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異形の戦士  作者: 樹 雅
第2章 ~白銀の風~
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25話 ブルムヘルム

 バイクショップ『ブルムヘルム』の店内で、四郎が悠馬の妹香織と話している。翔と四郎が『ブルムヘルム』へ入り浸っていたのは、悠馬が二人にとって相談の出来る年上の兄貴みたいだった事。そして、年の離れた妹の事を可愛がっていた事が理由だった。


 翔も四郎も香織と良く遊んでいた。またに、翔は妹の凛も連れて遊んでいた事もあった。もっとも、ここ何年かはあまり一緒に遊ばなくなっていたのだが、凛は同じ年の事もあって頻繁に香織と出かけているようだった。

 

 翔にとっても香織は、もう一人の妹のような気がしていたのである。四郎は四郎で別の思惑があるようだが、翔はあえて何も聞かずにいた。

 翔と美沙の二人が、連れ立って入ってきたのを見て四郎は少し首を傾げてしまう。


「香織ちゃん。悠馬さんは?」

「こんにちは、翔さん。今、呼んで来るわ」


 香織はそう言うと奥へ入っていった。翔と美沙の二人は、四郎がいるテーブルに近付いて腰を降ろした。


「何かあったか?」


 少し不思議そうな顔で四郎は、翔と美沙の二人を交互に見る。


「何がだ?」


 こっちも首を傾げた翔だった。


「いや、なんとなく前とは違うようだから」

「そうか? 別に変わらないと思うが」

「そうかな?」


 やはり首を傾げた四郎だった。


「おまたせ。呼び出して悪かったな」

「いいえ、ヒマでしたから」

「おや? 美沙も一緒か」


 翔の隣に美沙の姿を認めた悠馬は言う。


「はい。わたしもヒマでしたから」


 美沙は立ち上がって悠馬に一礼していた。翔と同じ言葉を返してきた美沙に、悠馬の顔が少し綻ぶ。それを美沙は不思議そうに見ていた。


「ああ、紹介しておこう。妹の香織だ。香織、こちらは紫村美沙さん。坂原瑞紀さんの親友だった女性だ」


 美沙と香織は互いを見て頭を下げている。


「香織です。はじめまして、紫村さん」

「初めまして、香織。よろしく」

「で」と悠馬は翔を見た「おまえを呼び出したのは、あれをおまえに渡そうと思ってな」


 悠馬は店内の一角にあるカバーのかかったバイクを指差した。翔は立ち上がって、そのバイクのそばまで近付くと振り返った。


「カバーを取ってみろよ」


 ニヤッと笑いながら悠馬は言う。見ると四郎もニヤニヤとしていた。二人の様子に首を傾げながらも翔はカバーを取る。

 出てきたのは一台の中型のバイク。蒼暗色のボディカラーにいぶした銀色のフレームが映えていた。


「これは?」

「俺と四郎で組み上げた。トライアル車をベースに強度と低速安定性を重視したカスタムタイプ。けっこうピンキーな仕様なってしまったから、並みの奴には扱いずらいだろうが、おまえなら大丈夫だろ。やるから使え」


