41話 美沙と美緒の婚約者?
同じ頃、美緒と美沙の二人にも困った事が持ち上がっていた。
それは、一族の長老会が二人を呼び出した事に端を発する。
紫村一族は、当主を含めると五家から成り立っていた。先代の当主が長老を勤め、一族全般に関しての祭事を取りまとめている。現当主に次ぐ権限を一族に対して持っていた。めったな事ではその権限を施行しないが、一度施行されると覆る事はないのである。
また一族以外の血を入れるために、各家は古流武術の道場を開き見込みのある若者を自家に取り込んでいた。その中でも特に認められたものは、退魔士として一族に迎え入れられ分家の娘や息子を娶らせていたのである。
本家の奥棟の一室で、美緒と美沙の二人は長老達が現れるのを静かに待っていた。呼び出された理由がわからずに戸惑いもあった。
やがて五人の長老が現れ、美緒と美沙の対面に座る。真ん中には、二人の祖父でもある長老会の代表がいた。
「待たせたか?」
「いいえ」
「おまえ達を呼び出したのは他でもない。婿を取らせるためだ」
「えっ?」
「本家の当主が不在では一族がばらばらになる。そこでおまえ達二人に婿を取らせ、おまえ達は当主と実行部隊の補佐をさせる事が先日の長老会で決まった」
淡々と結果を伝える祖父に美緒が慌てる。
「ちょっと待ってください。どうして今なのですか?」
「今だからだ。武士が死んでもう半年以上になる。本家の当主を決めなければならん。いつまでも宙ぶらりんでは一族のためにはならん」
「兄亡き後は私が……」
「馬鹿者! おまえではダメだから婿を取らせるのだ」
「私のどこに落ち度がありました」
美緒の問いかけには答えずに、祖父はふすまの向こうに声をかけていた。
「弘明、猛。入って来い」
ふすまが開き弘明と猛が入ってきて、祖父の横に座った。
「美緒、おまえの相手は弘明だ。美沙には猛。よいな」
「お断りします」
真っ直ぐに祖父を見詰めて美緒が答える。
「長老会の決定に逆らうのか?」
「私には必要がありません。美沙にしても同じです。意に添わない相手をあてがわれても困ります」
「面白い事を言う。おまえ達では分不相応というのが解らんのか。紫村には必要な事だ」
「逆です。紫村には必要がありません。何の落ち度もなく一族の当主の役割を担って来ました。その私に必要な者は、私を補佐してくれる者です。間違っても婿を取るとこではありません」
内心の怒りに身を委ねる事もなく美緒は、穏やかに祖父に対していた。感情的になれば、それこそ祖父の思う壺である。そして、怒るのは今ではない事もわかっていた。
美緒と対称的なのは美沙だった。姉と祖父の話に口を挟まずに、何かを考えるように首を傾げている。
「退魔士の才もないおまえが、一族を取り仕切るのは一族のためにはならない」
「おっしゃる通り、私には退魔士としての才はありません。ですが、紫村一族の現当主は私です。いかに長老会の決定と言え、私は否を唱えるしかありません」
「昔からのしきたりを疎かにするとは……」
祖父はため息をついて首を振っていた。
「いやはや、やはりおまえには当主は無理だ。こんな女だが、弘明、御せるか」
「はねっ返りは望む所です。女一人、御せ無くて紫村一族を御そうなどとは、とうてい叶わない事。お任せください」
弘明の答えを聞いた祖父は、満足そうに頷いて猛を見る。
「猛はどうだ?」
「簡単な事です」
「冗談じゃない!」
叫んだ美緒は腰を浮かせていた。
我慢ができなかった。いや、我慢するような事ではなかった。
人には譲れないものがある。自分にとって、まさに今がそうだった。
「自分の相手は自分で選ぶ。間違っても私は弘明なんかを選ばない!」
弘明がすまなそうな顔で祖父を見て頭を下げていた。
「申し訳ありません。俺の教育不足です」
