかける。


「おまえは強いのか?」


 さらに美沙は問いかけた。

 答えようにも翔は、自由にならない身体と意識を、繋ぎ止めておくだけで精一杯だった。


「おまえは、わたしに命を差し出す気はあるか?」


 答えない翔に美沙は言う。そして、優しく微笑んでいた。


「わたしは、わたしの全てをおまえに差し出そう。わたしはおまえと共にいる。どんな時にも」


 光刃を降ろして、美沙は再び翔を抱きしめる。

 半ば意識が跳びそうになっているのにもかかわらず、翔は苦笑が浮かぶのを理解した。


(……まったく……この女は……)


 思いとは別の言葉が口から出る。


「……離……れろ……」

「なぜだ?」


 笑いさえ含んだ声が返ってきた。


(……くそ……)


 ままならない事に翔は泣きたくなってしまう。


(これでは……同じじゃないか……)


 三度繰り返す恐怖が湧きあがってきた。意識を手放す訳には行かない。手放せば異形の力が、美沙を切り裂いて焼き尽くす事になると理解していた。



《大丈夫……あなたは強いわ……》



 優しい声が聞こえる。

 翔の覚えのある二度と聞く事ができないはずの声。


(……幻聴……なのか……)


《願う心に答え》


 心の奥底で誰かの声が響いてきた。


「……まさ……か……」


《我は力となる》


 炎、風と言った同種の声だった。


《我は水なり》


 瞬間、翔と美沙が蒼の光と蒼暗の水煙に包まれる。


「今度はなんだ!」


 悠馬が叫んでいた。


 蒼暗の水煙が翔に纏わり付き、美沙を引き剥がす。

 蒼暗の水煙は、紅の炎と白銀の刃を押し込んでいた。その後には、蒼暗の異形が立っていた。


「翔……」


 少し呆然としたような美沙に、蒼暗の異形は頷いている。


「また……色が変わった……?」


 呆れた声を出したのは美緒だった。長谷川はライフルの銃口を降ろして、大きく息を吐いている。


「撃つ事にならなくて良かった」

「撃ったら、俺が殴っている」


 しみじみと呟く長谷川に、悠馬がギロリと睨んで言った。

 蒼暗の異形が一歩踏み出すと、その姿が人に戻る。ふらりと揺れる翔に、美沙はおかしなものを感じる。今にも崩れ落ちそうな翔は、顔を伏せたままだった。


「翔!」


 反射的に美沙は翔を抱きしめていた。耳元に浅い呼吸を繰り返す音が聞こえる。


「翔?」

「……スマン……」


 返ってくる翔の声は小さく、抱きとめる身体の重みも増してきた。両腕はだらりとさせたままで、足にも力が入っていない。


「おい!」

「……少し……やす……む……」


 そそれ以上は聞こえなかった。たが、呼吸音は聞こえていたので、死んだ訳ではない事はわかる。体力気力を使い果たして、気を失っただけだと知って、美沙は安堵の吐息を漏らした。


 顔を振って四郎を見ると言う。


「すまないが、姉さん達を呼んでくれ」

「ああ、わかった……翔は大丈夫なのか?」

「心配するな。気を失っているだけだ」


 美沙の言葉を聞いて四郎も安心した。そして、バイクを美緒達の待つ場所へと向かわせる。





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