 二人を見る翔の顔に当惑が浮かぶ。


「どうして俺に?」

「ん。まあ、礼代わりと思ってくれ。俺と四郎はおまえがいなければ、たぶんあそこで……だからだ」


 照れたように悠馬は鼻の頭を掻いていた。隣で四郎も頷いている。


「この先、おまえには必要になるだろう」

「ありがとうございます」


 二人の気持ちが嬉しくて、翔は素直に礼を言って頭を下げた。


「まあ、ハンドメイドのカスタム車だから、ナンバーは取れないが、そのあたりはあの長谷川に何とかしてもらえ」


 ガクッとコケそうになった翔だった。


「何やってんだ?」

「あっ、ワリィ」


 その翔と美沙を見て四郎は、何か違うなと思いつつも再び首を傾げている。そんな四郎を悠馬は気がついて尋ねていた。


「どうした?」

「あ、いえ。あの二人の様子が気になりまして、何か前とは違うような……」

「ふむ。そう言えばそうだな」

「何言ってんですか、悠馬さんまで」


 溜め息とともに翔は言った。


「おまえ達の関係が変わったのか?」


 翔と美沙の二人を交互に見て悠馬は言う。

 翔は首を傾げていた。何も変わってはいないと思っていた。ところが、美沙は少しはにかんだ微笑を浮かべて、あっさりと言った。


「わたしは翔に惚れているらしいからだろう」

「らしいって……惚れてるんじゃないのか?」


 呆れたような四郎が聞き返していた。美沙のはにかんだ微笑。という珍しい物を見てしまった二人は内心驚いていた。


「良く解からないな」首を傾げそうな美沙だった「翔の妹に言われて、そうなのかと思ったからな」

「で、翔はどうなんだ?」


 楽しそうに言う四郎に翔は、溜め息を付いてしまった。


「あのなあ。惚れていると言われて、嬉しくない奴がいたらお目にかかりたい。おまえもそうだろう」

「いいや。俺は紫村に言われたら逃げるぜ」


 笑いながら四郎が言うと、美沙が首を傾げた。


「なぜ逃げるんだ?」

「俺じゃあ、おまえの相手は無理だからさ」


 両手を広げて肩を竦めて見せた四郎だった。


「でも、翔なら大丈夫だろう」

「四郎。おまえ、他人事だと思って適当に言っているな」


 睨み付けるように翔は四郎を見る。首を竦めながらも四郎の顔はニヤニヤと笑っている。


「とんでもない。そんな怖い事は俺には出来ない。おまえみたいに紫村の好意に甘えるなんて、とてもとても……」

「こいつが」と美沙を指差す翔は四郎を睨んだままだった「甘えさせるような奴だと思うのか?」

「甘えたいのか? それなら、そうと言ってくれ」

「えっ?」


 思わない答えを聞いてしまった翔は美沙を振り返っていた。とても物騒な、そう言っていいくらいの笑顔を美沙は浮かべている。


「えっ?」


 戸惑ったような声が翔の口から出た。


 ゆっくりと翔に近付いた美沙は、翔の背に手を回して抱きしめると、頭を胸につけて翔に言い聞かせるように言う。


「わたしはおまえのために一生懸命になった。だから、言ってくれれば、わたしはいつでも喜んでこうしてやる」


 優しく抱擁された翔は、硬直したように動けなくなった。悠馬も四郎も呆気にとられた顔で二人を見てしまっていた。香織にいたっては顔を真っ赤にしてみている。


「おい、なにをやっている?」


 美沙にそう言われても翔は動けなかった。そんな翔に美沙は言った。


「こういう時は、わたしの背に手を回すんじゃないのか?」


 翔は、どう対応すべきか悩んでより動けなくなり、ただ美沙を見ているしかなかった。


「やれやれ、こんな美人でも不満なのか?」

「じ、自分で言うな」

「わたしは美人ではないのか?」


 ニッコリと、それはもう素晴らしいくらいの笑顔だった。十人が十人と羨ましく思うほどの。


「俺に、それを言わせるのか?」

「言ってくれないのか?」


 ここで拗ねた顔でもすれば降参するしかないのだが、この女はそんな顔をしない。不思議そうな顔をするだけだった。


「ほれ」


 と、笑いながら催促する始末である。本当に深い溜め息が出てしまう翔だった。


「どうした?」

「……ああ、おまえは美人だよ」

「心がこもっていないな」


 投げやりに言う翔に、美沙は少し離れて首を振っている。


「ほら、もう一度」

「はいはい。おまえは美しいよ」

「心ぐらい込められないのか」

「あのなあ……」


 翔と美沙のやり取りを見ていた香織は、小声で四郎に聞いていた。


「ねえ、四郎さん。あの人は……」


 香織の言葉が途中で止まる。四郎の肩が小刻みに震えているのに気がついたからだ。見ると、四郎は片手で口元を多い、残る片手でお腹を押さえて前かがみになっている。


 手の内から漏れてくる音は、笑い声を必死でこらえているような音だった。

 兄も肩を竦めてイスに腰を降ろしていたが、顔が楽しそうに笑っていた。


「香織。飲み物を頼む。まだ終わらないから、きっと喉が渇くだろう」


