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異形の戦士  作者: 樹 雅
第2章 ~白銀の風~
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27話 怪我と…

「バイクで何をするつもり?」

 思わず女はファインダーから顔を上げていた。続いて聞こえた轟音に顔をしかめる。


「なん…なの?」


 そうしている内に、男が一人走り込んで行くのが見えた。慌てて女はファインダーを覗き込んで男の姿を捉える。

 若い男だった。素手で何をするつもりなのか知らないが、若い男の正気を疑ってしまう。何も知らずに駆けているのではない事は、見ていれば解かっていた。普通ならば、逃げ出すはずなのに。女は向かっていく若い男に合わせてシャッターを押していた。


「えっ?」


 若い男がファインダーの中で揺らいで見えた。見ている内に若い男の姿が変貌する。


「……なん…なの……あれは、いったい……なに……」


 呆然とした呟きが女の口から漏れるが、指は機械的にシャッターを押し続けていた。






 銃撃が赤茶の異形をのけぞらせ、その脇に四郎がバイクを突っ込ませた。すれ違いざま後席の美沙が右手を振るう。

 重い衝撃が美沙の右手に走り、同時に右の脇腹に焼け付くような痛みが走った。


「ぐぅぅ……」


 その押し殺した呻き声は四郎の耳に届いてしまう。振り返る余裕も、止める余裕もない四郎は、大丈夫かと思いつつもバイクを旋回させた。赤茶の異形を視界に入れたまま四郎は呟いていた。


「大丈夫か?」

「気にするな。翔の援護に集中しろ」


 聞こえたとは思えなかったが、美沙は平淡な声で言う。


「とりあえず、終わるまで死ぬなよ」


 言いざま四郎は、バイクのアクセルを開ける。

 さっきの事が効いたのか赤茶の異形は、バイクを警戒するような動きを四郎に見せていた。その後ろから翔が走り込んで来ているのが見える。その翔の姿は揺らいで見えた。


 さて、次はどうする?


 四郎は心の中で自問する。タンデムのため、前回みたいな取り回しは出来ない事は解かっていた。紫村はしっかりと動きについてきているようだし、少々派手な動きをしても大丈夫だろう。でもな、タンデムでこれをやるのか? 眼くらましにはなるだろうが、本当に大丈夫か?


「自信を持て。おまえの腕は確かだ」


 見透かしたように美沙が言う。苦笑が浮かんだ四郎だった。

 本当に面白い女だと感じてしまう。


「やって、みるか」


 呟くと同時に四郎は、バイクを加速させて赤茶の異形に接近する。

 寸前で前輪をロックさせ後輪を浮かせて横に流した。警戒する赤茶の異形の目の前で、四郎のバイクは前輪を中心に一八〇度旋回する。ジャックナイフターンと呼ばれる技だった。接地した途端に四郎は、前輪のロックを解除してアクセルを開ける。


 盛大な土を赤茶の異形に浴びせながら四郎のバイクは離れて行った。降りかかる土に赤茶の異形は立ち止まっていた。そこに再び銃撃が浴びせられて、赤茶の異形は完全に動きを止めてボー立ちになる。


 翔は走りながら紅の異形へと変貌していた。四郎のバイクが赤茶の異形の手前でジャックナイフターンを決め、立ち止まった所に長谷川の銃撃で動きを止める。前回の畑山の時と同じだった。

 立ち止まる事もなく翔は、右足に力を収束していくと地を蹴って空へと飛び上がる。


 頭にきていた翔は、美沙を殴り飛ばさなければ気がすまない。何も懲りていない美沙に、翔は憤っていた。命を大事にしないにもほどがある。


 先に赤茶の異形を倒す。美沙はその後だ。


 ボー立ちになっている赤茶の異形の背に、紅の異形の蹴りが突き刺さる。斜め上からの蹴りに、赤茶の異形は吹き飛ばされて三メートル先の大地に叩きつけられた。


 大地がえぐれて四メートルほどのクレーターが出現していた。


 終わったと見て取った四郎が、クレーターを迂回して紅の異形の傍にバイクを寄せてくる。人の姿に戻った翔が振り返った途端、四郎はバイクを停めていた。剣呑ならない瞳で翔が睨み付けている。

