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異形の戦士  作者: 樹 雅
第2章 ~白銀の風~
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26話 白の異形

〈それ〉は休日の峰山公園に現れた。

木々の木陰から滲み出すように現れた〈それ〉を見た人たちの反応は様々である。眼をこする者、首を傾げる者、何だといぶかしむ者。誰一人として二ヶ月前の事と関連づける者はいなかった。人の形をしたおかしなものにしか見えなかった。


 奇妙な人の形をした者は、立ち止まった人達にふらりと近付いて行く。その進路上に若者が二人いた。


「へぇー。何かの撮影か?」

「良く出来ているな」


 近付いて来る人の形をした者を見て、二人の若者は頷きあっている。

 人の形をした者の腕が、目の前にいる若者を邪魔そうに横に払われると、若者の一人が横に吹き飛んだ。


「へっ?」


 もう一人の若者がまの抜けた声を出した。その若者に人の形をした者が、手を伸ばして若者の頭をつかみ上げた。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁ――――」


 耳を劈くような悲鳴が若者の口から溢れる。手足を滅茶苦茶に振り回して逃れようとするが、人の形をした者は気にした風でもなく若者を吊り上げていく。動いている若者を人の形をした者は、首を傾げるように頭を傾けた。


 その場にいた人々は、その光景をただ見ているだけで、何が起こっているのか理解してはいない。いや、認めたくなかったのかもしれない。これは、ただの撮影だと、そのうちにカメラが出てくるのだと。


 つかまれていた若者の動きが緩慢になり、ついには止まった。頭をつかんでいた人の形をした者の手が握り締められると、若者の身体は地面に落ちる。

 頭の上半分が溶けたように無くなっていた。理解しがたい恐怖が、その場を支配する。


 一瞬の静寂。そして、悲鳴が沸きあがった。


 クモの子を散らすように逃げ出した人々を、人の形をした者は頭を傾けたまま見ている。腰を抜かした幾人かは、後ろにずり下がって離れようとしていたが、思うように行かずに涙を溜めて首振っていた。


 ゆっくりと人の形をした者、赤茶の異形は彼らに近付いて行く。

 殺戮とは呼べない惨劇が始まった。

 先に逃げ出した人達は、悲鳴が幾度となく上がるのを聞いた。振り返るよりも早く逃げる事の方が大事なのは誰もが判っている。

 統率の取れていない人の動きは、峰山公園の駐車場で更なる悲劇を招いた。我先に逃げ出した人達の車が、あっこっちで衝突して行く手をふさぐ。


 怒号と悲鳴が駐車場を埋め尽くした。


 男にとっては呆れた事だった。パニックを起こして逃げ惑う人々を冷ややかに見ている。

 たまたま訪れた峰山公園で異形と遭遇したのは、自分にとってはまさに天の采配と感じていた。だが、それとは裏腹に男の口元には笑みが浮かんでいた。


「くっくっくっ……」


 喉が鳴っているのにも男は気が付いてはいない。偶然にしろなんにしろ、待っていた機会が訪れたのは、男にとっては歓迎すべき事だった。

 躊躇する必要もなかった男は、己の力を解放する。

 膨れ上がっていく内なる力に、ゾクゾクした快感を覚えながら、男は己の変貌するさまを感じていた。


 それは、白い身体を持ち、猛禽類を思わせる頭を持っている異形。


 ゆっくりと白い異形は、先に現れた赤茶の異形を見る。節くれ立った身体の細部までが鮮明に見えた。

 赤茶の異形は白い異形に気がつかないように、後ろにずり下がっている若者に近付いて行く。その時、白い異形は地を蹴った。


 空気の震える音が聞こえたかと思うと、腰を抜かした若者の前から赤茶の異形の姿が消える。


「えっ、えっ? えっ?」


 事体についていけずに男は、混乱したように辺りを見回していた。異形の姿が見えない事を見て取った若者は、四つんばいになって逃げ出す。若者の左方から樹木の破砕音が聞こえてくるが、若者は耳には届いていなかった。


「ギィギィギィ……」


 耳障りな音が赤茶の異形から漏れてくる。木の幹に背を貼り付け、体を起こそうとしていた。その木は赤茶の異形の頭部辺りから後ろへ折れ倒れている。異形との衝突に樹木が耐えられなかった。

 身体を起こした赤茶の異形の前に、白い異形が腕を組んで立っている。


 白い異形を見とめた赤茶の異形が立ち上がり、一歩で間合いを詰めて右腕振るう。正確に白い異形の頭部へと振るわれた赤茶の異形の腕を、白い異形は左腕を跳ね上げただけで受け止めた。そして、流れるように右腕を突き出した。

 赤茶の異形が一瞬だけ止まる。白い異形は、そのまま掬い上げるように赤茶の異形を投げ飛ばした。

 地面にバウンドした赤茶の異形が立ち上がるよりも早く、白い異形の蹴りが赤茶の異形を空へと送り出す。空中で動きの取れない赤茶の異形に、白い異形の蹴りが再び襲い掛かった。


