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異形の戦士  作者: 樹 雅
第2章 ~白銀の風~
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29話 悠馬と優香

 病室の外で何やら押し問答をしているようなようすが聞こえてくる。美緒と四郎が静止しているようだった。

 翔と美沙の二人は顔を見合わせて、何だと言うような顔になる。

 そして、病室のドアが開いて女が入ってきた。手に持っていたカメラを翔と美沙に向けるとシャッターを切った。


 途端、翔がカメラを叩き落す。


「何すんの!」

「こっちのセリフだ!」


 怒鳴り返した翔は、女の胸倉をつかみ上げていた。


「翔、ワリィ」

「なんだ、この女は?」

「知らないわ。いきなり訳の判らない事を言って病室に入ったのよ」


 女は翔を見上げたまま言う。


「あのバケモノはなに? 知っているんでしょ」

「何の事だ?」

「しらばっくれないで! 私は全部見ていたんだから!」


 挑むような瞳で女は叫んだ。


「何を見たと?」

「キミは赤いバケモノになった。そして……」

「何と言った」


 低い声が聞こえた。美沙がベッドから降りて女に近付く。


「なっ、なに?」


 美沙の怒気に当てられた女は少し怯んでしまう。


「もう一度言ってみろ。殴る」

「なっ、なによ。本当の事じゃない。それを隠す方がおかしいわ」

「知った事か。わたしが気に入らないから殴る」

「じょ、冗談じゃないわ」

「誰も冗談など言っていない」


 本気の瞳と本気の言葉が、返ってきた事に女は驚いて言葉を失った。翔が女をつかんでいた手を離す。


「何者だ。この女は?」


 怒気を纏ったまま美沙は女を睨みつけていた。美緒は困ったような顔で、四郎は無表情に女を見ている。周りを見た女が一歩退いた。


「なっ、なんなの。あんた達は……」

「あんたが何を知ったかは知らないが、忘れた方がいい」

「出来るものですか、わたしは……」

「竹沢優香。報道記者だ」


 悠馬が病室の入り口で苦い顔をして立っている。


「悠馬! なんでここにいるの!」

「おまえこそ、どうしてここにいる?」


 悠馬の隣に立つ長谷川は黙ったままだった。


「優香。何を知ったかは聞かないが、忘れろ」

「ふざけないで! 真実を隠してどうするの! 真実を知る権利は誰にでもあるわ!」

「そんなものはない!」


 きっぱりと言い切った悠馬だった。途端に優香が詰め寄った。


「悠馬!」

「おまえが知った事は、全部、今すぐ忘れろ」

「出来ないわよ」


 優香はバックからプリントアウトした写真を悠馬に突きつける。


「駅前の事件、畑山の事件、さっきの峰山公園。全部同じじゃない。そこの二人が……」


 そう言って悠香は翔と美沙を指差した。


「関わっているのよ。しらばっくれないで!」


 突きつけられた写真に目を落とした悠馬は首を振っていた。


「なるほど。あなたが撮っていたのか」


 黙っていた長谷川が口を開く。そして、悠馬を見て言う。


「キミの知り合いらしいが、諦めろ」


 そして、長谷川は手錠を取り出して宣言した。


「竹沢優香。犯人隠匿罪および騒乱罪の現行犯で逮捕する」


 ポカンとなった優香の両手に手錠をかける。


「通常なら、キミには黙秘権がある。しかし、この件に関しては、黙秘する事も反論も許されない」


 長谷川の声は淡々としていた。それは、悠馬達が始めて聞く、長谷川の刑事としての声だった。


「……横暴だわ。こんな事が許されるわけがない」


 まだボー然としている優香に、悠馬は首を振って言う。


「許されるんだ」

「どうして?」

「おまえの知った真実は、そう言う物だ」

「だから、どうしてよ!」