 と、四郎は背中に重みを感じて振り返った。頭の上しか見えない。そのままずるずると横に滑っていく美沙に四郎は慌てた。


「おい!」

「バカが!」


 崩れ落ちる美沙の身体を翔が抱きとめている。その事に四郎は眼を見張ってしまった。一〇歩の距離を一瞬で詰めた翔に、四郎はかける声を失う。

 抱き上げられた美沙の右脇腹が焼け爛れたようになっていた。


「こうなるから……」


 唸るような翔の声に、四郎は薄ら寒いものを感じてしまう。

久しぶりに見た本気で怒っている時の翔の声だった。さすがに四郎もこんな時の翔に、何かを言う事は出来ない。恐ろしいよりも不気味だった。

前の時は、とんでもない事に加担させられた上に、自身も死にそうになった。そんな記憶があるだけに、四郎は声も掛けられずにバイクにまたがったまま動けなかった。


唇を噛み締め眉間にしわを寄せて、呻き声一つもあげない美沙を抱いたまま、翔は美緒達の元へと戻る。

三人は、終わったと見て取って翔達に近付いていた。翔に抱きかかえられている美沙に美緒が駆け寄ってくる。


「美沙!」


 妹の状態を見た美緒の口から悲鳴じみた声が出る。

 翔の顔がゆがむ。

 こんな思いをさせたくないのに自分にはそれが出来ない。

異形の力を持っていても、所詮はその程度だ。


「はっ、長谷川さん。後をお願い。桂木君、そのまま来て」


 慌てて長谷川に声をかけると美緒は引き返す。無言で翔がその後を付いて行った。


「翔! カギ!」


 悠馬が呼び止める。


「右のポケットです」

「分かった」


 翔のポケットからバイクのカギを取り出した悠馬は、そのままカギを長谷川に投げ渡した。受け取った長谷川が首を傾げる。


「悪いが、あんたが翔のバイクを持っていってくれ。ここに置いたままにする訳にもいかないし、あんたも足がないだろう」

「あっ……分かった」

「で、どうする? 俺達も消えた方がいいか?」


 ビデオを片手に悠馬が言う。少し考えてから長谷川は首を振っていた。


「いや、北川さん。あなたはいてください。それから松村君はいない方がいい」

「と言う事だ。四郎、先に戻っていろ」


 長谷川の答えを聞いた悠馬が四郎を振り返る。


「んじゃ、先に……と言うよりも翔達の後を追います。終わったら連絡を下さい」


 頷いて四郎はバイクを発進させて翔達の後を追う。四郎のバイクを見送ってから悠馬は、クレーターの中を覗き込んだ。


「……やれやれ、また、人に戻っているな……」


 溜め息にも似た言い方になってしまった悠馬だった。


「まったくどう言う事なんだ」


 同じくクレーターの中を見た長谷川も首を振ってしまう。


「それが判れば誰も苦労はしないだろ」

「それはそうだが……」


 後の事を考えると頭の痛くなる長谷川だった。


 この人物の身元調査、足取りと前回みたいな事を繰り返して、結局は何も分からないままで終わる事が眼に見えていた。手間ばかりかかり、先には勧めないだろう。そう思うと溜め息が出てくるのを止められなかった。