 速度が決定的に違っていた。赤茶の異形が動くよりも速く白い異形が行動を起こしている。反撃も迎撃も出来ずに、赤茶の異形は白い異形に、いいように殴られ蹴られていた。


 それを離れた木の影から、カメラのファインダー越しに見ていた女は、開いた口が塞がらない。


「なんて、事……」


 女は呟いている事自体気がついてはいなかった。駅前、畑山と異形同士の戦いを見ていた女には、白い異形の動きはとんでもない速さに思えていた。

 反射神経うんぬんではない、次の動作に移るまでの時間が極端に短い。二ヶ所で見た紅と黒の異形の動きを遥かに凌駕していた。人には決して追いつけない速度だった。


「何なの、このバケモノは……」


 得体の知れない恐怖が女を襲った。自分が震えている事に気がついたのは、ファインダー越しに見える異形の姿が揺れていた事で判った。


「しっかりしろ。負けるな」


 自分を励まして再びファインダーを覗く。そして、シャッターに乗せる指に力を込めた。連続するシャッター音は、女に少しだけ安心感を持たせる。

 少しずつ冷静になっていく女は、撮り逃さないように赤茶と白の異形をそのファインダーに収めていく。


「二体?」


 同じ光景を見ていた翔と美沙も少し戸惑っていた。二体現れた事は見ればすぐに判るが、その二体が戦っている事を不思議に思ってしまったからだった。


「異形同士は戦うのか?」


 少し硬い声で言う翔だった。


「判らないな、翔。何も判らない状況で結論は急がない方が良い。推測は先入観になり、判断を誤らせる」


 同じように硬い声ながらも、美沙は首を振って言う。そして、翔を見る。


「おまえ、あの白い異形と戦って勝てるか?」

「どうかな? あそこまで速いとついて行けるかな」

「そうなると、一方的に痛めつけられるだけになるぞ」

「そうは言ってもな。見ているだけなら眼で追えるが、身体がついて行けるかとなると別だろう」

「そうだな……ん? 何だ?」


 異形同士の戦いを見ていた美沙が首を傾げる。白い異形の動きに見覚えがあるように思えた。


「どうした?」

「いや、わたしの勘違いだろう……それより、もう少し様子を見た方がいいな」

「いいのか?」


 聞き返していた翔だった。


「異形同士が潰し合いをしているんだ。おまえが割り込む必要はない。三つ巴で戦うよりもましだ」

「冷静だな」

「おまえ、わたしを誤解していないか?」

「何を誤解する?」

「異形を見ると後先考えずに、突っ込んで行くとでも思っているんだろう」

「違うとでも言うのか?」


 溜め息が出た美沙だった。


「違うな。一体なら、おまえとわたしで対応はできる。が、二体となると対応は出来ないだろう。いくらわたしでも、そこまでは自惚れてはいない。それに、おまえを失うリスクは少ない方がいい」

