表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異形の戦士  作者: 樹 雅
第2章 ~白銀の風~
37/72

34話 風

「悠馬、大丈夫なの?」


 心配そうな優香に、悠馬は苦笑してしまう。


「強がりだったか……な」

「無茶は止めてくださいよ」


 ホッとしたように四郎は、肩を落として悠馬を見ていた。

「ワルかったな。だが……」

「北川!」


 鋭い長谷川の声に、悠馬が振り返る。


「何か変だ。芳賀の動きがおかしい」

「なに?」

「ここぞぞぞうううう、おおおままままえ――がぁあああああ―――」


 妙に間延びした声が悠馬達の耳に届いた。


 異変は突然だった。


 それまで、紫村の武を用いて紅の異形と、攻防を繰り返していた白い異形が、上体を揺らし、不規則な動きを始める。はっきりと話していた言葉が、間延びするようになった。


「いいいななぁああああ―――」


 突然、声が途切れる。


「何だ?」

「長谷川!」


 首を傾げる悠馬に、美沙の叫ぶ声が聞こえた。

 声の質に、長谷川はほとんど反射的に、対戦車ライフルのトリガーを引き絞っている。

 銃声と同時に、白い異形の姿が消えた。そして、次の瞬間には紅の異形が、突き飛ばされたように、前に飛んでいく。

 美沙が棒立ちになったのは一瞬だけ、それでも白い異形の影は視界の隅に映った。


「くそ!」


 歯噛みした美沙は、一度、美緒たちの元まで後退する事にした。

 その間にも、紅の異形は右に左に、前後にと弾き飛ばされて地を転がる。


「ぐっ……」


 いるのも来るのも判った。ただ身体の動きが追いついていけないだけ。

 あっちこっちに、転がる紅の異形を美緒達は、ただ見ているしか出来なかった。


「この前より早くない?」


 呆れたような優香に、唇を噛み締めて見るしかない悠馬である。


「これでは、射撃は無理だ」


 スコープを覗く長谷川の言葉だった。


「眼で追うのがやっとだ。ついていけないぞ」


 悔しそうなのは、戻ってきた美沙だった。


「美沙、判るの?」


 恐る恐るといった感じで美緒は美沙を見てしまう。


「動きはな。何とか追える。だが、それだけだ。それでは意味はない」


 美沙は焦りを感じていた。

 自宅の庭とはいえ、白い異形が飛び回るには、十分な広さがある。速度のある異形相手に、速度の活かせない地形に、おびき出す方が有利である事を知っていた。が、この近辺には、屋内戦に持ち込めるだけの場所がない。

 現時点で、一番効果の有りそうなのは、長谷川の対戦車ライフルだけだった。


「長谷川さん。白い奴を眼で追えないか?」

「追う事は何とかできるが……」

「なら、追って射撃を……」

「無茶を言うな。精密射撃は、スコープを覗かないと当らない。スコープを覗くなら、眼で追うことは無理だ」


 立ち上がって長谷川は美沙を見る。


 転がる紅の異形に眼を戻して、美沙は何か方法はないのかと考えていた。知らず知らずのうちに、光刃を握る手に力が入っている。

 弾かれながらも紅の異形は、防御をして受けるダメージを最小限に抑えていた。そして、このままではジリ貧になる事も判っている。


(くそ! 同速で動けなければ、なんともしようがない。このままでは攻撃おろか、防御もままならなくなる。防御を固めてカウンターを狙うか……いや……待つのは嫌だ……)


 どうすると悩む翔に、内なる声が響いた。



《我を呼べ》



 炎と言った声とは違う柔らかい声。


(おまえは……)



 《我は風》



(風……だと)


 信じられない思いだった。だが、その声も確かに、自分の内にある事を感じる。



 《我は要らぬか》



 躊躇する必要はどこにもなかった。一度受け入れた『炎』と言う異形の力、二つ目が現れたからといって拒否する理由にはならない。


 だから、翔は願った。


(風、力を貸せ)