「なっ……」
言葉を無くす美緒に弘明が素早く近づいて腕を取る。
途端に弘明は手を離して呻きながら膝をついていた。
「何をやっている?」
美沙が拳底を弘明の腹に打ち付けていたのである。その美沙に猛が近づくが、同じように腹を押さえて膝をついてしまった。
「おまえも何をやっている?」
呆れたような美沙の声だった。
「美沙……」
感心したように美緒は妹を見てしまう。今の妹の動きは眼を見張る物だった。それは他の者達も同じたった。
「美沙」苦笑が混じったような祖父の声「自分の婿を打ち倒す者があるか。少しは慎め」
「こんな弱い者がわたしの婿か?」
「まあ、おまえの強さは一族一だ。が、少しは男を立てろ」
美沙は首を傾げてしまった。
「男を立てろ? 立てなければならないのか?」
「これは少し育て方を間違えたか」
「間違えた?」
「おまえは特別だ。退魔の才も並外れていたからな。強く、より強くと育てたからな。それに我らに背かぬようにも育てたからな。まあ、おまえよりも弱いかも知れんが、猛もおまえの婿だ。おいおい猛を立てることも覚えろ」
笑いを含んだ祖父の言葉に、美緒の怒気が膨れ上がる。
「私の妹をなんだと思っている! 美沙はおまえ達の道具じゃない!」
「一族にとっては道具だ。おまえ達二人はな」
「ふざけるな! 私も美沙もおまえ達の道具じゃない!」
激高して叫ぶ美緒とは対照的に、美沙は静かに祖父を見ていた。
「紫村の恥が大きな事を言う」
ギリッと美緒は奥歯を噛み締める。
退魔士の才がない事で、ここまで祖父から疎んじられていたのかと、悔しさを通り越して怒りしか湧き上がってこない。
「こ……」
美沙が片手を挙げて美緒を止めた。振り返った美緒は、静かな顔の美沙に押し黙ってしまう。
「なるほど。わたしはそう育てられたのか。姉を恨むようにしたのも、女らしい事を何一つとしてさせなかったのも、強さだけを求めさせたのも、そのためか」
「そうだ。だからおまえは強くなった」
祖父の答えに美沙は笑った。
あまりにも自分が滑稽に思えてしまう。
わかったからと言って、今更自分の性格が替わるはずもなかった。が、瑞紀と出逢わなければ、翔達と出逢えなければ、この老人達の言うままだっただろう。
「感謝するぞ。わたしをそう言う風に育ててくれて。おかげで良くわかった。どうして、わたしが弱かったのか理解出来た」
美沙は美緒を見ると微笑んでいた。それは美緒が初めて見る美沙の優しい微笑である。
「美沙……」
「姉さんはわたしよりも強い。こめん、わたしは姉さんを恨んでいた。筋違いだとはわからなかった。でも、もうわかっている。瑞紀や翔達に出逢えなければ、北川さん達が教えてくれなければ、今でも分かってはいなかった。だから、わたしは姉さんを尊敬する」
「美沙、あなた……」
そして、美沙は祖父に顔を向けると、怒気を纏わせて獰猛な笑みを浮かべる。
「猛はわたしよりも弱い。立てどうにかなるような奴でもない。わたしの相手には荷が重過ぎる。そんな事もわからないほど耄碌したのか?」
「きさま、何を言っているのか理解しているのか!」
「十分に理解している。そして、弘明にしてもわたしよりも弱い。そんな奴が姉さんの相手とは片腹痛い。尊敬もできない相手を当主と認める訳にはいかない。もっとマシな相手を連れてこい!」
「付け上がるな、小娘ども!」
怒気を撒き散らす祖父に、弘明も猛も見の縮む思いだった。そんな二人とは対照的に、美沙も美緒も平然と受け止めていた。
と、美緒は笑ってしまった。
昔は恐ろしかった祖父が、今はまったく恐ろしく感じない。自分を鍛えたのが年月なのか、それとも今回の異形騒ぎなのかはわからないが、歓迎すべき事だった。
「滑稽だわ。こんな老人を怖れていたなんて。だだの老人じゃない」
「馬鹿者ども!」