「異形の俺は、そう簡単には死なない」


 途端に美沙が翔の胸倉をつかみ上げる。


「まだ、解かっていないのか。おまえは人である事を捨てられない。わたしがさせない。二度と言うな」


 物騒な光を瞳にたたえながら美沙は翔を見た。


「異形の姿となっても、人として戦え」

「で、状況は……って、何してんの、二人とも」


 美緒が長谷川を連れて姿を現した途端に言う。異形同士の戦いを目にした長谷川が、二十ミリ対戦車ライフルを地に降ろしながら言った。


「今度は二体ですか……」


 ばつが悪そうに翔と美沙はソッポを向いてしまう。そんな二人に美緒はやれやれと首を振って異形同士の戦いに眼を向けた。


「速いわね……」

「そうですね。白い方は無理か……照準が付けられないな」

「じゃあ、赤茶の方ね」

「そっちは、何とかなるでしょう」


 長谷川は片膝を着いて二十ミリ対戦車ライフルを持ち上げてスコープを覗く。

「……大丈夫です」

「いや、もう少し様子を見る」


 美沙の言葉に長谷川がスコープから顔を上げた。


「どちらか一方になってからだ。それまでは手出しはしない」

「このまま見ているだけでいいの?」

「カメラかビデオでもあればよいが……」

「これが入り用かい?」


 横からビデオが差し出される。ギョッとしたように横を向いた美沙と美緒の眼に悠馬と四郎がうつった。


「あっ、あなたたち……」


 呆れたように美緒の口が開いたが、それから先は続けられなかった。


「そんな事よりもこれを使うんだろ。それとも俺がカメラマンをやってやろうか?」


 ウィンク一つよこした悠馬が言う。返す言葉が出てこない美緒と美沙は、二人を見ているだけだった。呆れ顔のまま長谷川は悠馬に言った。


「たのむ。が、呆れたやつらだな、キミ達も」

「命懸けの野次馬だ。それも悪くないだろう」


 ビデオを撮影し始めた悠馬が言う。首を振りながら長谷川は、二十ミリ対戦車ライフルを構えなおしていた。

 すぐに悠馬の唸るような声が聞こえてくる。


「おい。白い方が速すぎて上手く取れないぞ」

「かまわない。目的は確実に撮る事じゃないから」


 美沙の答えに悠馬は頷く代わりに言う。


「解かった。出来るかぎり撮っておくが、後で文句は言うなよ」


 それまで黙って異形同士の戦いを見ていた翔が美沙の肩をつかんだ。


「どうした?」

「割り込む」


 短く答えた翔に、美沙は振り返る。


「わたしの言った事が解からないのか?」

「解かっているさ。白い奴は無視する。赤茶の奴だけを相手にする」

「おい!」

「あれを、そのままにしておくのか?」


 恐ろしく冷えた翔の声に、美沙は困惑してしまった。


「翔?」

「瑞紀をそのままにしてきた俺だが、あれをそのままにするのは、いやだ」


 翔が指差したのは、地に伏せた人達。


 すでに死亡しているのは見ただけで解かっていた。

 それでも返さなければならない。

 彼らの待つ人たちの元に。


 翔の言いたいことは美沙にも分かった。

 だが、それとこれとは別だ。


「それで二体を相手にすると言うのか。おまえは」


 美沙の声も冷気を帯びている。


「それがどうした。俺を止めるな」


 挑むような冷気の声のままの翔に美沙は折れるしかなかった。自分とて、そのままにはしておきたくはない。割り込むのなら、自分は翔を援護するだけだ。

 そして、美沙は冷静に分析する。


 白い異形を長谷川の二〇ミリ対戦車ライフルで牽制し、赤茶の異形に近づけなくする。その間に、翔と自分で赤茶の異形を倒し、その後に白い異形の相手をする。


 出来る出来ないは別。やらなければならない。


「時間は掛けられない。一気に赤茶の異形を倒す」

「ああ」

「そこまで言うからには出来ないではすまないぞ」

「分かっている」


 翔の言葉を聞いた美沙は、はき捨てるように命じた。


「長谷川。二体の間に撃ち込め。白い異形を牽制しろ」


 これには承服しかねる長谷川だったが、二人の聞く耳を持たない気配に適うはずもなく渋々従うしかなかった。


「解かった。で、タイミングは?」


 嘆息したように言う長谷川の肩を、美緒が慰めるように軽く叩いていた。


「松村。バイクを持って来い」


 長谷川に答えずに美沙は続ける。その間、一瞬足りとて翔から視線を外してはいない。


「ちょっと待て」

「待たない。ここにいるおまえの責任だ。早くしろ」


 首を振って悠馬が四郎の肩を叩く。

「無駄だ。この二人は異形の事しか頭にない」

「だからと言……解かりました。行きますよ……」


 長谷川と同じように嘆息した四郎だった。


「長谷川。バイクが出ると同時に撃て。松村、まだか」

「待ってください。シロートでは荷が重過ぎます」


 ライが美沙を止める。隣でアキトも頷いていた。


「俺達二人では不服か」


 対する美沙の答えは笑う事だった。


「おまえ達は、シロートの翔を侮ってどうなったかを忘れたのか?」


 思い出した二人は何も返せなくなった。


「松村もシロートだが、翔の友だ。侮らない方が良い」


 四郎がバイクを寄せてくる。


「いつでもいいぜ。落ちんようにつかまりな」


 素早くバイクの後ろに乗りかけて、美沙は舌打ちをした。


「チッ。動きにくい」


 美沙はスカートの裾を一気に引き裂いて太股をあらわにする。


「美沙!」


 慌てたのは美緒だった。それを気にする風でもなく美沙は、バイクの後ろにまたがると、右手にヴァンジェラを持ち左手を四郎の腰に回した。


「行くぜ」


 言葉とともに四郎は、バイクを異形同士の戦いの中に突撃させる。


「待て、俺が先だ!」


 まただ。こいつはいつも先走る。

 冗談ではない、異形の力を持つ自分が先に接敵しなくてどうする。口では何とでも言えるが、まだこいつは懲りてはいない。


 その行動がどうなったかは経験しているはずなのに。


 翔の静止は無視され、四郎の操るバイクは一直線に異形へと向かっていく。


「くそったれが!」


 叫びとともに翔が駆け出した。一瞬遅れて長谷川が、二十ミリ対戦車ライフルの引き金を引き絞っていた。


 銃声とエンジン音に、二体の異形は動きを止めて振り返っていた。足元の土が跳ね上がり、二体の異形の間合いが開く。接近してくるバイクに眼を留めた異形達は、別々の行動を起こしていた。

 赤茶の異形は迎え撃つように動き、白い異形は素早く離れ、その速度を活かした逃走に入った。


「うそ。白い異形は逃げ出したわ……」

「無茶をする……」


 呆気に撮られたような美緒の声と、唸るような長谷川の声だった。

 避ける気がないような四郎のバイクの動きに、長谷川は銃撃の隙間を見つけて四郎のバイクが接敵するまで、二十ミリ対戦車ライフルの引き金を絞り続ける。




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