 突然、紅の異形の周りに風が渦巻く。


「なんだ?」


 見ていた美沙が目を細めた。


 白い異形が、渦巻く風に弾かれ、姿を鮮明に見せる。警戒したように、動きを止めた白い異形に、長谷川の銃撃が飛んだ。

 一歩、二歩と白い異形が後退する。


 その間に、紅の異形の周りに渦巻いていた風が、紅の異形を包み込み、風が白銀の光となって纏わりついていった。


「あれは……」


 その変貌を眼にした美沙は驚いてしまう。

 翔が初めて紅の異形に変貌した時と、同じ事が起きていると感じた。

 そして、紅の異形は白銀の異形へと変貌する。


「やっぱり、色が変わるのか……」


 細部は違うが、基本的なシルエットは、紅の異形も白銀の異形も変わらない事が見て取れた。


「どうして……なにが……」


 呆然としたような声が美緒の口から出てくる。

 なにがどうなったかは、美沙にも判らないが、翔が新たな力を得た事は理解した。微笑が浮かんでくるのが自分でも判った。


「まったく、翔は変な奴だ」


 それで済ませるのか。そんな顔をする四郎だった。


 悠馬と優香は苦笑するしかない。美沙の性格を少しだけ判っていたからだった。


 白銀の異形は白い異形を認めると、その姿が霞んで消える。同時に白い異形の姿も霞んで消えた。

 瞬間、手前の地面が爆ぜる。と思った時には、一〇メートル先の樹木が破砕した。

 その度に、白銀の異形か白い異形のどちらかが、一瞬だけ姿を見せている。二体の異形の動きは、人の眼に追いつけないほど高速になっていた。

 あまりにも桁外れな戦いに、美沙がため息をついてしまう。


「これでは、援護も何も無いな……さて、どうするか……」

「どうするかって……おまえ、なにを考えている?」


 四郎は、美沙の呟きを聞き取って、呆れそうになった。


「援護の方法だ」

「援護?」

「翔だけに任せておくのは、負い目を感じるからな。人の身の辛いところだ」

「そういう問題じゃないだろう。あんな速度に、人が対応できるわけがない!」


 それは、その場の美沙以外の者の代弁である。ところが、美沙は首を振って振り返った。

 その瞳が輝き始め、口元には笑みさえ浮かんでくる。


「なぜ、簡単に諦める? 翔なら諦めない。何か手はあるはずだ。わたしが諦めたら、翔の戦いは孤独になる。それは嫌だ。わたしは、翔とともに戦いたい。いつでも、どんな時でも」

「キミの考えはわかった」


 長谷川が、対戦車ライフルを片手に美沙に近づいた。


「だが、どう援護する? あの速度では射撃は無理だ。仮に射撃をしたとしても、まったく当らないか、桂木君に当るかどちらかになる」

「そんな運任せはだめだ」

「当たり前だ。私もそんなギャンブルをやる気はない。白い異形が来る場所がわかれば、何とかなる。いや、何とかできる」


 断言する長谷川に、悠馬が問いかけた。


「それは、つまり狙点。白い異形が来る場所がわかれば、翔には当らないんだな」

「これでも射撃には自信がある。あまり見くびらないでくれ」

「狙点か……」


 悠馬は翔が戦っているらしい所を、眼で追いながら考える。


(奴が絶対に通る所……それは、どこだ……通る……?……違う。作ればいいんだ。奴が向かってくる場所を……それは…点)


