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異形の戦士  作者: 樹 雅
第3章 ~蒼暗の水~
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37話 翔と美沙2

 北川香織の誕生日も過ぎた数日後、凛は『ブルムヘルム』へと遊びに来ていた。香織の兄悠馬と四郎は、香織と凛の二人に店番を任せて奥の方で何やらやっている。

 そこに美沙が入って来た。


「あっ、姉さん」

「あっ、紫村さん。いらっしゃいませ」


 驚いた顔する凛と、ニッコリと笑って挨拶をする香織だった。凛の姿を認めた美沙の顔も驚いたようになっている。


「凛、どうしてここに?」

「知っているの?」


 香織が凛と美沙を交互に見てしまった。驚きから立ち直った凛が嬉しそうに笑う。


「香織は友達なの。遊びに来ていたんだけど、姉さんは?」

「そうなのか。凛は北川さんの妹と友達だったのか」


 なるほどと頷いて美沙は自分の用件を伝えた。


「わたしは頼んでいたバイクを取りに来たんだ」

「ここで逢えるなんて、ビックリした。でも、逢えて嬉しい」

「それはわたしも同じだ」


 美沙は凛に笑顔を向けている。凛のニコニコと嬉しそうに笑う顔は一瞬、瑞紀の嬉しそうな笑顔と重なった。

 チクッと美沙の心が痛む。それは後悔の痛み。


「ちょっと、凛。紫村さんの事を姉さんって、どう言う事よ」


 香織が凛を振り返った。


「だって、ねぇ……」


 と笑顔のまま凛は香織を見る。


「いずれは義姉になる人だもん」

「はぁ?」

「いや、それは……」


 なぜか戸惑った美沙ははっきりと答えられなかった。途端に凛の顔が曇る。


「兄を見捨てないで下さい。兄には姉さんしかいません」

「いや。見捨てられるのはわたしの方かも知れない……」


 弱々しく美沙は答えてしまっていた。


「そんな事はさせません。姉さんを見捨てるようなら、兄を軽蔑します」


 力強く凛は断言する。


「それはだめだ。凛が翔を軽蔑するのはよくない。わたしは翔に軽蔑されても仕方が無い事をしているのかも知れないんだ」

「どうしてですか?」

「あまり言いたくはないが、凛は翔の妹だから知っておいてくれ。翔は関わって欲しくはなかったのに、わたしが無理やり関わった。わたしが翔を利用するために、女の魅力を使ってな。それは許される事ではない」