叫んで祖父が立ち上がり、その前に笑みを浮かべた美沙が進み出ていた。
「わたしに勝てるか、老人」
「こざかしいわ!」
言った途端に、祖父は美沙に組み伏せられていた。
どうやったのかは誰も理解できずに眼を見張っている。そんな中、美緒は組み伏せられた祖父を哀れむように見ていた。
「かつては最強であっても、現役を退いてどのくらいになります。ご自分の力量も相手の力量も把握できない者が、現役の退魔士の中で最強と言われる美沙に、勝てるとでも思いましたか」
「姉さん、わたしは最強ではないぞ。翔の方がわたしよりも強い」
祖父を組み伏せたまま美沙は美緒を振り仰いでいた。
「えっ、そうなの。桂木君はそんなに強いの?」
「ああ。それに、長谷川さんや北川さんも本気になれば、わたしよりも強い。松村は……もう少しだな」
「そうなんだ。知らなかったわ」
感心したように美緒は頷いてから美沙に笑いかける。
「だから、美沙は桂木君といたいのね」
「うっ……」
詰まったしまった美沙だった。
その隙を逃すほど祖父も耄碌はしていない。美沙を振りほどいて立ち上がった。
「だから女だ……」
祖父の言葉が止まる。
「だから、なんだ?」
美沙の貫き手が祖父の咽元にあった。
他の長老達が動かなかったのは、動けなかったからである。
全員で掛かれば、いかに現役最強の退魔士でも負けるだろう。が、そうなれば美沙は手加減も躊躇もせずに、全員を打倒すべく行動するはずだった。
それが理解できるだけに動けなかったのである。
「きさまは……」
怒りに震える祖父をみて、美緒はため息を付いてしまった。
古いしきたりに固執する者は、自分達が正しいと思い込んでいる。間違いを認めようともしない、認めるだけの度量もない事はわかっていた。
そして、そのしきたりに従う者が一族には多い事も知っている。
「では」美緒は覚悟を決めた「長老達が薦める私と美沙の相手と、私たちが選ぶ者達で勝負をしてください。私達が選ぶ者達が負ければ長老達の言う通りにしましょう。が、私達が選ぶ者達が勝った時は、あなた方も覚悟してください。私は二度とこんな事を許すつもりはありません」
「いいだろう。おまえ達の連れて来る者が勝てば、好きにするといい」
咽元に貫き手を突きつけられたままの祖父が鷹揚に頷いている。そんな事さえ、美緒には哀れに思えてならなかった。
「一族の当主として、裏方をしきってきた。退魔の才がなくとも一族には必要の事だから。実行部隊を束ねての現場の指揮は美沙に任せている。私は今の美沙だから、安心して実行部隊を任せている」
美緒が言えば、美沙も言った。
「わたしも姉さんが全てをお膳立てしてくれるから、安心して退魔行を行える。他の者だと安心できると思うか」
そして、二人は祖父に眼を向けていた。
「それがわからないでしょう」
「理解できないだろう」
二人は笑みを見せる。
「七日後に連れてきましょう」
その言葉とともに部屋を出た。
こんなくだらない事よりも、もっと大事な事がある。時間をかける訳には行かなかった。異形の件が起こってからは、どうしても時間が足りなく感じている二人である。
「さてっと、私は研究所に戻るけど、美沙はどうする?」
「そうだな。バイクの点検もある事だし『ブルムヘルム』へ行って来る」
「じゃ、また後で」
「ああ。夜には戻る」
美沙と別れた美緒は、その足で紫村科学技術研究所へ戻った。執務室に入るとため息が出てしまう。
それにしてもと思っていた。今頃になって婿を取れとは、いったい何を考えているのかわからない。兄の武士が生きていた頃は、自分など鼻にもかけていなかったと言うに。
兄の武士が異形との戦いで死ななければ、こんな事にはならなかったのだろうが、つくづく自分は長老達の受けがよくない事が思い知らされようだ。
