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異形の戦士  作者: 樹 雅
第2章 ~白銀の風~
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30話 美緒と優香

 紫村科学技術研究所へ向かう車の中で優香は悠馬に聞いていた。


「あの二人……恋人なの?」


 助手席に座る悠馬は首を振る。


「いいや、違う。でも、そうは見えないだろう」

 苦笑が浮かぶユウマであった。後部座席の四郎も笑っていた。

 あの二人の言動を見ていると面白い、息の合った恋人にしか見えないのだが、翔は認めないだろう。美沙は惚れているらしいが、恋人とは認めないだろう。それが判っているだけに苦笑するしかないのだが……。


「昔の私達みたいね……」


 ポツリと呟いた優香に悠馬は首を傾げていた。


「あそこまで、とぼけてはいなかったと思うが」

「あら、そう? 私がどれだけ、やきもきしていたと思っているの?」

「カンベンしてくれ。あの頃の俺は、誰にも関わりたくなかったんだ。自分の事で精一杯だった。余裕もなかった」

「結局、私はそれに振り回されただけだった……」

「ワルかったと思う。おまえを大事に出来なくて。今なら、少しは……」

「少しは、なに?」

「やめよう。昔の事だ……」

「そうね……」


 後部座席で聞いていた四郎は、身動きが出来なくなった。悠馬の私情に口を挟めないし、挟む気もない。聞かされた自分はどうすればいいんだ。そう思ってしまった。頭を抱えたい四郎である。


「四郎……」

「はい!」


 思わず姿勢を正した四郎だった。バックミラー越しに優香はチラリと四郎を見て、失敗したという顔をするが何も言わなかった。

 視線を合わせられない四郎は前を見ているしかない。


「翔達の事をもう少し詳しく話す」

「?」


 首を傾げそうになる四郎だった。


「詳しくって?」


 問い返したのは優香だった。


「おまえが知っているのは、異形の姿に変貌した後の事だ」


 それがどうしたのだろうと優香は首を傾げる。悠馬は前を向いたまま話し始めた。


「桂木翔とこの松村四郎の二人は、俺の後輩みたいな者だ。だから俺もこの事に関わった。だがな、翔にしても俺や四郎にしても進んで関わった訳じゃない」

「…………」

「そしてな、紫村美沙には友人がいた。坂原瑞紀、その娘は翔の恋人だった」


 だった、と過去形で語る悠馬に、優香は何が言いたいのだろうと思う。


「駅前の事件。あれは翔が異形へと変貌した初めての事件だ。どうして、翔が異形となりえたのかは、俺達おろか翔本人さえも知らない。ただな、あの時あの場所で、坂原瑞紀は翔と美沙の目の前で死んだ」

「えっ?」

「目の前で恋人を殺された翔が異形となり、目の前で友人を殺された美沙は異形に向かっていく。人の力では適わないと知りながらな。そこにどんな思いがあったのかは、本人達ではないと判らないが、異形という上辺だけを知って、真実を全て知ったと思うのは止めた方がいい」

「だけど、真実は一つしかないわ」


 苦笑が浮かぶ悠馬だった。


「そうだな。確かに、おまえの言う通りだ。だが真実と言う事だけで報道するのは、当事者達に反感を買うだけだ」

「だから、報道するなと?」


 少し硬い声で優香は言う。それに対して悠馬は首を振っていた。


「いいや。俺は止める権利も、どうこう言える立場でもない。おまえの思う通りにしたらいい」

「悠馬さん!」


 思わず四郎は、助手席の背もたれをつかんで身を乗り出していた。


「四郎。俺達は当事者だが、この件に関しては口を挟む事は出来ない。決めるのは、優香と翔と美沙だ」

「そして、殺されろと?」


 ふと、悠馬は笑う。


「そんな事にはならんさ」

「どうして、そう言える訳?」

「あいつは、翔はな。これで二度目なんだ」

「二度目?」

「悠馬さん!」


 四郎が身を乗り出していた。制止するつもりだった四郎だが、悠馬の瞳を見て身を引いてしまう。優香も知っておいた方がいいと思っているように感じた。四郎は、自分よりも優香の事を知っている悠馬を信じる事にした。