 まだ判っていない優香に、悠馬は静かに言った。


「おまえは、確かな証拠があり、誰もが信じる事が出来るものがあったら、おまえはどうする?」

「もちろん、公表するわよ。こんな事を隠している方がおかしいわ」


 断言する優香に悠馬は溜め息をつく。


「殺される事になってもか?」

「そんな脅しに屈するとでも思っているの?」

「いいや。おまえは脅しには屈しないさ。だかな……」


 悠馬は翔を呼んだ。


「翔。おまえ、この事が公表されたら、どうなるかは、おまえが一番よく知っているだろう。おまえはどうする?」

「悠馬さんの知り合いかもしれませんが、その人を殺します」


 あっさりと答えた翔だった。


「なっ……」


 絶句した優香は翔を振り返る。口元に笑みを浮かべて翔は言った。


「あんたの言う紅のバケモノが、あんたを殺す。あんたはバケモノに殺された哀れな犠牲者だ」


 翔の隣で美沙が顔を歪める。唇を噛み締め、何か言いたそうにしていたが、何も言わずにいた。


「そしてな……」

 悠馬は翔の後を続ける。


「ここにいる者は、それを黙って見ているだけで、何か言うような者はいない」

「悠馬も?」

「ああ。俺にその事をどうこうする権利はないからな。俺に出来るのは、生涯口を閉ざすだけだ」


 少し辛そうな悠馬の顔に、優香はドキッとしていた。そして、あらためて病室にいる者達に視線を移す。


 ここに自分の味方はいない事を見て取った優香は怯えた。目の前に本物の命の危険を着き付けられたのは初めてだった。

 今までも、身の危険を感じた事は何度もある。それでも優香は怯まず、屈せずに報道を携わる者として真実を追ってきた。上手く乗り越えたとは言わない。ほんのちょっとで命を落しかけた事もあった。


 だがそれは、危ない目に合っただけだという事が判ってしまった。命を失う事が確実なのは、まったく初めての経験だった。

 自分の覚悟が甘い事を思い知らされた優香は、何も言えなくなってしまった。出来たのは、虚勢を張って悠馬を見るだけだった。


「やっと判ったか……」


 優香の様子を見て取った悠馬は吐息とともに呟く。そして、翔と美沙の二人を見て言った。


「翔、美沙。真実と言うのを優香に話してもいいか?」


 翔は首を傾げてしまう。

 悠馬の意図が読めなかった事もあるが、この件に関して自分に許可を求めてくるのが判らなかった。


「一番の中心人物は、おまえと美沙の二人だからな。俺が勝手に言うわけにはいかないだろう」

「悠馬さんがいいと思うのなら、俺は構いません」


 翔が答えれば、美沙も同意するように頷いた。


「おまかせします。わたしも翔と同意見です」

「スマンな、二人とも」


 悠馬は翔と美沙に軽く頭を下げてから長谷川を見る。


「スマンが、手錠を外してくれないか」

「いいのか?」


 問い掛けた長谷川に悠馬は頷いた。


「ここで逃げるような女じゃない」

「良く知っているんだな」

「ああ、良く知っている」


 長谷川は優香の手錠を外す。

 外された後、優香は手首を擦っていたが、それでも気丈にも悠馬を見て言った。


「聞かせてくれるんでしょうね」


 震えながらも瞳には光を取り戻している優香に、悠馬は懐かしい思いを感じる。昔に見た優香の真っ直ぐな瞳の輝きだった。


「ああ……」


 そして、悠馬は一連の異形の出来事を優香に話して聞かせる。

 所々で長谷川や美緒が話の補足していた。その間、翔と美沙、そして四郎の三人は黙ったまま静かに聞いていた。


「……と言うのが真実だ」


 話を締めくくる悠馬に、優香は言う。


「だいたいの事は理解したわ。でも……」

「何も判っちゃいない。なぜ異形と呼ばれる者が現れたのかも、翔が異形へと変貌するのかも、異形が死ぬと人の姿に戻るのかも。そんな状況で公表すれば、パニックどころか、隣人同士、友人同士で殺し合いになる」

