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異形の戦士  作者: 樹 雅
第1章 ~真紅の炎~
3/72

1話 構内で

まだ1話分が短いです

 新入生が大学に慣れてきた四月の終わり。

大学の三回生になった桂木翔は、受講室で頬杖を付いていた。


「どうしたの?」


 心配そうな声に顔を上げると、二人の女性がいた。

 一人は坂原瑞紀。翔の恋人で、付き合い始めて一年近くになる。

今一人、少し憮然とした顔で、そっぽを向いているのが紫村美沙。

瑞紀の幼馴染であり親友でもある。翔とは瑞紀と付き合い始めてからの友人だった。


「いや、何でもない」


 苦笑を浮かべて首を振っていた。そんな翔を瑞紀は真っ直ぐに見つめる。


「それが、何でもない。て、顔?」

「夢見が悪かっただけさ」


 肩を竦めながら答え返していた。


「どんな夢なの?」

「ごめん。言いたくない」


 翔は軽く頭を下げて詫びる。


「忘れた訳ではなくて、言いたくないの?」

「うっ……」


 失言に詰まる翔だった。


「私にも言えない事なんだ……」


 少し傷ついた顔をして瑞紀は、翔を上目遣いに見る。


「いや、その……いたた……」


 いきなりヘッドロックをかけられた翔が悲鳴を上げた。


「瑞紀を泣かすな。そう言ったはずだ」


 頭の上から言葉が降ってくる。


「……いたい……ちょ、ちょっと待て……紫村……」


 頭に回っている美沙の手を軽く叩きながら翔は言った。右側に弾力のあるものが当っている事に慌ててしまう。


「何を待つんだ?」


 冷たい声で言いながら美沙は、さらに翔の頭を締め付けた。そのため、もっと押し付けられてしまった翔は、顔が火照るのを止められない。


「たっ、頼む。放してくれ」


 美沙の体臭が鼻孔をくすぐっていた。間近に嗅ぐ女性の体臭は、翔の心を掻き乱すものである。


「俺が悪かった……謝るから……」

「本当だな?」

「本当だよ」


 それでやっと美沙は、翔を解放した。

 赤い顔の翔を見て、瑞紀はうらやましそうに言う。


「いいな……」

「何がだ?」

「美沙に抱きしめてもらって……」

「瑞紀……」


 翔は、溜め息が出てしまった。


「今のは、抱きしめたとは言わないぞ」

「えっ? だって、今、美沙が抱きしめていたじゃない」


 思わず脱力してしまう翔である。美沙は一瞬、キョトンとしたが、すぐに顔を赤らめて叫んだ。


「違う!」


声が重なってしまう翔と美沙である。


「?」


 小首を傾げる瑞紀に、翔は頭痛を感じてしまった。


「あのなぁ。抱きしめられて、痛みを感じる訳が無いだろう」

「だって。翔、顔が赤いよ」

「いや、それは……」


 答えられる訳が無い。

 頭を締め付けられていたとはいえ、感触がとても良かった。などとは口が裂けても言えない。言えば、瑞紀がどんな行動を起こすのか目に見えていた。

『じゃ、私も』と言って翔の頭を自分の胸に抱いてしまうのが判っている。それはもう、良く判っていた。人前であろうがなかろうが、躊躇するような瑞紀ではない。

 それを台無しにする声が聞こえてきた。


「なんだ。おまえ、私に欲情したのか。変態だな」

「へん……」


 言葉が続かない。


「痛いのに喜んで欲情するとは。これを変態と言わずして何と言う」


 腕組みして美沙が頷いていた。


「翔、変態なの?」


 悲しそうな瞳で瑞紀が翔を見る。


(この女達は……)


 頭痛が酷くなるような気がした。

 二人とも悪気がある訳ではない。良く言えば素直、悪く言えばずれている。

冗談で済ませられる事も、冗談にはならない。


「女の胸に顔を埋めて嬉しくない奴はいない!」


思わず翔は叫んでいた。

ただし、言い方がまずかった。

 しまった。思った時は遅く。

 わーい、と言うように瑞紀が翔の頭を抱いていた。

 柔らかい双丘に抱かれてしまった翔の動きが止まる。


「あ、れ?」


 戸惑ったような瑞紀だった。抱擁を解いて翔を見る。


「嬉しくないの?」


 翔には答える余裕が無かった。


「美沙は嬉しくて、私は嬉しくないの?」


キズついた顔になる瑞紀である。


(どうしろと……)


 本気で頭を抱えたくなった翔だった。

 おおらかと言うか無頓着と言うか、瑞紀と美沙の行動には戸惑うところがある。

外見も性格も違う二人だが、どうかした拍子に翔は、瑞紀と美沙を見間違える時があった。

で、と瑞紀は表情を変える。


「どんな夢を見たの」

「忘れた」


 言える訳が無かった。

 自分にとっては叩きのめされたも同然の事。

四年も、いや、まだ四年しか経っていない事なのに、今もまだ自分の中で決着が付いていない事だった。

 あの時、味わった思いを忘れる事などできやしない。二度と味わいたくない思いであり、久しぶりに見た夢。

 まるで忘れるな、とでも言っているような気がしてならない。


「うそね」


翔の顔を見て瑞紀は断言した。


「言えない事の一つや二つはあると思うが、それは言えない事か?」

 瑞紀の隣で美沙が、珍しく真摯な声で言う。

「恥ずかしくて、言えない」

 翔としてはそう言うしかなかった。

「そう。話せるようになったら、話してね」

 あっさりと瑞紀は言う。

あまりにも引き際が良すぎて、翔は呆気に取られてしまった。

「で、連休のことなんだけど……」

 瑞紀は話題を連休の計画に変えてしまう。


(いやはや……)


翔は苦笑が浮かぶのを止められない。

見ると、美沙も苦笑を浮かべていた。

楽しそうに連休の計画を話し始めた瑞紀に、いつしか二人も笑顔を浮かべていた。


お読み下さってありがとうです。


ではまた

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