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異形の戦士  作者: 樹 雅
第2章 ~白銀の風~
38/72

35話 求めたもの

2章エピローグです

 悠馬の手当てが終わった頃には、長谷川も美緒達がいる客間へ姿を現した。


「とりあえず、課長には分かっている事だけは、報告しておきました。後で報告書を出すように言われていますので、美緒さん、協力してください」

「分かったわ。今までの事をまとめた、報告書を出しましょう」

「それと、良くない知らせがあります」

「何です?」

「昨日の事と今日の事で、マスコミに今回の事を知られたようです。警察としても、隠し通すことが出来なくなりました。ある程度の事は、公表しなければならなくなりました」

「それは……仕方がないわ……」


 ため息を付いた美緒である。


「私も、隠しておく事は無理だし思うわよ。この二日間で、どれだけの目撃者が出たと思う。マスコミは、独自の調査と取材を始めるわ」


 長谷川に同意する優香に、美緒は眼をやって言った。


「じゃ、優香。公表は、お願いするわ」

「へっ?」


 間の抜けた返事をしてしまう優香に、美緒は笑顔を向ける。


「事実と嘘を半々ぐらいで、お願いするわ」

「本気なの?」


 疑わしそうな優香に、美緒はもちろんと頷いていた。


「全てを嘘で固めても意味はないし、全てを事実で固めても信憑性がないわ。嘘の中に真実を入れる、事実の中に嘘を入れる。そのほうが信用性は上がるわ」

「…………」

「ただ、これだけは伏せて欲しいの。桂木君の事と、異形が人に戻ると言う事。この二つは、どうあっても隠さないといけない。それ以外は、あなたがいいと思うようにして」


 優香が翔を見る。


「それでいいの?」

「俺の事を伏せてくれると、助かります」


 肩を竦める翔だった。


「ヒーローなのに?」

「俺はヒーローじゃないですよ。俺も倒されるべき異形の者です」


 今度は、苦笑が浮かぶ。


「それを言うのなら、悠馬さんと長谷川さんの二人です。白い異形を倒したのは、間違いなく、悠馬さん達ですから」

「私は当然の事をしたまでだ」

「優香。おまえは俺を、ヒーローにしたいのか?」


 何を言うんだと言うような顔で、悠馬と長谷川の二人は言う。二人を見て、優香はため息をついてしまった。


「わかったわ。美緒、公表する内容を相談したいから、後で付き合って」

「もちんよ」


 笑顔で請け負う美緒である。

 その時、優香のケイタイが鳴った。


「はい。竹沢……局長?」

『おまえ、今まで何をしていた!』


 反射的に優香は、顔をしかめている。怒鳴り声が、ケイタイを通して美緒達にも聞こえてきた。


「何って……」

『もう、そんな事はどうでもいい! それより、写真はどうした!』

「写真? 何のですか?」

『この前、俺に見せた奴だ! バケモノが写っていただろ!』


 瞬間、冷気が客間を覆う。


「あれは、データごと破棄しました。誰も信じませんでしたから」

『バカヤロウ! スクープを捨てる奴があるか! おまえ、それでも記者か!』

「スクープにならないって、局長が言いましたが」

『バカが! あの時と今のでは、状況がまったく違う。おまえが撮った、バケモノの写真が必要なんだ。他社でも、バケモノの写真を、手に入れようとしている。あそこまで鮮明に写っているのは、おまえが撮った物だけだ』