「それは避けなければならないから、我々警察としても公表は出来ない。幸い、異形を倒せる者は我々といる。だから、彼らに協力してもらっているわけだ」


 悠馬の後を長谷川が続けた。少し考えてから優香は、翔を振り返っていた。


「君にとっての正義は?」


 いきなりとわれた翔は苦笑する。


「そんなものはない。ここにいる人達が巻き込まれて死ぬのが嫌だから、異形に対するには異形の力が有効だからだ」

「そうだな。わたし達に正義はいらない。わたし達がやる事は異形を倒す事だ」


 同じように苦笑を浮かべて美沙が同意をした。優香の顔が呆れたようになる。


「正義がなくて戦うの?」

「必要なのか?」


 首を傾げた美沙だった。


「正義があるから続けられるのよ」

「なくても続けているが?」


 さらに首を傾げる美沙だった。隣で翔も首を振っていた。


「では聞くが、異形は悪か?」


 翔の問いかけに優香は頷く。


「悪だわ」

「なるほど。そうなると俺も悪だ。悪に正義はあるか?」

「どうして、キミが悪になるのよ。キミは異形の被害を出さないように異形となって戦っているのでしょう」


 笑みが浮かんでしまう翔だった。


「違う。異形の被害なんかどうでもいいし、俺が気にするような事でもない。俺が異形に変貌するから、異形の力を持っているから、俺も異形と言えば異形だ」

「そう言えば、そうなるな」


 納得したように頷いた美沙だった。


「異形に変貌するおまえは悪だな」


 美沙を翔は見て言う。


「その俺に協力しているおまえも、悪と言う事になるが?」

「おまえとなら悪でもいいさ。わたしがやる事は何も変わらない。呼び方などどうでもいい事だ」


 笑みを浮かべて美沙は翔を見上げていた。


「やっぱり面白い奴だな、おまえは」

「だから、わたしのどこが面白いんだ?」


 本気で聞く美沙だった。そんな二人を優香は呆れて見ている。


「で、おまえはどうするんだ?」


 悠馬が優香に問い掛ける。


「これでも、まだ公表するつもりか?」

「…………」


 優香には答えられなかった。

 公表しないというのは簡単だが、それでは自分の正義が崩れてしまう。かといって公表すれば、どうなるかは優香にも判り切っていた。

 ここにいる者達が許しはしないだろう。命をかけて信念を貫く事が、これほど難しい事とは思ってもいなかった。


 だから優香は。


「判らないわ……」


 そう答えるしかなかった。


「では、しばらく俺達といるか?」

「?」

「俺達の仲間になればいい。その上でどうするかは、おまえ自身で決めればいい」

「北川!」


 長谷川が叫んでいた。その非難めいた声に悠馬は首を振っていた。


「優香はバカじゃない。俺よりも頭はいい」

「信じているの、この女性を」


 美緒の顔に浮かんだのは戸惑い。そして、悠馬の顔に浮かんだのは苦笑だった。


「どうだろうな……」


 溜め息をついて優香は悠馬を見て少し笑う。それは懐かしそうな感じだった。


「悠馬。あんたって、変わらないわね……」

「これでも少しはマシになったと思うけどな」

「いいわ。あなた達と同道するわ。私は私の信じる物のために」

「と言う事で了解してくれ」


 悠馬が頭を下げた。仕方がないと肩を竦めた美緒である。長谷川は少し困った顔だったが、諦めたように頷いていた。

 切り替えが早かったのは美沙だった。


「北川さん。ビデオは?」

「ん? ここにあるが……」

「貸して!」


 手を伸ばしてきた美沙に、悠馬はビデオを手渡す。受け取ったビデオを巻き戻してから再生させた美沙は、その画面を食い入るように見つめた。


「……白い異形は上手く映っていないな……」


 横から覗き込んだ翔が言う。


「……ああ。もう少しハッキリと判る物があればいいんだが……」

「何か気になる事でもあるのか?」