 その言葉通り、翔と美沙の話は続いている。


「一人で舞い上がってんじゃない」

「どこが舞い上がってんだ」

「おまえの言い分だ」

「だから、どこがだ」


 堂堂巡りの話になりそうなになる。そんな気がしてきた翔は、息を吐いて切り替えた。


「おまえなぁ、俺がキライだと言った……」

「そうか、わたしがキライなんだ」


 一気にシュンとなる美沙に翔が慌てる。


「いや、そうじゃな……」

「だが、わたしは翔に惚れているらしい。おまえがわたしをキライでも、わたしが惚れる事には変わりがない」


 うん。と頷いて美沙は翔を見た。


「わたしは一向に構わないぞ」

「おい……」

「そうだな。なんなら、おまえの玩具になってもいいぞ」

「おっ……」

「あっ、いや、それはまずいか。わたしにも女としてのプライドがある。うん、なら愛人でもいい」

「あっ……」

「うん? それも違うか。おまえは一人身だから。そうなると……どうしたらいいんだ?」


 本気で考え込み始めた美沙に、翔は声を張り上げてしまった。


「人の話は最後まで聞け! このバカ!」

「バカとはなんだ。おまえはわたしがキライなんだろう」


 こいつも一緒か。わざとやっているのか。


 そんな疑問が浮かぶのは翔の気のせいではないはずだ。

 比べる気もないが、どうしても瑞紀の姿が時々見えてしまう。容姿も言動も性格さえも違うのに面白い事だ。心が近いと、この女の姉が言っていた事を思い出して、なるほどと納得してしまうのは仕方がない事だった。


「良く聞け、紫村!」


 まだ何か言いかけた美沙を、翔は再び声を張り上げて止める。キョトンとした返事が返ってきた。


「はい」

「あのなあ、俺はおまえがキライだとは言っていない。そう言ったら、どうするんだと言いたかったんだ」

「そうか……わたしはキラわれていないんだ」

「―ったく。やっと……」

「なら、惚れていると言わない」


 バカだなと言うように微笑んだ美沙だった。

 やっぱり聞いてはいなかった美沙だった。


「わたしは、おまえの子なら欲しいと思う。おまえはどうだ?」

「……どうして……そうなる?」


 本気で頭を抱えた翔だった。


 話が飛躍しすぎていた。大事な事も周りに誰がいようと、あっさりと口にする美沙に翔は返す言葉がない。


「惚れた者同士なら、子は欲しいと思うのだろう。わたしはおまえの子なら欲しいと思うのだが……違うのか?」


 その通りなのだが、翔には答えようがない。思わず悠馬に助けを求めていた。


「悠馬さん。なんとか言ってください」

「俺が口を出す事じゃないだろう」


 肩を竦めて悠馬は答える。その顔は半分呆れているようだった。


「くっくっくっ、愛されてるじゃないか、翔」

「四郎!」

「何と言うか、大胆な人だったんですね。翔さんも」

「香織ちゃん!」

「羨ましいわ」


 少し顔を赤くした顔で感心したように香織は美沙を見ていた。憧れにも似た眼差しである。

 良く解かっていない美沙が、首を傾げていたが思い出したように翔に詰め寄った。


「で、返答は?」

「答えられるとでも」

「答えないのか?」


 見詰め合うとは程遠い感じである。触れれば切れそうな雰囲気を纏わり出した二人に、香織は眼を丸くしてしまった。


「おもしろいな」

「そうですね。楽しいやつらです」


 悠馬と四郎は、笑いながら同意している。

 と翔がいきなり戸口を振り返って歩き出した。


「待て!」


 美沙は翔の腕を取って止める。


「どうした、翔」


 不思議そうに悠馬は、戸口と翔を交互に見ていた。


「……すみません。用事を思い出したので、これで帰ります。バイクは長谷川さんと相談します」

「わたしを連れて行け!」


 美沙の言葉に翔が振り返る。表情の無くなった翔の顔に悠馬は、ゾクリとした寒気を感じる。


「まだ懲りていないのか」


 恐ろしく平淡な声が翔の口から出た。対する美沙の声も同じようなものだった。


「それは、こちらのセリフだ」

「てめえ……」

「おまえには解かるんだろ。時間を無駄にするきか? 連絡はわたしがする」


 言い捨てて美沙が戸口へ向かう。その後を追うように翔も戸口へ向かった。店内に残された悠馬と四郎は、そのまま見送っていたが二人は何かに気がついたように同時に呟やいていた。


「……まさか……一緒か……あの時と……」


 反射的に悠馬と四郎は顔を見合わせていた。そして、同時に立ち上がる。


「兄さん」


 北川は香織を振り返った。


「店を頼む」そして「四郎!」

「先に行きます」


 ヘルメットを抱えた四郎は、戸口から消えるところだった。

 慌てて出て行く二人を香織は、唖然としたように見送っていた。


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