「四年程前だ。翔に恋人が出来た。その彼女があいつの目の前で死んだ」

「病気だったの?」

「違う」


 答えたのは四郎だった。


「あいつの彼女が誘拐されたんだ。ずぶ濡れになって、瞳に異様な光を宿して、俺と悠馬さんの前に現れた」

「誘拐なら、警察に通報すれ……」 


 優香の言葉が止まる。バックミラー越しに、四郎が首を振っているのが見えたからだった。横目で悠馬を見ると、やはり首を振っている。


「相手が大手製薬会社だった。高校生のガキが何を言ったって、まともに聞いてくれるものじゃない。だから、翔は自分の手で救い出そうとして、俺や四郎に協力を求めてきた」

「女を助けるために犯罪者になってくれ、そう言われた。女のために無茶やるような奴じゃないが、それでもその時は無茶をやった」

「それで、助けられなかった……」


 死んだのなら、そうなったのだろうと優香は口にする。


「それだけじゃない。助けるどころか、彼女の命と引き換えに助けられた。そう言っていた。あの時の翔の顔を俺は忘れられない」

「その後、しばらく翔は荒れた。居た堪れなかった……あんな翔を見ているのはな……」

「彼にそんな事があったの……」


 沈んだ声になった優香だった。


「死のうとしていたと思う。自殺は出来ない、彼女に救ってもらった命だ。自ら命を絶つ事は出来なかった……だから、翔は無茶をやって死のうとした……」


 苦い思いが言葉のなかにある。そんな悠馬を四郎は不思議そうに見ていた。


「そうなんですか? 俺は奴が吹っ切ったと思っていましたが」


 苦笑した悠馬だった。そして、首を振っていた。


「吹っ切れてはいないだろう。今もな……」

「昔の自分を見ているようで、ほっとけなかったの」


 静かな声で優香は言う。


「そうだな、それもある。俺も大切な人の命と引き換えに生き残ったからな。翔の事が判るとは言わないが、それでもあの時の翔は俺と似た思いをしたのだろう」

「悠馬さん……」

「俺もな」


 悠馬は四郎を一度振り返っていた。


「母に護られて生き延びた。何も出来なかった。剣道を学び、それなりの実力もあったのにな。自分の無力を憎んだ……」


 淡々と悠馬は言う。四郎にとっては始めて聞く話だった。


「何年たとうが、忘れられる事でも吹っ切れる事でもないさ。あんな思いは……」

「あの頃の悠馬は、他人を拒絶していたわね。私は無理やり関わったけど……」

「おまえだけだ。ズケズケと人の領域まで踏み込んできたのは」

「それもろうとに終わったわけね……」


 少し悲しそうな優香に悠馬は笑う。


「そうでもない。おまえのおかげで少しはマシなれた。あの頃は判らなかったが、今なら判る。礼を言うよ、ありがとう」

「よしてよ、今ごろ。あの頃に聞きたかったわ」

「そうだな……」


 それっきり悠馬と優香は口を閉ざした。車内にたち込める沈黙に四郎は居心地が悪くなる。重いような哀しいような雰囲気に身を硬くしてしまった。


 それは、研究所に着くまで続いた。


 車から降りた時、四郎はホッと息をついたものだった。二人の間には自分が立ち入っていいものではない事は判っていた。

 優香の撮った写真と悠馬の撮ったビデオは、すぐに分析にと回される。その結果が判るまでの間、美緒達は美緒の執務室に場所を移していた。


「さて」と美緒はあらためて優香を見る「自己紹介をしましょう。私は紫村科学技術研究所の所長で、紫村美緒と言うわ」


 真っ直ぐ見てくる美緒に優香は笑みを浮かべる。


「私は竹沢優香。地元テレビ局の報道記者よ」


「そう。こちらは」長谷川を手のひらで示し「県警の長谷川一彦さん。あとの二人は知っているわよね」

「ええ、悠馬は知っているわ。その後輩の松村君はさっき知ったわ」