 異形の事を言えない美沙は、どうしてもこんな言い方しかできなかった。

 本当の事を話せば、翔は家族という居場所を失う。それはできない、させる訳には行かない。


「何言ってんですか!」


 力を込めて首を振った凛だった。


「兄なら、どんどん利用してください。いいえ、死なない程度にこき使って下さい。兄にはそれで丁度いいんです。妹のあたしが許可します」


 何かすごい事を言っているなと、香織は思っている。ただ、凛の性格を知っているだけに、それもありかなと一人納得していた。


「だがな。わたしでは魅力が無いのかもしれない」

「そんな事はないです」

「紫村さんは魅力的です」


 凛と香織が首を振って否定している。


「そうかな」首を傾げた美沙はとんでもない事を言った「この前、翔に抱かせろと言われたんだが……」

「だめです。かんたんに許しちゃ」

「なんて事を言うの、兄さん……」


 憤慨する凛と香織であった。だが、美沙の言葉には続きがある。


「……言ったきりで、指一つ触れてこないのはどう言う訳だ?」

「……あの、全然ですか?」


 少し呆気にとられたように香織が聞いてしまう。

 そうなんだ、と美沙は頷いて腕を組んでいた。


「やはり、わたしに魅力がないのか、それともわたしが拒否するとでも思っているのか。どう思う?」


 聞かれた二人は何も答えられなかった。ごまかす言葉はいえない事だけは二人にはわかっている。美沙が本気で尋ねている事は、十分に理解できていたからだ。

 恐る恐る凛が美沙にたずねていた。


「あの、もし、もしですよ。兄が姉さんを……その時はどうします?」

「喜んで抱かれる」


 即答で、しかも笑顔付きで答えた美沙である。


「だめです!」


 瞬間的に凛が叫んだ。


「なぜだ?」

「なぜって、ねぇ……」


 凛は香織を見てしまう。

 私に振られても困ると思った香織だったが、それでも同意して頷いていた。


「そうです。翔さんが付け上がります」

「付け上がるのか、翔が?」


 わからないように美沙は首を傾げてしまう。


「ええ、そうです。兄は絶対に付け上がります。だから、だめです」

「翔さんを利用するのなら、焦らした方がいいんです」

「そうすれば、兄はきっと姉さんの言いなりになります。その方が兄のためです」


 ここぞとばかりに凛と香織は言い募っていた。その息のあった行動に、美沙の顔が綻んでいた。


「君達は息の合う友人なんだな」

「そりゃあ、香織は親友ですから」

「たまにはケンカもしますけどね」


 凛と香織の二人は笑顔で言う。その二人に美沙は、自分達のようにはなって欲しくなって言う。


「君達はわたしのようにはなるな」

「えっ?」

「翔も北川さんも悲しむ」


 そう言う美沙の微笑みはとても綺麗だった。思わず凛と香織はドキッとしてしまう。どう言う事か尋ねようとした時、悠馬と四郎が奥から顔を出した。


「おっ、翔は一緒じゃないのか?」


 美沙の顔を見るなり悠馬は笑いながら言う。一瞬、首を傾げた美沙は聞き返していた。


「一緒じゃないと変ですか?」

「いや、変ではないが、一人とは珍しいと思ったからな」

「そうですか? 一緒の方が少ないと思いますが?」

「いや、紫村は翔と並んでいた方が楽しい」

「どこがだ?」


 笑いながら言う四郎に、ギロリと目を向ける美沙だった。


「見てる方がだ。ところで奴はどこにいるんだ?」

「さあ?」


 と答えた美沙は、思い出したようにスマートホンを取り出していた。しばらく耳を当てていたが、相手が出たようで話し始める。


「わたしだ。おまえ、今どこだ?」


 その様子を悠馬は呆れたように見てしまった。


「……なんだ、こっちに来るのか」


 美沙は悠馬を見て続ける。


「四郷橋のところです。ここに来ると言っていますが。あと……どのぐらいだ?……一五分ほど……なんだ?……ああ、ブルムヘルムにいる……何だって?……ああ、バイクを取りに来たんだ」

