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異形の戦士  作者: 樹 雅
第3章 ~蒼暗の水~
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40話 優香の懸念

 前回、異形の者が現れてから一月あまりは異形の出現は無かった。マスコミ各社は、大々的に報道していたが、それもすぐに少なくなっていった。日々、事件や事故は起こる。進展のない異形の事よりも、報道しなければならない事は多かった。


 再び異形が現れれば、取り上げは多くはなるだろうが、今のところは一時期ほどではなかった。

 それでもマスコミ各社は、異形に関しての取材は打ち切っていなく、水面下でスクープを狙っていた。


 優香の知る真実は一部がマスコミに流れ、一番ジ有用な事は当事者達しか知らなくて済んでいた。

 異形の者となり人に戻る者がいる事と、異形の者が元は人である事は伏せられたままになっていた。異形の者となった者は、全て事件の被害者として報道の情報の中に埋もれたのである。


 そんな中で論争の的になったのは、異形の者とはなんなのかと言う事だった。

 科学者や生物学者など権威のある学者が写真や映像を見て私見を話す。はては怪しげな自称宇宙人研究者まで現れて決め付けるように言い始めた。

 当然のように、反対意見を言い出すものが出てくる。その論争に決着は付く事は無かった。つくはずもなかった。


 異形の者の遺体がある訳でもなく、異形の者を解剖する事もできない。それで、異形の者とはなんだ、と言うほうがおかしいのだが、誰もそんな事は気にしなかった。

 マスコミの特集は過激となり、独特の見解を出すようになる。そのうえ、警察は異形の者の遺体を秘匿しているとまで批判が出てきた。


 対応に困ったのは警察である。


 異形の者が死ぬと人に戻る事は伏せなければならなかった。公表できる訳が無いことである。しかし、伏せたままではどんな言い訳もできなかった。


 苦肉の策で公表したのが『異形の者は倒されると、組織融解を起こして消滅する。遺体どころか、解剖もできない。現在、手元に異形の者に関してのデータは何一つとしてない』まさに苦しい言い訳だった。


 そんな状況の中、優香の所属するテレビ局だけは異彩を放っていた。鮮明に写した画像と写真、他局では手に入れなかった物をニュースに流す事が出来た。


 警察の公表を裏づけするような映像も中にあり、異形の者とは何かを他局よりも掘り下げて報道する。ただし、それが真実と嘘を織り交ぜた物である事を知っていたのは、優香だけだった。


「なあ、竹沢」


 編成局長に呼び出された優香だった。


「良くあの場にいたな。四ヶ所全てにいたとは強運だな」

「たまたまですよ」


 答えながらも優香は警戒している。


「局長。忘れているようですが、畑山の時は、局長命令でオートコースの取材にいっていたんですよ。繁華街の時は、男と待ち合わせていただけです。だから、本当の偶然は、駅前の時と峰山公園の時だけです」

「そうだとしても、強運の持ち主だ。こんなスクープを間近で手にしたんだからな。おまえは、あのバケモノをどう見る?」

「わかる訳がありません。あんなものがいるなんて、思ってもいなかったんですから」

「間近で見た感想は?」

「ありえない。それだけです」

「ありえない、か。目の前にいたのにか?」


 片眉を上げる編成局長に、優香は頷く。


「月並みですが、自分の目が信じられなかった。そうとしか言いようがありません。人の形をした人ではないもの。そんなものがいるなんて、想像もしていませんでしたから」

「それで良く逃げ出さなかったな」


 少し感心したような編成局長に、優香はまずったかと思いつつも平然と答えていた。


「それは局長に鍛えられましたから。『何が起ころうと、例え信じられない事が目の前で起きようとも、映像は残せ。信義を確かめるのは後でいくらでもできる。まずは残す。それが報道に携わる者の務めだ』そう私を鍛えてくれたのは、他でもない局長ですよ。あの時の言葉が私をその場に留まらせました。だから、局長には感謝しています」