 乾いた笑いが悠馬の顔に浮かんだ。


「長谷川……」


 悠馬は静かな声で呼ぶ。


「俺の眼の前が狙点だ」

「なに?」

「いいな。全ては一瞬だ」


 言うなり歩き始めた悠馬の腕を、長谷川はつかんでいた。


「なにを……やるつもりだ」

「わかっていないのか?」


 振り返った悠馬に、長谷川は首を振っている。悠馬が思いついた事は、長谷川も思いついていた。だから、首を振っていたのである。


「私がやる事だ」

「接近戦は俺の領分、射撃戦はおまえの領分。白い異形にダメージを与えられるとしたら、おまえの対戦車ライフルだけだ。だから、これは俺の役目だ」

「死ぬぞ」

「それがどうした」


 その言葉が虚勢である事は、長谷川にも判っていた。それでも、長谷川は悠馬の腕を放せない。


「だが……」

「死ぬつもりはない。だが無傷とはいかないだろう」

「判っていても、か?」

「気力が萎える事を言うんじゃねえ。まあ、手足の一本や二本ぐらいは、な……」


 引きつった笑いが悠馬の顔に浮かんでいた。その顔を見た時、長谷川は手を離すしかなくなる。長谷川の顔も引きつっていた。

 悠馬と長谷川が、何をしようとしているのか、理解した美沙達が驚く。


「わたしが行くべきじゃないのか」

「キミでは意味が無い。私か北川でないと奴は無視をする」

「翔と戦う合間に、俺を潰すのはわけないからな」

「やめて! 死に行くようなものだわ!」


 悲鳴じみた声を美緒が上げた。その隣の優香は真剣な目で悠馬を見ている。


「悠馬……」

「優香も止めて!」


 美緒が優香の腕を取っていた。ため息をついた優香は悠馬に言う。


「とりあえず、生き残りなさい。手足の一本や二本は無くなってもいいから」

「優香!」


 美緒は非難めいた声を上げていた。


「止めないのか?」


 少し驚いた顔の悠馬に、優香は首を振る。


「前は止めなくて、取り返しのつかない事をしたわ。でも、今は止める方が取り返しがつかなくなる気がするの。あの時とは、逆のような感じがするわ」


 そして、再び優香はため息をついていた。


「本当は止めたいけどね」


 悠馬は微笑んでしまう。


「しばらく見ない内に、いい女になったな」

「あんたもいい男になったわよ。だから、生き残りなさい」

「ああ。そう簡単には死ぬ気はないからな。長谷川」


 ああと答えて長谷川は、美緒を振り返っていた。


「S弾を渡してください」

「テストもしていないのよ」

「構いません。今、やれば良い事です」


 それでも渋る美緒に、長谷川は手を差し出して言う。


「北川を死なせないためです」

「二発よ」


 美緒がポケットからケースを取り出して長谷川に渡した。


「十分です。必要なのは一発だけです。失敗すれば、それで終わり」


 ケースから一発だけS弾を取り出して、対戦車ライフルに装填すると、長谷川は悠馬に頷いて片膝立ちになる。


「いつでも」


 実剣を担いだ悠馬が歩き出した。その背に、優香はそっと呟く。


「行ってらっしゃい、悠馬」


 聞こえない呟きを、聞き止めてしまった美沙が動きかける。


「キミの出る幕ではない」


 高揚もなく静かな声で、長谷川が美沙の動きを封じ込めた。

 肩に実剣を担いだまま悠馬は、翔が戦っていると思える辺りまで来ると、視界に動く影が見える。


 影を追うことはせずに、実剣を構えながら静かに眼を閉じた。 周りでは破砕音が弾け、ジャリが飛んでくる。それを気にした風でもなく、悠馬は呼吸を整えた。


(音に惑わされるな。集中しろ。流れを感じるんだ、俺に必要なのは……)


 正眼に構えていた実剣が、ゆるりと動く。


(剣道じゃない……相手を打倒す剣技だ……)


 左半身の構えに身体が開いて行き、腰が少し落ちた。実剣が肩の高さまで持ち上がる。


(振り払う必要はない。電光石火の突き……この一撃に集中しろ……)


 剣道ではなく剣技と呼ばれる技を、悠馬がものにした瞬間だった。

 長谷川も対戦車ライフルを、構えたままピクリと動かずに、悠馬の後姿を見ている。

 悠馬が動く時、どう動くのかが手に取るように分かった。いや、見えたと感じる。

 その動きの隙間から、銃撃をおこなうと決めた。弾丸が悠馬の身体に沿って、通り抜けて行く事になるが、長谷川は悠馬に当る事はないと確信が持てる。


 二人の後姿は、近寄りがたい空気を纏っていた。見ていた美沙は、思わず感嘆の呟きをもらす。


「凄い。なんて男達だ」

「よく見てなさい。本気の男の強さを」


 優香は、誇らしげの声になっていた。その声に美沙が、優香を見上げて息を呑む。

 口元がわずかに綻んでいた。この状況で微笑むことなど、出来るものではない。現に、姉の美緒は蒼い顔のまま、口元を引き締めていた。

 悠馬と長谷川の動きは、白銀の異形にも見えている。


(何をするつもりです。悠馬さん……)


 白い異形の動きをカウンターで、止めようしていると思ってもいない白銀の異形は、二人を視界に収めたまま、白い異形と渡り合っていた。

 白い異形が、二人に気がついて軌道を変える。


(くそ。させてたまるか)


 白銀の異形も軌道を変えた。

 来る。感じた瞬間、悠馬と長谷川は同時に動いていた。


「せぇぃや――!」


 悠馬の烈魄の声と銃声が同時に聞こえる。

 銃弾が飛翔していくのが、白銀の異形に見えた。射線上には白い異形がいる。白い異形が、銃弾を避けようともしない事に、白銀の異形は焦りを感じていた。そのまま吹き飛ばす気なのはよく判っている。

 そうはさせないと、白銀の異形も行動していたのだが、それでも一瞬だけ遅れているのが分かってしまった。


(まにあえ――)