退魔士の才が無ければ、一族の血を残す道具とでも思っているのだろう。
考えてもどうする事が出来ない事に、腹が立ってくるのはしかたが無い事だ。しかし、連れて行くといっても、一体誰を連れて行けば良いのか困ってしまう。
優香にでも相談しようと思った美緒はスマートホンを取り出した。そこに、当の優香から連絡が入る。
「優香、ちょうど良かった。相談があるの……」
『美緒、相談があるの』
二人して同じ事を言って、お互い黙ってしまう。
「相談って?」
『相談って?』
また、同じ事を言ってしまい、再び黙ってしまった。そこに悠馬の声が割り込んでくる。
『おいおい、見合いしているんじゃないんだ。黙ってどうする』
「北川……さん?」
『おう。今、優香と一緒にいる。相談したい事があってな。できれば長谷川もいた方が良いんだが、いるか?』
「長谷川さんはいないけど、どうしたの?」
『ほら、優香』
『実はねぇ……』
優香が事の次第を美緒に説明すると、しばらく考えてから美緒は切り出した。
「大丈夫。それはこっちでどうとでもできるわ。人員をそっちにまわすから、着いて来られてもても気にしないで」
『人員って……美緒、どう言う事なの?』
呆れたような優香の声に、美緒は苦笑が浮かぶのを自覚した。
「そういった事に慣れているから」
『ねえ、美緒って何者なの』
「えっと、言ってなかったっけ? 私の、と言うより紫村一族は、退魔士なのよ」
『退魔士!』
『驚いたな……ああ、だから異形の件に関わっているのか』
「まあ、そうなんだけどね」
『もしかして、一番エライの?』
「現当主よ。もっぱら裏方だけどね。実行部隊は、美沙がしきっているわ」
『参ったわ』優香の声はため息にも似ていた『こんな事を教えられたら、私はどうすればいいの。誰にも話せないじゃない』
「信用しているわ」
くすくすと笑いながら美緒は言う。
同時にこんな友人が、自分にできた事が嬉しくなっていた。優香は美緒にとって得がたい友人になっている事を自覚する。
『ところで、美緒の相談って?』
「実はねぇ……」
今度は、美緒が事の次第を優香に説明していた。
「それで、よかったら北川さんにお願いしたいんだけど……」
『もちろん悠馬に協力をさせるわ。嫌とは言わせないから安心して』
二つ返事で請け負った優香に、悠馬は苦笑していた。
『あー、それは俺よりも長谷川にやらせよう。何も知らせなくって、連れて行ったほうが面白い』
「でも、北川さん。知らせておかないと、後で……」
『大丈夫だって。長谷川の奴も、その場で知る方が本気を出せるはずだ』
『悠馬。あとで文句を言われない?』
『言わない。言うような奴でもない。なまじ余裕があるよりも、ぶっつけ本番の方があいつの実力が見れるぞ』
楽しむような悠馬の言い方に、美緒はこめかみを押さえてしまう。
「北川さん。私の将来が掛かっているんです。負ける訳には行かないんですよ」
『だから、長谷川にやらせるんだ。美沙の事は翔にやらせれば良い。で、あいつにも何も知らせず、その場に連れて行く』
『悠馬、趣味ワルゥ』
呆れた優香である。対して悠馬の笑い声が聞こえてきた。
スマートホンを握る手に、力が入るのを自覚する美緒の口元は、ヒクついている。遊んでいるとしか思えない悠馬の言葉に美緒は、頭痛が起こるのを感じてしまった。
「優香、相談した私が悪かったの?」
低い押さえた声になってしまった美緒である。
『なんだ。あの二人を信用していないのか。あの二人は結構強いぜ』
「そう言う事じゃない!」
『そう言う事だ。あの二人を信用しているのなら、安心しろ。あいつらは絶対に負ける事はない』
そう言い切れる悠馬を美緒は羨ましく思った。紫村一族の強さを嫌と言うほど知っている自分には言えない言葉である。