「俺が鍛えた若手の中では、おまえが一番ましだな」


 満足そうに頷く編成局長に優香は首を振っていた。


「いいえ、たまたまです。実を言うと逃げ出したいくらいでした」

「それでも逃げなかっただけましだ。ところで、竹沢。一つ聞くが……」

「何でしょう」

「赤い奴は味方か?」

「敵ですが、今のところは味方です」

「なぜ、そう思う?」


「私の友人に科学者がいます。彼女に話を聞きました。その彼女が言うには、敵の敵は味方。異形同士が戦うのなら、潰し合うのならそのままにした方がいい。だけど、紅の異形を倒す方法も考えていた方がいいと。そう教えてくれました」

「ほう、そんな友人がいたのか。人脈は大事にしないとな」

「はい、おっしゃる通りです。今度、お礼に食事でも誘おうと思っています」

「でも、その友人。今度の異形の特集に出席させられないか? 面白い考えを持っているようだから、こっちの生物学者と討論させたら面白くなると思うな」

「それは、無理です。私も釘を刺されました」

「釘を差された?」


「はい。自分は評論家ではなく科学者。テレビで話すことはないし、討論するだけなら評論家だけで十分でしょう。科学者は話す事が商売ではない。だから、出演依頼はやめて。と言われました」

「ますます出演して欲しいな。おまえ、それで諦めた訳じゃないだろうな」

「それだけなら、粘って交渉します。絶交する。そう言われたら無理です」

「なさけないな。そのぐらいで諦めるんじゃない。最後まで喰らい付くぐらいの根性を見せろ。それが報道魂だ」

「局長。彼女は得がたい友人なんです。私は失ってまで出演させる気はありません」

「なに、そんなのは口先だけだ。俺が交渉するから連絡先を教えろ」

「お断りします。彼女は間違いなく本気ですから。それに、せっかくできた人脈を潰したくもありません」

「まあいい。それにしても、この赤いのが人だったら面白いのにな」


「面白い?」


「考えても見ろ。こいつが人だったら正義の味方だぞ。で、こいつの正体はだれそれ……」

「すごい発想ですね。こんなものが人なんて、私には信じられませんよ」

「竹沢、まだまだ甘いな。人に出来ない発想が真実を突くんだ。それができないようなら、この先一生ヒラで終るぞ。おまえはヒラで終りたいのか?」

「いいえ。終る気はさらさらありません。局長を見習わせていただきます」

「よし。それなら、このまま異形の件はおまえに追わせてやる。この赤いやつの正体を突き止めれば尚良い」

「良いんですか?」

「おう。おまえの強運に賭けるのも悪くないだろう。期待しているぞ」


 笑いながら頷いた編成局長は、ギロリと優香を睨んでいた。


「記者は足で稼ぐ物だ」


 暗にさっさと行ってこいと言っているものだった。それが解らない優香ではなかった。解らないようであれば、一生雑用を押し付けられる事になる。


「わかっています。局長にいやってほど叩き込まれましたから」


 笑いながら優香は局長のデスクの前ら離れて行った。自分のデスクからバッグを取り上げると、編成室から出て行く。

 その後姿を見送った編成局長は若い男を呼んだ。


「金井!」


 呼ばれた金井が近づくと編成局長は指示を出していた。


「竹沢をはれ。チームを組んで竹沢の行動を監視しろ」

「どうしてです?」


 不思議そうな金井に局長の怒号が飛ぶ。


「バカヤロウ! 何年、俺の下にいる! さっさと行け!」


 怒鳴られた金井は、慌てて局長の前から離れて四、五人に声をかけて出て行く。


 竹沢は何か隠している。


 それは直感と言っても良かった。もっと重大な事を知っているに違いないと確信している。素直に話すようであれば、先ほどのやり取りの中で話していたはずだった。だから、行動を監視して突き止めれば良い。


 それとは別に、局長にはある考えが浮かんでいた。可能性が無いとは言い切れない、可能かどうかは学者達に尋ねればいい事である。仮に可能だった場合は、独占的なことになり、自分の評価も上がるはずだった。


 編成室から出た優香は焦りを感じていた。編成局長が自分を信用していない事は理解している。長年報道に携わっているだけに、第六感と言うようなもので解ってしまったようだった。

 悟られるような下手はしていないと思うが、不安は大きい。そうでなければ自分に異形の件を任せるような事はしないだろう。

 しばらくは美緒と直接会う事を見合わせたほうが良いのか、それとも科学者の友人といったからには会っても問題がないのか、優香には迷う所だった。


 自問しても言い案が浮かばない優香は、悠馬を頼るしかなかった。後輩達は論外であり、長谷川はマスコミを嫌うだろう。それに悠馬なら、わかったとしても自分の男とすれば、警戒はされないはずだ。