「それにしても、さっきの白い異形はなんだったんだ」

「異形同士で戦っていたが……」

「訳がわからないよな。謎が増えるばかりだな」

「言わないでくれ。ただでさえ、何も判ってはいないのに。謎だけが増える」


 首を振る長谷川に悠馬はしみじみと言う。


「調べるにしても、何を調べればいいのかも判っていないんだろ」


 大変だな。と悠馬は、他人事みたいに長谷川の肩を叩いた。


「…………」


 返って来たのは、長谷川の盛大な溜め息だった。


「ところで。あんたは美緒の事をどう思う?」

「はぁ?」


 いきなり変わった話題に長谷川が面食らった。


「なかなかいい女とは思わないか?」


 それは長谷川も思っていたが、素直に言うには照れがある。


「口説いてみたいな。あんな女と付き合うのは面白いだろうな」

「ちょっと待て、面白いから口説くのか?」

 ニカッと悠馬は笑った。


「一緒にいてつまらない女よりも、面白いほうがいいに決まっている。あんたは違うのか?」

「好きだから付き合うんだろ。普通は」

「ガキか、あんた」


 呆れたような悠馬の言葉に長谷川はムッとした顔になる。


「最低の奴だな、キミは」

「おぼっちゃんだな、あんたは」


 互いに睨み合う悠馬と長谷川だった。悠馬はこんなおぼっちゃんより自分の方がいいと思い、長谷川もこんなふざけた奴よりも自分の方がいいと思っている。実はどっちもどっちだった。


「美緒さんはキミには渡さない」

「おもしれぇ、出来るものか」


 二人は一番重要な事を忘れている。当の美緒が聞いたら何と言うか、まったく考慮されてはいなかった。

 







 白い異形が逃げ出し、赤茶の異形が紅の異形に倒された。その全てを見ていた女は考えていた。前回みたいに、この記録を出したとしても同じ事になるのは眼に見える。


 それより、一体何がおこっているのかを知る必要があった。誰もが信じるに足る証拠を手にしなければ、たとえそれが真実であっても誰も相手にはしないだろう。相手にするのは、ゴシップ記事を載せる所だけだ。

 

 真実を知るためには、知っている者に話を聞き出せばいいことぐらいは誰でも知っている。そのためには、押しかけてでも当事者達の傍に行けばいい事だ。


 離れて行った者と残っている者。どちらに話を聞くか悩んだのは、どちらが口が軽そうか考えていたからだった。


 男二人ぐらい手玉に取るのは出来ると女には自信がある。自分に容姿に少なからず自信があるから言える事だった。実際、言い寄ってくる男も多かったが、誰一人として相手にする事はなかった。それが煩わしいと思っている女である。昔、付き合った男は自分の不用意な言葉で失ってしまった。今なら、同じ間違いはしないと言い切ることが出来る。


 だが、女が選んだのは男二人ではなく、先に離れた者達の方だった。どこに行くのかを確かめたかった事もあり、動揺しているようだったら、そこをつけ込めば簡単に口を割るだろうと思っていた。


 決めると女の行動は早い。バックを担ぎ上げると、足早にその場を離れて駐車場に向かって行った。

 公園内に入っていたバイクは速度を上げずに、ゆっくりと事故をおこした車の間を抜けて行くのが見えた。女はバイクを目で追いながら、自分の車へと向かう。


「まずったかな……」


 駐車場の入り口で何台かの車が衝突して出入り口を塞いでいた。駐車場を出るのに時間がかかれば、バイクを見失ってしまう事になる。そうなれば何もならない。焦る気持ちが女にクラクションを鳴らせてしまった。


「話し合いは後にして! 出入り口から車をどかせなさい!」


 窓を開けて怒鳴っていた。周りからも同じような声があがってくるのが女の耳にも届いた。やはり思っている事はみな同じだった。

 公園から出るとバイクが曲がった方へと車を進める。が、バイクは見つけられなかった。そのまま車を走らせると、コンビニの駐車場にバイクがいるのに気がついた。バイクの男がスマートホンで話しているのが見える。


 少し走った先で女は車を停めて、バイクが移動するのを待つ事にした。しばらくすると、コンビニの駐車場からバイクが出てきて女の車の横を通り過ぎる。尾行などした事のなかった女だったが、バイクの男も尾行されている事に気がついていないようにバイクを走らせている。








 公園に残っていた男の顔は満足そうだった。異形に変貌し人の姿に戻れる。そして、異形の力を確かめる事が出来た。

 自信が無かった訳ではないが、使いこなせるかどうかが心配だった。そりも今回の事で確信が持てた事は、男にとって十分な収穫である。


 男の顔に笑みが浮かぶ。これであの若僧などに頼らなくてすむ。自分が力を振るえばいい。それが男の笑みの理由だった。

 ここに留まる必要もなくなった男は、ゆっくりとその場を後にする。自然と笑い声が溢れてくる。それを止める気にもならなかった。




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