「紫村。ハンズフリーに切り替えろよ」


 相手が翔だと分かった四郎が言う。


「ちょっと待て」


 そう言って美沙はハンズフリーに切り替えた。


『悠馬さん。美沙に何を言ったんです』


 疲れたような翔の声が流れてきた。


「何も。おまえと一緒じゃないのかと聞いただけだ」

「あっ、それ、俺。どこにいるんだって聞いた」

『それで、美沙?』

「わたしはおまえがどこにいるのか知らないからな。聞いた方が早いと思った」

『それでケイタイに?』

「そうだ」

『…………』


 何も返ってこない翔に美沙は、すまなそうに聞いていた。


「悪かったのか?」

『……いいや、おまえは悪くない』


 ため息とともに言う翔である。


『悪いのは四郎。てめえだ、この野郎』

「心外だな。俺のどこが悪いんだ?」


 笑いながら大げさに両手を広げてみせる四郎だった。


『美沙は単純なんだ。そんな事を言えば……』

「ちょっと待て。わたしのどこが単純なんだ」


 聞き捨てなら無かった美沙は、翔の言葉をさえぎるように言う。


『違うとでも? 現にデンワしてきただろう』

「それは松村が……」

『あのな。そんな時はわからないで済ませればいいんだ』

「おまえと連絡が取れるのにか?」

『絶対に連絡をしなければならない場合じゃないだろう』

「すると何か? わたしは絶対に連絡が取れないとまずい時以外は、おまえと連絡を取ってはダメなのか?」

『そうは言っていない。今、連絡を取らなければならなかったのかと聞いているんだ』

「わたしは、いつでもおまえの声を聞きたいのに。それもダメなのか」


 うわっと香織は感心してしまった。


 殺し文句である。


 美沙が意識的に言っている訳ではない事はわかっていた。さらりとそんな言葉が出てくるとは思ってもいなかったのである。

 案の定、翔の慌てた声が流れてきた。


『ちょ、ちょっと待て、美沙。おまえ、人の話を聞いているのか』

「ちゃんと聞いているぞ。おまえこそ聞いていないのか」


 翔と美沙のやり取りを聞いていた悠馬が、納得したように四郎を見た。


「なるほど。確かに言った通りだな」

「いやぁ、並んで無くても楽しいとは、ビックリだ」


 その二人の声が聞こえたのか、翔は本当に疲れた声を出していた。


『悠馬さん、何とかしてください』

「おまえ達の問題に口を挟むのはどうかと思うが」

『四郎、美沙を納得させろ』

「それはおまえがやる事だ。それに紫村はおまえの声を聞きたいと言っているんだ。ちゃんと答えなきゃ、男じゃないぜ」

『てめぇ、遊んでいるな』

「とんでもない。男と遊ぶ趣味はないぞ」

「で、どうなんだ。わたしがおまえの声を聞きたいと思うのは悪いのか?」


 さあ返答は。と言うように美沙はスマートホンを睨みつけていた。


『……どうしろと……』


 頭を抱えている翔の姿が目に見えるような声だった。

 それまで黙って聞いていた凛が口を挟む。


「兄さん。ちゃんと答えなさいよ」

『ゲッ、凛……』

「ゲッ、て何よ」

『……おまえまで。なんでそこにいるんだ』

「いて悪い?」

『いつからいた』

「初めから聞いていたわよ」

『…………』

「何、黙っているのよ。姉さんが待っているんだから、早く答えなさいよ」


 観念したような吐息とともに翔は答える。


『……美沙』

「はい」


 神妙に返事を返す美沙だった。


『俺の声が聞きたければ、いつでも掛けて来い』

「わかった。だが……」

『だが、なんだ?』

「それならそうと、初めから言え」

『あのなあ……』

「なんだ、その不満そうな声は?」

『どう言えと……』

「少しは嬉しそうにはできないのか?」


 返しようが無い翔は、気を取り直して言う。


『とりあえず、俺が行くまで悠馬さんから話を聞いておけ』

「わかった」


 スマートホンを切った美沙は、悠馬を見た。


「と言う訳で、バイクの説明をお願いします」


 何がと言う訳なんだろうと悠馬は思ってしまう。チラッと他の者を見ると、香織と凛は笑いながら互いを見て頷き合っているし、四郎は身体を折り曲げて震えていた。


 それから一五分ほど美沙が悠馬からバイクの説明を受けているうちに、翔がブルムヘルムへと顔を出した。ギロリと四郎をにらみつけた翔だったが、楽しそうに笑う四郎の顔を見てため息を付いてしまう。


「終りましたか?」

「ああ、一通りはな。後は実際にバイクに乗ってからだな。それはおまえに任せるよ」


 悠馬は笑って言う。


「じゃあ、これから少し遠出をします。ガスは?」

「タンク半分、入れているから大丈夫だろ。香織、あれは?」

「ここに用意しているわ、兄さん」


 香織の返事を聞いた悠馬は翔を見た。


「一式用意しているが、メットとグローブ、ブーツでいいな」

「そうですね。初めはその方が動きやすいでしょう」


 翔と悠馬が相談しているのを美沙は黙って聞いている。


「スーツはどうします? あとで寄りましょうか?」

「いや、いいさ。あとで俺が美緒の所へ持って行く。ちょっと用があってな、ついでだ」

「じゃあ、お願いします」


 そして、翔は美沙を振り返っていた。


「とりあえず、グローブとブーツでいい。少し遠乗りをしてバイクの感覚に慣れろ」

「ああ、そうだな」


 香織から必要な物を受け取った美沙が答える。

 それからすぐに翔と美沙は連れ立ってブルムヘルムから出て行く。




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