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異形の戦士  作者: 樹 雅
第2章 ~白銀の風~
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33話 芳賀

 警察の封鎖の中を、長谷川の先導で翔達は通り抜け、紫村の家に近づいていた。

 辺りは、異様なほど静かである。家の内側、母屋と道場の間に、敷石を敷いた広い空間があり、そこで芳賀は、翔達を待っていた。

 笑みを浮かべ自信に満ちた顔で、翔達が近づいてくるのを見ている。


「あんた、その力をどこで手に入れた」


 余計な事を言わずに、単刀直入で翔は尋ねた。


「おまえの知った事ではない。重要な事は、俺が力を手にしたと言うことだ」

「その力で、何をする気だ」

「もちろん。異形を倒すのさ。おまえのような小僧の力など、もう必要ない」

「異形の力を手にしたからか」

「力は使ってこそ意味がある。そんな事も判らないようなシロートが」


 優越感に浸っているような芳賀に、翔は首を振って否定する。


「違う」

「何が違う?」

「力は秘めるものだ。見せびらかすような物じゃない」

「使わない力に、何の意味がある」


 芳賀との対応を翔に任せていた美緒達だったが、得体の知れない違和感が付きまとっていた。それが判っていなかったのは、美緒だけである。


 悠馬と優香は武道を習った者として、長谷川と四郎はその本能的な感覚で、芳賀に対しておかしなものを感じていた。

 ただ一人、黙ったまま静かに、芳賀を見ているのは美沙である。


「判っていないのか、あんたは。それは破滅をもたらすだけだ」

「判っているさ。判っていないのは、小僧、おまえだ」


 そして、芳賀は美緒を見てニタリと笑った。


「紫村を継ぐのは、この俺だ。おまえは俺の物だ」


 手を伸ばしてくる芳賀に、嫌悪を感じた美緒が後さがる。優香が、美緒を庇うように、前へ出た。さらに、その前には長谷川と悠馬の二人が護るようにいる。


「ふざけないで。美緒は、あんたなんかの物じゃないわ」


 公然と、芳賀を睨みつける優香だった。


「寝言は寝てから言え」

「美緒さんは、誰の物でもない」

「同感だわ。悠馬、長谷川さん」


 悠馬と長谷川の言葉に、優香は大きく頷く。

 そんな三人を見て、芳賀の顔に笑みが浮かんだ。


「弱いおまえ達が、何と言おうとも、強者である俺に勝てるものか」

「おまえのどこが強者だ?」

「勘違いしてんじゃねぇぞ」


 長谷川と悠馬の二人が、同時に足を踏み出している。


「ただの人が、俺に敵うものか」

「それはどうかな」


 不敵な笑みを浮かべた悠馬は、実剣を正眼に構えた。その隣で長谷川が、対戦車ライフルを肩に着ける。

 二人の後姿を見た優香は、微笑が浮かぶのを自覚した。久しぶりに、本当にひさしぶりに見る悠馬の本気の姿に嬉しくなる。一分の隙もない立ち姿。続けていなければ出来る物ではなかった。悠馬が忘れずに、続けていた事が優香には嬉しかったのである。