 すぐに優香は悠馬に連絡を入れ、事の次第を説明した。話を聞いた悠馬は少し考えてから、今から外で会った方が良いと言い出したのである。

 優香が理由を聞いても、とにかく会ってからだと言うだけで、詳しい事は何も言わなかった。仕方がなく優香は落ち合う場所を決めてスマートホンを切ったのである。


 待ち合わせは誰もが知るファミリーレストランだった。

 先に着いた優香は、待ち合わせで後から一人来るとウェイトレスに伝えて、ボックス席に腰を下ろした。

 程なく悠馬が姿を現して優香の向かい側に座る。


「優香、トイレに行って来い」

「なっ、なんて事を言うのよ。いきなり」


 悠馬の言葉に優香の顔が赤くなった。少し硬い顔のまま悠馬は言う。


「回りを確認して来い。見知った顔があるかどうか確かめろ」


 ハッとしたように優香の動きが止まった。


「どう言う事?」

「先に行って来い。話はそれからだ」


 頑として譲らない悠馬に、優香は渋々と立ち上がってトイレに向かう。一度、トイレに入ってから少し間を空けてテーブルに戻った。その途中で悠馬の言葉の意味が解った。


「いたわ」


 少し硬くなった優香の声に、悠馬は頷いていた。そして、ニヤリと笑うと声を強める。


「まあ、デートだから気にするな」

「あんた、何言ってんの」

「デートのために俺を呼び出したんだろ。わざわざ四郎に送らせたんだ。この後、ドライブに行こうぜ」

「もう少し声を落として、恥ずかしいじゃない」

「そうかい? いつもと一緒だろ。まずは腹ごしらえをしてからと……」


 悠馬はすまなそうな顔で優香を見て、両手を合わせて拝んでいた。


「スマン……金欠なんだ……」

「いいわ、奢ったげる。いつもの事だものね」


 クスッと優香は笑って請け負う。


 しばらく二人は、取り留めのない話をして食事を進めた。その間、二人とも異形の事に関しては一度も口にはしなかった。もっぱら十年前に分かれてから、お互いにどうしていたかを話していたのである。


 聞かされる方は、まったく面白くもない話だった。そんな話を延々一時間以上も聞かされる羽目になった相手はうんざりとしてしまう。


 それを見越して悠馬は話していたのだが、そろそろ潮時かと思っていた。実質的な話をするには移動した方が良い。


「そろそろいいか……」


 小さく呟いた悠馬は、優香を見ると席を立った。優香も頷いて立ち上がりレジに向かう。優香が精算している間に、悠馬はそばの小物を見るように頭を巡らせていた。五人の男が席を立ってレジに向かう所だった。