「少しな……」

「なんだ?」

「まだ、ハッキリとはしていない。憶測では言えない」


 そう答えながらも美沙は、確信している事があった。答えられないのは、どうしてこんな事が起きたのか、誰が異形の力を手にしたのかが判らなかったからだ。


「ハッキリと映ったのがあればいいの?」


 聞いてきたのは優香だった。美沙は画面から顔を上げて優香を見る。


「どこにある!」

「そこ」


 と優香が指差したのは、床の壊れたカメラだった。翔が叩き落した物。


「そのなかにさっきの公園での事を写した物があるわ。もっとも、誰かさんが壊したから、データだけになってしまったけど」


 少し非難するような顔で優香は翔を見た。


「勝手に向けてくる方が悪い」

「ふーん、そう言うんだ。モータードライブ付きの一眼レフ、高かったのよね。修理代、いくらかかるかな?」

「大丈夫よ、桂木君。私が修理をするから、心配しないでいいわ」

 翔よりも美緒が答えていた。

「面白い事を言うのね」

「どこがよ。一眼レフぐらい修理出来るわよ」

「あなたが修理するわけ?」

「正確には違うわ。研究所でも出来るわ。狙撃用のスコープの開発も研究しているから」


 美緒と優香は互いに笑みを浮かべて穏やかに話しているが、聞いている方にはとても穏やかには見えない。

どう見ても、張り合っているようにしか見えなかった翔達は、首を傾げて二人を見ていた。


「うち? 狙撃用スコープ?」

「そう、知らないの? 紫村科学技術研究所」

「!」

「その顔は知ってたようね。私はそこの所長よ」


 ニタリ。


 まさにそんな笑みを美緒は浮かべている。反対に驚いた顔になる優香だった。

 ややあって、優香は納得したように頷くと、悠馬を見てニンマリと笑っていた。


「悠馬」

「何だ?」

「この女性を狙っているの? あんた好みよねぇ」

「ぐっ……」


 たじろいでしまった悠馬だった。


「そんな事はどうでもいい」


 一刀の元に切り捨てた美沙は続ける。


「姉さん。カメラからデータを取り出して分析してくれ。わたしも研究所に行く。こんなところで待ってられるか」

「だめよ、美沙」


 静止した美緒だった。


「どんなに回復力があっても、今日一日はここにいなさい」

「そんなヒマはない」

「美沙」


 静かだが力のある美緒の声に美沙が押し黙る。


「分析が一時間や二時間で終わると思う?」


 首を振る美沙だった。


「桂木君。この娘が抜け出そうとしたら、押し倒しても良いから、ベッドに縛り付けておいてね」

「美緒さん!」


 何て事を言うんだと翔は思ってしまう。そんな翔を見て美緒は笑った。


「美沙の裸身を見せてもらったんでしょ。もう、好きにして良いわ。姉の私が許してあげる。頑張んなさい」

「姉さん!」


 美沙が頬を赤く染めて叫ぶ。

 翔は頭を抱えたくなった。やっぱり美緒も美沙と一緒で、頭の痛くなる事をする女性だと思った。


「さて、竹沢さん。一緒にきてもらうわよ」


 翔と美沙に取りあわず、優香にそう声を掛けると美緒は、床の上の壊れたカメラを拾い上げ、長谷川達にも言う。


「長谷川さん、北川さん。それから、松村君も来るのよ」

「俺も、ですか?」


 自分を指差したのは四郎だった。


「もちろんよ。あんたがいては邪魔なだけよ」


 ニンマリと笑う美緒に、なぜだか怖くなった四郎は思わず頷いていた。


「姉さん!」

「美緒さん!」


 再び翔と美沙が叫んでいる。その声に美緒は振り返って言った。


「頑張んなさい。二人とも」


 絶句した翔と美沙の二人だった。


 いったい何を頑張れというのだ。そう聞きたい二人だったが、懸命にも口を閉ざす事が出来た。





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