「状況が違う? どう言う事ですか」

「おまえ、この二日間のニュースをチェックしていないのか!」


 電話の向こうの相手の声が、呆れたようになった。


『昨日は峰山公園に現れ、今日は繁華街近くに現れたバケモノの事だ。各局、各社ともに、大々的に報道している』

「警察の公表も待たずに。ですか?」

『バカか、おまえ。何年記者をやっている! 警察の発表の前に、報道するからスクープらなるんだ! いちいち待ってどうする』

「峰山と繁華街近くの事は知っています。その場にいましたから」

『でかした! すぐに写真を送れ! 局長賞ものだ!』


 弾んだ声が聞こえてくる。反対に客間の空気は、より一層冷たいものに変わっていた。


 ああ、そうか。と優香は思った。


 真実を報道する事が正義ではない。真実をどう報道するかが正義なんだ。自分の思い違いに、優香は気がつく。自分の信じていた正義が、どういう意味だったのかと言う事に。


 気がつけば、優香は笑っていた。


 正義は人の数だけある。何を正義とするのか、その人しだいだ。信じていた事が崩れ去った時、人は自棄になって、とんでもない事をしでかす。


 しかし、優香はあっさりと、実にあっさりと信じていた物を捨て去っていた。目の前の美緒達の味方に付く事に決める。


「これから病院に行く所なんです。今、二時ですから……そうですね。六時ぐらいになります」

『バカ者! そんな事よりも、こっちの方が大事だ! さっさと写真を送れ!』

「無理です。ケガ人がいるんです。ほっぽいては行けません」

『周りに人がいるだろう。そいつ等に任せれば良い事だ!』

「自分の男なのに? できませんよ、そんな事は」

『おまえ、男とスクープと、どっちが大事だ!』

「決まっているじゃないですか、男です」


 そう言って優香は、スマートホンを切って、電源まで落とした。


「まったく。人をバカにして」

「おい、優香」

「なに」


 顔を上げた優香は、呆れたような顔が並んでいるのを眼にする。


「いいのか?」

「いいのよ。この年になって、もう一度同じ事を経験するとは、思ってもいなかったわ。あんたの責いよ、悠馬」


 優香に睨みつけられた悠馬が、不思議そうな顔になった。


「俺の責いなのか?」

「そうよ。責任取ってとは言わないわ。そんな時間はないし、私にもやらないといけない事があるから。で」


 優香は美緒を見る。


「一緒に来て。どう公表するかを相談しましょう。男供は邪魔なだけだし、時間を無駄にしたくないわ」

「ええ、そうね。二時間ほどで仕上げましょう。それなら大丈夫よね」

「ありがとう」


 美緒と優香は連れ立って、客間を出て行った。

 やれやれと首を振ったのは悠馬である。そして、長谷川を見て言う。


「ワルイが、病院まで連れて行ってくれ。美沙の腕を信用しないわけじゃないが、念のためにな」

「ああ、わかった」

「あっ、じゃ、俺も帰ります。ブルムヘルムに寄って行きますよ。バイクでコケて、怪我をしたと、香織ちゃんに言ときます」

「そうだな。入院するようだったら連絡する」


 悠馬と長谷川、そして四郎も客間から出て行った。残った二人は、どちらからともなく、ため息をついてしまう。


「やりにくくなるな……」

「遅かれ早かれ判る事だ。仕方がない」

「そうは言うが、異形が出ればマスコミも出てくるぞ」

「大丈夫だろ。そのあたりは、警察が何とかするさ」

「それでも警察の目を盗んで、近付く奴が出てくる」

「自分の命と引き変えにするのなら、俺達が気にする事じゃない。ところで、あの二人はどうした?」


 翔が誰の事を言っているのか美沙はすぐに気がついた。


「消えた……」

「消えた?」

「ああ。二日前の退魔行の最中に崖から落ちたが、見つかっていない」

「死んだのか?」

「わからない。死体が見つからなかった。消えたとしか言いようが無いんだ」

「そうか……」

「それでもな……」


 再び、ため息をついた美沙が、首を振って立ち上がった。


「ちょっと、待ってろ」


 そう言って客間を出て行く。翔は、ソファーに深く身体を沈めてしまった。


(炎に風……か……)


 内なる二つの声。だが、それだけではないような気がしている。

 小説などに出てくるのは、二つではなく四つだった。あと二つ。それが何であるか予想は出来るが、それを引き出せるかはわからない。風の力も自分で引き出した、異形の力ではない事は理解していた。


「どうした?」


 物思いに耽っていた翔は、美沙が戻ってきた事に気が付かなかった。顔を上げた翔に、お盆を持っている美沙が写る。


「それ。まさか、あれじゃないだろうな」

「コーヒーだが?」


 安心した翔だったが、首を傾げてしまった。


「おまえが淹れたのか?」

「わたしでも、コーヒーぐらいは淹れられる」


 少し憮然とした美沙である。翔の前にコーヒーを置くと、向かい側に腰を降ろした。


「さっき、色が変わった。紅から白銀に」

「そうなのか? 自分じゃ、分からなかったが?」


 カップを持ち上げながら、翔は美沙に答えている。


「まあ、自分の身体を見下ろしたわけじゃないから、気がつかなかったのだろう。白銀の異形に変貌した途端、白い異形と同速になって、眼で追う事がやっとだった」

「なるほどな。だから、白い異形がはっきりと見えたんだ」

「それはそうだな。同速で動けるなら、はっきりと見えるだろう。それにしても……」

「それにしても?」

「紅の異形は力で、白銀の異形は速度か。つくづくおまえは変わった奴だな」


 半分、呆れているような言い方の美沙に、翔は苦笑が洩れる。


「あと必要なものは何だ?」

「必要なものとは?」


 意味が判らないように、美沙は首を傾げて聞き返した。

 翔は試すつもりで言う。


「力と速度。あとは何がある?」

「力と速度……あとは……耐久か? それとも器用さか? ああ、知力と言うものもあるな」


 異形の力に知力は、さすがにないだろうと、思った翔は笑っていた。


「何がおかしい。聞いたのはおまえだぞ」

「ああ、そうだな。聞いたのは俺だ。しかし、おまえも面白い奴だな」


 何とも嫌そうな顔になる美沙である。


「前から聞いているが、わたしのどこが面白いんだ」


 これには笑うだけで、翔は答えなかった。


「ところで。おまえは、わたしをいつまで、紫村と呼ぶんだ」

「?」


 意味が判らずに翔が首をかしげる。


「そろそろ、名前で呼んで欲しいのだがな」

「紫村は紫村だろ」

「わたしが、名前で呼んでもらいたいんだ」


 力を込めて言う美沙。おまけに、とてもニッコリとした笑顔つきである。

 ゴクリとコーヒーを飲み込んで、翔は反射的に頷いていた。

                        





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