「これでも……」


 芳賀の姿が、霞んで消えた。


「……俺に勝てるのか」


 後ろから聞こえてきた声に、悠馬達は振り返った。そこに、美緒を後ろから抱きとめている芳賀の姿が見える。


「くっ」


 唇を噛み締める悠馬と長谷川の二人だった。四郎は呆気にとられたような顔で、優香は悔しそうに顔を歪めていた。

 それでも冷静だったのは、翔と美沙の二人である。


「俺こそが、紫村を継ぐにふさわしい」


 おぞましさが美緒の顔色を蒼白にした。

 怯える美緒に、長谷川は対戦車ライフルを持ち上げて、銃口を芳賀の額に合わせて止める。

 そんな長谷川を見て、悠馬は再び口元に笑みを浮かべた。


「長谷川」

「何だ」

「俺は、あんたならいいと、思っているが」


 銃口を向けたまま、長谷川は一瞬だけ悠馬を見る。


「キミは、それでいいのか?」

「ああ。俺には俺の奴がいるからな」

「協力してくれるのか」

「あんたはもう、俺の友だ。友の受難を見てみぬふりは、俺には出来ないからな」

「キミは変わった奴だ。私の友人の中では一番だ」

「ほめ言葉と受け取るぜ」


 一度は、降ろしていた実剣を、再び肩に担いで悠馬は、ゆらりと前に出た。

 長谷川も片膝を着いて、完全に射撃姿勢になっている。


「悠馬さん!」

「引っ込んでろ!」


 動きかけた翔が、悠馬の怒声に止まった。


「これは、我々の問題だ」


 静かに長谷川が言う。その声の魄力に、翔は何も言えなくなった。


「北川。奴は異形の力を手にしている。遠慮する事は無い」

「援護、よろしく」

「まかせろ」


 実剣を担いだまま、近付いてくる悠馬に芳賀はせせら笑う。


「人が異形の力に勝てるものか。無駄な事だ」


 対する悠馬の声は、呆れるようなものだった。


「おまえ、バカだろ」

「なに……何をする気なの、北川さん」


 不安を隠しきれない美緒の問いかけに、悠馬は安心するように笑顔を見せる。


「俺と長谷川は、そのバカにあんたを渡したくない。思い違いをしているようなバカが、異形の力を持っているから、遠慮なくぶちのめす。それだけだ」

「それだけって……」


 美緒は悠馬が何を言っているのか、理解していたが、人が異形に勝てるわけがない事を知っていたため、無謀としか思えなかった。


「接近戦は俺の領分。射撃戦は長谷川の領分。異形の力を持ってんだから、二人掛でも卑怯とは言わないよな」

「バカが。何人で来ようと、人には勝てない」


 呆れたように芳賀は悠馬を見る。


「いいだろう。力のない事を後悔しろ」


 美緒をつかんでいた芳賀の手が離れる。

 刹那、悠馬は一足飛びで、間合いを詰めて実剣を振り抜いていた。後ろに跳んで避ける芳賀だったが、前に出られなかった。

 長谷川の銃撃が、芳賀の足元に着弾する。

 動きを止めた芳賀に、悠馬が実剣を横殴りになぎ払った。が、それさえも芳賀は避けきって見せる。


「チッ」


 舌打ちが悠馬の口から洩れた。長谷川も口を噛み締めている。

 速い。

 それが二人の感想だった。


「異形の力を手にした俺は、さらに強くなった。異形とならずとも、このくらいの芸当は出来る」

「強くなっただとぉ」


 悠馬の身体が、一回り大きくなったように、怒気が膨れ上がる。


「強さを履き違えているバカに負けるか!」


 はき捨てて悠馬は、連撃を芳賀に繰り出した。一撃目、二撃目はかわされ、三撃目が芳賀を捉える。


 響いたのは金属味を帯びた音だった。


 実剣を受けた芳賀の右腕が、白い異形へと変貌している。そして、それは腕を駆け上がり全身を覆っていった。


 それを見た瞬間、悠馬は飛び離れる。入れ替わるように、長谷川の銃撃が白い異形に浴びせかけられた。


「翔!」


 鋭い美沙の声を聞くまでも無く、翔は駆け出している。すぐ後を追うのは、光刃を出現させた美沙だった。


 動くと感じた時には、悠馬は横に飛び退いている。すぐ横を白い異形の足が、通り過ぎて行くのが見えた。避けられたのは、まぐれだと悠馬には判っている。ただ、衝撃で体勢を崩されたのが痛かった。体制を整える前に、次が来るのも判っている。

 ふれる身体を、そのまま振り回して、悠馬は実剣を横に振り払った。来るはずの衝撃がこない。


 紅と白が交差していた。

 紅は翔。

 白は芳賀。

 紅の腕が白い異形の腕を受け止めている。


「また、邪魔をするのか。小僧!」

「当たり前だ。悠馬さんは、俺の先輩だ」

「シロートのガキが!」

「ふざけんな!」


 紅と白の攻防が始まる。


 翔にとって芳賀は、駅前の事件のあと、連れてこられた美沙の実家で、ただ叩きのめすだけの組み手をやらされた相手だった。

 シロートの翔を叩きのめすだけで、基本的な事も教えずに戦士に仕立て上げるのが、自分の役目と言っていた相手である。実力も経験もまったく違う、何も知らない翔は、一度も羽賀に勝てなかった。

 

 それでも、翔は負ける気がしない。


 一つは、異形の力など無いほうがいいと言う思い。もう一つはライやアキト、美沙が鍛錬の相手をして、紫村の動きが少しはわかると言う事。そして、何よりも異形の力を手にしたから強くなったと言う事が気に入らなかった。


「異形の力なんか、たかが知れている。たいしたものでもない!」

「たかがだと!」

「その力を得て、誰も死ななかったか? ケガをする奴は誰もいなかったのか? 本当に強ければ、誰も死なない、ケガなどしない!」


 翔は異形の力を得ても、誰も救えない事を、誰も護れない事を、その身と心で知っている。異形の力が人を強くするのではない事を知っていた。


 人を強くするのは、そんなものではない。


「異形の力など、ただの力だ!」

「異形の力は人を強くする。小僧、思い違いをするな! 紫村の者では、俺が一番強い!」

「違う! おまえが、一番弱い!」


 光刃を振りぬいた美沙が割り込んだ。光刃を受け止めた白い異形が呻く。


「ぐっ……」

「おまえは、翔よりも弱い」

「小僧より弱いだとぉ!」

「ああ。異形の力が無くとも、翔は強いぞ」

「ふざけた事を抜かすな!」


 白い異形は、光刃を跳ね上げて拳を振った。受けたのは紅の拳。

再び、白い異形が呻いた。

 紅の異形は気にせずに、さらに一歩踏み込んで白い異形の腹に肘を打ち込む。

 弾き飛ばされた白い異形が、五メートルの距離を開けて止まった。腹を押さえた白い異形は、ゆっくりと顔を上げて咆哮をあげる。


「ほら、見ろ。翔は強いぞ」


 勝ち誇ったように美沙が笑った。

 翔が紅の異形の姿になって白い異形の攻撃を止めた後、悠馬は立ち止まっていた美緒を連れて、長谷川達のいる場所まで後退していた。




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