 銃弾と実剣が、同時に白い異形に迫る。わずかな差ながら銃弾の方が、実剣よりも早く白い異形と接触した。実剣が銃弾に、吸い寄せられるように軌道を変える。

 それは、正確に銃弾が命中した箇所に向かった。


 この間、ほんの一瞬の事。


 過ぎてしまえば、白い異形が右胸に、実剣を突き差したまま立っており、白銀の異形が、その前に立っていた。


 悠馬は、二体の異形の風圧で吹き飛ばされて、五メートルほど横で倒れている。


「北川!」


 長谷川が対戦車ライフルを、投げ捨てて駆け出した。一泊遅れて美緒達も、駆け出している。


「北川さん!」

「悠馬!」


 その声に悠馬は、左手を挙げて答えた。


「右腕一本とは、ありがたいな……」


 そんな呟きを、悠馬は漏らしている。


「大丈夫か?」


 長谷川が問いかけとともに、右手を差し出していた。その手を取って悠馬は立ち上がる。


「よく判ったな。あのタイミングが」

「動くと感じたら、撃っていた。ほとんど無意識だった。私は引き金を引いた覚えがない」

「悠馬、あんた……」


 悠馬の右腕を見た優香が、言葉を飲み込んでいた。


「おう。とりあえず、生き残ったぞ」


 笑みを浮かべる悠馬に、優香は大きく息を吐き出してしまう。


「これですんだのは、幸運すぎかな」

「痛くないかですか?」


 恐る恐る聞いたのは四郎だった。途端に、悠馬は顔をしかめる。


「言うな。痛くなる」

「奴は?」


 悠馬の傷が、たいした事はないと見て取った美沙が、白い異形を振り返った。そこに、人の姿に戻った翔がいる。

 白い異形の姿が、潮が引くように消えて人の姿が現れた。信じられないような顔で、自分の右胸を貫いている実剣を見る。


「……なぜだ……なぜ……」

「言っただろ。おまえには負けないと」


 悠馬が、芳賀の呟き聞き止めて近付いた。


「人が……どうして……この力は……」

「おまえが弱いからだ」

「それさえ、理解できないだろう」


 悠馬と長谷川は、芳賀を哀れむような瞳を向けている。


「ばか……な……」


 何を言われているか、理解できない顔で、首を振りながら崩れ落ちていった。


「バカヤロウが……」


 悠馬は、やりきれない思いとともに呟く。

 それは長谷川にしか聞こえなかったが、その言葉に滲む苦々しさは理解できた。自分も同じ思いを抱いていたからである。

 振り向いた悠馬と長谷川に、何とも言えない顔をした美緒達が映った。


「どうして…」


 美緒はそれだけしか言えない。その美緒に悠馬と長谷川は、ゆっくりと首を振っただけで何も言わなかった。


「姉さん……」


 芳賀を見下ろしていた美沙が、顔を上げて美緒を見る。


「二人には分かっているんだ」

「何を?」

「芳賀が弱かった事。弱くなければ、立場は逆になっていた事」

「どうして? 芳賀君は紫村の者の中でも、あなたに次ぐ実力はあったはずよ」


 美緒の答えを聞いた優香が、美緒の肩に手を置いて、首を振っていた。


「そうじゃないのよ、美緒」


 かつて自分も、同じ間違いをした事がある。それが悠馬と別れた理由の一つだった。だから、優香にも分かる。


「悠馬も長谷川さんも、武器や力が強さとは思ってはいないわ。ただの手段と思っているはずよ」


 そして、優香は翔を振り返って聞いていた。


「後輩君も、異形の力は手段と思っているのでしょ」

「その通りです。こんな力がなくても、人は強いはずです」

 驚きを隠して翔は答える。なぜか、悠馬と話す時のようになってしまっていた。


「おまえなら、そう言うと思った」


 ニッコリと、笑顔を浮かべて美沙は翔を見る。


「だから、おまえは強いんだ」

「強いか……」

「自信を持て、わたしが保証する」


 美沙の言葉に、翔は苦笑していた。


「とりあえず、長谷川さんに後を任せるわ。みんなは家にきて」


 いつまでも、こうしていても意味はない。事後処理を始めなければならないし、外の警察も、いつまでも封鎖状態に、しておくわけには行かないからだ。美緒の言葉で、長谷川は北川へ連絡を取る。翔達は美沙に連れられて、家の中へ入っていった。

 悠馬の手当ては応急的ではあるが、紫村の家でも出来るし、必要な物はそろっている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