 二人とも笑みを浮かべながら話している。その二人を怖く感じたのは四郎だけだった。長谷川は表情を変えずに黙っているし、悠馬にいたっては苦笑を浮かべている。


「私達といる気なら、勝手な報道はやめてもらうわ。中途半端な報道をされても迷惑なだけだから」

「あら、私を止める権利は誰にもないわ。私が報道した方が良いと思った事は報道するわよ。それが報道を携わるものの義務だから」

「そんな事を言っても良いのかしら?」

「全然問題無いわよ、美緒」

「命を失う事になっても?」

「そう言う事は、相手を見てから言った方が良いわよ、美緒」

「相手を見ていっているんだけど?」

「後悔するわよ、美緒」

「それはどうかしら?」


 笑顔のまま話す二人に四郎は、薄ら寒いものを感じた。室内の温度が覚めたように冷気を感じる。


 それを止めたのは悠馬だった。


「そのくらいにしときな。ここで張り合っても意味がない事ぐらいは、二人とも判っているだろう」

「悠馬。あんたはどっちの味方なの?」


 ニッコリと微笑んで優香は悠馬を見る。


「俺は翔と美沙の味方だ」


 あっさりと答えた悠馬に優香は舌打ちをした。そして、長谷川も溜め息を付いて言う。


「そんな事よりも。あの白い異形はなんだったのです。今までの、桂木君を含めると三体ですが、何か違っていませんでしたか?」

「そうね……」


 気を取り直すように美緒は、一度言葉を止めた。


「今までの三体は、どちらかと言うと昆虫系に近かった。でも白い異形は、どちらか言うと外見的には猛禽類に近い気がする」

「バケモノはバケモノでしょ。違っていても当たり前じゃないの」


 何を気にするというように、呆れたような顔になっている優香に、美緒は口元が引き攣るのを感じてしまった。


「あなたねぇ。そんな事は二度と言わないで」

「?」

「俺も言ってほしくは無い」

「悠馬?」

「あいつは異形の姿に変貌はするが、俺の後輩だ。それをバケモノと言われて気分は良い訳が無い」


 珍しい悠馬の硬い声に優香は戸惑う。


「いや、だって……」

「あなたは」美緒の声は低い「自分の男をバケモノ呼ばわりされても平気?」

「…………」

「妹がこの場にいない事を感謝するのね。あの娘がいれば、あなたは叩きのめされているわよ」

「叩きのめされ……る?」

「平手打ちの一つで終わるとでも思っているの? あの娘はそんな甘い事はしないわ。徹底的に叩き潰すわよ」


 淡々と告げる美緒に、優香は首を傾げてしまう。理解していない優香に悠馬は真剣な瞳で言った。


「あの娘は激しさを内に秘めている。だから強い。現実、翔は異形の姿へと変貌するが、心は人のままだ。外見的な事だけでそう言うのは止めた方がいい。美沙は人を捨てようとした翔を『おまえは人以外になれない』そう言って叩きのめした。だから、本当に叩きのめされるぞ」


 確かにと思ったのは四郎だった。前の畑山の時にその一端を見た四郎はコクコクと頷いている。そして、手加減など一切するような女でもない事も知っていた。


「ともかく」と長谷川は話を戻そうとする「何が違うんですか?」

「推測なら出来るわ」


 言い切ったのは美緒。そして、同意したのは優香だった。


「その通りね、美緒。私にも出来る」


 これには長谷川や悠馬、四郎が呆気に取られる。


「面白い事を言うのね。どう推測出来るのか、教えてくれない?」


 楽しそうな笑みを見せる美緒だった。


「異形は死ぬと人に戻る。全員が別人のはずよ。前に現れた異形が昆虫系に似ているとはいえ、今度も昆虫系で無ければならない理由は無いわ。実際、駅前に現れた異形と峰山公園に現れた異形は違う姿をしていた。だから、元となる人によって姿が違っていても不思議じゃない。今後現れる異形は、どういったタイプかは不明よ。昆虫系と、先入観を持たない方がいい」