 ふと悠馬の顔に笑いが浮かぶ。


「おまたせ」


 優香が言った瞬間、悠馬は大声をあげた。


「おおい、加藤! 久しぶりじゃないか!」


 笑顔のまま悠馬は五人に近づく。


「へっ?」


 五人の足が止まり、悠馬は一番驚いている男の肩をバンバン叩いていた。


「いつ戻ってきたんだ。連絡ぐらい入れろよ、水臭いな」


 慌てたのは五人の男と優香だった。誰も、優香でさえも思ってもいなかった行動だった。棒立ちになったのは一瞬だけ、慌てて優香は悠馬に駆け寄っていた。


「悠馬、違う。その人、加藤じゃないわ。私の同僚の金井よ」

「へっ?」


 間の抜けた声が悠馬の口から出る。優香に顔を向けてから、もう一度金井を見た。


「加藤だろ?」

「違いますよ。俺は金井と言います」

「あー、スマン。人違いだ、わるい」


 悠馬は金井に頭を下げると、やはり首を傾げていた。


「……でも、良く似ている。本当に加藤じゃないのか?」

「人違いと言っているでしょう」

「いやあ、本当にわるい。で、優香の同僚?」

「そうです」

「ふーん。俺は北川と言う。優香の……まあ、昔の男だ」

「あら、昔の男なの?」


 少し怒ったように優香は悠馬を睨みつけていた。苦笑が浮かんだ悠馬である。


「……今の男でもあるな。まあ、よろしく」


 でもと優香は男達を見た。


「どうしてここに?」

「あ、いや。局長に例の事で、竹沢をフォローしろと言われたんだ」


 金井は答えていたが、他の面々は一瞬だけ顔をしかめていた。気がつかなかったふりをして優香は言う。


「助かるわ。でも、ちょっとだけ目をつぶってくれるとありがたいわ。これからデートだから。後で連絡を入れるから、それまで峰山と繁華街を回って証言を取ってくれる?」

「ああ、わかった」

「じゃあ、後で」


 そう言うと優香は悠馬の腕を取って、ファミレスから出て行った。外に出た途端、優香は悠馬の肩に頭を乗せる。


「……おい、やりすぎだ」


 悠馬も頭を傾けて囁いた。


「いいのよ。見せ付けておけば良いのよ」


 それは優香の車の所まで続いた。見せ付けられる方はたまったものではない。だが、自分達の事が相手にわかってしまった事で次の行動に移れなくなっていた。

 運転席に座った優香は、車を発進させてから大きく息を吐く。


「驚かさないでよ」

「あいつらも驚いただろう。これが少しでも牽制になればいいんだが……まあ、そう簡単にはいかないだろうな。ただ、奴らも動きにくくはなる」

「まったく、あんたって昔から先手を打つ人だったね」

「ああ、それはそうと。畑山に向かってくれ」

「畑山? オートコースの方?」

「ああ、その先に眺め良い場所があるんだ。最近のデートスポットになっているらしいから、ちょっと行ってみよう。少し時間が掛かるから、ちょうど良いだろう」

「わかったわ。しかし……」


 優香は笑う。


「あんたがデートスポットねぇ……どうしたのよ、いったい」

「まあ、そう言うな。おまえとはデートらしい事はした事がなかったからな。その埋め合わせだ」

「今頃なの?」


 呆れた優香だった。


「会えなかったからな。今になってしまったわけだ。で……」


 悠馬は話を変える。


「おまえが疑われたのは、四ヶ所全てにいたからか?」


 実は五ヶ所なのだが、もう一ヶ所は表に出ていないため、世間では四箇所と思われていた。


「ほとんど偶然だけどね。でも、それだけじゃないわ」

「四度も続けば偶然とは誰も思わないだろう。目を付けられるのは仕方がないとしても、その編成局長は侮れないようだな。長年の感ってやつは強みになるからな」

「だから困っているんじゃない。何か良い方法はない?」

「バレないように行動するしかないが、監視されているとなると難しいな……」

「そうなのよ。尾行をまくにしても、車で移動する限り無理な場合が多いのよ」

「信号で引っかからない限り無理だな。分の悪い賭けだ」


 さて、どうするかと悠馬は考える。考えても良い案が浮かぶはずもなく、すぐに考える事を放棄した。


「長谷川に頼むか……」

「長谷川さん?」

「ああ、異形が出れば警察が辺り一帯を封鎖する。繁華街の件で

、俺達がつくよりも警察の封鎖の方が早かった。今後は封鎖の方が早いだろう。で、長谷川に連絡をして中に入れてもらうと……」

「でも、悠馬」


 少し疑問に思った優香である。


「それだと、私が何か隠していると言っているようなものだわ。それこそ言い訳も出来なくなると思うけど?」

「だめか。でもまあ、一応は長谷川にも頼んでおこう。何もしないよりもましだし、それに……」

「それに?」

「美緒にも相談していた方が良いかもな」

「そうね。私よりも頭が切れるし、何か詳しそうだ……?」

「どうした?」


 首を傾げてしまった優香に悠馬は聞いていた。


「美緒って、何者?」

「おいおい、何を言っているんだ」

「でも、悠馬。何で美緒達が異形の件に絡んでくるの? 特に……美沙は異形と戦う事は当たり前と思っているようよ。どうして?」

「あれ? ちょっと待て。繁華街の時、確か術で強化……とか言っていたよな。何の術だ?」

「術って、法術とか? そんなオカルト的なもの?」


 これには悠馬が苦笑していた。


「オカルト的と言ってもな、異形自体が十分オカルト的だぞ」

「そうよね。あり得ないと言う事に関しては同じよねぇ……」


 しみじみと言う優香だった。




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