 ぽかんとしたのは男達三人だった。美緒は溜め息をついてしまう。


「頭はいいのね。私もそう思うわ」

「あら、否定はしないの?」


 少し驚いたような優香に、美緒は苦笑を浮かべる。


「意味が無いわ。他人を認められなければ、研究なんて出来やしないし、自分だけの思い込みで進むわけも無い。他人を認め、意見を取り入れなければ何も出来はしないわ」

「なるほど。優等生、という訳でもないんだ。美緒は」

「あなたねぇ、さっきから美緒美緒と気安くない?」

「どうして? 美緒はもう友人でしょ。友人は名前で呼ぶ事にしているのよ。私は」

「諦めろよ、美緒。こいつはその事に関しては引かないぜ」


 笑いながら言う悠馬を見てから美緒は、半分諦めたように首を振ってしまっていた。


「もういいわよ。好きに呼んで……」

「で、白い異形に関して、私にも判った事が一つあるわ」

「なに?」

「白い異形となった元の人間は、なにかしらの武道を習得しているわ」

「武道?」

「見た事も無い型だったけど、あれは武道の型に間違いないわ」

「どうして、それが判る?」


 首を傾げた悠馬だった。


「悠馬。あんたは知らないけど、私は多くの武道の達人といわれる人達に取材をした事があるのよ。武道家には、何らかの特徴的な動きが出てくるものなの。足運びや腕の動き、何も武道を習っていない人とは違う」

「それを見て取ったのか?」


 呆れたような悠馬に、優香は疲れたような顔で見てしまった。


「あんたねぇ……私の実家の事を知っているでしょうに。動体視力はいい方だし、私自身も有段者なのよ。忘れたの?」

「そうだったな。俺の事も武道を習得した者と判っていたな……」

 思い出した悠馬だった。


「ねぇ、北川さんとはどんな関係なの?」


 興味をもったように美緒が聞いていた。


「学生の時に付き合っていたわ。もっとも、会うのは一〇年近くになるかしら」

「おまえは県外に出たし、俺は地元にいたからな。高校を卒業して以来か?」

「それで、お互いが判ったの?」


 信じられないように二人を見る美緒だった。


「たかが一〇年ほどだ。そんなには変わらんだろう」

「悠馬の印象は強かったから、少々変わったぐらいで判らなくなるほどではないわよ」

「あのー……」


 一人付いていけなかった四郎が口を挟んできた。この中で一番年下の自分にとっては、身の置き場が無くて困ると思っていた。


「そもそも人が異形に変貌する事がおかしいんじゃないですか? 死んだら人の姿に戻るものなんですか?」


 思いついた疑問を四郎は口にしていた。


「?」


 一様に首を傾げた年上の者に、四郎は少し赤くなってしまった。やはり俺はバカだと身を縮める。


「松村君。どうしてそれが変だと思うの?」

「人の身体はああも変化するのかなと……あ、忘れてください。単なる思い付きで言ったんで……」

「悠馬、あんたの後輩。面白い事を言うわね」

「そうね。本当に面白いわ」


 女性二人に言われて四郎は、ますます身を縮めてしまった。反対に男二人は、何の事か判らないように、互いの顔を見て首を傾げている。


「確かに、松村君の言う通り、人に戻るのは変よねぇ」

「ええ。異形となれば、異形のまま死ぬのが普通よね。いくら元が人だったとはいえ、また人の姿に戻る事があるの?」


 美緒が言えば優香も言う。女性二人が判ったようにお互いを見て頷きあっていた。悠馬と長谷川は、逆にお互いを見て首を振っていた。


「協力してくれる?」

「シロートでも?」

「科学者は固定観念に捕らわれやすい。だから、発想の転換が必要になるの。」

「ふーん。だから、シロートと話す方がいいと」

「そうよ、だけどバカはだめよ。話す気にもなれないわ。こっちの頭が痛くなるだけだから」

「あらま」

「で、どう?」

「いいわよ。友達の頼みだし、私も知りたいから」

「じゃあ、来て。データの洗い直しをするから」


 そう言うと美緒は、立ち上がって扉に向かう。優香も美緒の後を追って立ち上がっていた。慌てたのは男達だった。


「おい! 優香!」


 扉の前で振り向いた優香は言う。


「まだいたの?」

「まだって……」


 返す言葉がなくなった悠馬だった。


「優香!」


 先に出た美緒が呼んだ。


「じゃあね」


 男達に言って優香は美緒の後を追う。残された男達は呆気に取られたが、溜め息を付いて長谷川は言った。


「私は戻るよ。峰山の異形だった人物の身元確認もあるから」


 肩を落としては瀬川は立ちあがる。同じように肩を落とした悠馬と四郎も立ち上がっていた。


「すまんが、美沙の入院した病院まで送ってくれ」

「ああ、そうだな。アシが無かったけ」

「バイクをそのままには出来ないし、取りに行くにも歩きじゃな……」


 トボトボと男三人は、肩を落としたまま執務室から出ていたった。




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